Beyond The Sky

32話 憧れのジャネス

ジャネスはニンジャのメッカ、いわば発祥の地である。
それなのにニンジャに憧れを持つ斬が一度も足を踏み入れたことがないと知って、ハリィは不思議に思った。
訊けば、ニンジャを初めて知ったのはカンサーだと言う。
カンサーとジャネスは隣町、カンサーにニンジャが紛れ込んでいても不思議ではない。
だがカンサーまで行く足があったんなら、ついでにジャネスへも立ち寄ったっていいじゃないか。
初めて忍び装束を購入したのもカンサーだと聞くし、何故ジャネスへ行かなかったのかをハリィが問うと、斬は、こう答えた。
本物と会うのは、あまりにも恐れ多くて出来なかったのだ――と。


バフは、あっさり借り受けられた。
本人が同行を希望したんじゃ、長老や両親では抑えきれない。
否、記憶が戻るんだったら、どんな手段でも構わないと彼らは考えたのだろう。
道中、「ジャネスに行ったら栄太郎に会えるんだろ?あぁ、早く会いたいな〜」とバフは同じ言葉を何度も繰り返す。
「随分と栄太郎に心を許しているんですね?あれは忍者の頭領ですよ」と訝しむタオへ、バフは「親切にしてくれたんだぞ。信頼するのは当然だろ!」と少年らしさを覗かせた。
ジャネスへ向かうのは、タオとバフの二人旅じゃない。
斬の他にソウマとジェナック、アルにイドゥまでついてきた。
髪の色でバレるんじゃないかと斬には危ぶまれたが、黒頭巾を脱がなきゃ大丈夫だと説き伏せての同行だ。
亜人には全員留守番を命じたかったのに、子供が抜けるぐらいなら大丈夫だと、よりによって同種のバルやアッシャスが言い出して、子供三人を連れての団体旅行になってしまった。
「これ、暑いかと思タのに意外と涼しーい!」と黒ずくめになったアルが騒ぎ、ソウマも自分の襟をちょいと引っ張る。
「夏に黒装束なんて我慢大会かよ?って、ずっと思っていたけど、実際に着てみると案外通気性がいいのに驚きだよな」
ずっと、そのように思われていた事実にはショックだが、見直してくれたのなら、これ幸い。
斬は笑顔で「似合うぞ、二人とも」と褒め称え、ソウマを微妙な気分にさせた。
「顔が見えないのに似合ってんだったら、誰が着ても似合うだろうぜ」
「似合うかどうかは、さておき。動きやすいってのも驚きの一つに入れておくべきだ」と言い出したのはジェナックだ。
「カンサーの民族衣装と同等なんじゃないか?この軽さは」
上から下まで黒一色、頭巾で顔半分隠れた状態なのに、腕や胸まわりで彼だと判るのは逆に凄い。
「なんでそんなピチピチな着こなしなんだよ、あんただけ」と呆れるソウマを余所に、斬は笑顔で受け答えた。
「本来は闇夜でアクティブに動き回るのを想定したと聞く。理想の運動着であろう」
黒装束を褒められるのは、自分の趣味を認められたようで嬉しくなる。
斬の喜びが感染したか、イドゥは往来の道端で突如バク転を披露して「本当だ、動きやすーい!」を実演してみせた。
「あまり目立つ真似は、ご遠慮くださいね。彼らが栄太郎を呼び出すまで、無駄な戦闘を避けるべきです」
そこへタオの小言が飛んできて、全員のトーンが落ちる。
「まぁ、万が一戦闘になったら、俺がガキどもを護衛してやるよ」
ぼそっと呟かれたソウマの一言に、斬も「あぁ、任せた」と頷いた。
そこへ「斬の黒装束も結構似合うけど、やっぱ一番は栄太郎だなー」とバフが煽ってくるもんだから、アルとイドゥが反発する。
「何言ってんだ、斬が一番格好いいに決まってるだろ!」
「エイタロって、どんな人なノ?斬みたいに強くて格好良くてクールで寡黙?」
「待て、俺は寡黙でもクールでもないぞ」と混ぜっ返す斬を無視して、バフは笑みを浮かべた。
「なんといっても優しいんだ!栄太郎の笑顔を見ていると、こっちまで心が暖かくなってくる……栄太郎は俺に魚釣りや山菜の取り方を教えてくれたんだ。頭を撫でてくれるし、俺が作った飯を褒めてもくれるし、夜は一緒に寝てくれるんだ。強さは知らない、俺はいつもテントで留守番だったから」
世間を騒がせている人斬りとのイメージが結びつかない人間像だ。
しかし実際に遭遇したジョージとモリスも似たような報告をしていたし、一面だけじゃ人は測れない。
このまま延々、栄太郎の自慢話を聞かされると危惧したのか「それはともかく」と、ジェナックが話題を仕切り直す。
「ジャネスについたら、どう動くんだ?バフの黒装束を解いて栄太郎を出せとでも騒ぐのか」
「それでは同行している貴方がたを危険に晒すようなものです」
タオは澄まし顔で答えると、斬を見上げた。
「我々でバフを捕獲したことにします。栄太郎を知る亜人として」
栄太郎は子供を二人拾ったとしか報告していないから、故郷に残る部下にもバフの名前を知らない者がいよう。
しかし見知らぬ子供が彼を知っているとなれば、拾われた子供と結びつけるのは容易だ。
「ジャネス住民ってのは訛りがあったりするのか?少し話しただけで判っちまうような」
ソウマの疑問にも、タオは卒なく答える。
「若い衆は訛りを恥ずかしいと思っています。占領を恨みに思っているのは年寄衆だけですのでね」
「ふーん。カンサーは若い奴でも滅茶苦茶訛ってんのにな」とソウマに言われ、タオは肩をすくめた。
「あれは観光客へ向けたリップサービス、わざとですよ。普通に喋る時は誰も訛っていません」
言われてみれば、タオもカンサー出身なのに訛っていない。流暢な首都語だ。
ふぅんと全員を見渡して、タオが嘆息する。
「皆さん、カンサーはご存知なのにジャネスには詳しくないと見えますね。どうしてジャネスへは観光に行かなかったんです?あそこも一応観光地と呼べるでしょうに」
「どうしてって、カンサーで全部事足りちまうからなぁ」とはソウマの弁。
「宿が充実しているし、飯も美味い。おまけにカンサーでニンジャやゲイシャを見かけられるんだったら、わざわざジャネスまで足を伸ばす理由が見つからんぜ」
占領下に置かれながら収益がない。
首都からの直通便は、カンサーが終着点だ。
そこからジャネスへ行くには徒歩で向かわなければならず、観光客はカンサーに留まる。
そのあたりも、反逆を起こさせた原因になっていそうだ。
「斬さんはクレイダムクレイゾンの、お生まれですか?語尾に訛りを感じます」
「ハリィにも同様に言われたんだが、そんなに判るものなのか?訛りとは」
「斬のは訛っているってんじゃなくて、キャラを作っているんだろ」
斬とソウマの驚きが重なり、指摘したタオは頷いた。
「微弱な違いですけれど、あの地だけに存在するイントネーションがあるのですよ」
「なるほど、微弱か。全然判らんな。俺にはソウマと斬、どちらも同じに聞こえるぞ」
ジェナックは何度も頷き、感心している。
彼の語り口も首都語と比べると些か訛っており、判るものが聞いたら判ってしまう。
「ジャネス住民に訛りを感じ取られたら、厄介なことになるんじゃないか」と懸念するソウマへタオが請け合った。
「でしたら、僕とあなたで交渉役を努めますか?僕達二人は訛っていませんし」
ソウマは完璧な首都語だ。
剣士なら武者修行で各地を渡り歩いていそうなもんだが、訛りが移るほどには定住していなかったと思われる。
「交渉は、お前に任せるぜ。俺だとボロが出そうだ」とソウマは眉をひそめる。
どのみち忍者の事情を知るのはタオだけなのだ。タオが交渉をやるべきだろう。
斬達は直通馬車便に乗らず、首都からジャネスまでの道のりを歩いている。
さすがに団体様でドヤドヤ馬車へ乗り込むのは、乗客全員の注目を浴びるから却下となった。
「栄太郎の足は魔族か?」と斬に問われ、タオが頷く。
「ジャネスから最北端までは魔族に乗っての移動でしょう。この格好は馬車だと悪目立ちしますからね」
最北端まで移動した後、バフとバドを拾って南下した。
栄太郎は何故、最初は最北端まで出向いたのか。
それもタオが教えてくれた。
ジェスターは忍者にメイツラグの動向を探らせる予定であった。
だがメイツラグ海軍が現在、海賊の相手で超多忙だと栄太郎の報告で知り、メイツラグの妨害はないと確信した。
無人島に潜伏する次の作戦が発動し、忍者たちは無駄足を踏まされた次第である。
「ひとくちにレイザースを滅ぼすといっても、広いですからね。忍者は彼の有効な使いっぱしりなんですよ」
なにしろ人数が多い。人海戦術にもってこいの仲間だ。
それにジェスターは反逆者、表立って情報収集できない身となれば、忍者に頼む他あるまい。
「けど、頭領をツカイッパにするかねぇ?強いんだろ、そいつ。なら、自分と同行させたほうがいいんじゃ」
ソウマの疑問に「強いからこそ、同行させたくないのかもしれませんよ」とタオは言う。
タオも雇われついでに専属用心棒を名乗り出たのだが、ジェスターには断られた。
自分を護衛するよりも各地で戦闘を引き起こして、レイザース本土を撹乱しろと命じられた。
忍者軍団も所詮は煽動役でしかない。
レイザース王を倒す役目は、ジェスター自身がやりたいのだろうから。
首都を出て北西へ道なりに歩いていくと、やがて小さな村が見えてくる。
クレイダムクレイゾンとの中間地点、ホロイトルだ。
大抵の観光客は素通りしてゆく。
村には宿屋がないし、見どころも特にない。至って平凡な集落だ。
「ジャネスまでは、かなりの距離があります。今日は、この辺りで休んで、翌日カンサー入りを目指しては?」とタオが提案するのは、つい先程クレイダムクレイゾンが襲われたばかりなのを案じてのことだ。
「ここからカンサーだって、かなりの距離だぜ?一日で歩きつけるとは思えないぞ」と、ソウマ。
「うむ。途中でクレイダムクレイゾンに入れないのは、地味に痛いな……」
斬もぼやき、そういえばとアルが尋ねた。
「ずっと黒装束で歩いてきちゃったケドー、向こうで着替えればよかったんじゃないノ?」

言った直後、場に長い沈黙が訪れる。

――ややあって、気を取り直したようにジェナックが号令をかけた。
「今更この装束を解くのは却って不自然だ。このまま行こう、ジャネスまで」
かくして一行は、ぞろぞろと黒装束のままホロイトル近郊でテントを張ったのであった。


22/05/16 update

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