Beyond The Sky

44話 世界の行く末は

魔族が何体来ようと、必殺の魔具が手元にある限りは大丈夫だと斬もタオも踏んでいた。
だが――目の前に現れた新たな魔族は、背後に控える雑魚どもとは一線を画していた。
奴の放つ殺気は並の者なら身動きできなくなるほど強烈であったし、身の丈を遥かに超える巨大な槍を構えた姿に隙はない。
胸元でピーピー何度着信音が鳴ろうと、斬には通信機を取り出す余裕も与えられなかった。
何故なら、降り立って数十秒後には「ガァァァッ!」と吠えて、異形の者が二人めがけて飛びかかってきたからだ。
勢いよくブンッ!と風を切って巨大な槍が振り回されるのを、斬もタオも間一髪で避けた。
とても通信機に目を通す暇がない。
「タオ、あの魔族に見覚えは!?」
斬の問いにタオは「ありません!新手かも」と言いかけ、途中でハッとなる。
黒髪の魔族になら、一人だけ心当たりがあるじゃないか。
「なんだ、心当たりが?」との追加質問へは大声で答えた。
「もしかして、バド!?バドなのではありませんか!」
「バドだと!?」
黒髪の隙間から覗く瞳は真っ赤に光り、肌は黒ずんだ褐色に染まっており、バドだった面影は一つも見当たらない。
だが、これまでの姿が擬態だとすれば、この変貌もあり得るか。
襲いかかってきたのだって、彼がワールドプリズへ召喚された経歴を考えれば納得だ。
バドはラブラドライトに召喚されたのだ。いつ、やつに操られて裏切ったとしても致し方ない身の上である。
「あれがバドなら倒すのは」と躊躇する斬をタオが叱咤する。
「いえ、倒さなければ駄目です!あれは魔族ですよ、お忘れなくッ」
言われずとも、バドが魔族なのは重々承知だ。
それでも斬の脳裏に浮かぶのは忍者の頭目、栄太郎の顔である。
記憶喪失を装うバドを拾い、我が子同然に可愛がっていた。バドの死は、彼を悲しませやしないか。
「バドッ!攻撃をやめるんだ、俺の話を聞いてくれ!!」
槍が地面に叩きつけられるたびに砂埃が辺りを包み込み、砂埃の向こう側から飛んでくる光の筋を寸前で避ける。
このタイミングで二十四の魔族たちまでもが攻撃に加わったのだ。
飛び交う魔光弾に斬とタオは防衛一方、おまけに前方ではバドが巨大な槍を振り回しているもんだから、逃げ場はないに等しい。
鼻先五ミリで魔光弾を避けたら、すぐに槍の追撃からも間合いを外す。
もうもうと立ち込める砂塵が視界を覆う今は、アルテルマを振るっても無駄だ。
何匹か逃がす恐れがあるし、上手く打ち返せないかもしれない。
「バド!俺たちが争う意味などない、君は栄太郎に助力すると決めたんだろう!?」
「無駄です、斬さん!彼は今、理性がない!」
タオの示す通り、どれだけ声をかけても黒髪の魔族は獰猛な視線を向けるばかりで、こちらの言葉は届きそうにない。
バドを無力化するには、やはり巨大な槍、あれを早急に潰さねば。
槍はドラゴンほどの全長であり、そいつの端っこをバドが掴んで振り回す。
振り回された槍は宙を飛んで的確に二人のいる場所を狙って落ちてくるが、バド自身は、その場を動かない。
彼も魔族なら魔光弾を撃てるはずだ。なのに撃ってこないのは、何故なのか。
槍を振り回すのに全力なのか、それとも槍だけで倒せると高を括っている?
いずれにせよ、こちらを侮っているうちが勝機だ。
次に槍が飛んできた時、躱しざまに間合いへ飛び込んで一撃くれてやろう。
いざ槍が飛んできて、ぐっと身を乗り出したタオを横合いから「駄目だ!」と斬が飛びついてくるのも身を翻して躱すと、タオは大きく宙を舞う。
バドの背後に回り込んだまでは良かったが、瞬時に「――ッ!」と飛び退り、大きく間合いを外す。
何が起きたのかと把握するまでもない。斬もまた、新たな殺気を背後に察して横手へ飛んだ。
間髪入れず、それまで彼のいた場所を旋風が薙ぎ払い、チッと小さな舌打ちを漏らして一つの人影が姿を現す。
「気配を読むのが相当上手いと見える。ハンターにしとくにゃ惜しい奴だ」
「誰だ!」と誰何する斬に答えたのは、現れた人影ではない。
「気をつけろ、マスター!そいつはガンブルク=ギルデッド、仲間殺しのクズ野郎だ!」
叫んだのはソウマで、傍らには黒服の剣士コハクも見える。二人は戦っていたはずだが、何故一緒に駆けつけたのか。
クズ野郎と罵られても長髪の剣士は鼻で笑い、剣先を斬に向けたまま、タオへ話しかけてくる。
「流れの傭兵、味方を裏切るのも寝返るのも日常茶飯事だろうがよ。なぁ、カンサーのタオ。お前も寝返りクズ野郎じゃないか?」
「――そのとおりですね。傭兵は皆クズ、己の損得重視で動く輩です」
タオも一笑で返し、飛んできた槍の一撃を難なく避けた。
「皆じゃない!一人のマスターに忠義を尽くすと決めた傭兵だっているぞ」と怒鳴り返して、ソウマが剣を構える。
が、すぐに「うぉっ!」と叫んで飛びかう魔光弾から身を屈めた瞬間、斬り込んできたガンブルクの一撃を退けたのはコハクで、「チィッ!裏切る気か、コハク」と怒鳴る相手には、ニヤリと嫌な笑みで返した。
「そうだ、裏切りが十八番なんだろ?傭兵ってのは。だったら、土壇場で俺が裏切ったとしても何も悪くねぇよな」
コハクはジェスター側の傭兵だったはずだ。劣勢の場で寝返るとは、ソウマとの戦いで何があったのやら。
ともあれ、手数が増えた今ならバドの槍を潰せるかもしれない。
「ソウマ!大技を一発撃ち込んでくれ、目標はあの槍だ」と巨大な槍を示す斬へ「判った!」と頷くソウマを見もせず、タオ、斬の双方が動いた。
目にも止まらぬスピードで一気に砂塵へと突っ込んでいくや否や、後方で魔光弾を撃っていた魔族へと斬りかかる。
打ち合わせ一切なしのアドリブ連携だ。
タオは斬の攻撃を避けた魔族の逃げる方向へと回り込み、緑だか青だかの血を噴き出させた。
まるで事前に判っていたかのような動きに、魔族たちにも動揺が走る。
そこへ更に飛び込んできたのはガンブルクだが、背後からの奇襲を避けるので手一杯、タオを邪魔するには至らない。
「邪魔すんじゃねぇ、コハク!」と片手を突き出したガンブルクを見て、タオが「危ない!」と叫ぶよりもコハクの行動は迅速で。
彼の姿がブレたかと思うと、次の瞬間には「ぐぅっ」と呻いたガンブルクが腕を押さえて後退する。
ソウマは後方に下がり、小声で呪文を唱えながら戦場を見渡した。
砂埃が立ち込める範囲にいる魔族は二十匹以上、前方に立ち塞がるのも、やはり魔族で巨大な槍を頭上に掲げている。
城跡に居座る魔族も含めて、これら全てをラブラドライトが召喚したというのか。
人間のキャパシティを遥かに越えた魔力だ。とても一人で召喚できる数ではない。
ソウマの知る奴は残虐非道の実験を繰り返す外道であったけれど、召喚術を使える男ではなかった。
今まで実力を隠していたのだとすれば、まだ何か切り札を残している恐れがある。
召喚術を身につけた者が最終的に辿り着くのは、異世界の門を開く術だ。
そいつをラブラドライトが使えるとしたら?
危険だ。やはり、あの時に殺しておくべきだった。あの場に奴を倒せる者がいたら、の話だが。
術に集中しつつ、ソウマは斬とタオ、コハクの動きを垣間見る。
事前に打ち合わせしたわけでもないのに、三人の息はピッタリだ。
斬が囮となって黒髪を引き付け、その間にタオは雑魚魔族を次々斬りつける。
タオが黒髪のターゲットになりそうになると斬が妨害に入り、タオは雑魚魔族を誘導して斬の背後を守らせる。
入れ代わり立ち代わり目まぐるしく動くもんだから、魔族も面白いように翻弄されている。
ガンブルクはコハクとの一騎討ち状態にあった。
後退も前進も呪文すらも封じる凄まじい剣さばきの前には、ガンブルクも一箇所に留まりざるを得ない。
――コハクを寝返らせたのは、世界の行く末を案じての思考切り替えであった。
このまま魔族がのさばり続ければ、ことはレイザースだけで収まらない。
お前の故郷メイツラグにも害が及ぶとのソウマの説得に、心を動かした。
コハクは根っからの悪人でない。
ジェスター亡き後も魔族側につくガンブルクよりは先見の明があった。
メイツラグには大切な人がいる。
その人はコハクよりも遥かに強いけれど、軍規に縛られているので世界の危機にも上手く立ち回れないであろう。
あの人を守れる自分になりたい。ずっとそう思って腕を磨いてきた。
力を発揮するのは今だ。世界の危機から彼女を守るんだ。
コハクの想いはヒスイにも共鳴し、こうして今は一時仲間だった剣士と剣を交えている。
ガンブルク=ギルデッドは、ジェスターが存命だった頃に何度か顔を合わせた相手だ。
仲間殺しのガンブルクと悪名高く、メイツラグ人であるコハクも彼の名は知っていた。
魔族にすがるガンブルクの気持ちも、コハクには判らなくもない。
彼は同業者を、あまりにも多く殺しすぎたせいで、彼を雇おうと考える人間を失った。
どれだけ腕が立つ傭兵といえども、雇い主がいないのでは生活も成り立たない。
たとえ世界が崩壊しようと、唯一の雇い主であるジェスターにすがるしかなかったのだ。
ジェスター消滅後、ラブラドライトが彼の雇い主になったのは想像に難くない。
全体の動きを目で追う限りじゃ斬側の優勢だが、ここに足止めされるのは当初の予定と大幅に異なる。
一刻も早くアルテルマを亜人の島まで持ち帰り、騎士団を引き連れてレイザース奪還の狼煙をあげなくてはいけないのに。
どれだけ斬が呼びかけてもバドは一切応えず、不意に槍の動きが変わる。
これまで地面に叩きつけるだけだったのが的確な狙いを伴って、標的を斬一人に絞ってきた。
振り払ったかと思うと突く動きに変わり、また振り払い、かと思えばクルリと回転して柄の部分で打ちつける。
まるで目に見えない巨人が振るっているかの如く正確無比な動きで、次第に斬とタオの距離が広がってゆく。
「マスター、タオ、離れるんじゃない!」
だがソウマが注意を促そうと叫んだ直後、それまで仁王立ちだったバドが動いた。
一気にソウマの懐へ飛び込んできたかと思うと、勢いのついた拳が土手っ腹を刳り、ソウマは一瞬息が詰まる。
「ぐっ!」
呪文を妨害したって無駄だ、術は既に完成している――!
腹を押さえた格好で屈んだソウマの頭上に眩い光が生まれるも、バドの「叩き潰せ、ユーゲルハイト!」一喝で巨大な槍がすっ飛んできて、ソウマ目掛けて落下する。
「ソウマッ!!」
間髪入れず、斬の叫びに被さるようにしてドラゴンの咆哮が辺り一面に轟く。
「亜人?一体誰が」と空を仰ぎ、タオは見た。
飛来した巨大な影が急降下してくるや否や二度、三度と尻尾をぶん回し、巨大な槍を払い除ける瞬間を。
槍はソウマの頭上を大きく逸れて地面に落下、そいつをドラゴンがガッチリ咥えあげる。
「――アル!」と斬が叫ぶのへ「アル?」と聞き返してから、タオの脳裏に浮かんだのは薄汚い少女の姿であった。
彼女なら近くの草原か何処かへ置き去りにしていたはずだが、こちらの窮地に気づいて駆けつけたのか。
「おっと!」
だが、ぼんやり眺めている暇はない。
魔光弾をスレスレでかわし、離された斬との距離を詰めようと動くタオにバドが向かってくる。
「っあぁぁぁあああああっ!」
どれだけ勢いがついていようと、こんなフェイントも援護もなしの単純攻撃に当たってやるほどタオもお人好しではない。
ひらりとかわし、しかしバドが間に入ってきたせいで斬との距離が更に遠のく。
斬は砂埃の中、四方八方を大勢の魔族に囲まれている。
魔光弾を避けては近づこうとしているのだが、別の魔族に邪魔されて思うように動けない。
アルテルマは彼の手の内にある。
せめて斬だけでも、この混戦から逃がせないものか。
「アル、槍を魔族に叩き返してやりなさい!」
タオは頭上へ叫び、アルもタオの意図を読んだのか槍を咥えたまま、こちらへ突っ込んでくる。
ドラゴンの動きに気づいたガンブルクが「させるか!」と走り出すのへはコハクが前に回り込んで切り払い、傭兵の腕から鮮血を飛び散らせた。
続けざまにソウマが叫ぶ。
「爆ぜろッ、スマッシュ・ライジング・サン!」
燃えさかる真っ赤な球体は目にも止まらぬ速さでバドへ飛んでいき、当たる直前で上昇、バァッと四散する。
あちこちで魔族の悲鳴や怒号が響き渡る中、視界を塞ぐ砂埃がサァーッと晴れてゆく。
同時に凄まじい突風が荒れ狂い、吹き飛ばされまいと足を踏ん張りながらタオは前方へ目を凝らした。
一体なにが起きた?
前方にいるのは睨みあうドラゴンと魔族、アルとバドの両名だ。
アルがバドを突き刺さんとばかりに槍ごと突っ込んでいった際、バドの突き出した手から強力な旋風が放たれた。
そいつが砂嵐を吹き飛ばし、ついでに魔族も何匹か蹴散らした上でアルの突撃スピードをも弱めたのだ。
結界ではなく魔法で防ぐ。この期に及んでも冷静な敵だ。
「ドラグーンか……相手にとって不足なし!」と吼えるバドの脳裏にラブラドライトの声が響く。
――何をやっている!ドラグーンなど後回しにしろ、アルテルマを叩き壊せ!!
だがバドは首を振って煩い声を脳裏から追い出すとアルへと殴りかかり、アルも鋭い牙と爪で応戦する。
バドの動きは目で追いかけられるものではなく、残像が幾つも見えるスピードだ。
たちまち鱗が剥ぎ落とされてボトボト地面に落ちる中、アルは一歩も引かずにバドの攻撃を受け続ける。
鱗の剥がれた皮膚からは血が何筋も滴って、一撃一撃が激痛に違いあるまい。
ドラゴンが巨大な身を地面に横たえるのも時間の問題だ。
「アル!バドの相手は僕達がしますッ、斬を乗せて脱出しなさい!!」
叫び終わる前にタオは走り出し、アル目掛けて飛びかかるバドのがら空きな背中へ斬りかかる。
だが、剣が届くかという距離で突風に吹き飛ばされて体勢を崩した。
「タオッ!」と叫んだのは斬だったか、それともアルだったのか。
強烈な一撃がタオの体躯を薙ぎ払い、地面に墜落した直後、追い打ちで槍の一撃が土手っ腹を貫通する。
「ぐっふ!!」
鮮やかな鮮血が舞い、それが己の吐いた血と腹から噴き出した血なんだとの理解が追いつく前にタオの意識は闇に沈み、誰かの足音が走り寄ってくるのを最後に聴いた。
タオを抱きかかえあげて「よくもタオを!」と叫んだのはソウマで、すぐさま横手に飛び退く。
それまでいた場所を槍が刳り、両手の塞がったソウマへ狙いを定める。
視界は晴れても魔族は全て居なくならず、むしろ視界がクリアになったせいでソウマは狙われ放題だ。
いつまでも槍と魔光弾の猛攻を避けられるほど、残り体力に余裕があるわけでもない。
「くそっ」と踵を返したソウマは走り出す。かくなる上は、少しでも囮として魔族たちを自分に引きつけるしかない。
倒せなくてもいい。アルテルマが斬の手にある限り、彼がなんとかしてくれる。
逃げるソウマ、追う魔族の軍団。
斬もバド目掛けて走り出す。
「バド!俺が相手だッ!!」
「斬!?」と驚くアルの真横をも走り抜け、バドがニヤリと口の端を曲げて片手を差し出し、風を呼ぶのを眼窩に収めた。

――今だ!

放たれた突風は前方へ一直線に突き進む。
斬は急停止で立ち止まり、突風に吹き飛ばされるかという直前「横手に飛べ、ソウマ!」と叫んでアルテルマを勢いよく振り回した。
暴風を跳ね返す先は「何ッ」と驚くバドではない。ソウマを追いかける魔族軍団だ。
突風で吹き飛ばされた挙げ句、地面に叩きつけられて阿鼻叫喚な断末魔を背中に聞きつつ、タオを抱きしめたソウマは横っ飛びで難を逃れる。
その横を黒い影が通り抜けたような気がした。
否、気の所為ではない。
「ハァッ!」と気勢を吐いて、アルテルマを振り回す黒づくめを前方に見た。
馬鹿な、斬なら先程まで後方にいて突風を弾いたんじゃなかったか。
慌ててソウマが後ろを振り返るのと「がはっ!」とのバドの苦悶が聴こえたのは、ほぼ同時で。
再び振り返ったソウマの目が捉えたのは、地べたに這いつくばる黒髪魔族と、その側で膝をつく斬の姿であった。
魔族は血反吐を吐いて立ち上がれそうにない。
突風に空高く舞い上げられて、体勢を整える暇もなく地面へ墜落したのだ。
一方の斬も疲労困憊、大きく肩で息をしている。覆面の隙間を滴るのは大量の汗だ。
まさかマスターは突風を一度弾いた上で、飛んでくる先に回り込んで二度弾き返した、のか?
唖然とするソウマの頭上を黒い影が飛び越す。
アルはバドの真横に着地して、降伏を促した。
「……まだ戦うか?貴様の仲間は全滅した、槍もご覧の通り封じさせてもらったぞ」
ドラゴンの示す先をソウマも見やると、ちょろっと槍の先っぽが地面から生えていた。
突風で吹き飛ばされて無力化したところをドラゴンの全体重でもって、地中深くまで埋めたのであろう。
尤も、持ち主が瀕死では槍も動くまい。
返事のない魔族に、ドラゴンの非情な一言が降り注ぐ。
「最後まで無法者に忠義を尽くすか。ならば、ここでトドメを刺しておこう」
それに待ったをかけたのは斬で、「バドは、もう戦えない。見逃してやってくれ」との懇願とアルの眼差しが交差する。
だが、すぐにドラゴンは「駄目だ。生かしておけば再び我らに牙を剥くぞ」と斬の願いを跳ね除けて、片足を上げた。
踏み殺す気だ――!
そうと判ってもソウマの位置では距離があるし、斬は汗だくで一歩も動けず、バドにしても全身打撲で起き上がれない。
眼の前でズドンと巨大な足が踏み降ろされる。
ややあって、アルが口を開いた。
「何故、邪魔をする?黒衣の剣士よ」
間一髪、圧死からバドを救い出したのはコハクであった。
コハクはバドを抱きかかえて、ゆるゆると首を振る。
「バドには理性があった。結界を使わず魔法で防御する理性が……ケイナプスの支配を解く鍵を見つけさえすれば、俺達は強力な仲間を手に入れられる。殺すのは得策ではない」
「ケイナプスを知っているのか!?」と叫ぶソウマへ振り返り、どこか遠くを見つめる眼差しでコハクは頷いた。
「知っている。古代獣を研究する者も……バドはメイツラグへ運ぶ。ケイナプスのクローンを生み出した男の元で保護しよう」
衝撃の発言を残して、踵を返す。
「ま、待てよ、俺も行く!」と去りゆくコハクの背に叫んでから、ソウマは斬を振り仰ぐ。
「マスターはアルテルマを一刻も早く亜人の島へ」
だが、言いかけて怪訝に尋ね返す。
「どうしたんだ、マスター」
我に返った彼には「いや、なんでもない」と即座に誤魔化されてしまったけれど、ソウマの耳は確かに聞き取っていた。
斬が小さく「アルテルマが……巨大化しなかった?」と呟いたのを。


23/10/23 update

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