Beyond The Sky

36話 未曾有の危機

――それは、前触れもなく現れた。
レイザース王国首都、王宮の真後ろに。

斬が留守にしている間、黒騎士団長アレックスの通信機に届いた悲報は彼らに多大な衝撃を与えた。
「首都が襲われている!?大変であります!隊長、今すぐ我々も戻りましょう」
唾を飛ばす部下へアレックスは続報を伝える。
「同時に忍者も動いた。今は海賊と海軍が抑えているが、そう持ちこたえるものでもあるまい。我々も援護に回る」
首都内に巨大な悪魔が現れた。
城よりもでかい化物が王宮の真後ろに突如出現し、口から魔弾を放ってきた。
宮廷魔術師が結界を張って防衛しているが、人員を全て結界に割いているせいかグラビトン砲を撃ち込む余裕がない。
首都襲撃と同時に、主だった都市も襲われている。
襲われている要所はクレイダムクレイゾン、クラウツハーケン、ファーレン、カンサーの四箇所だ。
無人島から出撃した忍者軍団の迎撃には海軍と海賊が共同であたっているものの、戦況は芳しくない。
全ての襲撃が迅速に始まり、防衛は後手に回っている。
これまでのジェスターは、事前に襲撃予告してくるのが常であったはずだ。
反逆者とは無関係なのか否かで、宮廷内は意見が分かれた。
今や国中が大混乱、黒騎士団は早急に戻ってこいと白騎士団から要請が出ている反面、王の指示は亜人の空軍を率いて忍者軍団を防げと出ており、指示すら真っ二つに分かれてしまっている。
「だったら、ここでくっちゃべっている場合じゃないぜ!出撃しよう」
団長不在だというのに亜人の鼻息は荒い。
だが、事は緊急を要する。彼らの言うとおりだ。
「準備のできた者は亜人に搭乗しろ。空の防衛団も出撃準備を急げ」
淡々とアレックスに命じられ、銃を手に取り防御チョッキを着込む傭兵や隊列を組んでドラゴン化する亜人などで俄に防衛団宿舎も慌ただしくなる。
「う、嘘だろ?どうやって首都まで近づいたんだ」と青くなるジロへスージが思いつきを話す。
「きっと魔族だよ!魔族を使って、魔術師の監視をごまかしたんだ」
城の真後ろに出現した悪魔も、見た目は魔族に似ているという。
人間にだって使えるのだ、奴らが瞬間移動の術を習得していたとしても不思議ではない。
ただ、これまでの魔族と異なりハンパなく巨大で、攻撃も桁違いの破壊力だ。
最初の不意討ちにより城壁の六割が吹っ飛んだとのことで、結界が切れたらレイザースの歴史も終わってしまう。
「ジロ、スージ、エルニー。諸君らは、ここで待機して団長との繋ぎを命ずる。ルリエルには三人の護衛を任せる。黒騎士と傭兵は亜人と同行して、海賊と海軍の援護に回る。分担は以上だ。全員速やかに行動せよ」
場を取り仕切るのはアレックスだ。ハリィは他の仲間と同様、神妙に頷いて亜人の上に跨った。
「さぁ、いくわよ!空の防衛団、出撃!」
シェリルの号令で一斉に砂埃を舞い上げて、次々と亜人が飛び立ってゆく。
それらを見送りながら、ジロは何度も通信で斬に呼びかける。
しかし通信機は呼び出し音を繰り返すばかりで、一向に出る気配がなかった。


首都が襲撃されるよりも、数時間ほど前。
斬一行は腹を据えて忍者軍団と話し合っていた。
彼らがジェスターに捨てられたのは明白、これ以上争う意味はないというのが斬の主張だ。
対して忍者たちの主張は、ジェスターの有無に関係なくレイザースへ反旗を翻す志は挫けていないし、レイザースに味方する者は敵だという考えだ。
話し合いは平行線、永遠に決着がつかないかと思われたが、突破口を作ったのはタオで、監視役のバドに話を振る。
「あなたはジェスターの直属部下なのでしょう?今の状況も報告するおつもりですか」
「そうしたいのは山々だけど」とバドは肩をすくめる。
「俺にも連絡が取れないんだよね。ジェスターは勿論だけど、俺を召喚したマスターとも」
「マスター?」と首を傾げる面々に、付け加えた。
「あぁ。異世界へ召喚された時は、呼び出したやつをマスターって呼ぶんだそうだ。んで俺を召喚したマスターは、確かラブラドライトって名乗っていたな」
途端に「ラブラドライトだって!?」と叫んだのはソウマで、「知っているのか」との斬の誰何にも勢いよく頷いた。
「知っているも何も、俺とは強い縁がある……あいつもジェスターに加担したってのか」
普段は陽気なソウマが眉間にびっちり縦皺を寄せて仏頂面になるってんだから、ろくな縁ではあるまい。
敵対関係と見てよかろう。
バドは、さして興味なさそうに「とにかくマスターが音信不通になったんだ、だから報告しようにも出来ないってわけ」と話を締めて、一同を見渡す。
「俺としちゃレイザースがどうなろうと知ったこっちゃないけど、栄太郎さんが潰すっていうなら従うよ」
バドの身柄は、栄太郎次第で味方にも敵にもなろう。
斬は一応タオにも確認を取っておく。
「きみも魔族が部下につけられたような事を言っていたな。彼らは今どこに?」
タオは、じっと斬の目を見つめて答えた。
「亜人の島であなたと戦った時は、あえて別行動を取りました。彼らは、すぐ雇い主へ告げ口しますからね。今はジェスターと一緒にいるんじゃないですか?」
そのジェスターは雇った面々もろとも行方をくらました。
直属配下のバドにも連絡が取れないのでは、お手上げだ。
「僕や忍者が切られるのは有り得るとしても、魔族のバドまで切り捨てるのは不自然ですね……やはりジェスターの身に何かが起きたと考えるのが妥当でしょう」とタオは呟き、ちらりと忍者軍団を見やる。
「亜人がレイザースの味方についたのは事実です。いいえ、そればかりか打倒ジェスターに白黒騎士団や海軍、海賊までもが共同作戦を組みました。それでも里長、あなた方の反乱の意思は揺るぎませんか?」
「当然だ」と重々しく頷く彼へ冷ややかな視線を向けながら、なおもタオは説得を重ねる。
「反乱が失敗すれば、今度こそジャネスは焼け野原と化すでしょう。女子供を巻き込んでまで、やる価値はあるのでしょうか」
「しかし、やらなきゃ俺達は干上がってしまう!観光で稼げるカンサーのようには、いかないんだ」と下忍からもあがる不満を制したのは、斬だ。
「その件だが、俺達にも手伝えないだろうか。俺はレイザース人だが、かねてよりジャネスには興味があった。移動手段の少なさ故なかなか行けずにいたが、首都から一本でいける交通手段を作れば、観光客を呼び込めるのではないか?」
「提案するのは容易だが、お主に騎士団を動かす権限はなかろう。どうやって実現させる気だ」と里長に聞き返されて、斬は言葉に詰まる。
レイザースは王を中央に据え置き、領土の建築及び交通事情は全て騎士団が管理している。
道路一本通すにしても、騎士団へお伺いを立てなければいけない。
獣道や私道ならともかく、町と町をつなぐ道路となると費用がかかる。その費用を肩代わりするのが国の役目だ。
「なら、亜人を使うといいでしょう」と応えたのはタオで、「亜人を!?」と驚く座の面々へ自信満々頷いた。
「空路です。空路を使えば一本で行けますでしょう?道を作るのと違って費用もかからない。一石二鳥です」
「亜人を……しかし、それは亜人が我らの頭上を飛び回るということに」と慄く忍者を一瞥し、すぐに視線は斬へ向き直る。
「亜人が頭上を飛び回って、何か問題でも?彼らは訓練された兵士です。隊長の斬さんが、しっかり手綱を率いていますからね」
タオが斬を見つめる瞳は尊敬以外の感情も見え隠れしているようで、栄太郎はモヤモヤする。
もし真剣勝負で戦ったのであれば、自分を負かした相手を尊敬する気持ちは判る。
判るが、しかし栄太郎との距離と比べると、斬との距離のほうが近すぎるように感じて、胸のあたりが苦しくなった。
「運賃を高くを取るのでは、あるまいな?」と、まだ渋る里長へ斬も一声かけた。
「高くても問題ない。レイザース人は皆、好奇心の塊だ。空旅行ができるとなれば嬉々として利用するだろう。亜人は従順だ、人間に危害を加えもしない。賃金は全てジャネスの収入に回すと約束しよう」
それまで、ずっと黙っていたバフが会話に割って入ってくる。
「いいんじゃないの?ジャネスの観光地化計画」
「軽く言ってくれるが、全ての住民を説き伏せる苦労を、お主は何も判っておらん!」と反論してから、下忍達も気づく。
そういやバフ、記憶喪失の亜人を、どうしてタオはジャネスへ連れ込んだのであろう。
栄太郎が無人島で待機していたのはタオも周知のはず、バフが栄太郎を知るというなら、直接本人の元へ連れていくべきだ。
真意を問うと、タオは何でもないことのように答えた。
「バフをダシに栄太郎を里へ呼び戻したかった、それだけです。僕は裏切り者ですからね」
カンサー出身でありながらレイザース側へついた理由も、あっさりしており、自分を負かせた斬に興味を持ち、彼の元で腕を磨きたいのだと言う。
流れの雇われ傭兵である以上、タオの判断は責められるものではない。
傭兵は義理人情や善悪で動かない。自分のメリットになるか金払いの良さで、雇われ先を選ぶ。
しかし、しかし――理性では片付けられても、栄太郎の本能が激しく理解を拒んでいる。
一時は仲間だったのだ。本音を打ち明けてもいいと思えるほどの。
ずいぶん親密な会話を交わしたと栄太郎の記憶の上では、そうなっているし、腕を磨きあったりもした。
なのにレイザースのハンターに負けました、あっちにつきますとあっさり言われたって、納得いくわけがない。
その一方で冷静に考える自分もいる。
打倒レイザースを成すにあたり、騎士団だけが敵ではなくなった。
海賊や海軍を倒した上で、亜人まで相手にせねばならない。
仮に全てを叩き伏せて独立できたとしても、財政の立て直しが一番の障害となろう。
収入源は一切ない。独立しても、そこは変わるまい。
自給自足では、いずれ底が尽きる。そうなれば、反旗を翻した意味もない。
ジェスターの協力も期待できまい。レイザースを滅ぼす、それしか目的を持たない奴では。
これまで全く考えなかったわけではないが、里長や老人の期待の大きさに反旗を翻しせざるを得なかった。
やはりレイザースに破れた時点で、ジャネスの歴史は幕を閉じたのだ。
栄太郎が悶々考え込んでいる間にも交渉は進められており、里長や下忍は遊覧飛行計画に興味を持ち始め、子供たちは喧々囂々言い争った。
何を争っているのかというと、栄太郎の家で共同生活を始める件についてだ。
「俺は栄太郎と暮らしたいから、一緒に来たんだ!亜人の島になんて絶対戻らねぇ」
鼻息荒く主張するバフを、アルとイドゥが宥めにかかる。
「だーめだって、ジャネスの人達に迷惑かけちゃうだろ?栄太郎は平気かもしんなくても、他の人も同じとは限らないし」
「そうダヨー、ここはドラゴン化できるほど広くないし!」
説得にバドも加わった。
ただし、宥めるというよりは追い出す勢いで。
「栄太郎さんちは里長の家と違って小さいからね、俺と彼の二人で精一杯だ。お前の入る隙間は一ミリもないんだよ」
「だったら、お前が出てけよバド!ジェスターのところへ戻れよ!」
負けず劣らずの鼻息罵声が返ってきて、バドも逆さ八の字に眉毛を釣り上げる。
「さっき音信不通の行方不明だと話していたのを、聞いてなかったのか?記憶喪失ってだけじゃなく、記憶力もないんだな」
「なら、先着順でバドが同居すりゃいいさ」と、イドゥが口を挟んだ。
「バフは親と一緒に暮らせよ。栄太郎なんて所詮、赤の他人だろ?」
「他人じゃねぇ!友達以上の存在だ!!」とバフも、なかなか譲らず、口論は平行線を辿る。
「だったらアル達は、どうナノ?友達でショ?亜人の島へモドロ!」とのアルの誘いにも、バフは頑として首を縦に振らず。
「お前らなんか友達じゃねぇ!覚えてないんじゃ、その程度の仲だったんだ」などと、つれないことを言ってくれる。
親友と呼べるほど仲良しではなかったにしろ、毎日島で遊んだ仲だ。
最近は防衛団の訓練に夢中で、彼を多少ないがしろにしていたかもしれないが。
一緒に入らなかったバフが悪いんだと思う反面、どうして無理を言ってでも仲間にしておかなかったんだとアルは後悔する。
あの時、仲間にさえしておけば、後々ややこしい問題で悩む事態にも、ならなかったのに。
「栄太郎。忍者のリーダーは、あなたです。決断を」
凛とタオの声が響き、子供たちの注目も、そちらに集まる。
栄太郎は、じっとタオへ熱い視線を注ぎながら答えを出した。
「……ジャネスの未来を真に考えるのであれば、反旗を翻すのは得策ではない。我ら忍者も打倒ジェスターに加わろう」
宣言を聞いた直後、張り詰めていた空気が緩んだような、ホッとしたような雰囲気が居間を包み込む。
ジャネスの行く先を決めるのは里長じゃない。現場で戦う忍者、その頭目たる栄太郎だ。
彼が反乱を収めると決めたなら、ジャネスの民も従う。
「そのかわり」と言いかける栄太郎を制して、斬が彼の欲しい回答をよこす。
「君達が助力してくれるなら、我々もジャネスの繁栄に出来る限りの協力を惜しまない。必ずや観光地計画を成功させて、ジャネスの財政を潤わせてみせよう」
空路を使うにしろ、騎士団との連携は必須だ。
だが、斬なら或いは騎士団を動かせるんじゃないかとソウマは考える。
一介の亜人が夢見たに過ぎない防衛団を実際に戦えるよう調整して、レイザース王に黒騎士団を派遣させるまで至らせたのだから。
今も、話し合いで忍者を味方に引き入れた。
栄太郎の心を動かした直接の原因はタオなのかもしれないが、タオをレイザースへ寝返らせたきっかけも、やはり斬なのだ。
ソウマが斬の仲間になったのは、ルリエルの存在が直接の原因だ。
だが何度か依頼をこなすようになってからは、斬への信頼も深まっていった。
斬には、人を惹き付けるカリスマがある。人ばかりじゃない、亜人にも有効だ。
そのカリスマが何故世間には伝わらないんだろうと考えるソウマの耳に、通信機の呼び出し音が鳴り響く。
鳴っているのは斬の通信機で、呼び出しに応じた途端、顔色を変えて「何っ……!?」と呟く彼には全員が驚いた。
「ど、どうした、何があった」と慌てる里長や忍者の目前で、何度か遣り取りしてから通信を切った斬が立ち上がるや否や飛び出していこうとするもんだから、またまた皆は驚かされる。
「待って待って、斬!飛び出す前に何があったのか教えて!?」
飛びついてきたイドゥの腕を引き剥がそうとしながら、もどかしそうに斬が告げる。
「レイザース首都が襲撃された!空の防衛団は既に出撃した、俺達も早く戻らなければ!!」
団長の斬は勿論のこと、副団長にして立ち上げ人のアルにも無断で決行された仰天大ニュースを。


22/07/13 update

TOP