Beyond The Sky

27話 黒猫とパイナップル

実際に遭遇してみれば、なるほど確かに全然、黒猫海賊団は海賊に見えない格好であった。
なし崩しにアジトまで連れ込まれて、一同は呆気にとられる。
海賊が、いとも容易く自分たちのアジトへ見知らぬ者を連れ込んだ事や、アジトの内装自体にも。
壁の至る場所に黒猫の写真が飾られており、ダイニングテーブルの中央には黒猫の縫いぐるみが鎮座。
ひときわ目立つのがキャプテン専用の椅子であり、ご丁寧にも猫脚だ。
カズスンは首を傾げた。
「黒猫が好きだから黒猫海賊団、なのか……?」
如何な猫好きでも、ここまで徹底しないんじゃないかと思うほど黒猫グッズで溢れている。
おまけに「いらっしゃいませーニャン!」と出迎える顔全てが同じ作りの黒猫着ぐるみだ。
まるで、どこかの娯楽施設に迷い込んだかのような錯覚を受ける。
不意に部屋の灯りが消えて、先程のキャプテン専用椅子へスポットライトが当たった。
何事かと慌てる一行の耳に、女声合唱が流れてくる。

ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪
ァ、黒猫海賊団のキャプテンは 大の黒猫マニアと大評判♪
ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪
南の海を 自慢の爪でヒトかき ひっかきゃ 黄金の宝がザックザク♪
ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪
ァ、黒猫海賊団のお船は自慢の一品 ポンと打ちゃ雷が弾け飛ぶ♪
ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪ ニャン♪
荒れ狂う雷の前ニャ 海軍なんか メじゃないニャ♪

音楽に合わせて華麗なステップを刻みながらキャプテン専用椅子に近づいてきて、どすんと腰掛けた三段腹のオヤジがバチーン☆とウィンクした直後、照明が元に戻る。
「黒猫海賊団のアジトへようこそ。俺はキャプテンのキャットミー、大歓迎す・る・ぜ」
キャプテンは顎と鼻の下にモッサモサの髭を蓄えており、片目に嵌めた眼帯には、やはり黒猫の絵が描かれていた。
体も着ぐるみではない。醜い三段腹が、これでもかとばかりに下っ端クルーとは違うんだぞと主張してくる。
「え、全部着ぐるみで隠してほしかったなぁ」と正直な感想を漏らすジェーンに、キャプテンは馬鹿笑い。
「海賊のアジトに連れ込まれて、その暴言!勇気のある姉ちゃんは大好きだぜ、黒猫の次になァ」
「それより、さっきのなんだよ。テーマソング?」と横道にそれるイドゥを制して、カズスンが本題に入る。
「色々気になるけれど、訊くのは後でいい。今は急いで仲間集めをしなきゃいけない。そこの」とティカ達を示し、続けた。
「南国パイレーツにも話したんだけど、反逆者ジェスターが近く反乱を起こす兆しだ。俺達は、それを止めたいと考えている」
「知っているぜ、ジェスター=ホーク=ジェイトの名はヨ。黒騎士失脚を根に持って王家転覆を狙っている、大馬鹿野郎だろ?」
キャットミーはニヤニヤ笑い、先を促した。
「知っているなら話は早い。彼は魔族及びニンジャを仲間に引き入れて、包囲網作戦を敷いた。レイザース本土を囲む四方八方の無人島に配下を忍ばせ、一斉襲撃するつもりだ。止めるには、こちらも人海戦術でいくしかない」
カズスンの情報提供にはキャットミーも「ほぉ」と驚いて、「そこまで知っているとなると、内部の奴に吐かせたのか。手際がいいな」と先回りする。
「向こうが勝手に突っ込んできたのを打ち破っただけなんだがね」と話すカズスンの脳裏に浮かぶのは黒装束の男、斬だ。
タオは作戦と無関係に単独で突っ込んできたのだと、彼は言っていた。
魔族やコハクなどの強者を仲間にする運はあるのに、その一方で命令無視する奴もいるとは、ジェスターは仲間運に恵まれているのかいないのか、いまいちよく判らない。
「反逆者の仲間に目をつけられるたぁ、おめぇらナニモンだ?」との問いにも肩をすくめて、「仲間の一人が極一部で有名だったらしいんだ」とやり過ごす。
「それよりもレイザース王家の転覆は、君たちの儲けに直結しているんじゃないか?国がなくなったら本土は大混乱、商売も路頭に迷うこと請け合いだ。中央を立て直すまでに僻地は干上がるぞ」
「共通の邪魔者を始末するため、一時的に手を組もうってか。ついでに奴らから奪った宝にゃ目をつぶってくれるってんだったら、協力してやらねぇこともねぇぜ」
キャットミーは快く頷き、確認をとってくる。
「そんで?おめぇの仲間ってなぁ、どんなメンツだ。そこの南国の他に誰がいるんでぇ」
「大まかに言って傭兵、軍人、ハンター、亜人の集合体だよ。ここに君たち海賊が加わって、さらに強力なメンツになったな」
軍人と聞いた途端に片眉を跳ね上げた相手を、まぁまぁと手で宥めた。
「あぁ、大丈夫だ。今回の作戦に限り、軍人は海賊を取り締まらない。そればかりか報酬を出してくれるってんだから、大手を振って稼ぐチャンスだぞ」
「軍隊の出す報酬ってなぁ、雀の涙だろ?」と零したものの、身の安全は確保できると知ってキャットミーの眉間からは皺が減る。
「他に誰をかき集める予定だ?」
「一応、北のバイキングも視野に入れている。協力してくれるかは不明だけど」と答えて、カズスンは通信機を取り出した。
「キャプテン、君の連絡コードを教えてもらえるか?俺からリーダーに伝えておきたいからさ」
「俺が直接リーダーとやらに挨拶しにいくってんじゃ駄目なのかァ?」との返事に、一瞬躊躇する。
彼とハリィを会わせるのが嫌なんじゃない。
カズスンが迷ったのは、キャプテンが現場を離れることへの不安だ。
もしキャプテン不在の間にジェスターの作戦が始動したら、クルーは迅速に動けるのか否かが疑わしい。
通信コードをハリィへ教えるぐらいなら、通信機でのやり取りで済ませられる。
カズスンの動揺を感じ取ったのか、ジェーンが小声で耳打ちしてきた。
「ハリィを、こっちに呼びなよ。要は品定めの最終確認がしたいんだろ、そこのデブネコは」
小声だというのにキャットミーには、ばっちり聴こえていたかして、またしても大声で笑われた。
「ガッハッハ!そのとおりよ、聡いねーちゃんは大好きだぜ」
「黒猫の次に?」と、やり返して軽口を封じると、ジェーンは誰にでも聞こえる声で言い直す。
「うちは亜人の防衛団を中心に、ハリィ率いる傭兵チーム、レイザース黒騎士団、斬が率いるハンターギルドで構成されている。ジェスターを知っているんなら、この中に一つぐらい知った名前があるんじゃないかい?」とはキャットミーとティカ両名に尋ねたもので、キャットミーが即座に頷いた。
「ハリィってのは聞き覚えがあるぜ。反乱分子の土民を抑えつける騎士団御用達傭兵チームのリーダーだろ。そうかい、そこのメンバーだったのか」
「こいつはね」とカズスンを顎で示して、ジェーンは付け加えた。
「あたしは黒騎士団所属だ」
「おめぇが騎士!?ヘェ、全然そうは見えなかったぜ」とキャットミーは笑い、大人しく鎮座するティカへ話を振る。
「南国は、どんな条件で納得したんでぇ」
「あんたんとこと同じだよ。互いの邪魔者排除に手を取ろうってね」と答えたのはラピッツィだ。
「てめぇらは商船、関係ねぇじゃねーか!」とのツッコミにも「ツワモノは商船に雇われているもんだろ?全く無関係じゃない」とやり返した。
「まぁ、うちも全く商船を襲わないってわけでもないしね」と、マルコ。
ティーヴもお茶請けをモグモグ食べながら、「全土に及ぶ迷惑行為なら止めないと」と滅多に見せない勇気を見せてくる。
「大佐に直接会わないと信用できないってんなら、こっちに呼ぶけど」と妥協を見せるカズスンへ首を振り、黒猫のボスが言う。
「いや、いい。さっきのは、おめぇの機転を試しただけだ。おめぇが動けねぇ時は、そこのねーちゃんが助ける関係ってか」
なにやら勝手に合点しているが、基本は連携なんだと理解してもらえたんなら、いちいち訂正する必要もあるまい。
今後は海賊とも連携をとって、一斉攻撃を一斉に封じ込めなきゃいけないのだ。
「それで、君の連絡コードなんだけど」と言いかけるカズスンにかぶせてきたのはティカで。
「連絡コード、何?」
「え?」
何を聞かれたのか判らずキョトンとなるカズスンに、重ねてキャットミーが笑う。
「俺達ァ海賊、誰かと取り合う連絡コードなんてもんは取っちゃいねぇってのよ!」
仲間は全員同じ船に乗っている。何処へ行くのも大概一緒だし、クルーが単独で遠出する事は滅多にない。
「え、でも知人友人と連絡を取りたい時は」
「知り合いは全員クルーだけ!家族?恋人?そんなもんを陸地に残してちゃアシがつく。従って連絡コードは必要ねぇ」
連絡コードを取得していないから通信機も持っていないと言われて、カズスンはポカンとなる。
そんな馬鹿な。じゃあ、どうやって海賊と連携を取ればいい?
咄嗟に頭が回らない彼に代わってジェーンが口を挟んだ。
「ないなら代理のコードを使えばいい。あたしの通信機とコードを貸してやるよ。こいつで連絡を取り合うんだ」
「いいのか?あんた、黒騎士団だろ。海賊に騎士団の内部事情がダダ漏れになっちまうぜ?」
極めて常識的なツッコミに、「いいんだ。プライベート用コードだからね」とジェーンは手を振り、ニヤリと笑った。
「仕事用のコードは手放せないよ。あたしが困るじゃないか」
騎士団じゃ仕事とプライベートでコードを使い分けているようだ。
仕事とプライベートでコードを共用しているカズスンは、妙なところで感心した。
コードを持ち得ぬ存在がいた事へ驚きもしたが。
通信機はレイザース全土に普及している。だから住民は全員、連絡コードを持っていて当然だと思っていた。
亜人が通信機を持っていないのは、あの島がレイザース領土ではないからで納得のいく話だ。
「今後は南国と黒猫とでも連携を取っていかなきゃいけない。連絡コードと通信機は必須アイテムだよ」
ジェーンは言い切り、全員を見渡した。
「通信機の使い方を知りたい奴がいたら、今のうちに手をあげな。あたしが懇切丁寧に教えてやる」
たちまちハイハイハイ!と多くの黒猫手が挙がって盛り上がりまくる場の中、キャットミーが感心したように唸る。
「あの姉ちゃん、黒騎士って割には気取ってなくていいじゃねぇか。ひとくちに黒騎士つっても色んな奴がいるんだな」
「いや、あのお姉ちゃんが例外なんだと思うよ?」と、カズスンは突っ込んでおいた。
黒騎士で気さくなのはジェーンとコックスぐらいで、あとは距離がある。
しかし傭兵や海賊と連携を取る以上、軍人だって高飛車に気取っていられないだろう。
「例外なら他にもいただろうが」と、キャットミー。
「反逆者ジェスターも元黒騎士だ。一癖も二癖もある奴を引き寄せるんじゃねぇか、黒騎士団ってのは」
言われてみれば、問題があるのは大抵黒騎士だ。
カズスンの脳裏に浮かんだのは黒騎士の一人キリー=クゥで、あれはルクが大層嫌っている。
同じ貧困街出身だそうだが、貧民に相応しいクソッタレな人格だと散々扱き下ろしていた。
ジェーンが黒猫クルーに通信機の使い方を教えている間、キャットミーの軽口は止まらず、カズスン相手によく回る。
「反逆者にゃあ賞金がかかっているっていうじゃねぇか。そいつも狙ってみるとしようかねぇ。まァ、こいつは山分けになるから軍の報酬と、どっこいの金額になりそうだがなァ!」
雑談好きなキャプテンに多少辟易して、一応カズスンは注意しておいた。
「君はおしゃべりが大好きみたいだけど、通信機を雑談に使うのは勘弁してくれよ?通信費請求がジェーンに行ってしまうからね」


黒猫海賊団と南国パイレーツの縄張りは、重なっているようで全く異なる。
黒猫の縄張りはファーレン近海、商船のルートと重なり、沖には出ていかない。
南国は広範囲に渡って移動が激しく、沖まで出ることもある代わり、都市近海へは滅多に入らない。
二大勢力は互いに儲けを邪魔しない範囲で活動していたからこそ、双方とも生き残っている。
黒猫クルーと意気投合したジェーンを南の島に残して、一旦カズスンとイドゥは亜人の島へ帰ることにした。
連絡が取れるのは現時点では黒猫だけだが、ジェーンはもう一つ連絡コードを南国用に取っておくと言っていた。
彼女一人に取らせるのは悪いから自分が取るとカズスンは申し出たのだが、騎士団の経費で落とすんだと押し切られた。
「そんなに実入りいいんだ、軍隊って……」
ポツリと呟いた独り言にイドゥが反応する。
「え?なんか言った?カズスン」
「い、いや。なんでもないよ。それより島に戻ったら、各諸島と本土との距離を計算しておこう」
のんびりしている暇はない。
ジェスターがいつ決行するか判らない以上、いつでも動けるようにしておかないと。
亜人たちの強さも大体把握したつもりだ。彼らはブレスや牙、尻尾の威力はあれど、戦法は素人以下。
あんなまっすぐ突っ込んでいく戦い方しかできないんじゃ、同レベルの相手にしか当たるまい。
賢者ドンゴロは、彼らに編成を提案した。
レイザース本土が統一される前は、軍隊でも使用されていたと聞く。
今の軍は編成を知らない。ジェスター戦を控えて、騎士団も訓練し直す必要があろう。
やることが多すぎて目眩を起こしそうだが、自分が関われる範囲は高が知れている。
まずは、できることから始めよう。
イドゥの背の上でカズスンは、あれやこれやと考えを巡らせた。


22/03/26 update

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