Beyond The Sky

26話 南の海賊団

南国パイレーツは南の海で、最も古参の海賊団だ。
ティカが海上警備隊に捕まった際、海賊団は一旦解体されたものの、脱獄後に復活した。
キャプテン・ティカを筆頭に、航海士のベイル、砲撃手のマルコ、医者のラピッツィ、操舵手のティーヴ。
ずっと、この五人でやっている。
かつて南の海には大海賊フッチ率いる暗黒海賊団がいたのだが、こちらも海上警備隊にやられて解散した。
南の海を荒らす海賊の敵は、海軍ではなく海上警備隊だったのだ。
その警備隊も、今はレイザース海軍に吸収されて跡形もない。
今は暗黒海賊団に替わって、黒猫海賊団が南国パイレーツと同等の名を挙げてきている。
強敵だった海上警備隊がいなくなったので、やりたい放題だという噂だ。
こういったファーレン史をカズスンたちに教えてくれたのは追加の同行者、ジェナックだ。
レイザース海軍に手を回して借り受けた海兵である。
「ずっと五人で船も小型、か……その分、小回りは効きそうだけど」
カズスンの予想に「そのとおりだ」と、ジェナックが頷く。
「俺も海上警備隊に所属していた頃は、あいつらの船足に散々振り回されたもんだぜ」
ジェナックの前身が海上警備隊だとは初耳だ。
ひそっとジェーンに「軍人ってスクール新卒が試験でなれるんじゃなかったか?」と確認すると、意外な答えが返ってきた。
「そうでもないさ、中途採用ぐらいあるよ。あたしも傭兵からの転職だしね」
ジェナック以上に驚きの前身だ。
目を丸くするカズスンを見やり、ジェーンは肩をすくめる。
「驚いているとこ見ると、あんた、チーム傭兵以外は未経験だね。ソロ傭兵は厳しいんだよ、主に懐が」
給料目当てで転職したから、王への忠誠が低いわけだ。
騎士団の給料は如何ほどなのかと余計な興味が湧いたカズスンだが、あまり寄り道ばかりもしていられない。
今、彼らの乗るボートは、大イカ島に舵を切りファーレン近海を横断中。
餌はジェナック。目立つよう、ボートの船首に仁王立ちしてもらっている。
女海賊ティカと面識があり、おまけに元海上警備隊員となりゃあ、他クルーとの因縁も深かろう。
「島に近づきすぎるとクラーケンに襲われるかもしれないからね、近くをウロウロ旋回しておこう」
その前に出てきてくれるよう願っていると、船影が水平線に現れて、グングンこちらへ近づいてくる。
こんな見るからに貧相なボートに狙いをつけるたぁ、ただの海賊ではあるまい。
「きたよ、帆にパイナップルの骸骨だ!」と叫んだのはイドゥで、この距離でも彼には目視で確認可能らしい。
やがてジェーンやカズスンにも海賊船だと分かる位置まで近づいてきた船から、大声で呼びかけられる。
「南国パイレーツ、キャプテン、ティカ!そこにいるのはジェナックか!?勝負、するッ!」
「あぁ。ジェナック=アンダスクは俺以外ありえない!」とジェナックも叫び返して、ニヤリと口の端をあげた。
同時に何者かが向こうの船から飛び出してきたかと思うと、こちらの甲板へ舞い降りる。
はちきれんばかりの健康的な肉体を小さな布きれ二枚に収めた女性だ。
長い金髪は腰ほどまで伸びているが、手入れはあまり宜しくなくボサボサのバサバサだ。
青い瞳が挑戦的にジェナックを見つめ、両手を越しに当てて仁王立ちの姿勢を取った。
武器は手にしておらず、丸腰だ。
「久しぶりだな、ティカ。相変わらず略奪そっちのけで挑戦しまくっているのか?」
ジェナックの態度は十年来の親友と再会したかのような気安さだ。
言葉の端々に親しみを感じて、カズスンは密かに首を傾げる。
先程の話をまとめた限り、海賊と海上警備隊は犬猿の仲だったと想定されるのだが……
しかしティカもジェナック同様、憎悪は欠片もない。
「言ったはず。ティカ、強いやつと戦うのが望み。ジェナック、久しぶりに一戦する!」
意気揚々な返事へ「おっと、待ってもらおうか」と横入りしたのは、ジェーンだ。
「今日あんたを探していたのはタイマンバトルが目的じゃない。あんたら海賊団に相談があるんだ」
「相談?」
ティカはキョトンとなる。
難しい話は苦手だ。
「相談というか商談、かな。手を組みたいのさ、面倒な連中を燻り出すためにね」
いつまでも始まらない戦いに疑問を感じたのか、向こうの甲板からは大声が呼びかけてくる。
「キャプテン、どうしたの?ジェナックなんかチョチョイとやっつけて、早く戻ってきて!」
「風向き変わった!そっち戻る、詳しく話す!」と叫び返すと、ティカはジェナックを振り返った。
「海の上、話すの難しい。ティカ、案内する」
大イカ島へ行くのかと思いきや、南国の船は一路群雄諸島へ舵を切る。
どこへ連れて行かれるのかと半ば不安になりつつ、カズスンたちは大人しく後に続いた。


南国パイレーツに案内されたのは無人島の一つ、通称黒猫島だ。
黒猫海賊団のテリトリーじゃないかとカズスンらは慌てたのだが、ティカが全く気にせず上陸するもんだから、仕方なく船を降りた。
南国クルーのラピッツィによると、ここは一般公開された観光地で、観光客向けの店が充実している。
見れば確かに島の中央には大通りが存在し、喫茶店や軽食屋が観光客で賑わっていた。
大通りのあちこちにいるのは観光客だけではない。黒猫の姿が複数見受けられる。
観光客は猫をなでたり膝に乗せたりと戯れて、猫もまんざらではなさそうに目を細める。
あの黒猫こそが観光客を引きつけるのだとラピッツィに説明されても、カズスンは納得しかねた。
猫なんて首都にだって沢山いるだろうに、島に住み着く半野生猫の何が面白いんだ?
「全部黒猫なんだ」と珍しげに見渡しているのはイドゥだ。
「白やブチは、いないのか?」
「黒だけなんだよ。だから観光地ってワケ」とティーヴは答え、買い求めたクレープをモグモグ食べる。
「黒猫団のテリトリーだから黒猫島なのかと思っていたよ……」
小声で呟き、カズスンは気持ちを切り替える。
賑やかさや美味しそうな匂いには惹きつけられそうになるけど、目的は猫じゃない。海賊だ。
適当な喫茶店で落ち着き、一つ二つメニューを頼んだ後は、さっそく本題に入った。
「反逆者ジェスターは知っているかい?あいつがまた、首都を襲う動きを見せているんだ」
「ジェスター?確か黒騎士の元団長だった奴だったっけ」とラピッツィは記憶を総動員。
若いティカやベイルは知らないだろうが、ラピッツィはジェスターを見た覚えがあった。
まだ彼女が幼い少女で首都に住んでいた頃、建国祭で行われた騎士団のパレードで胸を張った姿を。
気の強そうな、粗野な印象を振りまいていた。のちに彼が失脚したと聞いても驚かなかった記憶だ。
「そうだよ。覚えているってこたぁ、あんた見た目より結構歳」
何か余計な一言を言いかけたジェーンに被せるようにして、カズスンが話を無理矢理進める。
「ここらの無人島にも配下を潜ませて、全方向から首都を攻める算段だ。だが、そんな真似をさせるわけにはいかない」
「配下……ってぇと、観光客に紛れて?」
心当たりがあるのか、マルコは天井を見つめて小さく呟く。
「あぁ、じゃあ、あれってやっぱ観光客じゃなかったんだ」
「何か心当たりが?」とカズスンに水を誘われて、マルコが言うには。
ここ最近、無人島へ渡る観光客が一気に増えた。
それもニンジャ服に身を包んだサバイバラー軍団ばかりが。
ニンジャ服でサバイバルを楽しむ観光客は、元々一定数いたから珍しくない。
しかし、ここ数日で急上昇。無人島へ渡ったニンジャ軍団は尋常な数ではない。
さては首都でニンジャブームが起きているのかと、マルコは予想した。
しかもサバイバラーはサバイバル島へ潜るのが一般的なのに、彼らは別々の無人島へ渡った。
サバイバル島がサバイバラーに人気なのは、あそこが一番大きくて一帯密林だからだ。
他のサバイバラーとの交流も望めるし、対戦するのも自由だし、楽しみは無尽蔵にある。
「そんな大量に来ていたんだ!?ニンジャ軍団」
ジョージとモリスが出会ったニンジャしか来ていないと思っていたカズスンは素直に驚いた。
「今もいるかどうかは、判らないけどね」と、マルコは肩をすくめる真似をする。
無人島は住んでいる人こそいないけれど、海賊が休憩しにくる場所でもある。
気軽にキャンプしていたら、海賊と鉢合わせて身ぐるみ剥がされるなんて事故が過去に多々発生した為、現在はファーレン管理局が観光客向けに安全な島をアナウンスしている。
「ここは安全なの?黒猫海賊団が根城にしているって聞いたけど」
イドゥの疑問に答えたのはティーヴだ。
パンケーキをモグモグ食べながら、素早く周囲に視線を配る。
「あいつらは海賊に見えないカッコでウロウロしてるし、観光客には無害だよ。下手にちょっかいをかけない限りは大丈夫」
海賊に見えない格好と言い出したら、ティカやラピッツィだって水着に白衣で全然海賊に見えないのだが、あえて突っ込むまい。
黒猫団は黒猫のコスプレをしているそうだし、観光客にしてみたら島を盛り上げるボランティアにしか見えまい。
「話を戻すけど、もしレイザース首都が陥落したら全ての領土に影響が出る。海賊だって他人事じゃない。君たちは商船の懐をアテにしているんだろ?首都に仇なす反逆者を追い詰める手助けをしてくれないか」
カズスンの説得にティカはコクリと頷き、具体的な内容を求めてくる。
「やる。けど、何やればいい?片っ端から無人島に大砲、撃ち込む?」
「いやいや、ご勘弁」
慌てて手をふり過激な提案を却下しつつ、カズスンは具体例を示してやった。
「まずはニンジャ軍団が、どの島に潜んでいるかを調べよう。一箇所であれば好都合、向こうの作戦開始の号令が出た直後に背後から奇襲すればいい」
「一箇所じゃなかったら?」「向こうの作戦号令って、どうやって知るんだ」
マルコとベイルの疑問が重なる。
「島に潜伏しているんだったら、首都を目指すには必ず船を出さなきゃいけない。彼らの動きを監視するんだ」
陸では無敵のニンジャでも、海なら海賊に利がある。
甲板には乗り込まず砲撃だけで沈めろと言われて、マルコは二の腕をバシッと叩いた。
「任せてよ!俺の腕前を見せてやるッ」
背丈がカズスンの胸より下にある少年が砲撃手だとは未だ信じられないのだが、協力を頼む以上は信用せざるを得ない。
問題は一箇所だけではなかった場合だが、こちらの船は一艘しかないし無理は禁物だ。
一箇所でいいから確実に仕留める。余裕があるようなら、他への攻撃も許可しよう。
ティカ以外のクルーは素直にカズスンの作戦へ頷いてくれたのだが、キャプテンだけは不満顔。
「なんで甲板乗り込み禁止?ティカ、戦いたい!」
「うちのキャプテンは白兵戦のほうが得意なんですよ」と補足するベイルへジェーンが渋い顔で答える。
「知っているけど、あんた達はニンジャと戦ったことがないだろ?万が一を考えたら、やめといたほうが無難だよ」
「万が一って、なんだよ!?キャプテンがニンジャに負けると思ってんのか!」
いきり立つクルーを宥めたのはジェナックで、「ティカ、お前はコハクに負けているじゃないか。ニンジャはあいつよりも素早いぞ」と過去の対戦を持ち出した。
ティカはコハクよりも弱いのか。
コハクの名を聞いた途端、カズスンを頭痛が襲う。
ジェナックには話していないが、コハク、またの名をヒスイといった、あの傭兵はジェスターの元についた。
ただの雇われだとタオは言っていた。
だがコハクはレイザース人じゃないし、反逆者の唱える打倒レイザースに共鳴したとしても、おかしくない。
彼が無人島に潜伏するニンジャたちの用心棒になっていたら厄介だ。
悶々と考え込むカズスンの耳に「なんだ、貴様ら!今すぐストロベリーパフェをティーヴに返してやれ!」と、ジェナックの怒号が響き渡る。
何事かと顔を上げたまま、彼はポカーンと呆けてしまった。
「パフェを返してほしかったら、我々も話にまぜてもらおうニャ!」
パフェの容器を高々と持ち上げて、偉そうにふんぞり返っているのはモッコモコな黒猫の着ぐるみだ。
「そうニャ!こいつぁ〜大捕物帖の匂いがするニャ!大儲けできそうなチャンス、逃さないニャ!」
着ぐるみがテーブルを囲む形で集まっており、声からすると全員女性のようなのだが、顔までスッポリ猫だ。黒猫だ。
もっと色っぽい、黒い水着に黒タイツでの黒猫コスを予想していたカズスンは、すっかり言葉を失った。


22/03/09 update

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