Beyond The Sky

29話 因縁

シェリル経由でゼクシィの提案はアレックスへと伝えられ、さらにレイザース王の元へも話が届く。
反逆者を退治したら検討するとの返答を受けて、シェリルは再びメイツラグへ飛んだ。
彼女が戻ってくるまでの間、斬とルクは酒場でゼクシィと乾杯を交わす。
足元に転がる酒瓶や水たまりや酔っぱらいを踏まないようにしながら、隅っこのテーブルに陣取った。
「きったねェな、この酒場……こんな店ばっかなのかよ」と小さくぶぅたれるルクを見下ろして、ゼクシィが笑う。
「そうだ、メイツラグは全部こんなきったねェ店ばっかよ!だが、そこがいいんだと言う奴もいる」
メイツラグの酒場は衛生面こそ問題ありだが、いつの時間帯に来ても和気藹々とした雰囲気が漂っている。
これも北国ならでは、なのだろうか。寒いから、温かい料理や飲み物を大勢で囲む。
「まずは一杯、ラグ酒でもいっとくか?いや、若い奴はアル茶が好きなんだったか?」と言われたって、メイツラグの酒場に馴染みのないルクには違いが判らない。
隣に腰掛けた黒づくめは「ルクにはアル茶のほうが口に合うだろう」と答えていて、彼は何度か酒場に足を運んだ事があるようだ。
「ほんじゃアル茶一つに、ラグ酒を二つ!」
ゼクシィの注文に「はい、ご注文承りましたぁ。少々お待ちください」と笑顔で答えるウェイトレスも、怪しい忍者もどきを気にしているようには伺えない。
色々な業種が集まる場所なだけあって、見慣れているのか。
改めて酒場を見渡してみると意外やレイザース人の姿は多く、長い筒を背負った男、あれはライフルを所持する傭兵だ。
ハンターらしき者も、ちらほら見える。本土が大混乱な今、メイツラグまで避難してきたのかもしれない。
きょろきょろするルクの肩を軽く叩いて、ゼクシィが注意を促す。
「おう、若いの。あんまキョロキョロしてっと、たちの悪いゴロツキに絡まれちまうぞ」
「あ、あぁ。判っている」とルクは小さく頷いた後、付け足した。
「けど、メイツラグじゃ海賊と一緒にいるような奴にまでゴロツキが絡んでくるのか?」
「くる、くる」と、ゼクシィ。
「今はバイキングがゴロツキみてぇなもんだしな。知っているか?バンカー海賊団の噂を」
バイキングである彼が眉を潜めて言うからには、同業者の悪い噂はメイツラグ中に飛び交っているのであろう。
先に向こうを仲間にしていなくて良かったと内心考えながら、ルクは「どんな噂なんだ?」と相槌を打った。
ここからは古株バイキングの熱弁が始まり、それによると――

バイキングは元々、敵国の商船が略奪のターゲットである。
今や敵と呼べる国はレイザースだけになってしまったが、それでも自国の船や軍艦、民間の船は対象外だ。
以前、自国の商船にまで見境なく襲いかかるバイキングが出て、逆賊として海軍に討伐された。
そこはゼクシィと肩を並べる古参海賊団であったが、あえなく団は解散。
しかし、その残党がバンカー海賊団に入り込んで再び悪さを働いている。
レイザースの商船のみならず軍艦や漁船、密航船、旅客船まで襲われたばかりか、自国の船やバイキングの船も襲われた。
現在、メイツラグ周辺からレイザース北端までの海域は船という船が出せないほど荒れ狂っている。
海から川に入って船で物資運搬していた箇所は荷物が届かなくなって、早くも生活に支障が出ていた。

「バイキングが許されているのは、他国の財で民を潤わせる役目を背負っているからだ。そいつを忘れて見境なしってわけよ。海軍は何でか討伐に動かねェし、俺達が牽制して自国の船を守ってやっている状況だ」
ゼクシィは、だいぶ憤慨した調子でラグ酒を、ぐいっと煽る。
「海賊同士でも戦うのか」
ふとルクの脳裏に浮かんだのは、南の海賊ティカの姿であった。
あれはツワモノに会いたい一心の脳筋で、何でも略奪するバンカーと比べたら可愛いものだ。
「バイキング同士が、ぶつかり合うのは昔から日常茶飯事だ。だが、あいつらは海賊の矜持ってもんがねぇ」
他人の財を横から奪い取る下衆な犯罪者に何の矜持があるのやらだが、ルクは黙ってゼクシィの愚痴を聞く。
下手に茶々を入れたりしたら、まだ気心の知れていない相手だけに、へそを曲げて協力を辞退されかねない。
「マホウだったか?レイザース製の強力な砲弾をバカスカ撃ち込んできやがるし、女子供は散々犯し尽くした後に切り刻んで海にドボン、仲間が死んだって弔いの棺桶すら作らねぇ。命乞いは却下、一騎討ちも無視、おまけに海まで汚しやがる」
前知識での目撃情報だと魔砲が切り札であるかのように書かれていたが、同業者の情報によると連発しているようだ。
船なら何でも襲うだけあって、バンカー海賊団の財政は潤っているのか。
無論、ゼクシィの話を鵜呑みにする気はない。
しかし噂になっているぐらいだから、他住民にも話を訊けば嘘か本当かは、すぐ判明しよう。
表面上ルクはフムフムと頷いてみせて、「俺は海賊じゃねーから矜持ってのは判んねーけど、バンカー海賊団は仲間に入れないほうが賢明だな」と併せておいた。
ストローを覆面の隙間に挟んでラグ酒を飲んでいた斬も「反逆者並の犯罪者だな、バンカーは」と呟き、ゼクシィの顔色を伺う。
「早急に退治したほうが良いが……どうする?やるのであれば我々も討伐に協力しよう」
「いいのかい?」と驚くゼクシィにつられるようにして、ルクも「いいのかよ?寄り道している暇は」と言いかけるも、横合いから「ヘッ、ゼクシィのジジィが酒場にいやがるじゃねぇか。若い燕を囲って昼間っからイチャイチャしやがって」と下品な耳障りの声が割り込んできた。
気持ち悪い寝言を宣うのは誰だ?と声のほうをルクが睨みつけてみれば、見覚えのないチンピラ風情が二、三人。
「誰かと思やぁサウスじゃねぇか。頭が誰だろうと尻尾を振りまくるワンちゃんが俺に何の用だ?骨がしゃぶりたいんだったら、バンカーに摺りよって貰ってこいや」
口汚い煽りに煽りで応戦したゼクシィは、これみよがしに肩をすくめる。
サウスと呼ばれた男の顔は、例の似顔絵に似ているような、似ても似つかないような?
言われなきゃ誰だか判らないところだった。
サウスはペッと床に唾を吐き、ルクの隣に腰掛けた斬を見て怪訝に眉をひそめた後、再び視線をゼクシィに戻して嘲笑う。
「調子乗ってんじゃねーぞ、老いぼれが。俺達は近々貴族の席を一つブン捕る。財の一部を宮廷に献上したからな。テメェみたいにケチ臭く税金だけを納める器の狭さじゃねぇんだよ、バンカーは」
彼の話を信じるなら、王族はバンカーを取り締まるどころか宮廷の一部に迎え入れるつもりだ。
これでは襲われた自国の民が納得すまい。必ず暴動が起きるだろう。
ドン!と勢いよくコップを机に叩きつけて、ゼクシィがジロリとサウスを睨みつける。
「調子に乗ってんのは、どいつだ?てめぇらみたいな溝鼠を迎え入れちゃあメイツラグは滅亡カウントダウンだ。レイザースに攻め込まれて属国扱いを受けたほうがマシってもんだぜ」
「ハッ、レイザースに尻尾を振るってのか?誇り高きバイキングが?この売国奴が、海賊なら戦って国を守り通してみせろよ。それが海賊の矜持ってもんだろォ?」
煽り倒すサウスに、ゼクシィの激高も止まらない。
「てめぇらが言うな!バイキングの道からも外れまくった腐れ畜生どもが矜持を語るんじゃねぇッ」
二人の遣り取りを聞くに両者の仲は超がつく険悪、とても手に手を取って打倒反逆者となりえそうにない。
南の海賊にも同業者同士で争う団はあるけれど、普段は不干渉というか、お互い無関心に見える。
少なくとも、酒場で遭遇しただけで喧嘩に発展するような海賊をレイザース国内で見た覚えがない。
黒髪が幸いしたか、サウスにはルクと斬がレイザース人だと気づかれなかったようだ。
黒髪以前に斬は上から下まで全身黒づくめ、これでレイザース人だと見破られたら、サウスの眼力には驚愕だが。
「老いぼれがギャンギャン騒いだって全然怖かねーぜ。北の海はバイキングの海じゃねぇ、バンカー海賊団の領域だ。今後は船を出したきゃ金を出せ」と捨て台詞を残して去っていく背中にゼクシィが吼える。
「バンカーに伝えとけ、てめぇは俺が必ず倒してやるってな!」
サウスがいなくなってもゼクシィの怒りは冷めやらず、黙して見守っていた二人にも噛みついてくる。
「おう、さっきの話、お前らが奴らの討伐に協力するってなぁ本気だろうな!?俺はやるぞ、仲間に反対されようと、あの外道どもを地獄に叩き込んでやる!!」
「あぁ、本当だ」と斬が頷き、ただしと注釈も入れる。
「海軍の協力はアテにできないので、代わりに亜人を投与する」
「えぇっ!?」とルクが驚愕するのは当然で、空の防衛団がデビューするのは反逆者戦じゃなかったのか。
「前哨戦だ」とルクに囁いて、斬が瞼を閉じる。
正直に言って、どれだけ特訓しても実戦経験皆無の亜人を強敵にぶつけるのは躊躇が生じる。
ジェスターはレイザース人だから間違いなく船もレイザース仕様だろうし、ニンジャの対空射撃が如何ほどな精度なのかも判らない。
北の海で踏ん反り返っている海のならず者ぐらいなら、ちょうどいい対戦相手なのではなかろうか。
空を飛ぶモンスターにも襲われるレイザースの船には、対空砲が設置されている。
しかしメイツラグは恐らく海賊船や軍艦も含めて、空からの奇襲を受けたことが一度もないはずだ。
空を飛べるモンスターが、メイツラグの空域に存在しないおかげで。
逆賊を海の藻屑にすれば、メイツラグ住民が抱く亜人への印象も一変するのではと斬は期待した。
過去にアルがメイツラグの地へ直接着陸したせいで、ここの民はドラゴンを恐れている。
ここらでいっちょ、亜人は役に立つ種族だと全世界へアピールしておきたい。
瞼を開き、斬はゼクシィを見据える。
「逆賊退治、やるなら早いほうが良い。ジェスターが動く前に決着をつけよう」
「おうともよ!亜人の協力、期待しているぜ!」
トントン拍子に予定になかった計画が推し進められていく。
我に返ったルクは慌ててハリィへ連絡を取る傍ら、シェリルの帰りを待ちわびた。


南の海賊、北も条件付きではあるが海賊を仲間に加えられたと黒騎士経由で知って、島に残っていた面々は大いに盛り上がる。
「さぁ、今日も張り切って練習しましょう!」
ドルクの号令で一斉に飛び立ったドラゴンは次々海上に浮かぶ的を目指して急降下、当たるかというスレスレでブレスを吹きかけた後は再び急上昇する。
忍者の乗る船を想定しての奇襲訓練だ。
対空砲さえ潰してしまえば、船は反撃手段がなくなる。
船ではなく魔族に乗って移動すると仮定した場合の戦闘訓練も、並行してやっている。
空での戦いは編隊で一斉攻撃を仕掛ける。上に人を乗せている分、向こうは回避もままなるまい。
上空から叩き落されたら、いくら下が水といえど忍者も只では済まないだろうが、忍者を倒す――殺す件について、どう思うのかをハリィが尋ねた処、亜人は気にしないと答えた。
相手はレイザース国が認定した大罪人、騎士団に捕まったら死刑になる身だ。
だったら自分たちと戦って死んだとしても、運命の内に収まる範囲であろう。
悪人を殺すことに違和感や罪悪感はない。
こちらにまで噛みついてきそうな邪魔者は、消したほうがいいに決まっている。
傭兵だって反乱分子と戦う時は殺して黙らせるんだろと逆に突っ込まれては、傭兵たちも苦笑を浮かべるしかない。
ひとまず今回の戦いにおいて、亜人のメンタルを心配する必要はなさそうだ。
彼らの善悪判定はシンプルだ。一旦悪と定めたら、全力で叩き潰す。
同情の余地はない。ましてやジェスター一味は赤の他人、そもそもの情がない。
かつて斬が亜人に百番勝負を挑んだ時は、彼を倒して心が病んだ亜人もいたそうだが、今回が初の対人戦な亜人は多い。
人と戦う――それ自体に、まだ実感が沸かないのかもしれない。
ハリィチームは反乱分子の鎮圧を主な仕事としているが、全てを殺して終わらせているといったら、そうでもなく。
やむなく殺すことはあっても、大半は生け捕りだ。
そうしないと、何故反乱を起こしたかが判らずに終わってしまう。
願わくばジェスター一味も生け捕りにしたいものだが、防衛団は血気盛んな若者が多く、うっかり殺してしまわないか心配だ。
斬以外の命令にも従ってくれないと、彼らとの連携は難しい。
急降下と急上昇を繰り返す防衛団の練習を眺めながら、ハリィは斬が戻ってきた後の計画を、どう推し進めるべきか考えた。


22/04/13 update

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