Beyond The Sky

16話 南の島

ファーレンはレイザースに占領される前から、国としての経済が崩壊していた。
何しろ海賊退治に回せる海軍部隊がいなかったというのだから、懐の寂しさ具合は、お察しだ。
レイザースの支配下に置かれて、ファーレンの民は逆に安堵したのかもしれない。
首都からの移住者をあっさり受け入れ、レイザース文化へと町の景色を変えていった。
海兵スクールは占領下でも健在だ。
だが、少尉以上の階級を目指すには本国レイザース首都の試験を受けねばならず、ならファーレンにあるスクールは何のためにあるのかと問いたい。
どのみち試験に落ちてしまったスパークに文句をつけられる筋合いもなかろうが。
ファーレン海軍はレイザース海軍の一部に収まり、北のメイツラグまで出向させられたり、かと思えば今度は亜人の島周辺の警備に向かわされたりと、使い勝手のいいアシにされている。
海軍にはスパークの友人が、いっぱい所属している。
カミュやマリーナ、ジェナックもそうだ。
全員海兵スクールで知り合った仲だが最近はとんとご無沙汰、何処で何をしているのか便りも届かない。
レイザース領になったとはいえ、首都とファーレンでは、かなりの距離がある。
ファーレン以外の各地で何が起きているのかも、さっぱりだ。
情報を伝える媒体は一社が発行しているニュースペイパーのみ、しかも内容は常に地元の動向ばかりである。
こういうところは昔から一切変わらない田舎なのだ、ファーレンは。
そんな田舎が珍しいのか、首都近郊からファーレン及びダレーシア島を訪れる物好きな観光客は居るもので。
観光船に揺られて、家族連れが多々ダレーシアに向かうのを見送った。
ダレーシアはファーレン以上に何もない場所で、魚が美味しい、海が間近に感じられる、その程度のスポットしかないのに何故か生粋のレイザース人には大人気だ。
ファーレンを素通りしてダレーシアへ向かう者や、さらに奥、無人島へ上陸する団体様もいるんだとか。
レイザース本土は陸地続きだから、海に囲まれた島自体が珍しいのだろう。
魚が美味しくて海が綺麗なのはファーレンだって同じなんだから、こっちにも金を落としていけってんだ。
スパークは心の中で毒づくと、店のシャッターを開いた。


毎朝、潮の香りで目を覚ます。
起きて一番最初にやらなきゃいけないのは、飯づくりだ。
それが終わったら洗い物に取り掛かる。
皆が出払っている間も部屋の掃除に魚釣りと、やるべき仕事は多い。
少年は自分が皆にこき使われているのを知っていたが、ここを逃げ出す選択肢も、ありえなかった。
逃げ出したとして、どこへ行けというのか。
自分には、ここしか居場所がない。
記憶を失ってしまった自分を拾ってくれた"彼"がいる、ここにしか。
一緒に住んでいる黒装束軍団は朝方出かけていき、夕方までには戻ってきて、少年に飯を催促する。
彼らが何処で何をしているのかは知らないし、教えても貰えない。
だが、知らなくても少年は何も困らなかった。
「おかえりなさい、栄太郎さん」
誰が誰だか見分けがつかない黒装束の一人へ抱きついて、少年が微笑む。
「あぁ、ただいま、バド。今日の飯は何だ?」と笑う彼へお椀を差し出して、バドは答えた。
「魚スープと海藻の煮つけ、それから貝の漬物だよ」
「全部お前が作ったのか!」と驚く黒装束や、「貝の漬物……美味しいのか?」と難癖をつけてくる黒装束にも少年は「味は大丈夫。何度も味見したからね」と微笑み、皆のお椀へ順次ご飯を盛りつけてやった。


バルウィングス率いる小隊は背に乗せた傭兵の協力を得て、群雄諸島に潜む亜人の正確な居場所を割り出した。
ダレーシア島の近海にある小さな無人島だ。
ファーレンが小国だった頃から、ここら辺の土地は野放しで放置されており、調査の手も入っていない。
島に名前すらついていないというんだから、どれだけ興味を持たれていなかったのかが判るというものだ。
「俺達が下りるには小さすぎるな……」と呟くバルに、ジョージが海面を指さして尋ねる。
「なら、海に降りられないか?」
「え〜?やだよ、腹が濡れるじゃねぇか」
たちまちバルの鼻先には無数の皺が寄り、難色を示すドラゴンをモリスが宥めすかす。
「木々を吹き飛ばすよりはマシだろ。濡れたお腹は、拭いたついでにマッサージしてやるから……」
「約束だぞ、じゃあ海に降りるからモリス達こそ濡れないよう気をつけて」
二つ返事で滑降していったのは真っ赤なドラゴン、ファイン。
次々降りていく仲間を見ては一人で駄々をこねるわけにもいかず、バフも渋々着水体勢に入る。
「ちぇっ、ファーレンかダレーシアだったらよかったのに」と小さく愚痴るのを聞き、モリスもジョージも苦笑する。
何のことはない。
バルは着陸する場所が小さいからではなく、町がないから渋っていただけなのだ。
巨大なドラゴンは次々と派手な水しぶきを立てて海に着水するもんだから、モリスとジョージは頭から濡れ鼠になった。
「ひゃあっ、冷たっ!」と叫ぶ二人を、バルはスイスイ泳いで浜辺まで連れていってやる。
上陸してのジョージの一声は「見ろ、ここはもう無人島じゃなかったようだぜ」であり、傍らのモリスが「俺達が上陸したからか?」と相槌を打つのには首を真横に振って、「そうじゃない。俺達よりも前に上陸していた連中がいたようだ」と答えた。
真っ黒な画面に光る点は、亜人六人と人間二人だけじゃない。
少し離れた場所には赤い点が一つと、青い点が十四個も点滅している。
「何、これ。十四人もいるんだ、バフを誘拐した奴ら!」
「どうすんの!?一旦戻ってハリィをつれてきたほうがいいんじゃ?」
周りの亜人たちが慌てふためく中、モリスとジョージは小声で相談した。
「考えてみりゃ手つかずの無人島なんて、悪人が隠れ住むのに持ってこいじゃないか。どうして俺達は敵が街中に潜んでいると決めつけていたんだろうな」
しかめっ面でモニターを睨みつけるジョージに、モリスが肩をすくめる。
「無人島でのサバイバル生活は過酷だから、都会っ子のレイザース人には無理だと思っていたんだ。けど、そういう訓練を積んでいた連中がジェスターと手を組んだとすれば?」
「あぁ。ジェスターが、この場にいる必要はない。手下を各地に潜り込ませておけばいいんだ。そうすりゃ全滅だけは避けられる。けど、それなら別の疑問もわくな。連中は、どうして亜人を連れ回している?」
ジョージの疑問には緩く首を振り、「判らない」とした上でモリスが推理する。
「亜人が擬態を取っていると判るのは、ドラゴンに戻られた瞬間だよな。それまでは人間と変わりなく見えるんだ。だから、単に迷子を拾った感覚かもしれないぞ」
「バフを可哀想な迷子の少年だと受け取ったにしても、連れ回す理由が判らんぜ」とジョージも肩をすくめて、探知機の電源を切る。
奴らの隠れている場所は覚えたし、仲間の通信機へ転送しておいた。
二人だけで接触する気はジョージにもモリスにもない。
「一旦ダレーシアまで戻ろう。バフの近くに、こんな大人数がいたんじゃ誤算も誤算、念入りな作戦を立てないと彼を取り返すどころじゃない」
ジョージの提案にバルは首を傾げて、「お前らが交渉するってんじゃ駄目なのかよ」と問いてくる。
「無人島にまで見知らぬ子供を連れていく輩だ。まともな交渉が出来るとは思えない。ジェスターと無関係な人身売買組織だったとしたら、それはそれで厄介だしな……俺達二人で近づくのは、みすみす罠に嵌るようなもんだろう」
渋い返事をよこす傭兵に苛立ったのは、小隊長のバルだけではない。
彼の部下に収まった五人もだ。
「何いってんだ!人身売買って、奴隷にするだけじゃなくて臓器を売買したりもするんだろ?のんびりやっていたら、バフがバラバラにされちまうぞ」
まだそうと決まったわけではと宥めるモリスの言い分は右から左へと擦り抜けて、亜人は全員がいきり立つ。
「お前らが出来ないってんなら、俺達が仕掛けてやる!仲間を奪われたんだ、これは当然の報復だ!!」
「待てよ、こちらから仕掛けたら向こうに大義名分を与えちまう!連中が焦ってバフに余計な危害を加えるかもしれないだろ」
尻尾でバシバシ水を跳ね上げて興奮するドラゴンを宥めるのは大変だ。
結局のところ彼らの怒りを鎮めたのはモリスの道徳的説得ではなく、ジョージの咄嗟な思いつきであった。
「その場の勢いだけで何とかなる相手じゃないだろ、もしジェスターの仲間だったりしたら!それにダレーシアは無人島じゃない、お前らの大好きな酒が置かれた店もあるのに行かないってのか!?」
途端に、六匹全員が「酒!」と叫んで瞳を輝かせる。
「行こうぜ、ダレーシア!」
颯爽と背中を向けてくるバルを横目に、モリスが相棒へ囁いた。
「簡単に説得できたのはいいけど、こいつらの分を払える手持ちはあるのか?ほとんど持ってきてないんだけど、俺」
「大丈夫だろ、ここらへんは物価が格段に安いんだ」と安請け合いして、ジョージはドラゴンの背中へ飛び乗った。
バル小隊は予定変更、一路ダレーシア島に向かって作戦を練り直すことになった。
飛び去る六つの背中を見送る人影があったことなど、誰一人気づきもせずに。


21/10/18 update

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