Beyond The Sky

17話 自我

ワールドプリズでドラゴンが自由に着陸できるのは原則、亜人の島だけだ。
ダレーシアに直接降りようとするバルの手綱を握ったモリスとジョージは、ひとまず近海の無人島へ降り立った。
「防衛団は、何処まで話を進めたのかな」とするモリスの疑問に、ジョージも首を傾げる。
「騎士団との連携すら、まだなんだ。各地に情報が行き渡ったとは到底思えんぜ」
「なぁ〜酒場行かないのか、さかばぁ〜」と急かしてくる亜人たちを「酒場に行きたいなら擬態を取ってくれ。それからイカダを作って上陸しよう」と宥めすかし、モリスは遠目にダレーシア島を眺めた。
先ほどから、ひっきりなしに船が出たり入ったりしている。
漁業の盛んな港町だという他に、観光スポット人気が出始めているせいだ。
ダレーシア島はレイザース文化が入り混じっているファーレンよりも、地元色が濃い。
レイザース領でありながら人種が異なる為、現地人を眺めるだけでも異国情緒を味わえる。
近海の無人島でサバイバル生活を楽しむ観光客もいると巷の情報誌に載っていたのを思い出して、ジョージは顎に手をやった。
「さっき見た光の軍団が観光客なら、問題ないんだがなぁ」
「観光客がバフを連れて行ったってのか?ありえないだろ」と即座にモリスのツッコミが入り、ジョージも、その点は同感だ。
例え迷子に構う親切な観光客がいたとしても、北から南への長距離移動に連れていくとは思えない。
「おーい、イカダ出来たけど」と亜人の一人に声をかけられて、モリスとジョージが慌てて振り向いてみれば、十人ぐらいは余裕で乗れそうな頑丈そうな作りのイカダが完成していて、こうした作業の早さには感心する。
彼らは傭兵の住む簡易庵も一時間足らずで完成させたし、労働力として人間の町へ取り入れる道もあるのではないか。
少なくとも、いつ敵が来るかも判らない空の防衛よりは役に立ちそうだ。
「じゃあ、行くか。まずは情報収集だな。最近無人島に渡った観光客が、どれくらいいるかを調べてみよう」
ジョージの号令でイカダは出発、青い海をゆったりと進んでいった。


ファーレンがレイザースに吸収されても、南の海の海賊が減るとは限らない。
商人が船を使う限り、海賊という商売も絶えることはないのだ。
そして――海賊がいる限り、彼女も力試しをやめるなんて考えられなかった。
ここに、無人島の一つを拠点とした海賊がいた。その名は南国パイレ〜ツ。
船を失い海上警備隊に解体されたのは過去の話で、現在はキャプテンティカが掲げた旗の元に復活している。
彼らの島にもキャンプ生活を求めて観光客は入り込んできたが、襲ったりせず自由にさせてやった。
ティカは強い者にしか興味ない。
そんな彼女の情報網は、もっか部下のラピッツィに任された仕事だ。
今日もダレーシア島まで足を伸ばして医師が集めてきた情報は、ドラゴンが編隊を組んで飛ぶ様を目撃した人が数多くいるという噂であった。
「亜人の島を抜け出して、何をやらかそうってんでしょう」
ずり落ちてきた眼鏡を指で止めて、作戦参謀のベイルは首を傾げる。
「それより編隊を組んでいるってことはさ、あいつらを指揮する何者かがいるってことだよ」と、ラピッツィ。
マルコも話に乗ってきて、キャプテンへ話を振った。
「空を飛ぶだけで降りてこないのかな。ね、キャプテン。もし亜人が陸地にいたら、どうします?やっぱ戦いを仕掛けてみるんですか」
「馬鹿いうんじゃない」と、即座にベイルが切り捨てた。
その辺の海賊や海軍ならともかく、亜人と喧嘩するのは最大に無意味だ。
奴らのブレスは鉄板をも溶かすというし、出るのは大損害だけで儲けがない。
もちゃもちゃとパンを食べていたティーヴが、パンくずをボロボロ落としながら笑う。
「けど、最強を目指すんだったら、亜人は外せないと思うなぁ」
「人間があいつらに勝てると思っているのか?だとしたら、お前は世界一の大馬鹿野郎だ」とベイルは吐き捨て、ちらりとティカを見た。
我らがキャプテン、ティカは世界最強を目指している。
力試しと称して同業者や商船に雇われた用心棒へ戦いを挑むのは、その一環だ。
だが、亜人と戦った記録は一切ない。
連中は滅多なことじゃ亜人の島を出てこないし、空を飛ばれちゃ攻撃も当たらない。
こちらから島へ乗り込むのは長距離移動になる。
北はメイツラグの領土とも重なるし、うっかりすればバイキングと一戦交える羽目になりそうだ。
ラピッツィが街で拾ってきた情報には、亜人と戦った男の噂もあった。
しかし、その後が聞こえてこないのを考えるに、無残に負けて死んだのだろう。
亜人に勝てる人間なんかいない。世界の定説だ。
自身の考えに満足するベイルの耳に、とんでもない一言が入り込む。
無心に瓜を食べていたティカが、がばっと顔を上げるや否や、キラキラした瞳で叫んだのだ。
「強者、海だけとは限らない!ティカ、亜人とも戦う!皆も亜人、見つけたらティカに知らせろ!」
「アイアイサー!」と元気よくマルコが応えて、そっとラピッツィに耳打ちする。
「陸に降りてくるとは思えないけどね。あの大きさじゃ」
「そうなんだけどねぇ」と浮かない顔で彼女は返し、あちこちに放り出された瓜の皮をかき集めた。
「亜人は降りてこられないにしても、そいつらを率いている誰かは降りてこられるかもしれない。どうも気になるんだよねぇ、そいつの目的が何なのかが、サ」
何か良くないことが起きるんじゃないか。
ラピッツィには、どうしても、そう思えてならないのであった。


ダレーシア島の酒場に落ち着いて、一杯飲んだ後にジョージが切り出した。
「バフが記憶喪失という前提で話を進めた場合、同行している誰かと意気投合しているとは考えられないか?」
「あー、新たな人格を与えられて手なづけられていたら、説得が難しくなるなぁ……」
モリスは腕を組んで考え込み、傍らの亜人に話を振る。
「亜人が亜人たる確証を得られるものって何なんだ?」
「亜人たる確証?」
ガッパガッパと水のように酒を飲みほしていたフラフが手を止め、怪訝に眉をひそめた。
「簡単でしょ、ドラゴンに戻れば亜人だって判るよ」
「いや、そういうんじゃなくて」とモリスも眉根を寄せて、言い直す。
「本人が自覚するには、どうすりゃいいのかって話だ。いわゆる自我だな、自我を持たせるには、どうすればいい?」
「自我なんて生まれつき持ってんでしょ」と呆れ顔で返して、フラフは五杯目の酒を注文した。
「記憶を失っていた場合、自我は消滅しているだろ?そういう奴に、お前は亜人だと教えたとして納得すると思うか?」
モリスの疑問に答えたのはグドだ。
焼き鳥をモシャモシャ食べながら、手元のグラスを弄ぶ。
「他人に何を言われたとしても納得するまい。そういう時は、行動あるのみよ」
「行動って?」と首を傾げた傭兵へバチーン☆とウィンクをかまして、グドが結論づける。
「本能を危機に晒す。具体的にいうとブレスだ。俺達がブレスを吹きかけりゃぁ、亜人なら危機回避で変身するはずだ」
亜人でなかったら大惨事になりそうな、荒っぽい確かめ方だ。
まさか誤爆で死人を出すわけにいかない。
「あ、あのさ。もう一回、念のため尋ねておくけど。お前らは擬態でもバフがバフだと判るんだよな?」
震える声で尋ねてくるジョージを見、彼は何に怯えているのだろうと不思議に思いながらグドは頷いた。
「お前らには判らずとも、同族の俺達には判る。特徴があるのだ、亜人の擬態には」
酒を何杯か飲み交わした後は、情報収集だ。
まずはモリスが席を立ち、隣のテーブルへと愛想よく近づいていく。
見知らぬ連中と会話を交わす彼を遠目に見ながら、「大したものね」とエリクが鼻を鳴らす。
「傭兵って誰とでも友達になれるのね。すごいわ」
「友達っていうか、まぁ」と、自分が褒められたわけでもないのにジョージは頬を赤くして語りだす。
「こういう場所は皆、気が緩くなっているからな。親し気に話しかけてくる奴に悪い気はしない。そういうもんさ」
「親しく話しかける、その一歩を気安く踏み出せるのが、すごいのよ」
小さく呟いて、エリクは目を伏せた。
「わたし達は亜人同士でも仲良くなるのが困難よ。こうやって団体生活でもしない限り、お互いがお互いを知るのは稀だわ」
今度はジョージが不思議に思う番だ。
「なら、常に団体生活すりゃいいじゃないか。集落で」
亜人の島には集落があった。長老もいる。
ただし若い衆は滅多に集落へ寄りつかないのだと、長老が愚痴をこぼしていた。
「ラドルが面倒くさいのよね……ルドゥと同じぐらい面倒な奴よ、あれは。ぐちぐちと説教は長いし」
こうしてエリクが眉間に皺を寄せて嫌がるからには、あの年老いた長老は相当な説教好きに違いない。
ジョージが話しかけた限りでは、よくいる気難しそうな老人という印象しか受けなかったのだが。
然るに、亜人とは妥協や協調が出来ない種族なのかもしれない。
だから、あんなちっこい島に住んでいながら、全員が全員と仲良くできないのだ。
亜人と話し込んでいる間に、モリスが戻ってきた。
「ジョージ、収穫があったぞ」と切り出すや否や、聞いたばかりの噂を持ち出す。
最近、無人島に出発した団体様で気になる連中がいた。
大人は全員、上から下まで黒づくめの忍者服に身を包み、子供を二人連れていた。
めちゃめちゃ怪しい団体じゃないかとモリスが突っ込んだところ、情報元の漁師曰く、観光客に忍者スタイルがいるのは珍しくないのだそうだ。
ジャネスやカンサーからも観光客は、やってくる。
忍者服でサバイバルキャンプを楽しむ団体客は多いのだとか。
ただ、子供が二人いたのと、その子たちは忍者服じゃなかったのが記憶に残ったらしい。
「間違いない。光の軍団が、そいつらだ」
それにしても、子供が二人?
キャンプ目的の観光客だとしても、子供たちだけ忍者ゴッコしていないのはジョージも気にかかる。
こういうゴッコ遊びは、子供のほうが乗り気になりそうなもんだが……
「こちらも観光客を装って、上陸してみよう」とモリスに持ち掛けられて、頷いた。
「あぁ、そうだな……サバイバルキャンパーのふりで近づいてみるか」
ダレーシアについて即、ハリィとは連絡を取ったのだが、大佐の返事は渋い内容で『保留』と言われてしまった。
同行する亜人には、とても聞かせられない。
言ったが最後、彼らはジョージとモリスをほったらかしてでも無人島へ直行するだろう。
暴走されるぐらいなら、同行して様子見に徹したほうが何倍もマシだ。
ジョージとモリスは亜人と一緒にイカダへ乗り込み、反応のあった無人島へと向かった。


21/10/20 update

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