Beyond The Sky

15話 黒くて悪いやつ

亜人に"黒い悪い奴"と称されているジェスターは、最初からワルだったわけじゃない。
黒騎士団長に任命された当初は、やる気に満ちた一人の騎士であった。
ただ、彼は他の騎士よりも粗暴で素行が悪くて野心家でもあったから、騎士に従順を求める貴族方々との折り合いが悪くなり、やがて居場所を追われた彼はレイザース王国に復讐を誓って国を飛び出した。
当時はファーレンやカンサー、ジャネスなどレイザースに含まれない諸国が幾つか存在していたので、彼の逃亡には大いなる助けとなった。
侵略の手が伸びるに従い彼の隠れ家も移動していき、世界に復讐を誓う同志カウパーと出会ったのは南方の群雄諸島だった。
カウパーはドンゴロのせいで一番になれなかったと言う。
なんの一番って、世界最強の座だ。
世界最強とは、すなわち世界で最も優遇された地位を指す。
ワールドプリズの最強職業は呪術師である。
ドンゴロとカウパーは同じ師匠の元で修業に励んだ身だったのだが、ドンゴロが騎士団へ迎え入れられたのに対し、カウパーには何も与えられなかった。
レイザースに恨みを持つ彼女を仲間に加え、亜人の島に住む怪獣を呪術で狂わせて配下に従えた。
黒騎士マリエッタを引き抜いたのは、内部事情を知りたかったのと、彼女が内に抱えるアレックスへの嫉妬心が主な理由だ。
新しい黒騎士団長は、陸軍総団長に勝るとも劣らない品行方正な人物だと聞く。
マリエッタは彼の同期でありながら、部下として配置されたのを根に持っていた。
曰く、実力は自分と変わらないくせに愛想と顔で取り入ったアレックスが気に入らないのだそうだ。
自意識過剰にも見えたが、騎士にしては屈折した性格の彼女が気に入って仲間に加えた。
怪獣による奇襲作戦は、途中までは上手くいっていた。
王国の最強武器グラビトンガンも呪術で緩和されて、こちらには無力と化した。
その戦況がひっくり返されたのは、まさかの亜人飛び入り参加があったせいだ。
のちに『銀の聖女』と呼ばれた亜人、銀色のドラゴンがカウパーを襲い、呪術の援護を受けられなくなってしまった。
何故レイザースの手により世界から隔離されし亜人が、レイザースに味方したのかは分からない。
銀の聖女に呪術で怪物化したマリエッタを倒され、怪獣の洗脳まで解かれて、ジェスターは逃亡を図る。
レイザースの片田舎に潜伏していた彼に転機が訪れたのは、魔族と思しき連中がワールドプリズを襲撃した事件であった。
田舎暮らしをしていても、首都の動きは噂経由で伝わってくる。
謎の装置が首都の近くで発見されたと聞いて、見物に行ったジェスターを待ち受けていたのが魔族だったのだ。
魔族の二人組は、レイザースを襲って魔力を集めるのだと言っていた。
魔力を集めて謎の装置を動かす。
見ず知らずの魔族から協力を求められて、何故自分に?といった当然の疑問がジェスターの脳裏を掠めたのだが、魔族の一人クローカーは、こちらの心を読んだのだと微笑む。
お前はレイザース王国に恨みがあるんだろう、上手くいけば国ごと壊滅させられるぞ。
悪魔の囁きが耳に入り、思わず頷いていた。
結果的として、二人組には利用されただけで終わった。
最初は圧していたものの、王国壊滅といかず手勢は徐々に劣勢となり、ジェスターは二度目の敗走を余儀なくされる。

呪術では駄目だった。
魔族と手を組んでも駄目だった。

自分には無理なのか?無駄な抗いなのか?
あの王国を滅ぼすのは。
王国への恨みなんか一切捨て去って、田舎で第二の人生を始めれば幸せになれるのかもしれない。
だが、それは敗北と同じだ。目標を失ったら、生きている意味まで見失う。
絶対に復讐を果たす。
それまで安穏な人生など、自分には必要ないとさえ考えた。
レイザース王国もだが、亜人。奴らは自分の敵だ。
奴らを滅ぼすには、どうすればいいのか。
呪術は効かない。
カウパーは術を当然、襲ってくるドラゴンにも向けたはずだ。なのに倒された。
カウパーと同等の術師も見つかるまい。
取得が難しい術なのか、才能のない人間しかいないのかは判らないが、呪術師は数自体が少ないのだ。
過去の歴史を紐解き、やがてジェスターは亜人の攻略法を見つける。
魔族だ。
魔族だけが、亜人と同等に戦える存在だと知った。
なら、魔族を亜人とぶつけてやればいい。
魔族を呼び出す術も文献で見つけた。
召喚術と呼ばれるそれはレイザース王国の法で禁呪とされていたが、探せば使える者は多少なりともいるもので、彼らを仲間に引き入れて魔族召喚を果たす。
清く正しいジェイト家では鼻つまみものだったジェスターは、犯罪を好む者や王国に反発を抱く者には受けが良く、あっさり仲間になってもらえる一種のカリスマがあった。
恐らくはカウパーやマリエッタも、そうだったのだろう。
ただの失脚元黒騎士団長ではなく、共感と魅力を感じたからこそジェスターに味方した。
そして今、彼は、みたび協力者を得て王国に牙を剥こうとしている。
忍者軍団の正体は、王国を打ち倒すが為に立ち上がったジャネスの民だ。
ジャネスは小国として存在していた歴史を持つから、レイザース王国の配下に置かれるのをヨシとしない者は今でも多く住んでいる。
忍者軍団は老人の愚痴と悲願を背負った希望の星だ。
同じ目的を持つだけあって、両者の結託は堅いものとなった。
タオの出身と目的は判らない。本人が流れの傭兵としか名乗らなかったせいだ。
出会った時、忍者軍団に雇われていたのがタオであった。
ソロで各地を巡って武者修行する剣士は珍しくないし、タオも大方その手の輩だろう。
単独で亜人の島に突撃された時は驚いたが、亜人を偵察に行ったのだと報告された。
一番注意すべきは亜人ではなく斬だとも言い含められたが、ハテ、斬とは何者か。
ジェスターが知る強者は賢者ドンゴロと白と黒の騎士団長二人ぐらいで、あとは雑魚ばかりだと記憶している。
タオが一方的に嫉妬している傭兵なのかもしれないし、話半分に流し聞きしておいた。
それよりも、今はレイザースだ。
三度目のレイザース攻略は、いきなり首都を襲ったりせず僻地から順番に攻めていくと決めた。
首都以外のレイザース領は、かつて諸国の王だった者が、それぞれ領土の統治者となって統制している。
その統治者を倒せば領地全体が大混乱となって生活成り立たずだが、ジェスターは、そうしなかった。
恨みがあるのは、あくまでも王政であって民ではない。
陸軍の配置が及ばない僻地を守る戦力は、警備団以外じゃ傭兵かハンターだ。
まずは警備団を機能停止まで追い込み、次は傭兵とハンターを重点的に狙った。
平和な町で適当に依頼をこなしている輩なんぞ、忍者の敵ではない。
ジャネスの忍者は、近辺のモンスターを相手に日夜殺戮訓練を繰り返してきた手練ればかりだ。
いずれレイザース王家を転覆させる計画があったのは想像に難くない。
暗黒武庸団というのはクレイダムクレイゾンの警備団に名乗れと誰何された際、タオが勝手につけた組織名だ。
度々こちらの予定にない行動を起こす要注意人物だが、剣の腕はジェスターを軽く凌ぐ。
忍者よりも素早く動けて、一撃で傭兵やハンターを斬り伏せられるタオを仲間から外すのは得策ではない。
流れの傭兵だけに、うっかり解雇しようもんなら彼が敵に回る危険だってある。
タオは手元に置いておくのが一番だ。
こめかみを時折ピリピリさせながら、ジェスターは次の襲撃先を何処にするか考えた。


各小隊が出発してしまうと宿舎は一気に空っぽ、だからといってブラブラ冒険に出歩くわけにもいかず、出発直前でルドゥに留守番を命じられたアルは賢者の庵で暇をつぶすしかなくなってしまう。
留守番を押しつけられた原因は、一つしかない。
出がけ、ルドゥと些細な内容で衝突して、彼を怒らせてしまったせいだ。
ここに残っていても、アルには、やることがない。
緻密な作戦立ては斬やハリィに任せておけばいいのだから。
「ねぇねぇ。ファーレンって、どんなトコなの?」
暇を持て余した質問に答えたのは、ハリィだ。
「漁業が盛んなだけで何もない田舎町だよ。海を挟んだダレーシア島の近郊は管理されていない無人島が多くて、統治者も半放置といった処かな。だから海賊の略奪行為が横行しているんだ」
話を聞くだけでも治安の悪そうな土地だ。
管理を半放置されているんじゃ、無人島にジェスターが紛れ込むのは容易かろう。
「海軍は仕事していないのか?」
斬にも尋ねられて、ハリィは顎に手をやって遠くを眺めた。
「一応仕事はしているんだが、海賊の数が多くてね……ダレーシアより向こうの海域は野放しが現状だ」
では、バフの連れ去れたと思わしき群雄諸島も海賊の巣窟なのであろうか。彼が心配だ。
純粋な戦闘力なら海賊など敵ではないが、お酒を飲まされたり毒を盛られたら、如何な亜人でも苦戦する。
不安が表に出ていたのだろう。斬がアルの頭を撫でてくる。
「大丈夫だ。光が点滅していたということは、あいつが無事でいる証拠なのだからな」
「ウン……」
ここぞとばかりに、アルはぎゅっと斬に抱きつく。
二人っきりなら押し倒して唇を奪っているところだが、ハリィがいる手前、抱きつくだけで我慢だ。
バフのことは心配だけど、それはそれ、これはこれ。
腰や股間を撫でても邪険に撥ね退けられないチャンスなんて、今しかない。
さりげなさを装って斬の股間あたりを触ろうとした直前、ハリィに声をかけられる。
「ふむ……斬、アル、見てくれ。ジャネスを越えた先に黄色の集団がいるんだが、僻地にしては数が多すぎると思わないか?」
どれどれと覗き込む斬に従ってアルも見てみた。
ハリィの言う通り、ジャネスより向こうの土地が黄色で染まっている。
僻地にも動物やモンスターは生息しているんだから、別段不思議な反応ではなかろう。
と思ったのはアルだけで、斬もハリィ同様、首を傾げた。
「野生動物にしろモンスターにしろ、確かに多すぎるな……この辺りは以前、警備団とハンターで大掛かりなモンスター討伐を行ったはずだが」
「ここで誰かが作為的に集めているとしたら……?」
ハリィの呟きを横目で捉え、斬の眉間に皺が寄る。
「ジェスターも、ここに……?いや、しかし憶測による結論は危険だ」
「勿論。だが、不可思議現象ではある。手の空いていそうな小隊に頼んで、念入りな調査を頼んでおくか」
口元を僅かに歪めて笑ったハリィは、さっそく通信機で各傭兵に連絡する。
やがてルドゥ小隊の担当であるボブが請け負って、そちらへ向かうと約束を取りつけるのを聞き流しながら、アルは、そっと斬へ囁いた。
「もし全部空振りに終わったら、どうするノ?」
「全空振りには、ならないと考えている」
自信満々な答えが返ってきて、首を傾げるアルに斬は尚も言う。
「今、最優先で探さなければいけないのはバフの行方だ。何故そこへ行ったのか?どうやって、誰と?彼から詳しい話を聞けば、何らかの手掛かりに繋がるのではと期待しているのだ。俺には、これが単なる誘拐事件だとは、どうしても思えん」
これにも「どうして?」と尋ねると、斬の目がアルを見下ろしてくる。
「亜人を誘拐しても金にならん。となれば、別の思惑があると考えるのは当然だろう?俺は、その思惑が何なのかを突き止めたい。ジェスターと関係していようがいまいが、仲間に危害を加える輩を野放しにしておくわけにはゆかぬ」
仲間を守りたい――
斬は亜人を、仲間だと認識している!
その答えに満足したアルは、もう一度、斬にぎゅっと抱きついた。


21/10/12 update

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