Beyond The Sky

18話 お前は誰だ

無人島に名前がないのは地図上の話であって、地元の人間は好き勝手な名前をつけて呼んでいる。
クラーケンが近辺に生息していれば大イカ島、猫が多々住み着いていれば猫島といった具合に。
そのうちの一つ、サバイバル島に珍しい観光客が入っていったと海賊ベイルに報告を入れたのは同輩マルコであった。
サバイバル島といったって他の無人島と同様、草木が生い茂る只の島だ。
ただ、その島は、やたらサバイバルキャンプ目的の観光客が集まることで有名になっていた。
報告を聞いたベイルも、いつものことだと半分聞き流していたのだが、マルコ曰く、今回入島したのは観光船ではなく筏だったとの話だ。
筏で移動する観光客は珍しい。
大抵が、ファーレンから出ている観光船で移動するはずなのに。
島に入る前からサバイバルを装うとは、かなり本格的だ。
「そんなんじゃ、金も持っていないんじゃないかい?」とラピッツィに突っ込まれて、マルコは頭をかく。
「や、襲うつもりで教えたんじゃないよ。ただ、珍しいなーって思ったから伝えただけで」
相変わらず南の海には海賊と商船で溢れていたが、ティカが挑戦したくなるような強者の数は減っていて、南国パイレ〜ツは事実上、半休業にあった。
以前は武者修行と称して商船に乗り込んでいた用心棒を、最近じゃ殆ど見かけない。
風の噂じゃ、レイザース本土で傭兵狩りが横行しているらしい。
それならそれで、こっちに逃げてくりゃいいのにと思うが、傭兵ってのは強いものと戦いたがる連中だから、逆に本土で群れているのかもしれない。
「サバイバルか……なら、ある程度、戦いを覚えているかもしれないな」
ポツリと呟いた航海士に、全員の視線が注目する。
「サバイバラーの中に我らがキャプテンと戦える奴がいるとでも?」
呆れるラピッツィとは対照的に、ティーヴの瞳がキラキラ輝きだす。
「ありえるね!無人島での自給自足生活は、武者修行にもピッタリだし」
瞳がキラキラしているのは彼だけじゃない。我らがキャプテンのティカもだ。
「ツワモノ探しに、ティカ、行ってみる!」
「マジでぇ〜?」とラピッツィが嫌がるのは陸地での戦いになるからだが、言い出しっぺのベイルも「あまり過度に期待しないでくださいよ?ただの思い付きですので」と渋い返事だ。
ともあれ暇を持て余した海賊団は、物は試しとサバイバル島へ舵を切った。


一方、行方不明のバフを探しにきた亜人の一団もサバイバル島へ足を踏み入れていた。
少し目を離した間に青い光が増えていて何事かと思ったら、他の観光客が入り込んできたらしい。
生い茂った森林内にはテントがあちこち張られていて、観光人気の高さを偲ばせた。
「あ〜……なんか予想とは違ったけど、これはこれで探しやすい、か?」
呆れて呟くジョージに「どんな風景を予想していたんだ?」とモリスが尋ねる。
「森の奥でサバイバルごっこしているのかと思ったんだよ。まさか森に入ってすぐテントにぶち当たるたぁ」と言いかけて、ジョージが口をつぐむ。
持ち主が怪訝な表情で此方を見ているのに気づいたモリスも、テントから同行者へと視線を移す。
「えーと、じゃあ始めるぞ。『あぁ、大災害の末に筏で流れ着いた先が、こんな無人島だったなんて!』」
モリスの演技に併せて、ソルフラインドが両手を組み合わせて空を仰いだ。
「なんてことだろう……我々は文明なしで生きていけるのか?」
「大丈夫よ、幸い、ここには自然が生い茂っている!さぁ、食べられるものを探しに行きましょう」と先陣切ってエリクシオンが歩き出し、フラッフィーやグレムアンシャードも後に続く。
しんがりを歩くジョージの耳元で、こそっとバルウィングスが囁いた。
「……で、このサバイバルごっこは、いつまで続けときゃいいんだ?」
「他の観光客の目がなくなったら、やめていいよ」と小声で答えて、ジョージは懐に手を当てる。
武器はハンドガンが一丁だけ。本来は、情報収集だけして帰るはずだったのだ。
どうにか争いごとを避ける方向で交渉しなければ、亜人が暴れたとしてもバフを人質に全員捕まったとしてもジ・エンドだ。

森は方向感覚を狂わされがちだが、こちらには幸い探査機がある。
光を頼りに真っ直ぐ突き進んだ一行が見つけたのは、本格的な大型テントであった。
それもレイザース軍の野営用テントだ。
中は広く、三つの部屋で区切られており、最低でも十人は寝泊まりできる仕様になっている。
とても、ごっこ遊びの民間人が入手できるような代物ではない。
だがレイザース軍が南の島へ出向したといった噂は出ていないし、軍隊は今、謎の武装軍団への対応で手一杯だったはずだ。
軍役ではないのに軍御用達の特殊テントを持っているとなると、相当限られてくるのではあるまいか。
樹木の陰に隠れて様子を伺いながら、そっとジョージが呟く。
「……こいつぁ、いよいよもってジェスター案件か……?」
テントの戸が開いて誰かが出てきたので、全員、息をひそめる。
一人じゃない。
ぞろぞろと十四人、どいつも黒装束に身を包んだ忍者スタイルだ。
「それじゃ、行ってくるぞ。バドは飯を作って待っていてくれ」
「行ってらっしゃい、栄太郎さん、皆さん、気をつけて!」
まだ年若い声が応えて、忍者軍団は森の奥へと消えていった。
「……バド?バフじゃなく?」と囁いたのは、バル。
「声、バフとは違ったし。バドって呼ばれるからには、今の子はバドなんでしょ」と答えたのはエリクで、ジョージの持つ探査機も赤い点を一つ示しているし、今の声がバフではないとしたら、バドとは何者か。
「青い点が残ってないな。バドは人間じゃないのか」
グドも横から探査機を覗き込んで首をひねる。
青なら人間、赤なら亜人、黄色はモンスターないし動物の反応だ。
どれにも当てはまらないとなると、「幽霊!?」と小さく叫んで身震いするフラフをファインが小突いた。
「なわけないだろ。アレだ、多分魔族だ」
ここで魔族と遭遇するのは大誤算、一度引き返したほうがいいんじゃないかとモリスは考えたのだが、亜人は誰一人引き返そうと言い出しそうにない。
厄介な忍者軍団が出かけた今、魔族一人ぐらいなら何とかできると思っているのだろう。
「よ……よし、野菜を分けてもらう演技ついでに中を探ってみよう」
ジョージが腰を上げ、バル小隊はサバイバルごっこに戻る。
「あららぁ〜。材料を探して彷徨っているうちに、森の奥へ来てしまったワァ〜」
些かわざとらしい口調でエリクが嘆き、その横では「あれを見ろ!誰かが家を作っている!ここは無人島じゃなかったんだ」とテントを指さしてソルが叫んだ。
「なんという、天の助け!食べ物を分けてもらいましょう」
大袈裟な手ぶり身振りでテントへ近づいていくと、戸を叩く前に少年が顔を出す。
「どうかしたんですか?食べ物がどうのと騒いでいましたけど」
「あー、ごめん。俺達サバイバルキャンプしにきたんだけど、現地調達しようにも全然食べ物が見つからなくて困ってたんだ」と笑顔で切り出したのはジョージだ。
「そうなんですか……ここの植物はあらかた他のキャンパーが取りつくしてしまったので、食べるとしたら魚釣りをオススメしますよ」と真面目な答えが返ってきて、亜人は全員まじまじと少年の顔を眺めた。
やっぱり、バフではない。
人間の子供、大体十四から十五歳ぐらいの少年に見える。
薄汚れたシャツやズボンはイドゥを連想させるが、彼ほどボロボロでもなく泥まみれでもいない。
髪も身体も定期的に水浴びで洗っているのか、匂ってこない。
忍者の一人を名前で呼んでいたから、あいつらの仲間には違いないのだろうが、それにしては見知らぬ相手に話しかけたりして不用心だ。
「あっちゃ〜。魚釣りかぁ。釣りは苦手なんだよなぁ」とジョージがモリスを振り返り、「お前、釣り出来る?」と尋ねるのへバド少年が提案してくる。
「釣りをなさるんでしたら俺の釣り具をお貸ししますよ、手製なんですけど」
「え〜。何から何までご親切に、ありがとう!」と喜ぶジョージに少年も「サバイバルキャンプ、楽しいですもんね。困った時は、お互い様です」と笑いかけてきて、とても悪しき軍団の仲間とは思えないフレンドリーさだ。
「おっきなテントだね〜。何人で来てんの」と、これはモリスの何気ない質問に、少年は淀みなく答える。
「十六人です。僕と兄さん、それから栄太郎さんも含めて大人が十四人。どうせやるなら一ヶ月まるまるサバイバルキャンプしようって話になりまして。このテントも栄太郎さんが買ったんですよ、オークションで格安だったから」
「兄さん?」と首を傾げたバルに「えぇ」と頷いたバドは、バルやソルの髪の色を見て一瞬オヤ?と怪訝な表情を浮かべたが、すぐに笑顔で打ち消した。
「奥で寝ていますけどね。ほとんど起きてこないんですよ、せっかくのキャンプだってのに」
今は少年と向き合っているから探査機を確認できないが、テントに残っていた赤い点、あれがバフなのかもしれない。
「素敵!十六人もいたら、キャンプファイヤー出来ますわね」とエリクが手を打ち、とっておきの思い付きだと言わんばかりに輝く笑顔で少年を誘った。
「ねぇ、どうでしょう?私達と、そちらの皆さんで今夜、出会いを記念してキャンプファイヤーをやるっていうのは?キャンパー同士、サバイバル生活について語り合いませんこと?」
ソルとグドは、テントの中を覗き込もうと戸口の前で背伸びする。
「いいな〜でっかいテント、いいなぁ〜。俺達なんか六人が外で雑魚寝だもんな〜」
「このテントで野営するのか、楽しそうだ。俺の家としても一つ欲しいぐらいだ」
どこまで演技なのか、半分以上は本音じゃなかろうか。
「入ってみますか?ちょっとだけ」とバドに誘われて、全員が勢いよく頷いた、その時。

「我らのキャンプに如何なる用だ、そこの亜人軍団!」

朗々と声をかけられて慌てて振り向いてみれば、出ていったはずの忍者軍団が戻ってきているではないか。
しかも"亜人"だと、はっきり名指ししてきた。こちらの正体がバレている。
擬態を取っているのに何故バレた?
これが擬態だと判るには、過去にも亜人の擬態と会っているからだ。
つまり――テントの奥にはバフがいる。
出てこないのは、意識を失わされているか眠らされているかの、どちらかだ。
「栄太郎さん!」と叫んだ少年へ先頭の忍者が「テントに余所者を入れるなと言ったはずだぞ」と短く叱咤し、覆面の隙間から鋭い目を向けてくる。
「もう一度尋ねよう。ぞろぞろ大勢で我らのキャンプに何用か、亜人」
「待ってくれ、俺と彼は亜人じゃないぞ」とジョージが横入りして、忍者軍団を素早く見渡す。
他の黒装束は一言も話さず、話しているのは栄太郎と呼ばれた一人だけだ。
一見したところ誰も武装していないようだが、忍者は全身が武器だというし油断禁物、話し合いで穏便に逃げ出そう。
「彼らは俺達の友人でね、メイツラグの酒場で知り合ったんだ。今回もサバイバルキャンプしようぜってんで南の島に」
「嘘だな」とジョージの演技を途中で遮り、栄太郎が殺気を放ってきた。
「貴様らは我らの持つ亜人奪還が目的であろう、違うかッ!?」
「持つって、え?亜人?亜人が他にもいるのかよ」と驚くバルは素で驚いているようでもあり、さっき赤い光を一緒に見ていたじゃないかとモリスは突っ込みたくなったのだが、突っ込む前にグドとフラフがいきり立つ。
「やっぱ、お前がバフを誘拐したんだな!」
「話が早くて助かるな。では、仲間を返してもらおうか」
短気な亜人を同行させておいて穏便に、なんて考えた自分が浅はかだったのだ。
ジョージは天を仰ぎ、この絶体絶命の危機を乗り越えるには、どうすればいいのか悩んだ。
目の前を塞ぐのは十四人の忍者軍団、逃げ道は何処にもない。
ドラゴン化して森を滅茶苦茶に荒らせば逃げられないこともないが、島の被害は甚大であろう。
こんな場所で、亜人は危険な種族なのだとネガティブキャンペーンするわけにはいかない。
考えている間にも、忍者軍団はじりじりと包囲網を狭めてくる。
「俺達も人質に取ろうってか?そうはいかねーぞ!」
バルが擬態を解こうと身構えた時、テントの奥から「騒がしいな〜。お客さん?」と些か気の抜けた、場にそぐわない声が聞こえてきて、ひょこっと戸口から顔を出した少年に全員が叫んだ。
「バフ!?」
当のバフはキョトンとした表情を浮かべて「ほぇ?」と呟いた後、にっかと笑う。
「ん、俺の名前知ってるってこたぁ……そっか、栄太郎に聞いたんだな?で、ここに集まってきたのは一緒に飯を食おうって腹か!いいぜ、一緒に食おうぜ。バドの飯はすげぇぞ〜?ほっぺた落っこちる美味さなんだからよ」
まるで初めて出会ったかのような反応に、バルが問いかける。
「ま、待てよ。俺の顔、忘れちまったのか?俺は斬の友達、バルウィングスだ!」
もう一度キョトンとしてから、バフも名乗りを上げた。
「バルウィングス?斬?しらねーな。俺はバフ、栄太郎の友達でバドの兄ちゃんだ!」


21/10/29 update

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