北の海賊バイキングで仲間候補に挙げられたのは、ゼクシィ海賊団とバンカー海賊団の二つであった。
古参と新参、どちらを選ぶか?
どちらも気性が荒いとシェリルは言う。
彼らは傭兵と仲が良いから、傭兵を偽装しようとも言われたが、斬は首を真横に却下する。
偽りで騙すのは愚策だ。バレたら信用を失いかねない。
協力しあう仲間となる以上、本音で話し合ったほうがいい。
そして彼らの顔を立てるとするなら、古参を先に回すべきであろう。
ゼクシィの住処はメイツラグで聞き込みをすれば、すぐに判明した。
彼は波止場の近く、海沿いの家に住んでいた。
波止場に停留している大きな船は、海賊団のものだろうか。
メイツラグの海軍でも使われている木製帆船だが、マストに掲げられているのは海賊旗。
ガイコツの頭に二本角が生えていて、顎の部分にモサモサした髭が描かれている。
まさに『髭を生やした二本角の髑髏』としか説明しようのないマークだ。
「他のメンバーも海沿いに住んでいるのかねぇ」
船は一艘しかない。
ルクはポツリと呟き、踵を返す。
シェリルが扉を叩くと、すぐに少女が顔を出す。
ゼクシィに娘がいるとは聞いていないが、嫁には見えないから娘が相応であろう。
「どちら様ですか?」と訝しげな表情を向けられたので、三人は一様に頭を下げて名乗りを上げた。
「お初にお目にかかる。俺の名は斬、ゼクシィ殿に用事があって参った」
「はじめまして。私は亜人の島から来たの。この二人は違うけど」
「こんちは。ルクって言います。あの、ゼクシィさんはご在宅ですか?」
バラバラに挨拶した後、慌てて二人がシェリルを振り返る。
本音で話し合うとは言ったが、まさか彼女が亜人をカミングアウトするとは思ってもみなかった。
全員内容の異なる挨拶に戸惑ったのは少女もで、結果シェリルの言葉だけに反応した。
「え、えぇと、亜人の島……?えっ!?亜人の、島?え、嘘っ。だって亜人の島は誰も入れないんじゃなかったっけ!?」
「そう、普段は誰も入れないことになっているけど、今は特別に入れるわ。私はシェリル。亜人の島に住んでいる、亜人なの」
「あ、亜人?あなたが?嘘っ!?」と何度も驚く少女へ微笑みかけると、シェリルは促した。
「嘘じゃないわ。変身を望むなら、やってもあげてもいいけれど、ここじゃちょっと手狭ね。それよりも、私たちはゼクシィさんに用があって来たんだけど……彼は今、家にいるの?」
「おっ、お父さん!?お父さんに亜人が何の用!?」
と、いつまでも玄関口を開けっ放して騒いでいれば、奥まで声が届くのも当然で。
「なんだ、どうしたファナ。誰が来たんだって?」
当のゼクシィが顔を出した。
ファナが横に避けて、ゼクシィと向かい合った三人は彼の大きさに目を見張る。
巨大な樽と形容してもいいぐらい、縦にも横にも幅がある。
服の上からでも判る。隆々とした筋肉が。
真っ白な顎髭が鬱蒼と生えていて、海賊旗にあるマークは彼の似顔絵ではないかと思わせた。
「お父さん、亜人だって。この人、亜人なんだって!お父さんに用があるっていうんだけど」
見上げてくる娘の頭を軽く撫でてから、ゼクシィが訪問者へ向き直る。
「最近メイツラグの上空を亜人がビュンビュン飛び回っているせいで、海軍も落ち着きをなくしてやがる。何が起ころうとしているんだ?そいつを、お前さんらが知っているってんなら、是非とも教えてもらいたいもんだがね」
挨拶抜きの喧嘩腰にルクが一歩退き、シェリルは逆に一歩前に出る。
「えぇ、全部教えてあげる。その代わり、あなたも私達の用件を訊いてくれるかしら?」
「いいだろう」と不敵な笑みを浮かべると、ゼクシィは三人を我が家へ招き入れた。
ざっとかい摘んでの説明を聞き終えた海賊の反応は、というと。
「そいつを証明できるもんは、あるのか?」だった。
反逆者と言われてもメイツラグ人のゼクシィにはピンとこないし、レイザースの首都が落ちたところで関係ない。
斬といったか、この黒づくめは首都が陥落したら、バイキングの獲物が減ると予想している。
首都が陥落すると本気で考えているのだ。
そこまで脆弱な防衛とは思えないのだが、他国の人間から見ても。
なんといってもレイザースは世界を占める大国、海にも陸にも軍隊を持っている。
メイツラグの見掛け倒しな海軍と異なり、上から下まで統制されているはずだ。
千人以上の部隊を抱える国が少数名の反乱者にやられるなんて、万が一にもありえない。常識の範囲で考えて。
魔族だなんだと言われたって、そいつにもピンとくるものがない。
そのモンスターは話を聞く限りじゃレイザースだけを狙っているようだし、メイツラグ海域とは無関係じゃないか。
「証明……難しいわね」とシェリルは腕を組んで考え込む。
奴らの根城が判明していれば奇襲をかけて魔族を誘き出す事も可能なのだが、現時点では何処に隠れているのかも判らない。
タオに尋ねても、彼はジェスターと直接の面識がありながら、それでいて本拠地なる場所に案内されてはいなかった。
栄太郎は知っているらしい。しかし、迂闊に彼と接触するのは危険であろう。
ジョージとモリスが無傷で帰ってこられたのは、バフがいたおかげだ。
「無人島に潜んでいるんだろ?だったら、そいつを誘き出せばいい」とゼクシィに言われて、ルクが反論する。
「出来ることなら一網打尽にしたいんだ。こちらの狙いを向こうに知られちゃオジャンになっちまう」
「ふん」と鼻息荒く、ゼクシィが吐き捨てる。
「ずいぶん弱気じゃねぇか。陸は傭兵やハンターの縄張りだろうに、そこまで引け腰になるほど手強いってのか?忍者ってのは」
「言っただろ、傭兵とハンターじゃ太刀打ち出来ないんだ」
ルクは口を尖らせる。
「だから、海か空かで奇襲をかけるしかない。船で戦うのは海賊の十八番だろ?あんたらの手腕に期待しているんだ」
ジェスターのレイザース包囲網作戦は、魔族に乗っての移動ではないかと斬やハリィは予想している。
船では、どれだけ急いでも時間がかかる。たとえレイザース製の船であってもだ。
空で亜人が奇襲をかけて、海に叩き落としたところを海賊が引っ捕らえる。それが理想の戦術だ。
亜人がどれだけ魔族に手傷を負わせられるかが勝利の鍵だが、現在、島で猛特訓中の彼らを信じるしかない。
「それで船数の多い俺達海賊を頼ったってか。しかしよ、戦いには見返りが必要だ。略奪を見逃すってだけじゃ割に合わねぇぜ。もう一声、うまい汁が欲しいんだがな」
ゼクシィの要求に、三人は首を傾げる。
見返りとしてレイザース軍から報酬が出る他、バイキングがジェスターの財を奪ってもヨシだと断ってある。
それの他に、もう一つ報酬が欲しいと言われても、海賊ではない三人には全く思いつかなかった。
「メイツラグの海域を広げるとか?」と思いつきをシェリルが口にして、ルクに突っ込まれる。
「そんなのは俺達だけじゃ決められないだろ」
「そうよ、そのとおりだ」とゼクシィも頷き、斬を見据えた。
「海域が広がったって、メイツラグ人の懐は温まらないぜ。俺が望むのは、レイザースとメイツラグ間での取引だ。レイザースは便利なもんを大量にこしらえているんだろ?そいつをメイツラグに売ってくれりゃ〜いい」
「つまり、交易か?交易をレイザース王に進言しろと言っているのか」
斬に確認を取られて、大きく頷く。
「そうだ。メイツラグが出せるのは鉱石だ。何を作るにしても原料は必要だろ?」
鉱石なら充分な取引になろう。だが、それを一介の国民が勝手に決めてしまっていいものだろうか。
鉱山はメイツラグが唯一誇る国の資産であり、これがあるからこそレイザースの侵攻を防いでいたのだとも言える。
「あの石ころは国民の懐を豊かにしてくれねぇ。あんだけたんまりあるってのに、何の役にも立ってなかったんだ。物品の代価にすりゃあ、お互い満足のいく取引になるはずだ。こいつはレイザースにとっても悪い案じゃねぇと思うんだが」
メイツラグの財政難は年々深刻になっている。
バイキングが発生したのも本を正せば貧乏が原因で、彼らだって趣味で略奪しているわけじゃない。
南の気ままな海賊とは訳が違う。
略奪しなければ作物の育たぬ不毛の地、皆が生きるのに必死であった。
どだい、北の孤島のみで自給自足しようってほうが無理な話であり、レイザースの逆賊討伐依頼は願ってもないチャンスだ。
貧乏から抜け出すためなら、敵国だって利用してやる。
そんな気迫を、ゼクシィからは感じ取れた。
打開策を訴えたのが略奪集団のボスだというのも、物悲しくある。
「よし、判った。黒騎士団経由で話を通してもらうとしよう」
斬の決定にルクが「王が応じるかねぇ?」と当然の疑問を持ったのだが、シェリルは軽く受け流す。
「バイキングの略奪には商家の苦情も年々増えてきているもの。ここらで動かないと無能王政って呼ばれちゃうわ」
レイザースの大地は広い。南から北まで完全統治できているかと問われると、怪しいものがある。
現に統治できていなかったからこそ、片田舎ジャネスで忍者が反乱を起こしたわけだし。
「この案が通ったら、ゼクシィ海賊団はお前らの味方になってやる。なぁに、反逆者だか忍者だか知らんが、北の海で戦う分にゃあ俺達ァ無敵よ!」
そうと決まったら、長居は無用だ。
斬はシェリルに命じた。
「君は先に戻って、アレックスへ今の話を伝えてくれ。俺が言うよりも、君から伝えたほうがいいように思うんだ」
「どうして、そう思うの?」とシェリルには小首を傾げられて、ゴニョゴニョと歯切れ悪く呟く。
「……君のほうがアレックスと距離が近い。話していても、それとなく伝わってくるんだ。彼は俺を完全には信用していない反面、君なら絶大に信頼しているんだというのが」
それに、とルクを一瞥して付け足した。
「俺達は、まだ北の大地を離れられない。だが君なら、ひとっとびで亜人の島まで戻れるだろう?」
シェリルはクスリと笑い、斬を見上げる。
「アレックスが、あなたを信用しきれないのは、あなたの胡散臭い格好が原因じゃないかしらね」
直球な物言いに斬が「う、胡散臭い?それほど怪しくないと思うが」と狼狽える間に、シェリルはゼクシィへ「さっそく伝えてくるわ。吉報を待っていてね」と言い残し、
さっさと踵を返して表に出ていった。
残された斬が、寂しげにポツリと呟く。
「忍者服は、信用できないと思われるほど怪しい格好なのか……?」
「初対面で忍者服に包まれた奴が胡散臭いか否かと聞かれたら、間違いなく十人中十人が胡散臭いって答えるだろうぜ。だってそれ、顔が半分っきゃ見えないじゃねーか」
ルクは今時の若者らしく率直に返し、ゼクシィも深々頷いた。
「あぁ、お前を見た瞬間、俺も何だコイツ?とは思ったからな。忍者ってのは見たことねぇが、今お前らが戦っている相手にも含まれてんだろ。だったら、別の服を着たほうがいいんじゃねぇか?そいつらの仲間だと間違われっちまうぞ」
加えて斬の時代がかった口調にも胡散臭さが滲み出ているんじゃないかと突っ込みたかったルクではあるが、あまりにも彼が落ち込んでいるものだから、出かかった追いうち攻撃を引っ込める。
「まぁ、普段から着ているってこたぁ、お気に入りなんだよな?その服。なら別にいいんじゃないか、気にしなくても。信頼ってのは第一印象じゃなくて、長い付き合いで培われるもんだ」
ポンポンと気安く斬の肩を叩いて慰めるルクに、ゼクシィが加勢する。
「お前と騎士様は知り合って間もねぇから、まだ気心が知れていないんだろ。俺達だって、そうだ。お互いを知るには酒が一番だ!まずは酒場でイッパイといこうや」
直後、「ちょっと、お父さん!昼間っから、お酒を飲むつもりなの!?」とファナの叱咤が飛んでくるも、ゼクシィは丸無視して斬の背中へ手を回す。
「昼間だろうと夜だろうと、北の交流は常に一つ!酒場で酒を酌み交わしての意気投合、これっきゃねぇぜ」
馬鹿笑いと共に酒場目指して出発するのを、ルクも慌てて追いかけた。