「ちょ、ちょっと待ってくれ。バル、バファニールに弟なんていたのか!?」
バルは泡食うモリスへ冷静に突っ込む。
「いないし、いたとしても、そいつじゃねぇ。そこのガキは亜人じゃないんだからな」
亜人の視線がバドに集まり、バドは居心地悪そうに栄太郎へ助けを求めた。
「なんなんです、この人たち。サバイバルキャンパーじゃなかったんですか……?」
「馬鹿、どう見ても亜人だろうが!」と叫ぶ部下の一人を手で制し、栄太郎と呼ばれた忍者が答える。
「バファニールを連れ戻しに来た亜人で間違いあるまい。あの御方の予想通りだ」
「あの御方?やっぱ、お前らジェスターの手下か!」
がなり立てるフラフを睨みつけて、忍者軍団は低く構えた。
「あの御方の名を知っているとなると、貴様らの背後にいるのはレイザース王家か?」
栄太郎の推測を「答える筋合いはないね」と強気に撥ね退けて、ジョージが一歩後ろに下がる。
まずい。
この後の展開は、忍者軍団に襲いかかられて全員とっ捕まるルート一直線だ。
ジェスターの元へ引き出されたら亜人はともかく、傭兵のジョージとモリスは絶対あの世行きとなろう。
もう、亜人の評判ネガキャンがどうとか言っていられなくなってきた。
この場を逃げ出すには、些か乱暴な手段を取らざるを得ない。
ちらっとバルに視線を送ると、バルも無言で頷き返す。
互いに戦える身、絶体絶命状況下での以心伝心はバッチリだ。
まぁ、しかし逃げるにしても、もう少し情報を引き出しておきたい。
いつでも銃を抜けるよう懐に手を入れた格好で、ジョージは問う。
「何故、バファニールを連れ回している?亜人の島へ入り込んだのか」
「……見つけたのだ」とポツリ呟いた栄太郎はバフ、それからバドも見下ろす。
「この二人が揃って彷徨っているのを。記憶喪失の子供を放っておくなど、俺には出来なかった」
まさか同情心で仲間に引き入れたとでもいうつもりか。
これから世界を崩壊させようとしているのに?
「え、いや、バフが記憶失ってんのは判るけど、バドもかよ?」
驚くバルへ頷き、栄太郎は当時の状況を語る。
二人を見つけたのは、レイザース領北部の港町フリージだ。
二人とも薄汚れた格好でゴミ捨て場を漁って、食べられそうな物を探していた。
最初は孤児の兄弟かと思ったのだが、よく見ると髪の色が二人とも違う。
バフが赤みがかった茶髪なのに対して、バドは黒髪だ。
それもジャネスやカンサーやメイツラグ人とも違う、青が混ざったような不思議な黒だ。
やがて腐ったパンを取り合って争い始めたので、喧嘩の仲裁に入った栄太郎は二人から驚愕の事実を教えられる。
なんと二人は揃って記憶を失っており、お互いに自分の名前しか判らないというのだ。
栄太郎の髪を見て自分と同じ血筋ではないかとバドは喜び、なんとなくバフも一緒についてきた。
ファーレン行きの船に乗り込む際にも二人はついてきて、しかし無下に追い払うには二人とも幼すぎた。
「判るだろう……うっかり野良の子猫に餌付けしてしまったら、家までついてこられて飼わざるを得なくなることが!それと同じ状況に陥ってしまったのだ」と語る栄太郎は、とてもジェスターの仲間とは思えないぐらい人情肌だ。
「あんた、いい人だなぁ」
ジョージは本心から栄太郎を褒めておいた。
だが、いくら栄太郎が人情肌の善人でも、そう簡単にはジョージとモリスを見逃してくれはしないだろう。
ここは口八丁で上手く騙して逃げ切るしかない。
「お人好しだとは、よく言われる。あの御方はバドとバフを仲間に引き入れることには了承して下さった。だが、こうもおっしゃったのだ。いずれ亜人に見つかって災いの種になるだろうと。そして、予言は的中した。今、貴様らに見つかっては我々の計画にも支障が出る……悪いが、ここで散ってもらおう!」
熱弁の最中、「いや、えぇっと」とモリスが申し訳なさそうに切り出す。
「俺達はバフさえ戻ってきてくれれば、それでいいんだ。あんたの計画を邪魔するつもりはない。そもそも何やってんだ?こんな無人島で」と聞きかけて、「おっと」と小さく呟いて前言撤回した。
「いや、それを聞いたら支障が出てしまうか。悪い、今の質問は取り消させてくれ」
「なんだと?貴様らはレイザース王に頼まれて、我々を倒しに来たのではないのか!?」
口々に騒ぐ忍者軍団を見渡して、モリスは肩をすくめる。
「レイザース王?何のこっちゃだ、俺達の依頼主は亜人だよ。行方不明になった子供が一人いるからってんで探して、ここを突き止めたんだ」とポケットから探知機を取り出して、掲げてみせる。
「何かと思えば熱探知機ではないか。そんなもので」と言いかける忍者を遮って「改良したんだ。亜人を探せるように」と断ったモリスが探知機の電源を入れると、赤と青の光が画面上で点滅する。
「な、青いのが俺達人間で赤いのが亜人ってワケ。この辺に集まってんのはキャンパーだろ」
忍者たちが感嘆の声を上げる中、旗色が変わってきたと気づいたジョージもモリスの加勢に回る。
「野良猫だと思って拾ってきたらさ、あとで迷い猫だったって判明することだってあるじゃないか。その時も、あんたは探しに来た飼い主を無下に突っぱねるのか」
人情で拾ったのなら、人情に従って親元に返すのが道理だ。
栄太郎は、しばし沈黙したのちに口を開く。
「……お前らが王家と繋がっていないのだとすれば、亜人は何故あの御方の名前を知っている?」
「ジェスターって人も仲間なのか?」と、モリス。
その場しのぎの嘘は本人が思うよりも、スラスラと口から飛び出した。
「前にジェスターって奴が怪獣を誘拐した事件があったんだ。それで今回もジェスターが誘拐したんじゃないかってのが、亜人たちの推測でね。で、どうなんだ?その人が無人島までバフを連れていけって命じたのか」
「違う、あの御方は関与していない。すべては俺が情に負けて同行させたまでのこと」
栄太郎が何度も首を振って否定するからには、ジェスターは本当に誘拐を指示していないのだろう。
第一ジェスターが誘拐犯の親玉だったら、あとで災いになるなんて栄太郎に忠告しないはずだ。
バフが連れ去られたのは計画犯行じゃない。
記憶喪失の子供を哀れに思ったお人好しが、行きずりで寝食を提供していただけだった。
「では……バフの身柄と引き換えに、ここで我らを見たのは他言無用とさせて頂こう。深入りも禁止だ」
じろりと睨みつけてくる栄太郎へジョージがおどけてみせる。
「オーケー、オーケー。俺達、約束は守るほうだから安心してくれよ」
当の子供、バフはキョトンとして栄太郎とジョージ、それからモリスの顔を順繰りに眺めていったかと思うと、傍らのバドを肘で突っつき「なぁ、お客さんと栄太郎どうしたんだ?喧嘩?」などと小声で尋ねており、全然状況を把握できていない。
バドは怯えた表情でモリスとジョージをチラ見して、すぐバフへ向き直る。
「あの人達、バフを迎えに来たんだって。あの中にバフの家族がいるんじゃない?」
バフは今一度亜人軍団をグルリ見渡して、肩をすくめた。
「俺に似てる人、一人もいねぇけど?」
「あの中じゃなくても、これから行く場所にいるんじゃないの」とバドは答え、悲しげに目を伏せる。
「……せっかく、お兄ちゃんが出来たと思ったのに。お別れだなんて寂しいよ」
子供たちの内緒話はジョージにもモリスにも栄太郎にも聞こえていたが、誰も声をかけられずにいた。
記憶喪失同士、身を寄せ合っていたところを栄太郎に拾われて、この無人島で義理の家族ごっこをしていたのだ。
親元に返すのが情だというなら、二人を引き裂くのは無情ではないのか。
そう問われると、ジョージとモリスも困ってしまう。
幸い、栄太郎は親元へ返すかどうかで悩んでいて、問いてくることはなかったのだが。
忍者軍団が南の島に潜伏する理由は、大体予想できる。
世界全土に手下を配置して、各地で一斉に暴れさせればレイザース軍は大混乱になる。
もし、この予想がアタリなら、傭兵に見つからずとも、いずれは子供二人が計画の邪魔になっていた。
だからジェスターも、遠回しに捨ててこいと言いたげな忠告をしたのだ。
それでも栄太郎が二人を手元に置いていたのは、同居で愛情が沸いてしまって別れづらくなったせいだ。
「別れねーぞ。俺は、ずっと此処にいるし」と答えるバフを横目に、バルが栄太郎へ尋ねる。
「お前ら、永遠に島暮らしを決め込むわけじゃないんだろ?国に戻ったら、バフとバドはどうする気だったんだ」
「……身元を調べ、天涯孤独であれば二人とも養子に取るつもりでいた」と答え、栄太郎は瞼を閉じた。
しばし黙り込んだのは、これまでの共同生活を思い返しているのかもしれない。
ニンジャは非情だと風の噂で聞き及んでいたが、とんでもない。
こいつは、トコトンお人好しじゃないか。
なんでジェスターなんかと手を組んでいるのかは知る由もないが、あの一味にいちゃ駄目な人だとジョージは考えた。
だからといって此方側につけと勧誘したって乗ってくるまい。
栄太郎には栄太郎の事情があり、それが理由でジェスターと手を組む羽目になったのであろう。
「だったらバフは駄目だな。こいつにゃ親がいるんだ」と、フラフが言う。
初耳だ。
しかし考えてみれば、アルやイドゥら幼い子供には親が生き残っていてもおかしくない。
亜人は島を離れて卵を産んだ後、産まれた子供と一緒に島へ戻るとアルが以前言っていたから、集落にいる女性や老人、あの辺りが、きっと誰かの親なのだ。
「子供は親と生きるべきだ……親だって心配している」と付け加え、ジョージは栄太郎を促した。
「バドには悪いけど、バフは連れ帰らせてもらうよ。それにバドには、あんたが側にいるじゃないか。あの子の悲しみは、あんたが拭ってあげてほしい」
「言われずとも、そうする」と低く呟き、バドとバフの元へ近づいていった栄太郎が二人に何かを伝えて、バフが大声で「えー!嫌だ!」と押し問答するのを、傭兵と亜人たちは、ただ黙って見守った。
やがて不承不承ながらも話はまとまったのか、ぶすくれたバフが此方に歩いてきて、頭を下げた。
「帰れってさ。亜人の島?全然ピンとこないんだけど、栄太郎がそうだっていうなら、そこが俺の故郷なんだろ」
「その通りだ」と頷いて、モリスが手を差し出す。
「この人たちは、君と同じ血筋なんだ。君がいなくなったと知って必死で探していた。俺達人間の手を借りようと、海を渡ってレイザースへ密入国してまで。お帰り、バファニール。さぁ、一緒に帰ろう」
実際には全然心配していなかったとか、行方不明だと知ったの自体が遅かったとか、そういった裏事情はさておき、モリスの笑顔を見つめるうちにバフの頬を幾筋もの涙が伝い、「あれ、おかしいな……どうして俺、泣いてんだろ」と呟く少年を亜人が寄ってたかって抱きしめる。
「記憶がないんだってな?大丈夫だ、島に戻って皆に相談してみよう。ラドルなら知ってっかもしんねーぜ、治す方法」
とにかくボロが出る前に、ちゃっちゃと帰りたい。
ジョージは慌ただしく亜人を急かした。
「ほら、喜ぶのは後にして。今は一刻も早く帰ってバフの無事を知らせてやらないと!」
「お、おう。そんじゃ飛べる場所までレッツゴー!」と亜人も慌てて浜辺を目指して走り出す。
去り際、バルは大声で「ありがとよ、バフを保護してくれて!」と忍者軍団に礼を残して、あとは一路脱兎。
ぐんぐん遠ざかっていく背中を、ずっと見送っていたバドがポツリと呟きを漏らす。
「……本当に良かったの?素直に返しちゃって」
「いいのだ」と渋い表情で頷くと、栄太郎は溜息を吐き出した。
「ジェスター殿の言う通りだった。やはり早めに亜人の島へ返しておくべきだったな、あれは」
バフが亜人ではないかというのは、仲間内の誰かが言い出した予想だ。
彼が大人顔負けの身体能力を見せたせいだ。
その時、栄太郎は良い拾いものをしたと思った。
亜人を仲間に引き入れれば、強大な戦力になるんじゃないかと期待した。
だがバフは、いつまで経っても無邪気な子供のままで、一向にドラゴン化しそうになかった。
亜人であることすら忘れてしまったのでは、ドラゴン化しようにも出来ようはずがない。
「なら、さっさと返せばよかったのに」とバドには呆れられたが、情が移ってしまったんだから仕方ないじゃないか。
馬鹿な子ほど可愛いなんて、よく言ったもんだ。
馬鹿であればあるほど可愛くて、半ば本気でバフを養子にしようと思っていたのはバドには内緒だ。
バドも記憶喪失で、こちらは何人なのかもサッパリ判らない。
身体能力は人間の子供と大差ない。
ただし教えることへの飲み込みが早く、賢い子ではある。
亜人軍団の前では寂しいよなんて呟いていたくせに、バフが完全にいなくなった後は、せいせいしたような表情を浮かべて栄太郎に抱きついてきた。
「ま、いいけど。これで、やっと栄太郎さんを独り占めできるんだし」
バフの懐き方とバドの懐き方は微妙にニュアンスが異なると栄太郎には感じられて、彼はもう一度、深い溜息をついた。