Beyond The Sky

38話 レイザース、陥落

出撃命令を今か今かと待ち続けていた騎士達は、苦渋の決断を騎士団長から聞かされる。
「なんと……!王は城を捨てて撤退せよと申されるので!?」
敵に背中を向けて逃げろと言うのだ。騎士にしてみたら、到底納得のいく決断ではない。
しかし剣や魔法が一切効かず、必殺のグラビトン砲もかき消され、頼みの綱であったドラゴンのブレスも無効とあっては退却する他ないではないか。
「生きてさえいれば、必ず反撃の機会は訪れる。今は……一人でも多くの民を脱出させるんだ」
各地の被害は、絶えずグレイグの通信機に寄せられていた。
異常な強さを誇る傭兵が首都を目指して旅立ったとの目撃報告も届いている。
危険に晒されているは城だけではない。城下町に住む人々もだ。
騎士団長の命令を受け、白騎士は全員魔法陣の上に集められる。
「今からレンが諸君らを直接城下町へ飛ばす。住民に避難を呼びかけろ、避難経路は北上、亜人の島を目的地と定める!」
首都より北には小さな集落や港町が点々としており、被害報告も出ていない。
騎士が城下町へ飛ばされた後は魔術師も転移魔法で飛ばされて、やがて人の気配が一つもなくなった後。
何処からか、ひょこっと顔を出したローブ姿の人物は、急ぎ足で王の間へと走り去っていった。


城下町は避難誘導される住民で埋め尽くされ、彼らが必死の形相で裏口から出ていくのをベリウルは悠然と空の上で見送った。
取りたいのは民の命ではない。
あくまでもレイザースという名の国を消滅させるのが、この魔族の目的であった。
ジェスター=ホーク=ジェイトといったか、数日前に自分の内へ取り込んだ一人のちっぽけな人間の望みでもあった。
同化した今、ジェスターはベリウルの中に混ざり込み、個である存在を失った。
事実上、死んだも同然だ。
それでも自分をこの世界へ呼び出した恩を兼ねて、望みを叶えてやろうと思った。
そうだ、恩だ。
魔界で長らく三大勢力の一つを誇っていたベリウルは、ある時期を境に力の均衡が崩れ、残り二つに勢力を奪われる。
勢力は魔力の源であり、信仰でもある。
すべてを失い存在そのものが消滅しかかっていた直前、この世界、ワールドプリズへ召喚された。
直接の呼び出し主はジェスターではないにしろ、彼が呼べと命じたのだから、彼に恩を感じるのも妥当であろう。
ジェスターは力を欲していた。
ドラゴンにも騎士団にも魔術師にも負けない強大な力が欲しいと何度も請われた。
だから、同化してやった。
彼が、これまで呼び出していた魔族も全て飲み込んで。
一心同体なら、ベリウルの力がジェスターの力にもなろう。
彼が憎みに憎んだレイザース城は今、轟々と赤い炎に包まれて燃えている。
城に閉じこもった後は結界で防いでいたようだが、そいつが突然切れたのだ。
きっと中に入り込んだラブラドライトの仕業だろう。
自分をワールドプリズへ呼び出した魔術師だ。奴も何故か、この国を憎んでいる。
どれだけ過去に業を背負っているというのか、この国は。
城を落としても国が滅んだことにはならないと、ラブラドライトは言っていた。
だが民が出ていき王も不在になった焼け跡は、もはや国と呼べないのではあるまいか。
しつこく周りを飛び回っていたドラゴン達も、やっと諦めてくれたのか、どこかへ飛び去っていったようだ。
あんな程度の生き物を怖がっていたなんて、ジェスターも随分と小心者だ。
隅々まで燃え広がる炎を眺めながら、ベリウルは満足の溜息を吐き出す。
全てを燃やし尽くした後は、ここに立派な家を建てよう。
魔界で居場所を失った自分の、第二の故郷になれるかもしれない。


北へ避難した首都住民は、殆ど傷を負わずにメイツラグや北の港町まで逃げ切れた。
勇んで出撃した防衛団も亜人の島へ逃げ帰り、追手がいないのを確認する。
あの巨大な魔族は、ひたすらレイザース城だけを攻撃していた。
亜人や逃げ出す住民など、目にも入っていないかのように。
白騎士団経由の情報によると、魔族の名はベリウル。
ジェスター=ホーク=ジェイトはベリウルに吸収されたのだとも聞かされて、その場にいた全員に動揺が走った。
「きゅ、吸収ってこたぁ、つまり……?」
理解の及ばないジロが首を傾げるのへはハリィが断言する。
「ベリウルの中に取り込まれたんだ。魔族がジェスターの知識を得るが為にやったのか、それともジェスター本人が希望したのかは判りかねるが、ジェスター=ホーク=ジェイトはもう、この世に存在しないと考えたほうがいい」
「そ、そんな、それじゃ……」
スージやエルニー、皆の視線がアレンへ集まる。
彼はジェスターの実弟だ。
どんなに憎んでいたとしても、肉親であることに変わりはない。受けた衝撃たるや如何ほどか。
皆に注目されていると気づいたアレンは気丈に言い放つ。
「王家を裏切った時点で悲惨な末路を辿るだろうというのは、予想できていた。大丈夫だ、覚悟はずっと昔から出来ていた」
ただし顔色はお世辞にも割り切っているとは言い切れず、俯きがちに暗い視線での一言であったが。
裏切った本音を訊き出す暇すら与えられず、兄は永遠に手の届かない場所へ行ってしまった。
どうせ誰かに討たれるのであれば自分の手で討ちたかっただろうに、こんな幕切れじゃ完全不燃焼だ。
アレンの悔しさを慮ってキリーは一瞬哀れみの表情を浮かべるも、すぐにシェリルの出してきた話題へ頭を切り替えた。
「ベリウルを倒すには、あの強力な結界をやぶる方法を考えなくちゃね」
ブレスが効かない相手なら、以前にも戦った覚えがある。
ただ、あの時は魔族たちの目的が別にあったので助かった。
今度の敵はレイザースの滅亡が目的とみられる。
執拗に城を焼き尽くしていたのは、ジェスターと融合した意識の表れであろう。
亜人を追ってこなかった点からも、奴はレイザース城のあった場所で留まっているのだと思われる。
或いは、あの場に居着くつもりなのかもしれない。
前の魔族たちとは決定的に違う。これは、どちらかが滅ぶまで続く戦いだ。
魔族の張る結界、まずはあれをどうにかしないことには剣も魔法もブレスも届かない。
「結界を破るの自体は簡単じゃ」と口を挟んできたドンゴロに、全員の視線が集中する。
「媒体があるのなら媒体を動かす。本人の呪文であれば、唱えられぬよう意識を妨害すればよい。しかし……」
以前の敵は二人組であったが為に、つけ入れられる油断や隙があった。
今度の敵には、それがない。亜人がどうしようと、全く無視して城だけを集中攻撃していた。
賢者の視線に釣られるようにして、皆の目がルリエルを捉える。
彼女は小さく首を振り、「あれだけ巨大な相手だと、私一人の魔力じゃ難しいわ」とポツリ呟いた。
「じゃあ、打つ手なしだってのかい!?」と早くも癇癪を起こしたレピアには、カズスンのフォローが入る。
「一人なら無理ってこったろ?なら、ルリエルと同等の実力を持つ魔術師を集めればいいんだ」
簡単に言ってくれるがルリエルは元異世界人、彼女と同等の魔力を持つとなると宮廷魔術師のレン=フェイダ=アッソラージぐらいしか思い当たる人物がいない。
そのレンは現在、北の港町で避難住民及び王族の警護にあたっている。
今回の戦いで宮廷魔術師の助力は得られない。彼らには王と民を守る義務がある。
王を狙って、例の魔族が移動する可能性だってあるのだ。あれが本当にレイザースを滅ぼす気でいるのなら。
「誰かに呼び出されたのであれば……元の世界へ送り返す事も出来ますね?」と呟いたのは、タオだ。
視線は真っ直ぐドンゴロへ向けて尋ねる彼に、賢者も頷いた。
「うむ、その通りじゃ。しかし呼び出した張本人は既に亡い」
「ジェスターが召喚した張本人じゃありませんよ」とタオは薄く笑い、賢者相手に失礼な!と騒ぐ外野を一切無視して持論を唱える。
栄太郎は言っていた。
最後にジェスターと通信を交わした際、彼は強力な術師と魔族を手に入れたと自慢していたのだと。
なら、強力な魔族を召喚したのは術師の仕業だ。
ジェスター自身が召喚術を唱えられるんだったら、術師を仲間に引き入れる必要もない。
その術者を探し出して、魔族を元の世界へ送り返してもらえばよい。
義理立てする雇い主が消滅した今なら、いくらでも懐柔の糸口はありそうだ。
術師の名をタオが口にした途端、ソウマの眉は神経質にピクリと跳ね上がり、ドンゴロの口からも「ほぉ……」という溜息が漏れた。
「ご存知なのですか?」と尋ねる斬へ頷き、賢者は何処か遠い目で語りだす。
「かつてレイザース首都には、魔導研究を謳って人体実験をしていた術師がいた。肉親はおろか親族まで実験台とし、他人にも手を出したあたりで騎士団に見つかり、多くの貴族や騎士を巻き添えにしながら逃亡した大罪人じゃ。奴の行方は以降とんと掴めず、僻地で野たれ死んだのだと言われていたのだが……生きていようとはのぅ」
問題を起こしたラブラドライトは当時、白騎士団に所属する貴族であった。
数少ない白騎士団の不祥事であり、故に話題自体が闇に滅された。
「いつ頃の話なのですか?」とのハリィの問いにも賢者は鷹揚に頷いて答える。
「そう昔でもない。六、七年前の話じゃ。だが奴の親族肉親や関わった貴族は口封じに殺されたし、この話題を口にすると呪われると恐れた住民も口を閉ざした。故に、世間には出回っていない内密の不祥事になった次第じゃ」
六、七年前といったら、ハリィやボブは生まれている時代だ。
そんな近年に自分の住む街で物騒な大量殺人事件があった上、情報が隠蔽されていたのだと考えると、背筋が凍りつく。
そうした大犯罪者が、簡単に懐柔されるとも考えにくい。
「――そうですわ、アルテルマ!」
不意に何かを思いついたのか、エルニーが叫んだ。
「アルテルマって確か」と思い出すジョージにつられて、ハリィも思い出す。
前回の魔族戦で勝敗を決めたのがアルテルマだった。
ワールドプリズの伝承に残る魔具、アルテルマ――
一振りで巨大な剣と化し、一切のものを跳ね返す。
しかし、あの時は空からの攻撃だったからこそ跳ね返せたのだ。
今回の敵は空中に留まっており、剣を振り回すには自分も空を飛ばなくてはいけない。
ドラゴンの背に乗るにしても、足場の悪い場所で身の丈を越す巨大剣を振り回せる者が、この中にいるだろうか?
いずれにせよ、巨大魔族を何とかするには大犯罪者を手懐けるか、魔具を振り回すかの二択しかない。
そして犯罪者の居所を探す手がかりもない今、選べる手段は一つしかなかった。
「アルテルマを借り受けに行こう」
黒騎士隊長のアレックスがぽつりと呟き、腰を上げる。
「けど――」「でもっ」
スージとエルニー、双方の声が重なった。
アルテルマは彼らの故郷クレイダムクレイゾンに住む富豪が所持している。
危険人物が散々暴れまわり、今もそちら方面から凶悪な剣士が首都を目指していると訊いたばかりだ。
もし途中でそいつと鉢合わせてしまったら、戦わざるを得なくなる。
「だったら、アタシの背中に乗って飛んでいけばいいヨ!」と叫び返したのはアルだ。
幸い、件の魔族は亜人を無視している。
アルが誰かを乗せてクレイダムクレイゾンまで運ぶのは可能だろう。
ただし、ジロやスージ達では駄目だ。
殺戮剣士との遭遇を考えたら、ある程度は我が身を守れる者が好ましい。
皆の目は、それぞれ自分が強いと思う者へ向けられて、最終的に号令をかけたのは斬であった。
「俺が取りに行こう、アルテルマを。俺とアルが戻るまでの間、皆は出来る限りの準備を整えておいてくれ」
出かけようとする彼を呼び止めたのはソウマだ。
「待てよ、マスター。俺も行く。もし街を襲っていた奴らと鉢合わせる羽目になったとしても、俺が必ず二人を守ってやるよ」
続けてタオが音もなく斬の側へ忍び寄り、笑みを浮かべる。
「僕もご一緒しましょう。一人よりは二人、二人よりは三人のほうが、より確実に仕留められるでしょう?」
じっと二人を眺めて、斬はしばらく悩んでいたようであったが、割合すぐに答えを出した。
「……判った。ただし、くれぐれも深追いするんじゃないぞ。我々の目的はアルテルマを持ち帰ることにある」
クレイダムクレイゾンへ戻っても、すんなり借り受けられるとは斬自身にも思えずにいたが、やると言い出した以上は必ずやり遂げねばなるまい。
ついでに邪魔者をニ、三、排除できたら御の字だと考えながら、ドラゴン化したアルの背中へ跨った。


22/09/01 update

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