Beyond The Sky

42話 いにしえの魔獣

各地に現れた魔族の軍勢が突如進路を変えて去っていったのは、海軍にも海賊にも意表を突かれる事態であった。
海軍及び海賊は一旦陸地へ撤退し、補充や修繕を終えた後は一路亜人の島へと出発した。
魔族の逃げた先は判らずとも、海軍とやりあっていた忍者の行き先は判っている。ジャネスだ。
忍者を束ねるリーダー、栄太郎本人による降伏宣言が黒騎士アレックスの通信機へ届いたのだ。
これよりジャネスの忍者軍団は、共にワールドプリズの危機を乗り越える仲間としてレイザース残党と合流する。
先程まで戦っていた相手と手を組むのは複雑な想いだが、自ら傘下に加わりたいとの申し出を蹴るのも忍びない。
あれやこれやと長時間に渡る打ち合わせの通信を終える頃には海軍や海賊、亜人の準備も概ね整い、あと数時間後には王を含めたレイザース白騎士団が、ここ亜人の島に集結する。
ベリウルと戦うには、全員でかかる必要があろう。
この地上に生きとし生ける――とまではいかなくとも、戦える手のある者達で。
忍者も此方へ向かうとの一言を最後に通信は切れ、あとは斬一行の報告を待つばかりとなったのだが……
クレイダムクレイゾンへ向かったまま音沙汰なし、通信機で連絡を取ろうにも全員出ないのは、どうしたことか。
「きっと何かあったんだ!皆で斬を助けに行こうぜ」と逸るバルを制して、シェリルが言う。
「大勢で出向くよりも、アルに指示を伝えるほうが早いわ」
「指示を伝えるったってアルは通信機を使えないんだろ?」と首を傾げる傭兵にもシェリルは微笑んだ。
「簡単よ、咆哮で伝えるの」
「咆哮!?」
驚く面々を見渡し「そう、咆哮」と繰り返すと、シェリルはバルに命じた。
「全員を広場に集めて。全員で吼えれば、ここからだって必ず届くはず」
「オッケー!」
バルは一つ返事で飛び出していき、「咆哮って、どうやって」と、なおも聞きすがるモリスは当然のように無視されて、十分も経たないうちに防衛団の亜人が全て広場へ集まった。
「いいこと?私達がアルに伝えるのは、たった一つ。斬を守れ、本能で戦え。それだけよ」
「え、本能で戦えって、街の中で!?」と慌てる人間をバックに、亜人達は力強く頷いた。
亜人の島から見てクレイダムクレイゾンは、かなりの距離がある。
しかし、どれだけ離れていようと、想いを込めた咆哮は地の果てまで届く。
亜人は全員、くるりとクレイダムクレイゾン方面へ顔を向けると一斉に吠えたけた。

ガオォォォーーーーーーン!!
  ガオォォォーーーーーーン!!
    ガオォォォーーーーーーン!!
   ガオォォォーーーーーーン!!
 ガオォォォーーーーーーン!!
ガオォォォーーーーーーン!!


咆哮は幾つもの残響を生み、うねりをあげて空を、海を突き抜けて、同じく広場に集まっていた人間たちの鼓膜を劈く。
耳を押さえた程度じゃ到底聞こえなくなるような音量ではなく、それでも耳を押さえて、ついでに目もギュッと瞑ってジロは喚いた。
「う、うるせぇ〜っ!」
「こ、これだったら届きますでしょうか、クレイダムクレイゾンまでっ!」とエルニーは叫んだが、答えられる者は一人もおらず。
傭兵や騎士の手元ではパンッ!と通信機が弾けて煙を吹き出したし、大音響の中では誰が何を言っても聞き取れない。
「こ、これでも届かなかったら他に打つ手あんのかヨ!?」
耳元でボブに喚かれて、耳を押さえながらハリィは顔をしかめる。
これが無理なら当初の予定通り、クレイダムクレイゾンへ誰かを向かわせればよいだけだ。
それよりも、こんな大声をあげ続けていたら、いらぬ敵や野次馬を島へ招いてしまうのではなかろうか。
手招きでアレックスを呼び寄せると、ハリィは羊皮紙に手早く文字を書き込んだ。


その頃、辺境の地ジャネスでは主戦力の忍者軍団が荷物をまとめて旅立とうとしていた。
亜人の島までの道のりは遠く、陸伝いに歩いていったのでは何日かかるか判ったものではない。
海路を行く案もあがっていたが、彼らは一番確実な手段を選んだ。
空だ。
亜人の島から一人、亜人が迎えに来る手筈になっている。
観光経路として実際に使い物になるのかを、自らの飛行で試しておかねばなるまい。
「あと一時間で到着するとの事だ」
時計を睨みつけて栄太郎は呟き、皆の顔をぐるり見渡した。
「次の相手は魔族、これまでにない戦いとなろう。くれぐれも命を粗末にするな。かなわないと判った時点で下がり、レイザース軍や傭兵に任せるのだ」
これまで味方として手足の如く使っていた魔族が敵に回る。
そればかりではない。レイザース首都で悪名を轟かせた大罪人、魔族の召喚を得意とする術師ラブラドライトも敵となる。
首都跡地に陣取るのは巨大魔族、名をベリウル。
地元民にしてレイザース転覆を狙う元黒騎士ジェスター=ホーク=ジェイトを吸収して、ワールドプリズの知識も兼ね備えた難敵だ。
「来るのって、やっぱりバフなの?だったら嫌だなぁ」などと軽口を叩いているのはバドで、この子供はタオが魔族だと見抜いて正体を明かした後もジャネスに残り、栄太郎の家で暮らしている。
「それよりお主、お主はマスターや同族と戦うのだぞ。怖くないのか?」と忍者の一人に尋ねられても、バドは余裕の笑みを浮かべて肩をすくめた。
「同族ったって魔界は広いからね。召喚された魔族で顔見知りなんて一人もいなかったよ」
彼をワールドプリズへ召喚したラブラドライトに関しても、「便宜上マスターと呼んでいるだけで、あいつに恩義は感じていないから安心して」と笑い、バドは栄太郎を見上げる。
「寝返ったりなんてのも、絶対に有り得ないね。顔も名前も初めて聞くような魔族に肩入れして、俺に何の得があるってのさ?俺が戦いに参加するのは栄太郎さんを守る為、それだけだよ」
山一つ分越えるほどの巨大な背丈だというのに、ベリウルは魔界じゃ無名の存在であったようだ。
否、それだけ魔界は広大なのだ。
だからこそ、ジェスターもラブラドライトへ命じて手当たり次第に召喚したのではあるまいか。
どれだけ消耗しても、いくらでも補充が出来る便利な道具として。
ちらちら時計を眺めて、待つこと一時間弱。
誰かが空に浮かぶ黒い影を見つけて「あっ」と小さく叫んだ。
影は見る見るうちに大きくなり、やがてドラゴンの形だと判る頃には里より数十メートル離れた場所へ着地する。
一番に駆け寄った栄太郎が声をかけた。
「時間通りの到着、ご苦労だった!我らジャネスの忍び、これより打倒魔族に参戦致す。その背に乗せて運んでくれまいか」
緑色のドラゴンは駆け寄ってきた黒ずくめの軍団を見下ろし、ニヤリと――少なくとも見上げた人間の目には、そう見えた――口の端を歪めて、鷹揚に頷く。
「良かろう、小さき者共。私の背によじ登れ。振り落とされぬよう、しっかり鱗に掴まるのだぞ」
どこか威圧的で且つ深みのある重低音は、バフの声ではない。
ドラゴンは空の防衛団員イェスルマイヤーと名乗り、愛称はイェルマだともつけ加えて、ボッボと緑のブレスを空へ吐き出した。
背中によじ登った忍者が全員いるかを確認し、勢いよく羽ばたく。
周りの草木を吹き飛ばす勢いで飛びだった後は、亜人の島を目指して真っ直ぐ飛んでゆく。
このまま無言の飛行となるかと思いきや、ドラゴンが話しかけてきたので忍者は全員が耳を傾けた。
「忌まわしき魔術師、この戦いの根源たるラブラドライトについて、お主らは何を知っている?」
「この戦いを始めた根源はジェスター=ホーク=ジェイトだ」としながらも、栄太郎は素直に答えた。
「異世界の住民を召喚できる魔術を使う男だ。素性は知らぬ、我らより先にジェスターと手を組んでいた」
「つまり殆ど知らぬも同然か」と嘆息し、イェルマは目を瞑る。
「あれは見た目通りの人間ではない。ルドゥは覚えていたぞ、賢者の描きし奴の肖像画を見た瞬間に思い出したのだ」
「なんだって!?どうして亜人がレイザース人を知っているんだ!」「いや、それよりも見た目通りの人間ではないとは、どういう意味だ!」と口々に騒ぐ黒服集団を振り返りもせずに、ドラゴンは昔話を語り続けた。
「かつて大地に我らドラグーンしか存在せぬ大昔、ケイナプスと名乗る魔族の群れが現れた。我らで撃退したはずであったが、そのうちの一人は死んでも逃げてもおらず、この地に留まり人と交わり続け、やがて今の時代に産まれた子孫がラブラドライトなのだ」
「魔族が人間と契りを結んだ、だと?種族が違うのに子を成せるのか」
訝しげに眉をひそめる栄太郎へ首だけで振り返り、イェルマは薄目を開ける。
「大きな騒ぎに発展したのが三回というだけで、魔族は幾度となくワールプリズへ入り込んでおる。中には人間と添い遂げんが為に魔族として生きるのを辞めた者もいる。奴らは擬態を取れるのでな、人の群れに紛れ込むなど造作もないことだ。だが、一人残りしケイナプスは違った。人との交わりを繰り返し、人の子としての生まれ変わりを現世に残した」
ラブラドライトに魔族の能力はない。
だがケイナプスの記憶は継承していると聞かされて、忍者に動揺が走る。
彼が強大な魔力を持つのも先祖が魔族であるが故だとすれば、たとえ種族は人間であろうと魔族の一人だとカウントして良かろう。
「ケイナプスには眷属がいた。種の名はバルドミアン。漆黒の髪と真紅の瞳を携え、小柄なれど巨大な槍を縦横無尽に操る強敵であった。此度の戦いでは未だ姿を見せておらぬが」
ラブラドライトにケイナプスだった頃の記憶があるのなら、いつ召喚されてもおかしくない。
これまでに呼び出された魔族の数を思い起こして背筋を震わせる黒ずくめ達をみやり、「……臆したか?」とドラゴンが煽ってくる。
「な、なんの!我らは故郷の安寧を背負っての出陣ぞ。魔族を倒さずしてジャネスの未来も開けぬッ」
空元気を奮い立たせて騒ぐ部下を順繰りに見渡して、誰一人及び腰になっていないのを確認がてら、ひとまず栄太郎は安堵する。
戦う前から弱気になられては困る。打倒レイザースを取りやめてまで反旗を翻した意味がない。
ふと、隣のバドへ目をやった。
この少年はドラゴンの背に乗ってから、ずっとダンマリを貫いていた。
緊張するようなガラでもなかろうに、どうしたのだろうと思っていると、バドも栄太郎の視線に気づいたかして顔をあげる。
「どうした?」と水を誘う栄太郎へ首を振り、「……なんでもないよ」と下向き加減に小さく呟いた後。
再びこちらを見たバドが今にも泣きそうな目をしているもんだから、栄太郎は驚いた。
「ねぇ、栄太郎さん。この先、何が起きても絶対に俺を信じてくれるって約束してくれよ。俺は貴方を裏切ったりしないし、貴方を守ると自分に誓ったんだ。だから」
小刻みに震える指を片手で包み込み、栄太郎は力強く頷いてやる。
「大丈夫だ。俺は、お前を信じている」
「ありがとう、栄太郎さん……」
ぽろりと涙が一粒バドの頬を伝って落ちるのを眺めながら、もう一度栄太郎は繰り返した。
「種が魔族であろうと関係ない。バド、お前は俺の子であり大切な仲間だ」
忍者軍団を乗せた亜人は雲ひとつない空を突き進む。一刻も早く、亜人の島へ到着せんがばかりの速さで。


23/04/26 update

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