Beyond The Sky

34話 忍者の里

ジャネスでは、平時より黒装束をまとった人々が住んでいる。
情報元は隣町カンサー出身のタオだ。
「住民は大きく分けて町人、忍者、芸者、侍の四職業に分かれて生活しています。いいですか、話しかけて大丈夫なのは黒装束の者だけです。他の格好をした住民と目を合わせるのは大丈夫ですが、絶対に話しかけたり、手を出さないように」
町の外で最終確認をタオに取られて、全員が神妙に頷く。
忍者は子供も黒装束を纏い外出する。外にいる限りはアルやイドゥも、黒装束で身元を誤魔化せるというわけだ。
その代わり、家の中に入るのはアウトだ。
家に入れば黒頭巾を脱がなきゃいけない場面も発生する。
観光客を装えばいいんじゃ?といった案は出かける前にも出たのだが、タオは一刀両断に却下した。
反逆を起こす前ならともかく、今は観光客でさえ怪しまれる対象だ。自由に動き回れない。
「いいか、誰かに話しかけられても絶対に話すんじゃないぞ。交渉はタオに任せるんだ」
斬に何度も念を押されて、アルとイドゥはコクコク無言で頷く。
一行の中で黒装束を纏っていないのは、バフだけだ。
栄太郎を呼び出す為にも、彼は素顔を晒していなければ意味がない。
「よし……じゃ、行こう」とソウマに号令をかけられて、一同はジャネスへ足を踏み入れる。
――そこには、初めて見る景色が広がっていた。

馬車が三台は横に並んで走れそうなほど幅の広い大通り。
その両側に並ぶ建物も、一風変わった代物を店先に並べている。
赤い飾りの付いた長い串、あれは何に使うのだろう?
細長い棒が何本も並べられている。
その中でも、ひときわ目を引くのは上段に置かれた艶やかな筒。
不思議な民族衣装に身を包んだ男が「ほぉ」とか「ふむ」と感心したように頷きながら筒を引っ張ると、鋭利な側面が表れる。
棒だと思ったのは、どうやら全部刃物類、ジャネス特有の武器だろうか。
綺麗な模様の巻物を広げて眺める御婦人、その隣で揉み手をして売り口上を並べ立てる男。
香ばしい匂いが、どこからか漂ってくる。屋台も出ているのか。
しゃなり、しゃなりと気取った足取りで歩く女性は髪に例の綺羅びやかな串を挿し、やたら上げ底な靴を履いていた。
通りを「魚ァ〜、魚ェ〜。生きのいい魚だよォ〜」と濁声張り上げて、白い頭巾の男が猫背で歩いていく。

レイザース首都近郊では、けして見られることのない珍しい景色に後ろ髪を引かれながら、一行はタオの後をついて歩く。
タオが向かうのは、ジャネスの奥にある忍者の里だ。
元々彼は、そこの忍者に雇われた流れの傭兵であった。
裏切りは既にジェスター経由で里にも伝わっているかもしれない。
しかし伝わっているなら、それはそれで好都合だとタオは言う。
どんな秘策があるのか詳しくは話してくれなかったけれど、ここは彼を信じるしかない。
道なりに進んでいくと、田園が両脇に広がる場所へ出た。
ここから先が忍者の里だ。藁葺仕様の民家が見えてくる。
民家はどれも一階建ての平屋で、こんな状況でなければ隅々まで冒険してまわりたい好奇心を無理やり抑えて、アルは内心うずうずしながら斬の後ろを歩いた。
ジャネスに入った後はタオとバフだけ忍者の里へ向かう案も出ていたのだが、絶対誰かがヘマをやらかすとソウマが懸念を示し、全員が忍者の里へ向かう案で落ち着いた。
先頭の足が止まる。
ついたのだ。忍者の長が住む家に。
ここへ来るまでに見た、こじんまりした民家と異なり、立派な門構えだ。
建物自体も大きい。奥にあるのは庭だろうか。
二人ほど門番が立っていて、彼らの前で突然タオが黒頭巾を脱ぐもんだから、一行は全員驚いた。
「あっ!お、お主……!お主、無事だったのか!」と叫んだ門番をじっくり見やってから、タオが薄く笑う。
「只今戻りました。ご心配をかけて申し訳ありません」
「た、タオ殿、よくぞ戻って参られた」と二人揃って門番が駆け寄り、労りの手つきでタオの肩を優しく撫でる。
「どこぞへ向かった後に行方が判らなくなったと聞いておりましたぞ!儂は、ずっとお主が心配で、心配で」
まずは反応を知る為に、わざと脱いだのか。
それにしたって事前に打ち合わせてくれれば、こちらとて無駄に驚かず済んだのに。
と、覆面の下で斬は胸をなでおろす。
門番の一人は涙を浮かべており、雇いの傭兵相手にしては些か距離が近いようにもソウマには感じたのだが、黙っておく。
カンサーとジャネスは隣町、余所者には判らない距離感があるのかもしれない。
「手強い敵と戦ったのです。一時は大怪我で動けなくなりましたが、このとおり完治しましたので戻ってこられたのですよ」
すらすらと嘘を並べるタオに、淀みはない。
門番は二人とも素直に驚いており、彼の言葉を微塵も疑っていないかのようだ。
「なんと……タオ殿ほどの強者を倒す手練が、レイザースの兵にいたと申すので!?」
「ささ、早く中へ。詳しい話を長にも訊かせてやってくだされ」と言ったあたりで、ようやく門番の一人がツレに気づく。
彼らの視線を辿って、タオが先回りした。
「彼らは僕の部下です。お忘れですか?ジェスターが僕に手配した魔族の面々を」
ジェスターの名を聞いた途端、黒ずくめの門番は「あぁ……」と、あからさまに顔を曇らせる。
「訳あって彼らと離れている間に怪我を負ってしまいましてね。ですが、こうして無事に合流できました」
「タオ殿の御身を守る役目でありながら、離れておったと?反逆者の配下とは無責任でござりますなぁ」
眉をひそめた門番をタオが「いえ、僕が命じたのです。分散して敵を燻り出すようにと。迂闊でした」と宥める。
「タオ殿、やはり我らと行動と共にすべきでござります。あの男は、どうも信頼なりませぬ。あの男が使わせた、こやつらも」
もう一人も此方へ敵意を向けてきており、ジェスターと忍者の不仲を偲ばせた。
ジャネスの人々は生粋のレイザース人であるジェスターを、完全には信用していない。そのように感じる。
この感情が住民全ての総意なら、忍者のリーダーである栄太郎にも付け入る隙がある。
タオがバフの腕を掴んで、そっと自分の元へ引き寄せる。
「それよりも、重大な知らせがあります。栄太郎は何処ですか?まだ無人島にいるのでしょうか」
門番は二人同時に答えた。
「重大な知らせ?タオ殿復帰以上の知らせがあると」
「頭目でござりますか?えぇ、南洋諸島に潜んで開始合図を待っておられるはずですが」
「そうですか」と意味深に頷き、タオがバフを前面に押し出す。
「栄太郎を知るものを見つけたのです。僕が怪我を負って転がり込んだ先にいた、亜人の子供ですよ」
ここでようやく、バフが口を開く。
事前に打ち合わせていた通りの言葉を発した。
「栄太郎がココにいるって、こいつが言ったから、ココまでついてきたんだ。なぁ、何処にいるんだ?」


タオ凱旋及び亜人の子同伴の報告を受けて、里長は栄太郎を急遽呼び戻す。
タオが戻るまで、彼らは二つの情報で混乱していた。
一つはジェスターの配下経由による、タオがレイザース側へ寝返ったという信じがたき情報。
もう一つは栄太郎からで、ジェスターとの連絡が取れなくなったとの報告だ。
前者はガセだったと判ってホッとしたと里長が無邪気に喜ぶのを目にして、斬やソウマは複雑な心境になる。
よくも平然と嘘がつけるものだ、タオは。
今もしれっとした顔で里長の隣へ座り、他の黒装束から酌を受けている。
「タオ殿が、こうして無事に戻ってきた。これほどめでたい知らせもあるまいよ」
里長は白髪に白くて長い髭を蓄えた老人で、どこから見ても好好爺、冷徹なキリングマシーン忍者とは結びつかない印象だ。
この老人も、いざとなったら黒装束に身を包んで誰かを殺しに向かうのだろうか。想像がつかない。
土間に座らされた格好で、斬は油断なく室内を見渡す。
魔族だと紹介された一行はタオと同じ扱いにはならず、全員土間で待機させられた。
自由に飲み食いできるのもタオだけで、イドゥなどは気を抜くと鳴り出しそうな腹の虫を抑えるので精一杯だ。
バフは土間行きこそ免れたものの、鉄輪を両手と首に嵌められて、まるで捕獲された猛獣の如し扱いを受けている。
ちらりと里長が嫌な目でバフを睨んだ。
「それにしても、亜人か。栄太郎を知るとなると、報告にあった拾いし子で違いあるまい」
二人拾った件は、仲間に報告済みだったようだ。
それ以降は栄太郎が報告を怠っていたかして、伝わっていないのであろう。
「タオ殿、道中で危害を加えられたりはせんかったか」
「大丈夫です。この子供は記憶を失っていますから、変身できようはずもありませんよ」
それとなくバフが記憶喪失を患っていて、その上で世話になった栄太郎に感謝していると忍者へ伝えながら、栄太郎の帰りを待つ。
栄太郎は魔族に乗って帰ると言っていたそうだから、あと数時間には到着する予定だ。
ひとしきり飲み食いした後、タオを伴って忍者たちは奥の部屋へ引っ込み、残りは土間へ残される。
火の落ちた土間は肌寒く、アルは、ぶるっと身体を震わせた。
「斬……どうしよ、あたし、おしっこしたいヨ……」
「なんだと……我慢できるか?」と気遣われても、無理だ。
こうして話している間にも尿が下に溜まっていく感覚を腹の下に覚える。
「おしっこ、出ちゃう……出ちゃうヨ、ウゥッ」
「我慢しろよ、漏らしたりしたら最悪だぞ」と横からソウマも我慢を強いてきたが、意識でどうにかなるもんでもない。
もじもじ膝小僧を擦り合わせて我慢するのも限界だ。
「アッ」と思った瞬間には激しくジョパパパーーッ!と黄色い液体が、アルの履いたズボンを通して土間に放たれた。
――ちょうど、そのタイミングだった。
「帰ったぞ。……ムッ?なんだ、この匂いは。誰か小便でも漏らしたのか?」
白と黒が交互に入り混じる髪の男が、斬たちの背後にある扉を開いて入ってきたのは。


22/06/24 update

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