Beyond The Sky

23話 黒くても良いやつ

シェリル小隊と行動を共にしていたアルニッヒィは首都に拘束される。
すぐに釈放されたルクとは異なり、個別に牢屋へ放り込まれる悪劣待遇を受けた。
そこから一人ずつ呼び出されて尋問を受けたのだが、尋問は総団長のグレイグではなく黒騎士団長アレックス=グド=テフェルゼンが執り行う。
尋ねられることは一貫して、"何故地上でドラゴン化したのか"――その一点を追及された。

アル達が釈放されたのは、尋問が行われた一週間後であった。
一週間も首都に拘束されている間、世間の流れは大きく変化しており、自分たちを取り巻く環境も一変した。
港へ向かう道すがら、「けど、いいの?首都を防衛しなくて」と同行者に尋ねたのはシェリルだ。
黒い鎧に身を包んだ金髪の男性、アレックスは頷くと「首都には白騎士団が残る。それに、これは王の勅命だ」と答える。
黒騎士団は総勢で首都を離れ、一路、亜人の島へ向かう。
空の防衛団との連携を図り、世界の全体捜索に当たる。
傭兵だけでは制御できないと踏んで、世界を見回るついでに亜人の手綱も取るつもりだ。
白騎士団は首都に待機、厳戒態勢を崩さないで出方を見守る。
何のって、世間を騒がす大悪党、暗黒武庸団だ。
アルが首都の牢屋で退屈を持て余している間に、宣戦布告が送られてきたのだ。
送り主は反逆者ジェスター=ホーク=ジェイト。
みたび首都陥落を宣言してきた。
首都の一斉襲撃を予告しておきながら、いつ侵攻するのか具体的な日程までは伝えてこず、毎日怯えて暮らせと言わんばかりだ。
更には釈放直後にシェリルが斬と連絡を取って、驚くべき新情報を掴んだ。
なんと、暗黒武庸団に所属していた傭兵を確保したという。
彼から引き出した情報を伝えたいから至急戻って来いと言われた。
なので、今、黒騎士団と一緒に軍艦へ乗り込み、亜人の島へ向かっている次第だ。
アルはドラゴン化して、ひとっ飛びしようと思っていたのだが、小隊長のシェリルが言い出しだのだ。
黒騎士団と一緒の船で戻ろう、と。
何故かは理由を問わずとも、一目瞭然であった。
彼女は黒騎士団長との会話を早めに切り上げた後、甲板掃除している黒騎士へ頻りに話しかけている。
「もう、ずっと探していたんだよ?キリーってば連絡先を教えてくれないんだもん」
シェリルにつきまとわれても黒騎士は視線を下に向けて、ごしごし甲板を擦るのに熱心だ。
「仕方ねぇだろ?黒騎士団は今、遊んでる暇なんざありゃしねぇんだ」
ジェスターに首都を襲撃された際に怪獣との戦いを経て、黒騎士団は、ごっそり人員が減ってしまった。
志願者は圧倒的に白騎士団への入団希望が多く、せっかく黒騎士に振り分けても、すぐに辞められてしまう。
黒騎士団が民に嫌われる原因は、反逆者による風評被害が大きい。
反逆者が元黒騎士の団長だったせいで、黒騎士団自体が汚れ役だと受け止められている。
いや実際、白と比べたら黒は裏方役に回る仕事が多く、アレックスが隊長にならなかったら、不評での解体もあり得た。
キリーやアレンは引き続き黒騎士団に所属して、首都勤務の傍ら、反逆者の情報を探していた。
ジェスターを何とかしないことには、黒騎士団の繁栄も、ありえない。
そうでなくてもレイザースを脅かす悪人を放置していい理由はない。
魔族に紛れてジェスターが首都を襲撃してきた時も、黒騎士団が矢面に立たされて戦い、またしても負傷者が続出した。
団と名乗っていても、今の黒騎士団は隊長のアレックスを含めて総勢七人しかいない。
七人で傭兵や亜人と連携を取れってんだから、王も無茶を言う。
キリーの他にアレン、セレナ、ジェーンは見知った顔だが、残り二人は新顔だ。
二人とも、キリーと一緒に甲板清掃に励んでいる。
セレナとアレンは、先ほど船内へ降りていった。
向こうもシェリルには気づいているだろうに、話しかけてさえくれない。
ジェーンは操舵室にいると、アレックスが言っていた。
この船の動力は機械であり、操舵室こと操作室にてキーパネル操作で動かすのだとも言っていたが、よく判らないのでシェリルは適当に聞き流しておいた。
「ね、再会を喫して連絡先、交換しよ?」
「別に構わんが、俺からの通信はないと思っとけ」
キリーは不愛想で、しかも横柄な態度だ。
あんな男が好きだとは、シェリルも趣味が変わっている。
同じ黒鎧ならアレックスのほうがイケメンだし、大人しいし、腰も低い。
それに、なんといっても黒騎士のリーダーだ。きっと強さもキリーとは雲泥の差に違いあるまい。
傭兵に続いて黒騎士も亜人の島で同居すると聞き、アルは否応なしに興奮が昂ってくる。
人間が、これほど大量に島へ入ってくるのは初めてではなかろうか。
いつかBeyond*Skyがレイザース王にも正式に認められたら、もっと沢山の人間が島を訪れよう。
ジェスター討伐は、その第一歩だ。
島に戻ったら、まずは斬と相談して、具体的な討伐案をまとめよう。
各地に隠れ住む忍者軍団は、空からまとめてブレス放射すれば一発で片付けられる。
忍者さえいなくなれば、ジェスターは丸裸だ。白でも黒でも騎士団でタコ殴りにすればよかろう。


アルの物騒な一斉ブレス放射案は、傭兵及び騎士、さらに斬にも一刀両断で却下された。
「亜人が暴れること自体が亜人の悪評にも繋がるのだぞ。無人島を焼けば他の生物も巻き込んでしまう。もし忍者軍団以外の、例えば観光客まで巻き添えにしたとなれば、レイザースとの全面抗争になりかねん。従って空からの攻撃は却下だ、却下」
斬のお叱りを受けて、アルはシューンとしょぼくれる。
「あんた、こんな連中の手綱を今まで一人で握っていたのか。ご苦労なこったな」
気安くキリーに慰められて、斬が何か答えるより先に、キリーの無礼をアレックスが窘めた。
「キリー、こちらは空の防衛団Beyond*Sky総団長にして、今回の総リーダーでもある斬殿だ。口の訊き方を改めろ」
「総リーダーではない」と斬も即座に断って、眉を吊り上げる。
「俺に任されているのはBeyond*Skyだけだ」
「では、全体の指揮は誰が執っているのですか?」と、これは新顔の黒騎士による質問で、それに答えたのはハリィだ。
「烏合の衆を一人に任せるのは酷だ。だから傭兵とハンターは俺とルリエルが担当して、亜人は斬とアルに任せている。黒騎士団は亜人の哨戒に加わりたいんだろう?だったら、斬に指示を仰いでくれ」
「この島には賢者殿もいると、お聞きしましたが」
どこかソワソワした様子で辺りを見渡す新人騎士に、ハリィは苦笑した。
「賢者様はアドバイザーだ。Beyond*Skyの総責任者にして、亜人の身元引受人でもあるがね」
「それよっか、なし崩しに会議を始めちまったけどヨ」とボブが遮る。
「まずは、初めましてな奴らの自己紹介が必要じゃねぇか?なぁ、黒騎士団の団長さんよ」
途端に騎士の一人がビシィッ!と敬礼をかまして、直立不動の姿勢に正す。
「失礼しましたァッ!自分はレイザース陸軍、黒騎士団に所属しております、コックス=レナンダーと申しまァす!出身は庶民、レイザース王国への忠誠を堅く誓っておりまァァッす!」
コックスは緊張で気合が入りすぎたのか、声が思いっきり裏返っている。
如何にも新兵丸出しで微笑ましい。
口元に髭を生やしてアレンやキリーよりも年上に見えるが、今年騎士になったばかりだと自己紹介された。
「グレイグ=グレイゾン様に憧れて騎士を希望しましたァッ!所属こそ違ってしまいましたが、グレイグ=グレイゾン様は永遠の憧れでェェッす!勿論ッ、アレックス=グド=テフェルゼン様にも敬意を払っておりまァァァッす!」
大音量な自己紹介に、心底辟易した顔で「判った、もう判ったよ。次、お隣の騎士様は?」と促したのは傭兵のジョージだ。
「私は元白騎士団所属、現在は黒騎士団に変属となりました。名をベルアンナ=ハズェ=ワンダルグと申します」
ベルアンナは短めの金髪、唇には薄く紅を引いた女性だ。
キリー達と同じ黒鎧に赤スカーフ姿なれど、鎧の下には灰色のローブを着込んでいる。
おかしな格好だと思ったら、本人曰く魔術師であり、白騎士団からの異動だという。
アレックスよりも騎士歴は長い。しかし、彼の下へ就かされる件に不満はない。
どこに所属しようと国への忠誠は変わらないと締めて、ベルアンナは一礼した。
「なるほど……黒騎士には今まで魔術師って一人もいなかったもんね」とシェリルは何度も頷き、カチュアを一瞥する。
カチュアも魔術師でありながら、傭兵チームに属す。
ルリエルもハンターだというし、今日日どんな軍団にも魔術師は必須だ。
「ウチにも魔術師入れるー?アタシがなってもいいヨ!」
すかさずアルは立候補してみたのだが、人間たちには一笑に付されるだけに終わった。
「なるって言って簡単になれるんだったら誰もが魔術師だよなぁ」と、普段戦わないジロにまで馬鹿にされる始末だ。
傭兵とハンターが次々新顔へ挨拶していくのを見届け、亜人はアルとシェリルが代表して自己紹介を済ます。
「我々も亜人の皆様方を全員覚えるべきでありましょうか?」とコックスに尋ねられたハリィは「担当する分だけでいいよ」と寛大な答えを返してやった。
これまで、たった七人で亜人と連携を取るのは困難を極めた。
亜人は此方の言うことを全く訊いてくれず、酒や物品で宥めてご機嫌を取らなきゃいけなくて、余計な費用ばかりが飛んでゆく。
斬は、よく一人で三十余名もの亜人をまとめていられたものだ。
彼の連れてきたハンターは哨戒に同行せず、島での世話係を担当している。
ハンターが頭数に入らない以上、少数とはいえ黒騎士の追加は有難い。
「アル、黒騎士団には新人も含まれている。任務早々、彼らを失望させないよう、防衛団には我儘厳禁を徹底させてくれ」とハリィに頼まれて、アルは勢いよく頷いた。
「任せて!お酒も厳禁にするヨ、飲んだら飛ぶな、飲むなら留守番ってネ!」
なかなか手厳しい返事に、傭兵は苦笑する。
子供のアルには判らないだろうが、酒はコミュニケーションの一環だ。
全面禁止にされてしまうと、こちらも会話の糸口を掴めない。
「酒は厳禁にしなくてもいいよ、ただ飲む量を節制してくれれば」なんてカズスンの軽口を聞きながら、やがて会議は本題へと移る。
ジェスターを燻りだす具体的な案を考えなければいけない。
だが具体案を出そうにも最初の取っ掛かりさえ見えてこず、会議は延々難航する。
途中でアルは何度も瞼が閉じかけたりしたものの、なんとか爆睡せずに最後まで起きていられた。
話し合いはまとまらず、しかし今日の処は一旦会議を終わらせて、夕飯の支度が始まる。
ふと思い出して、アルは斬に尋ねた。
「そういえバ、新しく仲間に入った傭兵ってドコ?」
「あぁ……そういや、紹介するのを忘れていたな」
アルの言葉で斬も今頃思い出したかのように頷き、庵へ声をかける。
「タオ、こちらへ来い!」
やってきた人物を見て、黒騎士のうちの何人かが息を飲むのにも構わず、斬は皆にタオを紹介した。
「我がギルドHANDxHAND GLORY'sの新メンバー、タオ=シュエだ。彼は武者修行中の傭兵で、カンサーの生まれだそうだ」


22/01/21 update

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