Beyond The Sky

24話 先が見えても、お先真っ暗

斬の紹介によれば、タオは世間を騒がす暗黒武庸団の元用心棒にして現HANDxHAND GLORY'sのメンバーだという。
犯罪に加担していた傭兵をギルドへスカウトしてしまった斬には、当然、黒騎士団の反発があがる。
だが騎士に騎士団のルールがあるように、傭兵にも傭兵独自のルールがある。
傭兵は王家の認める公式な職業でありながら、司祭や騎士のように決まった職場がない。
武者修行と称して海賊や盗賊団の用心棒に雇われることもあるが、現行犯で捕らえられない限り、咎人には成りえない。
「一番の問題は、こいつがジェスターの元へ戻る危険性だろ」とソウマが口添えする。
巷の傭兵や警備団では手も足も出ない強さだったのだ。
戻られるぐらいなら仲間に入れてしまえという、ハンターの出した結論も判らないではない。
「傭兵になって、初めて負けたんです。僕を負かした斬さんこそが真の強者と考えました。彼の元で腕を磨けば、僕はもっと強くなれる。ジェスターの元へ戻るなんて、ありえませんね。僕は斬さんを師匠として仰ぐと決めたのですから」
ハンターに囚われたも同然だというのにタオは全然反省しておらず、騎士たちを苛立たせた。
「こいつ、やっぱ首都に送ったほうがいいんじゃないか?」
尖った視線でタオを睨みつけるジェーンに、隊長のアレックスは首を振る。
「首都で暴れられたら被害甚大だ。それよりは斬に管理を託してギルドで隔離したほうが良かろう」
「同業者でも相手にならなかった傭兵を倒すとは……斬殿は、お強いのでありますな!」
コックスに手放しで褒められて、斬は視線を余所へ逃がした。
テレてしまった彼の代わりに、ソウマが一応のフォローを加えておく。
「町が襲われた時は忍者軍団も一緒だっただろ。マスターは一対一だから勝てたんだよ」
「そう、そうだ!その忍者軍団だけど」とアレンが急に大声を出して皆の注目を浴びる。
「その忍者軍団の潜伏先を、彼は知らないんですか?」とアレンに尋ねられて、答えたのは当の本人。
「存じております」
「知っているなら話は早い。というか、さっきの会議にも参加してくれれば良かったのに!」
ジョージに突っ込まれたタオは肩をすくめた。
「会議をしていると僕にも教えてくだされば、参加しましたよ」
「では、さっそくだが聞かせてもらおう」と切り出したのはアレックスだ。
「忍者軍団の潜伏先と人数、それから反逆者が行おうとしている具体的な企み全てを」
「いいですよ」
拷問の必要なんて一切ないほど、あっさりした調子で、タオは洗いざらい知っている全てを皆に話した。
未だ契約が切れていない雇い主を、よくここまで裏切れるもんだとハリィは内心呆れかえる。
よほど金払いが渋かったか、或いは尊敬できない雇い主だったのかもしれない。
ともあれタオのおかげで、ようやく全貌が見えてきた。
ジェスターの目的はレイザース崩壊、そこは一貫して変わっていない。
変えたのは方法だ。
直接王都を狙うのではなく、辺境の領土から集中攻撃で滅ぼす方針に切り替えた。
レイザース領土を囲む形で忍者部隊を、それぞれの無人島に潜伏させる。
島と本土の行き来は魔族を使う。魔族の背に乗って、空から奇襲をかける。
魔族は禁呪である異世界召喚術を生業とする、闇術師の協力を得て呼び出した。
作戦に関わるのはジャネスの忍者集団及び召喚された魔族数匹、雇われ傭兵が三人と呪術師が一人、闇術師が五名だ。
魔族と忍者以外は強敵じゃないとタオに言われたが、所詮は彼視線での強さ判定だから、術師や傭兵も油断ならない。
作戦開始は騎士団の警戒が緩んだ瞬間だ。
数ヶ月動きなしを装って、地方に派遣された騎士が引き払った翌日に仕掛ける。
「いやらしいねぇ。さすがは反逆者というべきか、騎士団の有効期限を判った上での策か」
ジェーンが舌打ちする横ではセレナも眉をしかめる。
騎士の派遣は永遠ではない。危険が去ったと判れば警備は解かれる。
騎士団が守らなければいけない最重要地点は首都だ。
地方の領土は警備団が騎士の代わりを務める。
騎士団には手が届かずとも、警備団も腕の立つ戦士の集まりだ。
しかし、いかな警備団といえど集団で忍者に襲われたら太刀打ちできるかどうか――
「それよりジャネスの忍者が王家転覆を狙ってくるなんて、まだ反乱分子が生き残っていたんだ、あの辺」
「表立って反抗するのはやめて潜伏に切り替えたんだ。そこまで嫌かねぇ、レイザース領なのが」
カスズンとモリスが小声で話している。
生まれた時からレイザース人として育った二人には判るまい。ジャネスに残る老人の悲願など。
ジャネスとカンサーはレイザースに支配されて久しいが、占領される前の住民は生き残っている。
支配下にありながら独自文化を観光へ昇華させたカンサーと比べると、ジャネスは文化が衰退しつつある。
若者は首都に憧れ、過去の歴史を振り返らない。
文化を受け継ぐ若者の数が極端に減っている。
いずれはジャネスの名残が全てなくなってしまう。
そう考えたら、国だった頃の繁栄を知る老人が反逆するのも当然であろう。
「俺達が出会った忍者に栄太郎って名前の奴がいたんだけど、タオは知っているか?」
ジョージの問いに「えぇ。ジャネスの忍者軍団を率いるリーダー格です」とタオは頷き、こうも付け足した。
「なんでか魔族に懐かれやすい男でして、忍者の他に魔族の世話まで任されていましたが、今は南方の群雄諸島に潜伏していますよ。忍者は全員彼の命令に従順です。しかし彼と会ったのに、よく戻ってこられましたね。戦わなかったんですか?」
「え、まぁ、話し合いだけで済んだけど」と答えるジョージを、まじまじと眺めて。
タオは感心したような、そうでもなさそうな微妙な笑顔を浮かべる。
「本来なら近づいた時点で、あなた方の命は散っていたはずですが、さては人情で訴えかけましたか」
カズスンと雑談していたモリスも驚いて「えっ、そこまで強かったんだ!?あいつ」と叫ぶのへは深々と頷き、「忍者のリーダーですからね。気を抜いたが最後、一瞬で首を掻っ切られますので、ご注意ください」とタオは薄く笑う。
「本場の忍者か……」と呟き、斬が目を瞑る。
こんな状況でなければ、是非とも勝負してみたい相手である。
その想いは隣に立つソウマも同じだったようで、小声で耳打ちされた。
「ゴタゴタが全部済んだら、二人でジャネスへ出かけてみないか?ニンジャが生き残っていると判ったんだし」
「うむ」と頷き、斬は今の会議に意識を戻す。
「仕掛けるなら早いほうがいいです。潜伏している奴らを逆に奇襲してやりましょう」
過激な意見を放ったのはベルアンナで、慎重派のアレックスに退けられる。
「我々にはニンジャと互角に戦える手練れが少ない。動きに追いつけるのが一人二人では話にならん」
「奇襲を仕掛けるとすりゃあ、連中が魔族の背中にいる間だな」と言い出したのはキリーだ。
足場が不安定なら忍者の動きも鈍って五分五分だ。
ただし、こちらは足場となる亜人自体が不安定なのがネックだが。
「空の防衛団は魔族と互角に戦えるのか?」とアレックスに尋ねられて、斬は腕を組んで考え込む。
現時点で、彼ら亜人の戦力を測れる物は何もない。何とも戦った経験がないのでは。
「魔族と互角だった亜人ならいるじゃないか、銀の聖女とか!」と叫んだのはレピアで、すかさずコックスが「その噂であれば自分も聞き及んでおります!二度に渡る首都襲撃を二回とも守り通したそうですなッ」と唾を飛ばして大興奮。
「シェリルを防衛団の基準とすれば互角に戦えるだろうが、他の亜人はどうなんだ?戦闘における水準値を教えてくれ」との追加質問がアレックスから飛んできて、斬は正直に答えた。
「判らぬ。シェリル以外、戦闘を経験した亜人は少ないのでな」


翌日。
哨戒を休みにした防衛団は砂浜で集合する。
これから模擬戦をやるのだ。初めてのトレーニングに、誰もが興奮を抑えきれない。
「うぉー!ホントに本気でやっちゃっていいんだな!?俺、手加減なんか出来ねーぞ!」
鼻息をブォブォ吹っかけてくるドラゴンから一歩距離を置き、ソウマは引きつった笑顔で頷いた。
「あぁ、本気でやんなきゃ実力が測れねぇしガチでやれよ」
模擬戦は亜人vs亜人。今の編成同士で対戦し、六人とも墜落したら負けだ。
これはアレックス発案による過激な特訓であり、もちろん斬は猛反対したのだが、ベルアンナには「騎士団所属の最高司祭を呼んでおきます。彼女であれば怪我を癒すなど容易いことです」と一蹴されてしまい、強行された次第だ。
ベルアンナの魔法で呼び出された最高司祭はソフィアと名乗り、今は賢者の庵で待機している。
司祭の手を借りる件に関して、王宮の許可は得た。
アレックスが通信越しに頭を下げて、許可をもぎ取ったと言ったほうが正しい。
王とて、たった七人に重荷を貸せた罪悪感があったのだろう。
「訓練が始まったら人間は全員、庵まで退散しろ」とアレックスに命じられたが、ここにいる人間など黒騎士の他は斬とソウマとタオぐらいだ。
ルリエルは食べ物を取ってくると言い残してドンゴロと一緒に森へ入っていったし、ジロ達三人組に至っては庵から一歩も出てこず傍観に徹している。
傭兵は遠く離れた海上に筏を浮かべて、そこで観測すると言って出ていったっきりだ。
「つぅか逃げるんだったら、俺達が砂浜まで来る必要なかったんじゃねぇか」
さっそく愚痴垂れるキリーの横腹をアレンが肘でどつき、小声で諫める。
「新人の前だぞ。いつまでも落ちこぼれ気分でいるんじゃない」
落ちこぼれ気分でいたことなど一度もない。キリーは、いつだって己に正直に生きているだけだ。
そう言い返してやろうかと思ったが、何度もドスドスしつこく肘打ちされて気が削がれた。
「わぁった、判ったよ。それよか俺に気を取られて逃げ遅れんじゃねーぞ」
キリーがアレンを宥めている間に、亜人は六人ずつ列を作って向かい合う。
「では――アッシャヴァインス隊とドルウォーク隊の勝負、開始!」
ソウマの手が一気に振り下ろされると同時に、ドラゴンは一斉に飛び立つ。
ぶわぁっと砂まで舞い上がり、何処が前か後ろかも判らなくなる中、騎士とハンターは死に物狂いで走り出した。

「あぁ、始まった、始まった。しかし黒騎士団の隊長も思いきった訓練を考えますね」
呑気に話しているのは、海上に浮かべた筏の上で観測中の傭兵たちだ。
巻き込まれないよう充分に距離を取り、双眼鏡を覗き込む。
観測するのは亜人の墜落数だ。
今のところはブレスがボッボと吐き出され、急旋回しては飛びかかり、避けられてと好戦が繰り広げられている。
「身内での模擬戦が一番簡単だからだろ」と呆れた顔でモリスへ突っ込み、バージニアはアフターケアで呼び出された美人司祭に想いを馳せた。
怪我を癒してもらえるのは亜人だけだろうが、自分も怪我をしたら彼女に見てもらいたい。
膝枕してもらって痛いの痛いの飛んでけ〜なんて頭を撫でられたりしようもんなら、どんな怪我でも一瞬で治りそうだ。
あんな美人が宮廷の奥に引っ込んでいるだなんて勿体ない。
彼女には是非首都の教会で司祭を務めていただきたい。それなら毎週のお祈りにも精が出るってもんだ。
下心満載なバージの横では、ルクが小さくぼやいている。
「やべぇよ、フリーダムすぎんだろ、剣士傭兵。雇われ先ぐらい選べっての」
「あぁ、ヤベェな」と同意してきたのはボブで、チッと舌打ちを漏らしつつハリィに相槌を求めてきた。
「俺達じゃ無理だぜ、あいつを抑えんのは。対応できる傭兵を雇ったほうがいいんじゃねぇか」
昨晩タオに協力者の名前を教えてもらったのだが、彼らが焦りを覚えた雇われ傭兵の名前こそ、彼らが以前出会った傭兵に他ならず。
「大丈夫、こんな時の為に斬はタオを味方に引き入れたんだ。それにソウマもいる。彼は強敵と戦いたいんだろ?いざとなったら二人にお任せしよう」と答えるハリィも、やはり憂鬱が抜けきらない。
ジェスターに味方する雇われ傭兵は、タオを除いても三人いる。
うち一人は、確実に強敵であった。
コハク=ハルゲン。
その名を持つ人物を、ハリィ達は一人しか知らなかった。


22/02/04 update

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