Beyond The Sky

43話 漆黒の眷属

「アルテルマなんだろ?以前、魔族の襲撃があった時に決め手となった魔具ってなぁ」
鼻をほじりながら兄が放った質問へ、斬は素直に頷く。
――クレイダムクレイゾンの資産家ネイトレット家にて、家宝アルテルマを借り受けに来た斬は当主との交渉が難航していた。
完全に平行線をたどる中、斬の前に姿を現したのは兄夫婦のダンとアリシアであった。
「こいつは誰が使っても威力を発揮するんだろ?」とも尋ねられ、再び斬は無言で頷いた。
兄は何が言いたいのか。話の先が見えてこない。
そもそも兄が、常時グータラで世の出来事にさっぱり無関心なダンが、魔具に興味を持っている事自体が不思議でならない。
大体の価値などは当主や嫁から聞いているにせよ、兄なら「ふーん」の一言で終わらせそうな話題だ。
「なら、使い手が騎士団長様じゃなくってもいいわけだ。例えば俺でも」
ダンの結論に、すかさず「現場は危険だぞ」と突っ込む斬へ鷹揚に頷くと、兄は横目でアリシアを見る。
「バーカ、俺が行くわきゃねーだろ、めんどくせぇ。だがな、アリシアが使い手に不満があるんだとよ」
「アリシアが!?」と叫んだ拍子に間髪入れず、横手からは「貴様が呼び捨てるな!」との怒号が上がり、斬は言い直す。
「……アリシア殿、それは一体?」
アリシアも斬を見て微笑んだ。
「王に命じられたとはいえ、グレイグ=グレイゾンは城を捨てて退却したのでしょう?なら、彼は英雄になるべきではないわ。アルテルマは真の英雄に委ねられるべきよ」
「真の英雄?」と首を傾げる斬へ一歩近づくと、アリシアは彼の手に握らせた。
光り輝く柄に収められた、一振りの剣を。
「世界を平和に治めるべくドラグーンを率いて、アルテルマを求めし英雄ギィ=クレイマーよ。あなたに伝説の魔具を預けます」
「なっ、なんだとぉぉぉ!?」と即座に叫んだのはスレイブスだけで、斬は呆然と手元の剣を見つめている。
耳元ではアリシアの声が残響で何度も繰り返される。
ドラグーンとはドラゴン、亜人を指しているのだろうが、真の英雄?俺は英雄なんてガラじゃない。
亜人を一つにまとめあげたのはドンゴロ様の助言が大きい。俺一人の功績ではない。
第一団長になったのだって、アル達に頼まれたから、やっているだけだ。
空の部隊を作ったからと言って、世界を動かす気なんて全くない。
この世界の何処かに亜人の居場所を作ってやりたかった。
人間と亜人の共存――本当に叶えられれば、どんなに素晴らしいことだろう。
現段階では、叶えられそうもない夢だ。亜人への様々な偏見が人間社会に強く根付いているせいで。
もし、それらをビヨンド・スカイの存在が覆せるのだとすれば、英雄になるのも悪くはない。
ただし、その時も英雄は俺ではない。ドラグーン、亜人が世界の英雄となるのだ。
斬が剣を握りしめると、柄がほんのり淡い光を放つ。
「頼んだわよ、ギィ。その剣で首都に巣食った魔族を追い出してちょうだい」
アリシアへ頷くと、斬は「ありがとう、アリシア。必ずや達成してみせよう」と踵を返した。
「いかん、いかんぞ、アリシア!奴に家宝を渡すなど言語道断だ!!ギィ、貴様もだ!私が許すと思うか!」
スレイブスが口から泡を飛ばして彼の前に回り込んだのと、ほぼ同時に、応接間の扉が勢いよく開かれて、タオが飛び込んできた。
「斬さん、緊急事態です!こちらへ近づく生命反応が二十四体、アルテルマの準備は宜しいですか?」
「なんだ貴様は、無断で入ってきおって誰の許可を受けたと言うつもりだ!」
騒ぐスレイブスなど、もはやダンですら視界に入れていない。
耳をほじりながら「あ〜ん?どうして近づいてきた生命反応が敵だと断言できるんでぇ」と割り込んできたダンへ冷たい一瞥をくれると、タオは視線を斬に戻す。
「部下が一人逃げましたから、待ち伏せの失敗も伝わりました。魔具が手に落ちたと判った以上、僕でも追撃の手は緩めませんね」
「交渉が失敗、或いは難航すると、奴は考えなかったのか?」と不思議がる斬に、タオは肩をすくめた。
「世界の危機を出されたら、どんな人間でも承知するしかありませんよ。交渉が難航するとは考えなかったのでしょう。だからこその待ち伏せです、ネイトレット家の当主への接触自体を許してはならなかったのです」
「私は承知しとらんぞォォォ!!」
納得していないのは当主のスレイブスのみで、アリシアやミジェンタも斬を励ました。
「ギィ、ちょうどいいわ。アルテルマの試し撃ちよ。敵の魔法を全て跳ね返して御覧なさい。あなたになら出来るわ!」
確証もなしに断言するアリシアの横では、ミジェンタが何度も頷きながら窓の外へ目を向ける。
「レイザース城を魔族から取り戻せば、人は亜人との共存にも目を向けざるを得なくなるでしょう。この戦いで亜人は凶暴危険ではない、人間の味方、友であると証明するのです。それが出来るのはクレイダムクレイゾンの英雄、あなたしかいないわ」
「こ〜んな片田舎にも英雄が出現するってかぁ?そいつぁいいねぇ、俺も英雄様の名にあやかって一儲けすっかな」などと早くもダンは取らぬ狸の皮算用を始め、一人歯ぎしりするスレイブスの耳にもタオの囁きが流れ込んでくる。
「一儲けのチャンス、確かにそうですね。英雄出現に加えて戦いの終止符を打ったのがネイトレットの家宝となれば、クレイダムクレイゾンを訪れる観光客の数も落とされる金の量も、今の比ではありません」
黒ずくめに目をやり、家宝の剣、アリシア、ミジェンタ、ダンと順繰りに眺めていき、最後にタオを睨みつけてスレイブスが問う。
「先の魔族との戦いで我が家宝が活躍しても人の流れは増えなかった。ならば、今度の戦いも」
「前回の一戦は民間に知られざる戦いでした。それに騎士団の活躍が全面に押し出されてもいましたから、本当の功績者が誰であるのかを正しく認識できていた人は少ないんじゃないでしょうか」
きっぱり言い切り、タオは薄く笑った。
「ですが、今回は違います。目に見えて滅びを迎えたレイザース首都を救いに行くのですから。今やレイザース人だけではない、ワールドプリズ中の住民が注目する戦いですよ」
「しかもネイトレット家と関わりの深い英雄が誕生だぜ?こりゃ〜利用するっきゃねーだろうが!」
ダンにバンバン背中を叩かれながら、スレイブスの決心は固まりつつあった。
皆の言う金儲けに惹かれた訳ではないが、いつまでも意地を張っている場合ではない。
首都が陥落した今、各町村の収入源は絶たれたも同然、クレイダムクレイゾンの未来もお先真っ暗だ。
この戦いで騎士団に恩を売っておけば、運行馬車の本数が増えるかもしれない。
英雄発祥の地として広く伝われば、観光のみならず、ここで商売しようと考える者も出てこよう。
年々、街を出ていく若者の増加に気づいていなかったスレイブスではない。街の活性化と共に彼らを呼び戻すことも可能だ。
「……よかろう。アルテルマは持っていくがよい」
態度の急変に驚く斬の鼻先へビシッと指を突き出して、スレイブスが吠える。
「持っていくからには、必ずや魔物を一掃してみせろ。できなかった場合、二度とクレイダムクレイゾンの地を跨がせはしない!」
真っ向きって見つめ合い、初めて斬は気がついた。
ネイトレット家当主の瞳に浮かんでいた憎悪が、いつの間にか消え去っていたことに。
どんな打算や皮算用が彼の心を動かしたにせよ、気が変わらないうちに魔具を持って退散するとしよう。
「約束しよう。魔族を一匹残らず排除し、あの地にレイザース城を再建させてみせる」
感動の和解を余所に、しきりに窓の外を眺めていたミジェンタの顔色が、さぁっと青ざめる。
空に現れた黒い影が、次第にこちらへ近づいてくる。
影は一つではない。その部分だけ真っ暗に染まるほどの大群だ。
「なにか、きますわ」
ぽつりと呟いた婦人を見、タオが斬の袖を引く。
「到着したようですね。先手必勝といきましょう。奴らが魔光弾を放ってきた瞬間が、アルテルマを振るうチャンスです」


斬がアルテルマを借り受けるより数十分前に、栄太郎率いる忍者軍団が亜人の島へ到着する。
合流したのは忍者軍団のみならず、海軍や海賊、さらには騎士団を含めたレイザース王家やメイツラグ王家の姿まであった。
襲撃してきた魔族が跡地に居着いた時点で、ことはレイザースだけの問題ではなくなった。
このまま野放しにして魔族が増殖するような事態になったら、メイツラグにも知らぬ存ぜぬは通用しない。
「ケイナプスの子孫ラブラドライトと眷属のバルドミアン、か。それらが我らの敵に回ると申されるのか?」
メイツラグ将校の問いに「直接は戦わぬかもしれぬ」と賢者は言葉を選ぶように、ゆっくりと返した。
「ラブラドライトは触媒なしの召喚を得意とする。どこに眷属が出現したとしても、おかしくない。けして油断なされるな」
情報源は亜人、古くはドラグーンと名乗っていた時代を知る長老のラヴァランドルだ。
かつてワールドプリズの地上にドラグーンだけが存在していた頃、現れたのがケイナプスと称される魔族であった。
ケイナプスは群れをなして襲いかかってきたが、ドラグーンに撃退されて去ってゆく。
しかし、ただ一匹地上に残って人間が生まれるまで隠れ住み、長い時間をかけて人間と交わりを続けた者がいた。
その子孫がラブラドライトだ。
ラブラドライトに魔族の能力はない。だが人を超えた高い魔力は魔族譲り、ケイナプスの記憶も継承する。
故に、彼はバルドミアンを召喚できると見ていいだろう。
ひとたびケイナプスが呪文を唱えると、どこからともなくバルドミアンが姿を現し周囲の敵に襲いかかる。
バルドミアン自身に自我はない。便宜上眷属と呼んだが、実際には道具に近いのではないかとラドルは予想した。
容姿は人に近く、二足歩行で漆黒の髪の毛に真っ赤な瞳だという。
小柄な体躯なれど、巨大な槍を手足の如く操る強敵だという話だ。
小柄で黒髪……自然と皆の視線が一点に集る。
栄太郎の連れた魔族、バドへと。
多少青みがかっていても漆黒と言えなくもない黒い髪の毛だが、瞳の色が違う。
バドの瞳は髪と同じように、青の混じる黒であった。
背にバドを庇い、「……何か?」と強気な姿勢の忍者へ白騎士が尋ねる。
「その者はジェスターの元配下にしてラブラドライトが召喚しせり監視役であったと訊くが、ラブラドライトとの繋がりは判明しているのか?」
「繋がり?単に召喚されたってだけだろ」と首を傾げる亜人にも聞こえるよう、ことさら大きな声で騎士は問い詰めた。
「眷属ではなく、召喚された魔族の一人に過ぎぬのかと問いている。答えよ、ニンジャの頭目よ」
「バドとラブラドライトに過去の繋がりはない。本人が否定している。俺は、それを信じる!」
淀みなく答える栄太郎へ更なる追及が飛ぶ。
「証拠となるのは本人の告白のみか?それでは証明にならぬぞ。他にないのか、確実な証拠は」
そう言われても、バドの身元を証明できるものは何一つない。
言葉に詰まった栄太郎を見上げて、バドが何かフォローしようと口を開いた時――それは、突然に来た。


――ドクンッ。
心臓を直接打つ鼓動。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
鼓動は次第に早く脈打ち、心臓だけと言わず、脳、手足、バドの体内全てを駆け巡る。


「バド、どうした?」
モリスが様子のおかしくなったバドの肩に手をかけて揺さぶってみるも、返事はない。
どれだけ呼びかけても、少年は体をくの字に折り曲げて、ぶるぶると震えるばかりだ。
「あ、あ、あ……」
バドは頭を抑えて小さく呻いていたが、ややあって大きな咆哮が全身を貫く勢いで飛び出した。


「ああぁ、あぁあああぁああああああああぁあああがあぁあああああッ、ごぇああぁぁぁあああああゎがぐぇがぁぁぁあうぁああああああ!!!!!!


同時にバサァッと髪の毛が足首辺りにまで伸び、顔をあげた時にはバドの黒かった瞳も真紅に様変わりしていた。
「あ、赤い瞳……!?」
モリスは慌てて飛びずさり、同じく様子を見守っていた傭兵や騎士が武器を構える。
「うぅー、ふぅーッ、ふーッ」
荒々しく息を吐きながらバドが片手を天にかざすと、頭上の空間を割って巨大な槍が姿を現した。
その大きさたるや、バドの身長を遥かに越えた長さでドラゴンの全長にも匹敵する。
「こ、こいつっ!まさか」と、たじろぐ騎士達へ号令をかけたのは総隊長のグレイグだ。
「全員武器を構えろ!包囲しろ、この地から逃すな!!」
同様に傭兵も動いた。
「カズスン、ジョージはモグラを使え!レピアとボブは威嚇射撃するんだ!」
突然の命令でもボブは「お、おう!」と銃を構えてバドの足元めがけて発砲したし、他の傭兵、バージやカチュアも棒立ちで様子見したりせず咄嗟に散開する。
黒騎士も然りでアレックスの指示の下、要人を守る形で陣を敷く。
ぼーっと無警戒に様子を見ているのなんて、ジロ達三人組ぐらいなものだ。
そのジロは、まだ警戒が芽生えないと見えて「え?え?どーしたんスか、皆さん」とキョロキョロする首根っこをルクに掴まれて「ぐぇっ!」と後ろに引っ張られた。
「バカッ、ぼさっとしてんな!殺されっぞ!!」
ジロはルクが後方にぶん投げて、スージもモリスと共に後退、エルニーは腕を引っ張られてベルアンナの背後に匿われる。
殺気立った一団に周囲を包囲されても、バドは一歩も動かず荒い呼吸を繰り返していたが。
やがて空を見上げて「ぅあぁぁああああーッ!来いっ、ユーゲルハイト!」と大声で槍に呼びかけたかと思うと、足元に降りてきた槍へ飛び乗った。
すぐさま槍は再び宙へ浮かび上がり、一直線に何処かへと飛び去ってゆく。
槍が地に降りた衝撃で一斉に捲き上げられた砂埃に皆の視界が塞がれた、まさにその一瞬を狙った迅速な行動であった。
「し、しまった!?」
慌てて奴の後を追おうにも、巨大な槍は水平線の彼方へと吸い込まれて、あっという間に姿を見失う。
「どこへ飛んでいったんでしょう」と首を傾げるジョージへ答えるのも、もどかしいとばかりにハリィは通信機を取り出した。
「大佐、まさか」
「あぁ、まさかと思うが、念のためだ」
通信先は斬。しばし耳に押し当てて始終通信中だと判るや否や、ハリィは手早く文章を打ち込んで送信する。
どうかバルドミアンが到着する前までに、彼がメッセージを読んでくれますように――!


その数十分後、クレイダムクレイゾンの上空には夥しい魔族の群れが到着しつつあった。
魔具を借りに来たせいで住民に被害を出したくない。
斬の必死な頼みを受けてスレイブスが緊急警報を出したおかげか、表通りに人影は見当たらない。
否、人影は二つあった。斬とタオの二人だ。
「あんなに追手を差し向けるとは、よほどの逸物なんでしょうね。魔族から見てもアルテルマは」
空を見上げる素振りでおどけるタオに、斬は硬い声で答える。
「一振りで形勢逆転できるんだ。必死にもなろう」
頭上を覆う魔族の群れが、何も考えずに魔光弾を撃ってくるような軽率な輩なら問題ない。
全員が地上へ降り立って戦いを挑まれたら厄介だ。
ざっと数えても二十匹以上いるように思える。一匹ずつ斬り払うのは斬とタオが手練れといえど面倒だ。
やがて一匹一匹の姿が目視で確認できるほど近づいてきたと思われた瞬間、タオが叫んだ。
「斬さん!」「――ッ!」
彼が気づいたものには斬も気づいており、咄嗟に飛び退いた場所を狙って巨大な何かが降ってくる。
一面を覆う砂埃に混ざって鋭い殺気を感じた斬は、さらに飛び退いて追撃を逃れた。
抜刀したタオ同様、斬もクナイを構えて睨みつける。
ばっさばさに伸びきった漆黒の髪の毛に覆い隠されるようにして立つ、異形の少年を――


23/09/20 update

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