Beyond The Sky

14話 進路

レイザースでの大事件の余波で、賢者の庵にはジロ達ハンターギルドメンバーが一緒に暮らすようになった。
ギルドマスターの斬曰く、一時的な処置だそうだが、できれば一生ここで暮らしても構わないのにとアルは考える。
首都に固定の顧客がいるんだったら、所在地がクラウツハーケンである必要など、どこにあろうか。
アルの背中に乗れば亜人の島とレイザース首都までの道のりは、ひとっ飛びで行ける。
しかも、タダだ。旅費も浮いて万々歳ではないか。
そう思って何度か提案しているのだが、なかなか斬が首を縦に振ってくれない。
なんでも、この島は不便だし流通が途絶えているし、ドラゴンが頻繁にレイザース人の頭上を飛ぶには時期早々だとのこと。
流通がなくても食べるものには困らないし、欲しければ空を飛んで採りに行けばいい。
時期早々というが、これまでにだって何度か頭上を飛んでいる。
年中温かいし、どこで寝ても危険がないのに何の不便があるというのだ。
まぁ、いいか。
いずれ斬にも判る日が来る。この島の良さが。
それにハリィの案によると、これからは毎日レイザース人の頭上を飛び回ることになる。
斬が帰る頃までには、ドラゴンが空を飛ぶのも日常化するはずだ。
そうなったら、もうクラウツハーケンには帰らせない。一生この島で暮らせるよう、アルも協力するつもりだ。


翌日からBeyond*Sky団員は、毎日ワールドプリズ空域の哨戒を始めた。
範囲が世界の全空域とあっては、小隊ごとに担当を分けるしかない。
メイツラグ領の担当は、ドルウォーク小隊。
レイザース領北部の担当は、アッシャヴァインス小隊。
レイザース領首都周辺の担当は、シェリル小隊。
レイザース領南部の担当は、バルウィングス小隊。
亜人の島及び陸地にかからない海の担当は、ルドラリドゥ小隊。
団長の斬は本部と称された賢者の庵で待機し、副団長のアルニッヒィは一番広い海担当に加わる。
傭兵は小隊長の上に乗り、怪しい場所――魔力が不自然に集まるスポットや、熱源反応が異常に高まっている場所などを機械で割り出す役目を負った。
傭兵のリーダーであるハリィも斬と一緒に庵で待機して、状況に応じた指示を出す。
残りはハンター諸君だが、彼らの中で戦えるのはルリエルとソウマだけ。
ジロとスージとエルニーは最後まで庵で待機したいと頑張ったのだが、待機という名のサボリは斬が許さず、ガロンを伴ってBeyond*Skyの世話係を言いつかった。
具体的には食料集めと宿舎の建築、疲れを取るマッサージや会話相手といった雑用担当だ。
建築といっても、大した労働ではない。防衛団が使用するスペースを、ぐるりと柵で囲めば完成だ。
あとは個人各位が草を積んで寝ると言われ、ジロたちは肩透かしを食らう。
好き勝手に寝るんだったら、柵も必要ないのでは?と思わなくもないが、そこは集落との兼ね合いがあるのだろう。
亜人の長ラヴァランドルは防衛団に加わる気がない。
さりとて防衛団に島の全利用を許可してもおらず、何度もせっつかれての宿舎建築である。
「そういやアル、バフは集落にいるのか?」
ぐるっと柵内を見渡して不在なのを確認してから、ジロがアルに問う。
昨日の自己紹介でも、バファニールはいなかった。
もしかしたら、ひょこっと混ざってくるのではとアルも内心期待していたのだが、やはり彼は島にいないようだ。
「バフ、行方不明なノ」と正直に伝えたら、ジロには「えっ?それって大事じゃねーか!」と大声で返される。
「何が大事なんだって?」と傭兵の一人、バージが食いついてきて、それにもジロが驚愕の眼差しで答えた。
「亜人が一人行方不明なんスよ!探したほうがいいんじゃねぇッスか」
「え〜?島を抜け出した奴がいるのかよ」とバージも大声で騒ぎだして、他の傭兵まで集まってくる中、騒ぎを鎮めようと待機中の小隊長が駆けつける。
「何やってんだよ、うるせーなぁ。晴れの初哨戒だってのに」
「アッシャス、バフが行方不明になったのって、いつ頃の話なんだ?」
バージに問われたアッシャスは予想外の話題にキョトンとなり、すぐには答えられない。
イドゥヘブンの弟分にしてアルの友人バファニールがいないと判ったのは、二ヶ月前だったっけ?
下手したら、もっと前だったかも。
彼がいないのに気づいた時は皆で大騒ぎしたけれど、探しに行かなかったのは何処に行ったか皆目見当つかなかったせいだ。
おまけにレイザースの揉め事が途中で入り、斬がギルドに帰ってしまって都合がつかなくなったりもした。
斬がいなければ所詮、烏合の衆である。みだりに島を出てはいけないといった暗黙の約束も存在する。
「いなくなったのは一人だろ?ガキが一人で行ける範囲なんて、たかが知れているじゃないか」とレピアは毒づき、荷物から探知機を取り出した。
「さっき、これに亜人の生体反応を登録したんだ。これで、はぐれた奴を探せるはずだよ」
以前は熱反応しか判らなかった機械の機能をパワーアップさせたようだ。
「擬態を取っていても、探せるのか?」とアッシャスが尋ねて、レピアにジロリと睨まれる。
「生体反応っつったろ?亜人をやめていない限り、全部表示されるよ。ほら、ごらん?」
スイッチを入れると黒い画面に茶色の線で世界地図が描き出され、その上に青・赤・黄の光が点滅する。
「青いのが人間、赤いのはアンタら亜人で、黄色は動物やモンスターの類さ」
画面を覗き込んでアッシャスが感嘆を漏らす。
「ふーん。これで今いる場所が判るのかぁ、便利だなぁ。人間とモンスターと亜人とで、魔族は?ねーの?」
「魔族の生体反応データさえ取れれば入力できるよ」と言い添えたのはバージで、肩をすくめる真似をする。
「こんなことなら前の奴らのデータを取っておけばよかったな。ま、今更だけど」
彼らが魔族と出会ったのは二回。そのうちの一回は、この島でも同行している。
ただ、その時は魔族であるかどうかの確信がつかなかった。
あくまでも"自称"魔族でしかなかったのだ。
亜人が魔族だと断定していたと知ったのは、彼らを送り返した後の話である。
ワールドプリズは過去、魔族に何度も入りこまれているのに、詳しい実態が何一つ判っていない。
いつも一方的に入り込まれて、いると判った頃には敵対されるか、さっさと帰られて終わってしまう。
亜人が魔族に詳しいなら、今後は研究にも協力してもらうべきか?
少し考え、バージは実現の難しさに首を振る。
彼らは体感で亜人の気配を覚えているから、研究者への説明が難しい。
詳しいデータは、やはり直接本物から取るしかあるまい。
「ねぇ、これ……一つだけポツンとあるの、これがバフじゃないの?」
ドルクの声で我に返り、バージも皆と一緒に探知機を覗き込む。
赤い光が点滅するのはレイザース領南部、ファーレン近海に浮かぶ群雄諸島のうちの一つだ。
「えっ!?」「嘘だろ!」
ほぼ同時に傭兵と亜人が叫び、それぞれに驚いた理由を話す。
「記憶喪失の少年が見つかったのってレイザース北部じゃなかったか?そいつがバフじゃないのかよ」とはアッシャスの弁で、「亜人ってレイザースの土地勘ゼロなんだろ?どうやってファーレンまで行きつけるのさ」とレピアは首を傾げた。
だがバフじゃないとすれば、この赤い点は誰なのか。
防衛団は全員、揃っている。
最近、島を出て行方知れずなのはバフ一人しかいない。
「北部で目撃された少年が何者かの手によって連れ去られたとしたら……?」
バージの憶測を聞いて、エルニーが青ざめる。
「まさか、ジェスターに拉致されたんですの!?」
「全体地図じゃ、はっきりした場所は特定できない」と舌打ちして、レピアの視線がアルを捉えた。
「南部担当はバルの小隊だったかい?あいつらに言って、ファーレンの無人島を全部調べるんだ」
「なんだったら、降りて現地を俺達が調べるってのもアリだな。おーい、小隊は、どこまで飛んだ?」
バージが大声で叫んで眺めてみれば、確認するまでもなく、まだ誰も飛び立っていない。
「皆、そっちに行っちゃうんだもん。出発できるものも出来ないわよ」
走ってきたシェリルに文句を言われて「そりゃ失敬」と謝ったバージは改めて、先ほどの案を彼女に告げる。
考え込む仕草を見せたものの、すぐにシェリルは応える。
「判ったわ。斬に許可をもらった上で、ファーレン近海を調べてみましょう」
Uターンする背中に「あんたはジェスターがバフを拉致したと思うかい?」と尋ねるレピアへ振り向き、シェリルが頷いた。
「大いにあり得るわ。最後に目撃された場所の近辺じゃなくて、こんな遠くまで連れていかれたとなったら、親切な人のお節介って概念は捨てたほうが良さそうね」
バル以外は、最初の目的通り担当の哨戒に当たる。
バル率いる小隊はファーレン及び群雄諸島の探索だ。
斬とも相談した結果、そう変更された。
バル小隊に同行する傭兵は、モリスとジョージだ。
「バフは亜人の誰が見ても、彼だと一発で判るのか?」
ジョージの問いにバルが大きく頷く。
「おう。この島に住む亜人は、全員が顔見知りだぜ」
「探すのはバフで、一緒に行くのがバルか。なんだか紛らわしいな」とぼやくモリスの肩を叩き、「だったら愛称じゃなくて本名で覚えりゃいいさ」とジョージは気休めを言う。
空の防衛団Beyond*Skyは、斬とアルを除いても総勢三十名の大所帯。
だが、こちとら名前を覚えることに関しちゃ定評のある傭兵家業だ。
ドラゴン形態になってしまうと誰が誰やらだが、擬態でなら見分けがついた。
ピンクの巻き毛がフラッフィー、愛称はフラフ。
緑の逆毛はグレムアンシャード、愛称はグド。
青い長髪がソルフラインド、愛称はソル。
赤いバサバサ頭はファイジャイン、愛称はファイン。
紫のショートボブは紅一点のエリクシオン、愛称はエリク。
これに愛称バルことバルウィングスを加えた六名が、同行する小隊メンバーだ。
出発を促されてバルの背に飛び乗った後は、砂埃を巻き上げて陸を離れる。
急上昇で加わる重力に「うげっ」となったのも、ほんの一瞬、目の前に開けた景色には目を奪われた。
見渡す限りの青空は雲一つなく、眼下にはキラキラ輝く水面が眩しい。
まさに絶景と呼んでも差し支えない。
「さーて、ほんじゃファーレンまで一直線!ところでファーレンって、どこだ?」
首を傾げる小隊長に大まかな方向を指示してやりながら、モリスとジョージは南下する。
向かう先に、何が待ち受けているのかも判らないまま――


21/10/06 update

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