Beyond The Sky

25話 空と海と陸と

敵が包囲網でくるなら、こちらも包囲策をとる必要がある。
範囲はワールドプリズ全域、陸と空の他に海も含める。
空の防衛団やレイザース騎士団だけで対処できる広さではない。
陸軍と海軍は別管轄だが、総元のレイザース王を動かすことさえ出来れば陸と海の共同作戦が可能になる。
王の説得は黒騎士団長のアレックスに任せておけばよい。
だが、海を包囲するにあたりレイザースの海軍だけでは手が足りないとハリィは懸念する。
ならメイツラグ海軍も巻き込むのか?と尋ねたソウマに対して、彼の出した答えは――


青く輝く海の上を、一匹のドラゴンが飛んでゆく。
「海賊って全域にいるんじゃないんだね。北と南にしかいないのに、何で海軍は殲滅できないんだ?」
背に傭兵と黒騎士を乗せての長距離移動だ。
活動初めの頃は飛行に耐え切れず墜落していた彼も哨戒で鍛えた今、長距離飛行は苦じゃなくなった。
向かう先は南方、群雄諸島が浮かぶファーレン近辺。
南の海を根城とする海賊に会うのが目的であった。
イドゥの素朴な疑問に答えたのは、黒騎士ジェーンだ。
「数が多すぎるのさ。そうでなくてもメイツラグ海軍はポンコツ軍艦だし、ファーレンに派遣された海軍も似たようなモンで、どっちの王も真面目に海賊討伐する気がないのかもねェ」
騎士にしては王に敬意を払わない返答に、カズスンは眉を顰める。
だが陸軍に所属する騎士が見ても、海賊討伐は上手くいっていないのだ。やる気がないと思われても仕方ない。
「ファーレンはファーレン海軍がレイザース海軍に吸収合併されて動いているんじゃなかったか?」と尋ね返したら、ジェーンは肩をすくめて訂正してきた。
「そりゃ占領された最初の年だけだ。情報が古いよ、傭兵さん。今は本土から派遣された新兵で溢れかえっていて、目も当てられない惨状さ」
八割方本土あがりのレイザース人が占めていて、一応訓練でそれなりに肌は黒く焼けたけれど、対人での戦闘はメイツラグとの共同作戦で逆賊退治の援護をやったっきりだから、百戦錬磨の海賊相手じゃ勝ち目がない。
彼らに応援を仰ぐぐらいなら海賊を仲間にするハリィ案のほうが妥当だとジェーンに笑われて、カズスンは複雑な気分になった。
海軍と違って、海賊船は自前設備だ。ろくな魔砲も積んじゃいまい。
その海賊に後れを取るなんて、今のレイザース海軍は相当弱体化しているじゃないか。
海軍だけじゃない。陸軍もだ。
数で攻めればいいものを、少数派遣なんてやっていたせいで忍者軍団には散々振り回されてしまった。
残る国がメイツラグしかないのでは、新兵は実戦経験する機会がない。それ故の弱体だ。
戦争がないのは喜ばしい反面、こうした反逆が起きた時に戦えないのは軍として致命的ではないのか。
カズスンがレイザース軍の弱体化に頭を悩ませている間にイドゥは最南端、ファーレン上空へ到着した。
南洋の海賊説得にあたり、運搬役はイドゥが選ばれた。
子供は酒を飲まない。それが一番の理由だった。
いくら物価が安いといっても毎回ガパガパ飲まれたんじゃ、こちらの財布も空っぽだ。
北にはシェリルが向かった。他国領な点を考慮して、同行者は傭兵とハンターの二人だ。
「さて、と。南で有名な海賊は、南国パイレーツと黒猫海賊団だそうだ」
ジェーンが懐から取り出したのは、南部海賊の特徴をまとめたメモである。
「黒猫海賊団?なんだ、そりゃ。ちっとも強そうな名前じゃないな」
首を傾げながらカズスンも紙を覗き込む。

南国パイレーツは総勢五名でありながら、商船の他に同業者や軍艦も襲う猛者で、キャプテンのティカは素手で戦う女ファイターだ。
彼らの船は中古のレイザース製をカスタマイズした物と想定される。
帆船偽装を施してあるが、エンジン起動としか思えない船足を持つ。
砲台は単発式が二つ。魔砲は確認されていない。
実弾なれど軍艦二隻を跨いでも威力が衰えないというのだから、ベテランの砲撃手がいるのだと思われる。
海賊旗はパイナップルと髑髏。
大イカ島に財宝を隠していると地元ではもっぱらの噂だが、確認できた者はいない。
大イカ島近海にはクラーケンが二匹生息しており、島へ近づくのも困難だ。

黒猫海賊団は総勢二十二名、黒タイツに黒耳、鋭い爪に黒い尻尾をつけた黒猫仮装軍団だ。
商船が主なターゲットで、毎年被害総額は五千万を越える。
クルーは女性しか確認できていない。全員が白兵戦に長けている。
キャプテンは男でキャットミーと名乗っている、三段腹の中年だ。本名かどうかは不明。
彼らの船は新品のレイザース製。連射式の魔砲台を一つ確認。
飛距離こそ短いが、雷の魔砲を多く積んでいる模様。
海賊旗は黒猫の髑髏。
黒猫島が彼らの本拠地。観光客が多く訪れるスポットでもあり、島内での戦闘は非推奨。

「えぇー……なんか嫌だな、黒猫海賊団を仲間にすんの」
引きに引きまくって素直な感想を述べるイドゥに、カズスンも同感だ。
「強さは同じぐらいみたいだね。人数は黒猫のほうが多いけど、船はどのみち一艘なんだ。男キャプテン率いるハーレムにするか、女キャプテン率いる少数精鋭にするか」
ジェーンは冷静に比較分析した上で、二人に意見を求めた。
「えぇと、それじゃ人数の少ない南国を先に勧誘してみよう。それで駄目なら黒猫にもアタックだ」
人数が多いと意見が分かれて、まとまらないかもしれない。
黒猫を後回しにする言い訳としては上々だ。
イドゥにも確認を取ってから、ジェーンが号令をかけた。
「それじゃ、まずは南国パイレーツのクルーを探さないと。まぁ、でも、こいつらを誘き出すのは簡単だね。金のありそうな商船を偽装するか、海軍の目立つ奴を乗せて出発すればいいんだから」
「海軍の目立つ奴……って、誰だ?」
海兵と言われてカズスンが真っ先に思い出すのは、ジェナック=アンダスクだ。
褐色の肌に灰色の髪の毛、典型的なダレーシア島の原住民である。
大柄な上、右目が潰れているせいか人相は悪く、しかし熱血漢で猪突猛進な性格だったと記憶している。
「安心しな、それも調べがついているよ」と黒騎士は別のメモを内ポケットから取り出して読み上げた。
カズスンが知る、あいつの名前を。


北の海へ向かったのは、ルクと斬の二人であった。
団長の斬が本陣不在は拙いのでは?との反論は勿論あがったのだが、北海を治めるメイツラグは黒髪民の住まう他国であり、金髪のレイザース人が動き回るに適しない場所だ。
よって、黒髪のルクと斬が選ばれた。
ジロも黒いのだが、本人が同行に対して猛烈拒絶の意思を示したので留守番を言い渡してある。
ルクの生まれはレイザース首都、貧民街だ。
しかし両親はクレイダムクレイゾン出身と聞かされた。
なるほど、ルクが黒髪なのにも納得だ。
クレイダムクレイゾンはカンサーを抜け出したカンサー民が新たに作った町だ。
カンサー領ではなく、レイザース領の新しい町として誕生した。
そうした歴史を持つから、住民も黒髪種の血を多く引き継いでいる。
クレイダムクレイゾンは斬の故郷でもある。
一気にルクへの親しみがわいてきた。正しくは、彼の親への親近感だが。
「ふぅ……相変わらず寒いな、ここは。酒場で一杯ひっかけてから行こうぜ」
北の地メイツラグへ降り立ったルクの第一声は、文句と寄り道の提案だった。
「いいけど、お代は割り勘?」とシェリルが尋ねたのは斬に向けてで、斬は無言で頷く。
ルクがボソッと呟いた。
「……てか、寒くないのかよ。そのカッコ」
ルクとシェリルが防寒具を着込んでモコモコなのに対し、斬はいつもの黒装束。
見ている側が寒くなってくる。
「冬以外は存外温かいものだ」との信じられない答えが返ってきて、ルクは肩をすくめた。
寒風がビュウビュウ吹いてくるのに防寒具なしで平気だなんて、感覚がおかしくなっているとしか思えない。
黒装束以外の彼を見た記憶もなし、きっと年中一張羅のせいで温度を感じなくなってしまったんだ。
酒場にてピッチャーの酒を三つ頼んだ後は、さっそく勧誘相手を絞りにかかる。
「この辺りで勢力があるバイキングは大きく分けて二つ。代替わりこそあれ、常に二勢力現れるみたいね」
南の海賊と異なり、北の海賊は船で徒党を組んで活動する。
船一つに海賊が数人乗り込むので、もはや一つの軍隊といってもいい。
船が多ければ多いほど、行動範囲や勢力も比例するというわけだ。
「一つはゼクシィ海賊団。ここは略奪時代から根を張る最古参なんだって」と、シェリル。
黒騎士団から貰ってきたメモを広げて、二人にも見えるようテーブルの上に置いた。
「もう一つは新勢力で、バンカー海賊団。昔、パーミア海賊団ってのがいて、それの後継らしいわ」

ゼクシィ海賊団は総勢六隻の大所帯、メイツラグ近海に出没する海賊団の最古参である。
各小隊のキャプテンはボレノ、ジャンプルー、ヒュドラ、ミミ、テルン。
連携での囲い込みを得意とする。
彼らの船はメイツラグ製の帆船。独自のカスタマイズは見受けられず。
砲台は左右に四つの計八台。単発式で魔砲は積んでいない。
海賊旗は髭を生やした二本角の髑髏。

バンカー海賊団は総勢四隻、メイツラグ近海では比較的新参の海賊団。
逆賊として討伐されたパーミア海賊団のクルーを数人確認。
各小隊のキャプテンはサウス、ナヴァ、メイビル。
小回りでの攪乱戦法を得意とする。
彼らの船はメイツラグ製のカスタマイズ。
船足の早さから帆船は偽装、動力はレイザース製エンジンと想定。
砲台は左右に三つの計六台。これまでに炎の魔砲使用を確認。
海賊旗は錨と髑髏。

数で攻めるならゼクシィ海賊団、奇襲でいくならバンカー海賊団が適任か。
火力のほどは同等と見ていい。ゼクシィのほうが台数は多いけれど、バンカーは魔砲を切り札に持つ。
「ふーん、新勢力は新しいだけあって船数が少ねぇのか」
どこか納得した顔でルクが呟くのへはシェリルのツッコミが入る。
「でも、こいつとこいつはパーミア海賊団からの移籍だっていうから、新人ばかりじゃないわ」
こいつと示されたのは、サウスとナヴァの二人だ。
凶悪な面構えの似顔絵が並ぶ紙を眺めて、斬がボソッと問う。
「どちらのほうが話を聞いてくれるだろうか」
シェリルは腕を組んで考える仕草を見せた。
「どちらも気性は荒いみたいよ。ただ……彼らはよく傭兵を用心棒に雇うそうだから、私と斬も傭兵ってことにして近づいたほうがいいかもね」
「船団を組んでいるのに、用心棒を雇うのか?」と驚く斬へルクが頷いた。
「海賊は甲板での一騎討ちに矜持を抱くんだって誰かが言っていたぜ。用心棒はキャプテンを失いたくない場合の保険だ。キャプテンの代わりに一騎討ちしてもらうんだとよ」
用心棒は流れの傭兵、武者修行中のソロ剣士が引き受けると聞かされて、斬は猛烈に嫌な予感がしてきたのだが、ここで尻込みしていたって勧誘は始められない。
まずは最古参のゼクシィ海賊団から当たってみようという流れで落ち着いた。


22/02/18 update

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