Beyond The Sky

30話 vs海の猛者

アレックスの伝言を持ち帰ったシェリルは、とんでもない結論に落ち着いた交渉結果を団長から知らされる。
「こんな狭い海域、海賊同士で仲良くしろっていうのが無理なのは判るけど」と呟き、彼女は仲間を見渡した。
「決行日は、いつ?」
戦うと聞かされてもシェリルに驚きは少なく、どっしり構えた反応には此方のほうが驚かされた。
さすがは実戦経験のある亜人、海賊程度は敵じゃないってか。
「ゼクシィは今日明日にでも仕掛けそうな勢いだったが、全体の準備を考えると来週頭になろう」
斬の返事を聞いて、シェリルは脳内で素早く計算する。
空の防衛団は準備など必要ないから、いつでも出られる。
仲間にする予定だった相手を倒すなんてと文句を言われるのも予想できるが、逆賊、不要な海賊だと説明すれば皆も納得するはずだ。
亜人の島とメイツラグは同じ北の領域、お隣さん。
海賊退治を終えて島へ戻る往復時間も、たいしてかからない。
「わかった。それじゃ私たちは、どうするの?一旦島へ戻る?」
「そうなるだろう」との返事を受けて、慌ただしくメイツラグを後にした。


シェリルたちが亜人の島へ戻る頃には南の交渉も終わっていて、全員が斬の帰りを待ちわびていた。
作戦の一部変更と聞いて、南に残る予定だったジェーンも帰還している。
「北のバイキングとは交渉が決裂したそうだな」と黒騎士アレンに問われて、ルクが一部訂正した。
「決裂も何も、かたっぽが嫌っているんじゃ交渉する暇もなかったぜ。まぁ、しかし安心しろよ。片方は仲間につけたから」
先にバンカーと会っていたらゼクシィと戦うハメになっていたのは余裕で想像できる。
両方を仲間にするのは、最初から無理な話だった。
規模で考えると、バンカー海賊団のほうが小さめだ。
実際の戦いはゼクシィ海賊団が仕切るとして、防衛団の役目はバンカーの砲撃を妨害する程度で充分であろう。
前哨戦というほどの戦いになりもすまい。
「バイキングは、同業者同士でも艦隊戦で片をつけるそうだ」と、斬。
ゼクシィからの受け売りを皆に話した。
フォーメーションを組んだ艦隊で砲撃しあい、沈没させられなかった場合に限り、船長ないし用心棒同士の一騎討ちが行われる。
用心棒は大抵、武者修行中の傭兵が請負い、バンカー海賊団の用心棒も凄腕という噂だ。
「凄腕の傭兵ってソロじゃ多々いるくせに、肝心な戦いには参加してくれないんだよなぁ」
チーム傭兵のジョージが軽口を叩き、元傭兵のソウマは肩をすくめる。
「そりゃ仕方ないさ。武者修行中の傭兵は一箇所に留まらないから、重要な情報も逃しちまうんだ」
「流れは把握しました。こちらの出番は後方援護ですか。しかし二対一とは卑怯ではありませんか?」とは黒騎士ベルアンナの指摘に、ルクは聞いたまんまを伝えた。
「敵が何人いようと一団体としてカウントするらしいぜ、バイキングってなぁ。空の防衛団はゼクシィ海賊団の一艦として数えられるんじゃないか」
別れ際、ゼクシィに言われたのだ。
用心棒は剣士一人だけにあらず、例えば魔術師軍団や銃部隊といった団体様でも艦隊の一つとして組み込まれるのだと。
本来いる仲間の他に、ゲストで一つ艦が増える。それが今のバイキングだそうだ。
凄腕の用心棒は一人ではないんじゃないかとゼクシィは予想していた。
一体何を仲間に加えたのやら、旧式の船だと侮っていたら、手痛い攻撃を受けるかもしれない。
「敵の全貌が見えてこないのは厳しいが、それは反逆者も同じか……」と呟いたハリィが斬へ尋ねる。
「開戦は来週頭だったね。それまでにメイツラグへ移動しておくか、それとも奇襲で飛び込み参加すりゃいいのかい?」
「全員が顔合わせしてからの開戦合図だ。事前にメイツラグへ移動しておこう」
斬の返事に「メイツラグかぁ。あそこも酒がうまいんだよな〜」と反応したのは、ずっと話を聞いていた亜人のバルウィングスで、ちゃんと内容を聞いていたのかと傭兵たちは疑いたくもなったが、尋ねる前にバルはバシッと両手を組み合わせる。
「相手は海賊、文句ねぇぜ。ジェスターやニンジャと戦う前の腕鳴らしにもってこいだ!」
「そうね、船の砲撃は空まで届くっていうし。回避をしっかりやらないと、痛い目にあっちゃうかもよ?」
シェリルの忠告にも彼は笑い、「当たってやんねーよ!」と意気揚々だ。
「南の海賊には通信機を渡しておいた。こちらの用事が終わるまでは自由にしていいって伝えてあるよ」と、カズスンが切り出す。
「ただ、あんまり野放しにしておくのも心配なんだよな。通信費用は黒騎士団持ちだし」
これには「聞いてないでありますよ!?」と一部非難があがり、契約を施した張本人のジェーンは至って気楽に笑い飛ばした。
「平気だよ、格安サービスを指定しておいたから。一ヶ月話し放題にしたって二万ゴールドだ、安いもんだろ?」
「一ヶ月も野放しにしないから大丈夫だ」と騎士団の杞憂を和らげると、斬は話し合いをまとめる。
「こちらが動かすのは空の防衛団のみ、補助に俺達ハンターが同行する。傭兵諸君と騎士団は島で待機していてくれ」
タオは斬のギルドに加入したので、共についていく。
島に残るのはハリィチームと黒騎士団の二組だ。
タオの話じゃジェスターは亜人を度外視しているそうだが、ニンジャは栄太郎の態度を顧みるに亜人を警戒している。
多くの亜人が不在の間に、島へ奇襲をかけてこないとは限らないのではないか。
モリスの杞憂を、しかしタオは鼻で笑って切り捨てる。
「ジェスターの手勢は限られています。可能性に無駄な人員を割く余裕は、ありませんよ」
いざとなったら賢者に頼んで島全体を結界で守ってもらえと言われて、モリスは決心する。
油断しないに越したことはない。一応、念のため、この島にも幾つかトラップを仕掛けておこう。


飛ぶように日付は過ぎ去り、あっという間に翌週になった。
どの亜人も自信満々な顔つき、いつでも出撃可能な塩梅だ。
全員一つの船へ乗り込み、今か今かと開戦合図を待ち続けていた。
合図と同時に全員がドラゴン化して空へ飛び立つ。
反動で船は沈むかもしれないが、誰も残らないんだから問題ない。
ハンターは、全員誰かの背に乗る。そういう手筈になっていた。
「いよいよダネ」と呟き、アルは斬を見上げた。
いつもと同じ黒装束で目しか見えない格好だが、眉間には深い縦皺が寄っている。
「緊張しているノ?」と尋ねれば、彼は首を真横に振って小さく答えた。
「どうも嫌な予感がしてならぬ。反逆者の動きがなさすぎて、な」
動きがないなら、ないに越したこともなかろうに、斬は何を心配しているんだろう。
だが、アルが追及を重ねる前にゼクシィの大声が轟いた。
「そらっ、海のならず者、バンカー海賊団のおでましだぜ!野郎ども、碇をあげろォ!」
「きた、きた、きたぁ!」とアッシャスは身震いし、次々亜人がドラゴンへと姿をかえてゆく。
「急げ、飛び乗れ!」と斬に急かされて、ソウマやタオもドラゴンの背中へ飛び乗った。
「あ、わわわわ」と泡くうジロやスージの首根っこを優しく咥えて、亜人が己の背中へ放り投げる。
全員が飛び立った反動で船は思ったとおり沈んでしまったけれど、そんなもんを気にしている場合ではない。
空から眺めると海賊の動きが、よく判る。
バンカー海賊団とゼクシィ海賊団は、互いに一定の距離を保って向かい合っている。
バンカー海賊団の船は全部で五つ。
一番大きな船、あれがバンカーの乗る船であろう。
そいつを中心に置き、それぞれ左右に二つの船が守りを固め、大きな船の背後にも二つの船が浮かぶ。
ゼクシィ海賊団の船は先程アルたちの乗っていたやつが沈んだから、全部で六つだ。
団長の船が一番手前に出て、後方二列に並んだ船が四つ、残り一つは少し離れた場所に浮かんでいる。
まとまっている分だけバンカー陣形は狙いやすそうだが、逆にいうと砲撃の嵐を受けやすくもある。
ゼクシィの陣形はキャプテンを盾にした、斬新な構えである。
よほど装甲に自信があるのか、キャプテンが真っ先に沈んだりしないとよいのだが……
眺めている間にも、双方の船は、ゆるゆると動き始める。
ゼクシィ側は四つの船がキャプテンの真横に並んで砲撃を始め、バンカー側は陣形を崩さない動きで横へ移動していく。
「どれだけ周りを固めようと、真上はガラ空きだ。ゼクシィの合図がきたら一斉に仕掛けるぞ」
背に乗った斬が話しかけてきたので、アルも「任せよ」と鷹揚に頷いた。
ゼクシィの合図は通信機経由で各ハンターに送られる。
斬を乗せたアルが率いるドルウォーク小隊を最初として、ソウマを乗せたアッシャヴァインス小隊、ルリエルを乗せたルドラリドゥ小隊、ジロとスージとエルニーを乗せたバルウィングス小隊、そして最後はタオを乗せたシェリル小隊が順繰りに急降下してブレスを吹きかけたら、ただちに離脱する。
狙うはバンカーの乗る大きな船一つのみ。
護衛艦は無視していいとゼクシィにも言われている。
ゆるゆる動きながら、船という船の砲台が次々火を吹いた。
ゼクシィ団だけじゃない、バンカー側もだ。
空から眺めた限りだと距離は近いし動きも遅そうなのだが、互いに当てられないのか、船を外れた波間に弾がぼちゃぼちゃ落ちる。
「……ヘタクソだな」と、思わず心の声が漏れるアルに斬が苦笑する。
「甲板は波で揺れて狙いがつけづらい。お互い、そんな状況で撃っているんだ。まず当たるまい」
砲台を持たない船が相手なら、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、いつかは沈められよう。
しかし今回は同業者対決、当てるのばかりに集中していたら、弾を避けられない。
動き回りながらの撃ち合い合戦だ。
砲弾は、ゆるやかに弧を描いて飛んでゆく。
それを踏まえた飛距離に加えて、相手の船が揺れで何処へ動くかまでを計算した上で撃たないと当たらない。
それにしたって全然かすらないんじゃ、弾がもったいないではないか。
弾を当てられないんだったら船で体当りすればいい。
そう言うと、斬には「衝突したら自分の船も無事じゃ済まないぞ。船なし海賊では商売あがったりだ」と宥められるに終わった。
膠着する戦況の風向きが変わってきたのは、波間に消える弾がボチャンではなくバチバチ光り輝いた辺りだ。
「魔砲を捨て弾に使うとは随分財政が潤っているようだな、バンカー海賊団は」
斬の呟きに、アルは真下へ目を凝らす。
バンカー海賊団の砲撃は発射された直後から弾道が輝いており、然るにアレが魔砲と呼ばれる弾か。
一発でも当たったら、船は計器が故障して立ち往生する。
メイツラグ製の船は機械仕掛けではないそうだが、当たったら船底に穴が開くか、真っ赤に燃え上がりそうだ。
『おう、ドラゴンども!出番だ、バンカーを狙い撃て!』
真っ二つになって沈みゆく海賊船を妄想するアルの耳に、通信機経由でゼクシィの大声が響いてくる。
「いくぞ、突撃!」
斬の号令に併せてアルは元気よく咆哮、一直線に大きな船目掛けて降下する。
頬に当たる風が痛い。
ぐんぐん眼下に海賊船が迫りくる。
マストに激突しようかという寸前で急停止して、ブレスを思いっきり吐きかけた。
真っ赤な炎は海賊船の上空へ降り注ぎ、甲板で慌てふためく豆粒を見渡す暇なく上昇する。
自分のあとに続く影があるのかも、アルには確認できない。
顔に当たる風が視界を塞いで、満足に目が開けられない。
ただ、ひたすらに訓練どおりの動きをした。
だが斬の声、二番手以降の攻撃を見てか「よし、いいぞ!その調子だ!!」とあげた歓声で、大体の様子は把握できた。
どれだけ大きな船であっても、炎、電撃、氷、毒と多彩なドラゴンのブレスが次々吹きかけられるんじゃ、対処のしようがあるまい。
上空で眺めるジロが気の毒になってくるぐらい、向こうの船は大混乱だ。
マストを燃やす炎の消火作業の最中、電撃を食らって動けなくなるクルー。
氷で凍らされて砲撃手は砲台ごとカチンコチン、仲間を助けようにも毒でやられて自分がピンチ。
マストは丸焼け、船の胴体には雷の衝撃で穴が空き、甲板で横たわる人影は死屍累々。
空からの奇襲、しかもドラゴンの団体が相手なら、この惨状も当然か。
「ちっと、やりすぎじゃねぇかなぁ……」と呟くジロに「なんで?相手は悪党なんだろ」とバルが首を傾げる。
「俺らが加勢しなくたって、ゼクシィはあの船を沈める気だったんだろ。なら、結果は同じだ」
たとえ沈められるのが海賊の運命だったとしても、バンカーとてドラゴンにやられるのは予想していなかったに違いない。
炎に包まれた船が、ゆるゆると海の底へ沈んでゆく。
ゼクシィ海賊団の砲撃が雨あられと撃ち込まれても、他四つの船は大きく揺れるばかりで反撃できずにいる。
キャプテンの指示を失った海賊団は、かくも脆いものだった。
ボス船が沈んで勝負はついたようなもんなのに、全部を藻屑と化すまで終わらないとは残酷な戦いだ。
アッシャスが「甲板での一騎討ち、やってみたかったんじゃないか?」と尋ねると、ソウマは首を振って「どうかな……俺は助っ人の補助でゼクシィの用心棒ではないから、どのみち出番がなかったんじゃないか」と答えてよこした。
一体どんな凄腕を雇ったのかは、ソウマにも興味があった。
海に沈んでしまった今となっちゃ、何者だったのかも判らないけれど。
やがて五つの船は波間に消えて、ゼクシィ海賊団とドラゴンたちの咆哮が海域に響き渡った。


22/04/27 update

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