Beyond The Sky

31話 クレイダムクレイゾン襲撃

斬たちはタオの情報提供で、反逆者が無人島に配下を潜ませたと知った。
故に、島に分散させた配下がレイザースを襲撃するのだと考えた。
しかし、その予想は一つ見落としがあった。
ジェスターの配下は、島に潜んだ忍者軍団だけではないという部分が――


襲撃は、まさに騎士団の隙をついて行われた。
警備について以降、全く動きなしと見切りをつけて、騎士を首都に戻したのが拙かった。
最近は大きな出来事も起きていない、のどかな日常の一時。
中央通りで行き交いざまに、人が切られた。
最初は誰も、彼が切られたのだと気づかずにいた。
男性が突然前のめりに倒れ込み、しばらく経っても起き上がってこないものだから、物好きが彼に近寄っていって、ゆさゆさ揺さぶってみる。
「おい、大丈夫か?」
返事はなく、代わりに男の体の下から、じわぁっと染み出してきた液体は赤く染まっている。
物好き以外にも通行人が何人か近寄り、倒れた男を覗き込んだ。
「どこか怪我しているんじゃ?」
「これ、血じゃない?」
「だったら早く手当しないと」
周りを囲んで騒いでいるうちに背中を何か鋭いもので切りつけられた一人が「ぎゃっ!」と叫んで崩れ落ち、隣に立っていた男が驚いて背後を振り返る。
「な、なんだ?何したんだ!?」
背後にいる誰かを目で確認することなく真っ赤な血しぶきをあげて絶命する彼を見て、周りの野次馬が悲鳴をあげた。
ようやく他の野次馬も気がついた。
のんびり見物なんかしている場合ではないということに。
眺めていたら殺される。切られて死んだ三人みたいに。
わぁわぁきゃあきゃあ悲鳴をあげて、野次馬は散り散りに逃げようとするも、向こうのほうが足は速い。
ひゅんと剣が風切るたびに、誰かが血しぶきをあげて地に伏せる。
相手は一人、剣を持った男だ。
何故こんな真似をするのか。自分たちが何をしたというのか。
少し前、武装集団が僻地で暴れているといったニュースを噂づてに聞いた覚えがある。
だが、あれは傭兵とハンターしか襲わないんじゃなかったのか。
クレイダムクレイゾンは首都の近くに位置する都市だが、ハンターや傭兵は滅多に立ち寄らない観光地だ。
赤いレンガの街並みが特色で、毎日多くの観光客が訪れる。
今、必死の形相で逃げ回っているのも殆どが他所から来た観光客、或いは住民だ。
宿に逃げ込んで扉を閉めてしまえば、暴漢は入ってこられない。
しかし宿へ行き着く前に一人、また一人と手当たり次第に切りつけられて、中央通りは血で真っ赤に染まった。
住民の一人が叫んだ。
「そ、そうだ、警備団、警備を呼べば、あぅっ!」
剣の一振りで道に崩れ落ち、警備団を呼ぼうにも通信機を取り出す暇さえ暴漢は与えてくれない。
立ち止まって泣き出す少女。
親とはぐれて狼狽える少年。
躓いて、血の滲む足を抱えて蹲る女性。
その、どれもが容赦なく剣で切りつけられて命を奪われた。
警備団が騒ぎを聞きつけて駆けつける頃には白昼の惨劇も終わっており、彼らが見たのは道端に転がる無数の死体であった。
一大事件はニュースペイパーやレイディオレターで広く拡散されて、レイザース中の住民が知る大惨事となったのである。


アルたちが事件を知ったのも、逆賊バイキングを倒して島へ帰ってきた直後であった。
「クレイダムクレイゾンを襲ったのは、たった一人の剣士だったそうです」と切り出すベルアンナへ「目撃者がいたのか?」と斬が尋ねると、彼女は頷き、生存者がいたのだと答えた。
白昼の惨劇は中央通りにいた観光客を皆殺しにしたのかと思われたが、物陰に転がり込んで九死に一生を得た者が一人いた。
年若い少年で救出直後は何も話せずにいたけれど、ややあってポツポツ語ったのは襲撃してきた人間の背格好であった。
それによると襲撃者は長剣を所持した男で、髪は長く黒い。目つきは鋭く、左目が潰れていた。
外見特徴で思い当たる人物がいないかとベルアンナに聞かれて、ハンターは全員首を傾げる。
亜人にしても同じだ。民間人を好んで殺し回る傭兵に知り合いはいない。
「一振りでバッタバタと殺人、か。せっかく腕前をあげたってのに辻斬りやっているようじゃなぁ」
ぼそっと呟き、ソウマが腕を組む。
「ピンポイントに都市襲撃してきた点から考えて、ジェスターの仲間じゃないかと予想される。タオ、君にも心当たりはないのか?」
ハリィの問いにタオは少し考え、「黒髪ばかりですからね、あの軍団は」と小さく呟き、こうも続けた。
「左目が潰れた傭兵は、あの三人の中にも、いなかったように思います。その人の武器は、本当に剣だったのですか?」
子供の目撃情報だから、多少は間違っている部分があるかもしれない。
しかし暴漢の武器が剣でないとしたら、何で切り殺しまわったというのか。
「擬態を取った魔族、ということは考えられませんか?」と、タオ。
魔族は人の姿を真似するだけではなく、体の一部を硬化させたり軟化させる者も存在する。
「切り口を見れば、はっきりするんですが……死体はもう、片付けられてしまいましたよね」と物騒な呟きを漏らすタオに、ジョージが突っ込んだ。
「切り口って、君は魔族が誰かを倒した場面を見たことがあるのか!?」
「ありますよ」
あっさりタオは認め、肩をすくめる。
「僕がクラウツハーケンを襲撃した時、一緒にいた何人かは魔族だったんですから」
この一言には、当時その場にいたジロ達も仰天だ。
「えーーー!?」と驚く三人を横目に、ソウマが異議を唱える。
「けど、やられた傭兵の中にはクナイで首を貫かれた奴もいたぞ。魔族ってのは人間の武器も使いこなせるのか?」
「何人か、と申し上げました」と、タオはソウマの勘違いを訂正した。
「飛び道具を主体にしていたのは人間の忍者で、それ以外が魔族の擬態です」
魔族の斬撃による傷は剣で受けた傷と異なり一文字ではなく、獣に噛みつかれたような跡がつく。
身体の内側を深く抉られるせいで大量の血と肉が外に噴き出し、場合によっては一撃で死に至る。
「あなた方は過去、魔族と戦ったことがあるんでしょう?誰も傷を受けたりしなかったんですか」と逆に聞き返されてしまったが、あの時の魔族はバンバン光の球を撃ち込んでくる、いわば魔法タイプの魔族だったので、切り口がどうという問題ではなかった。
向こうにいる魔族の数を斬が問うと、陣営に居た頃は数匹しか姿を見なかったが、今はどうなっているか自分にも判らないとタオは言う。
「召喚できる術師が、おりますのでね。魔族は何匹でも補充できる、そう考えたほうがよいでしょう」
「魔族が単身乗り込んでくるのかよ」と、バルが口を尖らせる。
「あいつら、乗り物ってだけじゃなかったんだ」
「そりゃそうでしょ、動物じゃないんだし」とジェーンが混ぜっ返して、全員の顔を見渡した。
「忍者だけでも厄介だってのに、傭兵に次いで魔族も単独で動かせるんだ。こっちも分散したほうが良くないかい?」
「けど、分散すると戦力が落ちるぜ」と反論したのはルクで、ちらりと亜人へ目を向ける。
「空の防衛団だけじゃ手一杯だから海賊へ頭を下げに行ったんじゃないか。なのに、ここで分散するって」
「そうよね」とシェリルもルクに同感の意を示す。
「私達に守れる範囲なんて限られているんだし、無人島の出撃を妨害するのに集中したほうがいいわ」
「……けど、群衆を見殺しにするってのもなぁ。人あっての国、だろ?」
アッシャスはジェーンの分散策に賛成のようで、意見が分かれた。
「どうするノ?斬」とアルが斬に意見を求めれば、斬は難しい顔で腕を組む。
「我々の最大の弱点は、後手に回るしかない現状だ。せめて反逆者の動きを見張れる一手がいればよいのだが」
「あー、だったら」と切り出したのはイドゥで、ジロに視線を定めてニッカと笑った。
「最初から戦力外な面々で見に行くっての、どぉ?」
途端に傭兵や斬や黒騎士から「何言ってんだ、危ないだろ!」だの「せめて一人ぐらいは用心棒を連れていけ!」だのと一斉反論されてもイドゥは持論を曲げず、タオにも話題をふる。
「もしかして、ニンジャの故郷にいるんじゃないか?反逆者」
タオは首をふり、「ジェスターはジャネスにいませんよ」と答えた。
タオがジェスターと最後に会ったのはクレイダムクレイゾンだが、一箇所に拠点を構えるのは危険だと彼は言っていた。
だからタオにも現在、彼が何処に潜伏しているのかは判らない。
手がかりがあるとすれば、栄太郎の通信機に記された通信先の履歴ぐらいであろう。
「なんだ、それじゃ手詰まりってことかい!?」と怒鳴るジェーンを一瞥して、タオは薄く笑った。
「ジャネスへ行くのには賛成です。僕を囮に、忍者を誘い出しましょう」
「忍者を!?余計危ないじゃないか!」との非難にも首をふり、タオは断言する。
「戦力外だけで行けば危険です。ですが、僕は忍者と対等に戦えます。適度に痛めつけて、逃げ出すのを追跡しましょう」
「追跡ぐらいなら、俺にもできそうだ」と喜ぶイドゥを、なおも斬が止めに入る。
「危険だ!素人の追尾など、すぐ気づかれてしまうぞ」
「だったら」とイドゥが逆に言い返す。
「斬も一緒に行こう?つか、斬だったら忍者軍団に混ざってもバレないんじゃないか」
上から下まで黒ずくめの姿を指摘されて目を丸くしたのは本人のみならず、タオもだ。
「盲点でした。なら、僕達も黒ずくめに扮して忍者を装いましょう。それなら、軍団に紛れ込むのは容易いかもしれません」
「仲間に成りすますとしても、会話が噛み合わなかったら即バレするんじゃないか?」
カズスンの指摘にも、タオは首を真横に否定した。
「基本を抑えておけば併せられます。僕が連中の仲間だったことを、お忘れなく」
ついこの間まで反逆者に雇われていた奴がいうと、説得力のある発言だ。
問題は誰がタオと同行するか、なのだが……
「俺は嫌ッスよ!パス、パスパスパス、パーッス!」
真っ先にジロが同行を拒否し、スージはブルブル首を振って態度で拒絶する。
エルニーも「あ、いたた……お腹が激烈痛くて動けそうにありませんわ」と、あからさまな仮病を訴えてきた。
「そうだなぁ。見つかった時の危険性まで考えたら、さっと行って、さっと帰ってこられる人材が適任だけど」とジョージは言って、戦力外と思わしき面々を眺め回す。
「この中じゃ誰も該当しないのがネックだよな」
「ジロは無理だろ。黒装束を纏ったって、運動不足は隠しようもないぜ」とソウマに煽られて、ジロは「なんだと!?」と憤るも、横でスージに「や、やめなよ。下手なこというと矢が当たっちゃうよ」と囁かれた後は急激に大人しくなった。
「地上を走って逃げたんじゃ追いつかれちまう。空を飛べる戦力外が行ってきなよ」とレピアに言われ、ジョージも聞き返す。
「空を飛べるとなると亜人しか該当しないぞ。けど、亜人の戦力外って誰だよ?」
空の防衛団に属する亜人は全員動かせない。
いつ何時、首都が襲撃されるか判らない以上。
言い出しっぺのイドゥにしたって大切な戦力の一つ、抜けられたら困るのだ。
「いただろ、一人。防衛団に入っていないけど、アルの友達ってやつが。バフだよ」
レピアの返事には全員が驚いた。
「バフゥゥ〜〜?あいつ、まだ記憶喪失なんだろ?連れてったって役に立たないじゃん!」
即座に駄目出しするガーナに続き、ドルクも眉間に皺を寄せる。
「それにバフって忍者に保護されてたんでしょ?あの子を覚えている忍者がいたら、厄介だわ」
大多数が難色を示す中、タオだけは何かしら考え込んでいたが、ふと顔をあげてアルへ視線を向けた。
「そうか、バフを囮に彼を誘き出せるなら、無駄な戦いを避けられるかもしれない……バフは今、どこにいるんです?集落ですか」
「ウン」と頷き、アルは教えてあげた。
バフは現在、両親と共に集落で過ごしている。
記憶は未だ戻らず、毎日、家で寝てばかりいるそうだ。
集落の門は閉じている。
しかし時々、空の防衛団に属した亜人が里帰りしているから、完全に出入り禁止でもない。
長老に理由を説明すれば、バフを連れ出すのは可能だろう。
「バフを使って誰を誘き出すつもりなんだ?」と斬に尋ねられたタオは、真顔で答える。
「誰って栄太郎に決まっているでしょう」
「よりによって、忍者のリーダーを!?危ないじゃないか!」と騒ぐ傭兵には無言の一瞥をくれてやり、タオは斬に持ちかける。
「バフがいれば忍者との無用な戦いを避けられます。栄太郎はバフを保護していた張本人、少なからず愛情を抱いていた。でなければ、無人島まで見知らぬ子供を連れていったりしないでしょう?どうか許可を出してください。僕がバフを同行させるのを」
しばし考え込み、ややあって斬は結論を出した。
「……許可を出すのは俺じゃない、バフの両親だ。ともかく、集落へ行ってみよう。バフの病状も見ておきたいしな」


22/05/09 update

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