Beyond The Sky

20話 灯台下暗し

バファニールが無事帰還したのを幸いとし、防衛団は、ようやく本来の活動に着手する。
傭兵を乗せた小隊は次々空へ舞い上がり、島にはハリィと斬とドンゴロ、それから戻ってきたバフが残された。
ルドゥと大喧嘩したアルはシェリルの隊に混ぜてもらって、レイザース首都へ到着する。
首都近辺の海へ着陸したドラゴン達は、擬態へ変身してから浜辺に泳ぎ着いた。
「毎回海から入るのも面倒だし、私達が離着陸できる場所を確保して貰わないとね」
濡れた体を拭きながら文句を垂れているのはシェリル率いる小隊メンバーの一人で、ピーキーカーサーという。
「そうは言っても既に建物が密集しちゃっているからねぇ……立ち退けなんて言われたら、余計な確執が生まれちゃうよ」
脇の下を熱心にタオルで拭って、同じく隊員のレジードネスが悩ましげに眉を顰める。
シェリル小隊は宿を取り、そこで濡れた体を乾かした後は城下町内を探索する予定だ。
レイザース首都は空から見ただけじゃ何も判りえない――というのが小隊長の弁なのだが。
「シェリルはきっと、町を見て回りたいのよね。その気持ち、充分判るわ。私だって見てみたかったんだもの」
確信があるのか何度も頷くピーキーを横目に、アルも考える。
違う。きっとシェリルは以前言っていた探し人を見つけるつもりだ、この探索で。
キリー=クゥは黒騎士団に所属する騎士で、今は首都の何処かに家を構えて王宮へ通っている。
その家が何度歩き回っても見つからないのだと、ぼやいていた。
レイザース首都は広いから、シェリルが見落とした箇所にキリーの家はあるのかもしれない。
空から眺めた限りでは、お城の周辺以外は建物がごちゃっと寄り固まっているように見えた。
この中から特定の一つだけを見つけるのは困難を極めそうだと、アルは思ったものだ。
実際に二本の足で立ってみた感想としては、意外や町は整備されていた。
建物と建物の間には細い道が通され、一定間隔で大きな道が区切りになっている。
お城へ続く大通りの左右にお店が立ち並び、住宅は細い道を入った先に密集する。
それらをぐるり一周壁が囲んで一つの町、首都を形成している。
離着陸場を作るにしても、町の周辺は土地の確保が難しい。
少し離れた場所に草原が広がっていたから、作るとすれば、あそこが良かろう。
「さぁ、皆、探索に出かけましょう。人間の町は貨幣を必要とするから、店には入らないでね」
颯爽とシェリルに仕切られて、一行は外に出た。
「その貨幣、斬から貰ってないの?お小遣いとして」なんて調子のいい戯言も「もらうわけないでしょ。今回の目的は道草でも買い物でもなくて、怪しいもの探しなんだから」とバッサリ切り捨てて、シェリルはテキパキ分担を決める。
住宅街は貴族と平民と貧民で明確に区分化されていて、アルは貧民街へ足を踏み入れる。
同行するのは傭兵のルクと、シェリルもだ。
「ここは、まだ調べた事ないのよね……」とシェリルが眉間に皺を寄せるのも、然もあらん。
足元にはゴミが散乱して、汚らしい小動物が排水溝を走り回り、吐瀉物のような匂いが充満しているとあっては。
華やかだった城周辺と比べると、別の世界に紛れ込んだ気分だ。
如何にも悪い奴が隠れ住んでいそうである。
ルクも同じ考えに至ったのか、アルへ話を振ってきた。
「貧民街は王宮から見放されてんだ。ここにジェスターの配下が潜んでいたとしても、騎士団は気づかないかもしんねぇな」
「トーダイもとクラシってヤツだね!」とアルは相槌をうち、ルクに「難しい言葉知ってんな?」と驚かれる。
斬が以前そのような言葉を呟いていた。
探し物が思ったよりも近くで見つかった時だ。
だから、単語の意味は分からずとも使い道はあっているはず。
「騎士団は見回りに来ないの?」とシェリルに問われて、ルクは「言っただろ?見放されているって。ここにいる連中は全員お情けで住まわせてもらってんだ」と肩をすくめた。
「首都は徴税制なんだけど、貧民は誰一人税を収めちゃいねぇ。だが人数が人数だけに駆逐も出来ねぇってんで、ほったらかすしかないんだ」
税を納めていないから、貧民街は水道も電気も通っていない。
貧民は大通りの店から盗んできたり、雨水をためて飲料水としたり、排水溝をうごめく小動物を捕まえて食べたりとハングリーな生活を強いられている。
何故、税を収めないのか?ともシェリルに問われて、ルクは振れる袖があるなら、とっくに振っていると答える。
「ソデなんか振って、どーするの?」と首を傾げたアルに苦笑して、ルクが言い直した。
「あぁ、それは知らねぇのか。税を納める金があるなら、とっくに収めているって話だよ」
様々な理由で収入減を失った人々の溜まり場なのだ、貧民街とは。
戦うにも働くにも才能がないと難しいと締めくくられ、シェリルは、しげしげと彼を眺めて呟いた。
「ずいぶん詳しいんだね。もしかして、貧民街の出身?」
「まぁな」と、つまらなさそうな顔で頷き、しかしとルクは続ける。
「俺には幸い銃の才能があった。だから、ここを抜け出せたんだ」
「そっか。ハリィには感謝だね」とシェリルに微笑まれて、ルクも満面の笑みで頷き返した。
「あぁ、大佐は心が広いんだ。強いってだけじゃ憧れの対象にゃなりえねぇ……男は懐だぜ」
話しながら歩いている間も二人は周辺の気配に警戒怠りなく、小道という小道全てに素早く目をやっている。
のんびり歩いているのなんて、アルぐらいだ。
ここは凄まじく汚いけれど、それだけだ。冒険心を擽られない。
住宅街を回るんだったら、貴族の住む区域に行ってみたかった。
遠目に見ても建物は陽を受けてキラキラ輝いていて、あれなら中も探検しがいがあるだろう。
「うーん……いるかと思ったんだが案外変わってねぇもんだな、街並み」と呟いたルクが頭をかく。
「変わっていないってのはルクが出た時から?」とのシェリルの問いに頷き、ぐるりと一周見渡した。
「何年も経っているから、入れ替わりを期待したんだが……あぁ、そういやチンピラが一掃されたから多少は減ってんのか」
「チンピラがイッソウ?」
オウム返しなアルを見下ろして、ルクが言う。
「ん、あぁ。ちょっと前、誘拐騒ぎが貧民街で起きてな。そん時チンピラを率いるリーダーが行方不明になった後、死体で見つかったんだよ。まぁ、ここじゃ殺したり殺されたりなんてのは日常茶飯事なんだが、そいつはチンピラの中じゃ、ちっとばかり有名だったんで、死んだって聞いた時は俺も驚いたんだ」
結局その誘拐騒ぎは奇天烈な宗教団体が引き起こした事件だと発覚し、無事に解決した。
チンピラのリーダーが死んだことで雑魚チンピラは大人しくなり、何人かは首都を抜け出したらしい。
外にはモンスターが生息しているけれど、安全なルートを通れば他の町へ行きつけないこともない。
「空き家に住み着いている可能性は?」と囁いて、シェリルは手近な建物の表札を探す。
しかし建物の壁には板一枚かかっておらず、首を傾げる彼女にルクが注釈を垂れてきた。
「貧民街に表札なんか存在しないぜ。ここらの奴らは全員が互いの住居を把握しているし、こんなキッタネェ場所に貴族や平民が遊びに来ると思うか?」
「全員が互いを把握?だったら、あなたも覚えているの」
振り返って尋ねてきたシェリルへ「町を出るまでの記憶でよければな」とルクは頷く。
勢い込んでシェリルは尋ねた。
「じゃあ、じゃあ、この人は知っている?キリー=クゥって言うんだけど!」
「キリー?眉なし野郎じゃないか、なんで銀の聖女がアイツを知って……あ、あぁ、そうか。なるほど」
話途中で一人合点するルクの袖をアルが引っ張る。
「何がナルホドなのー?眉ナシ野郎ってダレ?キリーがそうなノ?」
ルクは「眉なし野郎は黒騎士団に採用されたんだ。才能さえありゃあ身分は関係ないからな、騎士団は。まぁ、あの野郎に剣の才能があったかどうかは甚だ怪しいんだが……」とブツブツ呟きながら、シェリルに伝えた。
「行こう、キリーの家はこっちだ。引っ越してなきゃあいいんだが」
「ここじゃ眉ナシ野郎って呼ばれていたんだね。黒騎士団の皆は、そう呼んでいなかったけど」と呟いたシェリルが人懐っこい笑みをルクへ向ける。
「ねぇ、ルクはキリーと友達だったの?」
何気ない、他愛のない、その場の思いつき100%による好奇心本位な質問だ。
だというのにルクときたら「ハァ?」と素っ頓狂な声を荒げたかと思うと、ぷいっと勢いよくソッポを向くもんだから、シェリルもアルも驚いた。
「あんなのと俺が友達!?風評被害も甚だしいぜ!」と怒鳴った後はシェリルやアルが何度話しかけようと返事をしなくなり、ルクにしてみたらキリーは仲良くしたくない相手だったようだ。
眉なし野郎とはルク考案の悪口か。なら黒騎士団が、そう呼んでいなかったのにも納得だ。
しばらく無言で歩いて、「……ほら、ここだ」と顎で示されたのは行き止まりにある廃屋だった。
否、キリーが住んでいるんだから廃屋ではない。
しかし、見た目は廃屋と呼ぶに相応しい。
壁はボロボロに風化して今にも崩れ落ちそうだし、扉もガタついて壁との隙間が空いている。
屋根を通して背後の壁が見えている。あんなにスカスカ穴が開いていたら、雨漏りしまくりだろう。
あまりのボロ屋に声が出ないシェリルを睨みつけて、ルクが吐き捨てる。
「あんたが何故あいつと会いたいんだか知らないけどよ、深くつきあわないほうが後悔しなくて済むだろうぜ」
家には明かりが灯っていない。
それもそうか、ここには電気がないんだった。
扉がボロボロすぎて、ノックしていいものかどうか迷う。
二人して迷っていたら、ルクが突飛もない行動に出た。
なんと足でドカァッ!と蹴りつけて、扉を吹っ飛ばしたのだ。
「眉なし野郎、いるかァ!?いるんだったら返事しろ!」と怒鳴りつけて乱暴に入りこむ彼を慌てて追いかけてみれば、ワンルームの室内にいたのは一人二人の数ではなかった。
あからさまに怪しげな黒服軍団に「何奴!」と叫び返されて、想定外の事態に全員出足が遅れた。
こんな狭いボロ小屋によく詰め込んだと感心してしまうほど室内にいた人数は多く、ざっと目視で数えて六人か。
飛びかかってきた男に両手を掴まれて、シェリルが「あうッ」と苦悶の悲鳴をあげる。
「てめぇらこそ一体、ぐぅっ」
何か言いかけたルクは土手っ腹に一発食らって気を失う。
残るはアルだが、襲いかかってきた男に捕まって宙ぶらりんにぶら下げられた。
「なにするノ?」と、全然怯えていない彼女を見上げて黒服の男が笑う。
「度胸が据わっているのか、それとも何が起きたのか分かっていないのか……ここに我々がいると知られるのは都合が悪いのでな、しばし監禁させていただく」
キリーに同居人がいたとは聞いていない。
聞こうにもルクは気絶中、シェリルも後ろ手に拘束されて身動きが取れない。
アルとシェリルの視線が重なり合い、無言で二人同時に頷いた。
「なんだ、小娘。何をするつもり」
黒服軍団は最後まで言わせてもらえなかった。
抑え込んだ小娘二人が、むくむく巨大化していったかと思う暇もなく、小屋ごと吹っ飛ばされたとあっては――


貧民街で暴れるドラゴンは、他の区域にいた亜人にも一目瞭然であった。
銀色のドラゴンがカァッと口を開いて真下にブレスを吐く姿は太陽に照らされて、青空をバックによく映える。
「あーあ、あれ、シェリルだよね。何やってんだろ」と呑気に呟くレジーの真横を、足並み揃えて騎士団が突進していく。
彼らが向かうのは貧民街、街中にドラゴンが出現したんじゃ傍観していられない。
町の人も口々に「ドラゴンだ!ドラゴンが奇襲してきた!」だの「騎士団、頼んだぞ!ドラゴンを撃退してくれ!」と騒いでおり、先ほどまで穏やかだった街並みは逃げ出す人と怯える人で大混乱になってしまった。
「シェリルがドラゴンになる事態ってことは……」
腕を組んで考え込んでいたピーキーが顔を上げる。
「怪しいものを見つけた!?いや、きっとそう、そうに違いないわ!私達も行ってみましょ」
張り切るピーキーと比べると、レジーは腰が重たい。
「えー、まだ俺全部、店を回ってないよー」と渋る彼の腕を掴んで、ピーキーは走り出す。
「店なんて後でも見られるでしょ!シェリルの本気は今しか見られないし、騎士団と戦えるかもしれないんだよ!?」
急ぐ理由は些かピントがズレつつあったのだが。


21/11/19 update

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