Beyond The Sky

40話 道は違えど

ヒスイは知らなくとも、コハク=ハルゲンの名は知っている。
出掛けに仲間の傭兵、ハリィから聞いたのだ。
黒髪に黒服、細身でありながら異常な強さを誇る剣士傭兵の話を。
だが、まさかそいつがクラウツハーケンで待ち伏せしているとは予想していなかった。
ましてや自分と互角のスピードを誇り、五分五分の戦いに持ち込まれようとは、ソウマには及びもつかなかったのである。
「――っ!」
鋭利な斬撃を、鼻先寸前で避ける。
避けたにも関わらず、風圧で髪の毛が何本か切り刻まれた。
一撃でもくらったら負ける戦いだ。持てうる全ての力を出さないと勝てる相手ではない。
剣をふるいながら、口の中で小さく魔法を唱える。
ソウマは魔法剣士だ。
かつては世に溢れていたらしいのだが、今のワールドプリズで魔法を唱えられる剣士は、ほとんどいない。
剣と魔法の相性が悪いせいだ。
魔法は発動までに時間を要する上、間合いの問題もある。
近すぎると自分まで巻き込むし、相手が剣士だと間合いを外すのも一苦労というのが一般論だ。
その辺りの基礎を頭に叩き込んで、ソウマは近距離と遠距離の魔法を両方マスターした。
しかしながら魔法は一発撃つたびに酷く精神を消耗するため、強敵だと思う相手にしか使わない手段と定めておいた。
魔法を使わざるをえない強敵と出会ったのは、たったの一度しかない。
突如レイザースに出現した魔族の二人組と戦った、あの時だけだ。
ただの人間に苦戦を強いられる、それも魔法を使う価値がある強敵は久しぶりだ。
知らず、ソウマの口元には笑みが浮かぶ。
ずっと強敵を求めてきた。
腕試しだけではない。ソウマには腕を磨かなければならない理由があった。
酷い呪いをかけて騎士になる夢を打ち砕き、一族を皆殺しに至らしめた魔術師――ラブラドライトを倒す。
それだけを目標に生きてきた。
斬の率いるギルドへ入ったのだって、腕を磨く一環に過ぎない。
ギルドマスターの性格やルリエルの存在に和んだとはいえ、一時的な感情だ。
ついに、我が宿敵の足取りに追いついた。
こいつを倒した勢いで、ラブラドライトや魔族も倒してみせる。
これまでと変わらない動きを装いながら、剣のスピードを、それと判らない感覚で次第に緩めてゆく。
魔法を唱えるには、若干の集中力を呪文に傾ける必要がある。
至近距離で使うなら風魔法がいい。一瞬の怯んだ隙を狙って一刀両断すれば、こちらの勝ちだ。
ソウマの剣筋が少しずつ変わってきているのには、ヒスイも気がついていた。
気がついていながら、踏み込む隙が見つからない。
相当の手練だ。事前に件の魔術師から聞かされていた通りの腕前でもある。
件の魔術師は、名をラブラドライトといった。
雇い主のジェスター曰く、かつてはレイザース中を震撼させた大悪党らしいのだが、あいにくとヒスイ、いやコハクはメイツラグで生まれ育ったが故に、その名を全く存じない。
ジェスターと知り合ったのだって、ほんの偶然だった。
たまたま用心棒の仕事を探していた処をスカウトされて、ただならぬ風格に興味を持って仲間へ加わった。
レイザースで反逆者と呼ばれて忌み嫌われていると知ったのは雇われた後であり、それでもコハクが彼の元を去ろうとしなかったのは、自衛団や警備隊、騎士団といった所謂正義の側と戦う機会を得たからだ。
剣の腕を磨くにあたり、集団で訓練している連中は、うってつけの相手と言えた。
のこのこ出向いて戦わせてくれと持ちかけたって門前払いが関の山、彼らと戦うには敵対勢力の味方になるしかない。
長い傭兵家業で出した結論だ。他人には理解されずとも良い。
コハクには強くなりたい理由があり、それを果たすには過酷な修行を必要とし、ちょっとやそっとの武者修行程度で得られるものではなかったからだ。
魔族と戦う――それも一度は考えた。
だが、そうではない。
人を超えたいのではなく、人の中での一番になりたいのだと思い直し、コハクはジェスターの元に居続ける。
雇い主が魔族に取り込まれて消失した後も陣営に残ったのは、レイザースで最も強いとされる騎士グレイグ=グレイゾンと戦う機会を狙っていた。
レイザースの滅びに興味はない。
むしろ祖国メイツラグの視点で考えれば、ただの一国が世界の大半を占める歪んだ情勢など、滅びたほうがいいのだろう。
国が滅びれば、大地は誰のものでもなくなる。
メイツラグの海賊が丘に乗り込んで畑を耕したって、文句を言う者はいまい。
自分の為だけじゃない、俺が魔族の味方につくのは祖国の為でもある。
そんなふうにコハクの意識も書き換えられていった。
虐殺に加担したのも、それが主な理由だ。
単にジェスターの仲間だったというだけでは、戦いを回避される恐れがある。
向こうには顔見知りも多数いる。
変な情けや同情をかけられて、騎士団長と戦えなくなるのは御免であった。
誰よりも強く、それもリズが生きているうちに世界一の剣士になるには、自分も悪党になるしかない。
悪党になってしまえば、きっと誰もコハクに同情を寄せなくなるだろう。
クレイダムクレイゾンを壊滅させた後は首都跡地にて魔族ベリウルと合流する手筈だったのだが、出発直前で待ち受ける作戦に切り替えたのはラブラドライトだ。
この街には魔具がある。
それも、たったの一振りで戦局を一転できるほどの強力な魔具が。
必ず取りに来る輩が必ず出るから、入手される前に阻止しておこうという提案であった。
魔具の存在そのものがコハクには初耳であり、眉唾だと疑いながらも仲間の魔術師と二人で待ち受けた。
やがてラブラドライトが言った通りの展開になって、今は足留めを自称する強敵と戦っている。
援護魔法を唱えていた仲間は先に逃してやった。
この場に残したって足手まといの人質になるか、切り捨てられるかの二択であろう。
眼の前の剣士は紛れもなく強い。
ヒスイのスピードについてこられるばかりか、剣筋をも見切っているではないか。
傭兵としては無名の域でも、有象無象の雑魚とは違う輝きが彼には宿っている。
恐らく過去の惨劇が、彼の腕を磨かせたに違いない。
サキュラス家で起きた悲劇については、ヒスイも知っている。
一家もろとも皆殺しにした当の本人が語ってくれたのだから。


ぴくりと神経質に眉毛を跳ね上げて、魔術師は窓の外へ声をかけた。
「ベリウル、クレイダムクレイゾンの防衛に失敗しました。急ぎ、アルテルマの対策を考えねばなりません」
大きな瞳が、じろりと窓の奥を覗き込む。
『魔力を跳ね返すだけの代物が、それほどの驚異か?所詮は人の作りし道具であろう』
「人ではありません」と、魔術師も言い返す。
「あなたと同じように異世界から渡ってきた、亜種族の創造した武器です」
さして興味がないふうに、小さく鼻を鳴らすとベリウルは尋ねた。
『防衛に失敗したと言ったな。何故、判る?あの地には腕の立つ剣士を置いていったのではなかったか』
「えぇ。ですが三人も人員を割いてくるとは想定外でした」と答え、魔術師は遠くへ目を凝らす。
ここから眺めたってクレイダムクレイゾンは見えようはずもないのだが、まるで見えているかのように付け足した。
「腕の立つ剣士二人とハンターが一人……どれも強敵です。バルドミアンを差し向けましょう」
『バルドミアン?』と首を傾げる魔族には目もくれず、魔術師――ラブラドライトが両手を組み合わせる。
「忍者の監視につけた使い魔です。栄太郎は反旗を翻しましたが、なに、片田舎の住民など捨ておいて構いません。最優先はアルテルマを取りに来た面々の始末でしょう」
両掌に宿った光は見る見るうちに大きくなり、やがて水晶玉の如き輝きを放ちながら遠方の景色を映し出した。
上から下まで黒づくめ、これはジャネスの忍者だ。
ならば、傍らにいる黒髪の少年がバルドミアンなのであろう。
ベリウルの記憶には勿論のこと、吸収したジェスターの記憶にもない少年だったが、ラブラドライトは何やら確信めいた表情で頷くと、小さく呪文を唱え始めた。


22/11/13 update

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