Beyond The Sky

13話 共同作戦

狙われているのがハンター及び傭兵と特定されては、結託するしかないと皆にも判ってきたのであろう。
次第に傭兵はハンターの町クラウツハーケンに集まってきて、集団警戒を余儀なくされる。
どのみち仕事は入ってこない。
誰も太刀打ちできない相手だけに、武装集団の退治は騎士団へ丸投げされた。
斬はギルドメンバーの無事を確認後、傭兵とも打ち合わせをしてから、亜人の島へ再び旅立った。
ただし一人で、ではなかったのだが……


防衛団の初期メンバーは浜辺に集まり、斬を出迎える。
彼と会うのは一週間ぶりだけに、どの顔もキラキラと喜びを隠せずにいた。
「ジロー!無事だったンダ!ヨカッタ!心配してたンダヨ?」
斬と一緒に亜人の島へ戻ったのは、ジロやスージといったギルドメンバーの他にハリィやボブなどの傭兵もであった。
「一時的だ、一時的に賢者の庵で保護してもらう。今のレイザースは何処に行っても危険だと判断した」と斬は言い訳して、一人不機嫌になってしまったルドゥを宥めにかかる。
ただでさえ人間が嫌いだというのに、奴らは斬の仲間だというではないか。
特にジロは甥、血縁関係で立ち位置はルドゥより、ずっと斬に近い。
ルドゥが不機嫌になるのも当然である。
「クレイダムクレイゾンじゃ駄目だったの?」とはレイザースの地理にも詳しいシェリルの疑問だが、それには斬ではなくハリィが応えた。
「他の町だと民間人を巻き添えにする可能性があったんでね……俺達はクラウツハーケンで怯えて引っ込むよりも打って出る策に出ることにした。その為にも、協力者が必要だ」
ちらっと流し目されて、アルが首を傾げる。
「協力者って騎士団?」
「オイオイ、ここでボケるのかヨ!」と突っ込んだのは、ハリィの悪友にして親友のボブ。
「お前ら、亜人に決まってんだろ!ハンターや傭兵じゃ太刀打ちできねぇ、騎士団に要請したら、いつになるか判らねぇとなったら、お前らぐらいしか頼れる奴がいねーだろうが」
「人間で戦えるのはハンターと傭兵と騎士団だけじゃないだろ、海賊や海兵だっているじゃん」とアッシャスが言い返して、即座にスージがやり込めた。
「相手は海じゃないよ、陸なんだ。海賊じゃ手も足も出ないんじゃないかな」
「なら、俺達だって同じだぜ。空ならともかく、陸じゃなぁ?」
肩をすくめるガーナへニヤリと笑いかけて、傭兵の一人が亜人の知りえぬ新情報を提供してくる。
「ところが、連中の仲間には空を飛べるバケモノもいるんだ」
確か名をジョージといったか、ハリィの仲間だ。
であれば、噂は確実か。
「見たぞ!知ってるぞ!!」と騒ぎ出したのはバルで、ルドゥとアル、それから斬にも確認を取る。
「あの時、剣士を乗せて飛んでいったやつがいたよな!」
「あの時とは?」と混ぜっ返す傭兵には目だけで頷き返して、斬が答えた。
「武装集団は亜人の島へも来た。剣士一人だったが、奴が去る際に呼んだのが飛行生物だ」
「え!ここまで来るんじゃ、ここも危険なんじゃ!?」と慌てるジロにはアルが突っ込む。
「斬に会いに来たって言ってたヨ?斬と一緒だと危険なんじゃないノ」
「そうだ、その通りだ。戦えぬものは邪魔だ、クレイダムクレイゾンへ引っ込んでおれ!」
ルドゥに一喝されても、ビビるのなんてジロとスージとエルニーだけだ。
「どこにいても危険なんだったら、戦って生き残る選択肢を選んだんだ、俺達は」
バージが胸を張り、傍らでは銃の入った長い筒をパシパシ叩きながらルクも頷いた。
「勿論、俺達は自力でだって戦える。けど、高い位置の敵を撃つには足場が必要だろ?例えば、空を飛べるような」
「我らを踏み台にしようというのか!」とルドゥが憤慨する横では、イドゥが瞳をきらめかせて「共同作戦か!面白そう」と、はしゃぎだす。
「そうだ、これは空の防衛団が初めて受ける人間との共同作戦だ」と、イドゥの発言に乗っかって斬は続けた。
「騎士団との予行練習だと思って真面目に取り組んでもらいたい。ルドゥ、君には傭兵とのコンビネーションで人間嫌いを克服してもらうぞ」
名指しで厳重注意されて、ルドゥは、かぁっと頬を赤く染める。
言ったのが斬でなかったら、頭からガブリとやっているところだ。
「わ、我は人間が嫌いなのではない!物わかりの悪い、愚鈍な輩が大嫌いなのだ!!」
「うぅ、その節は、どーも、すみませんでした」と頭を下げてきたのは傭兵で、傭兵にしては一人だけダボダボのローブを着ている。
名はカチュア、傭兵チームに所属する魔術師だ。
「今回は物わかりの良さを発揮して、シャキシャキ動いてみせますとも!えぇ、こちらも命がかかっていますから」
「ウム、期待しているぞ」と鷹揚に頷くルドゥを横目に、ドルクとアッシャスはヒソヒソやりあった。
「物わかりが悪いって誰の自己紹介かと思ったわ」
「一番共同作戦できそうにない奴が偉そうなのって、冗談にしても趣味悪ィぜ」
そこを斬に目ざとく見つけられて、ついでに説教をくらってしまう。
「無論、防衛団同士の連携も重要だ。小隊長は各位、仲違いを直しておくように」
「仲違い?亜人同士で仲悪ィのかよ、こんな狭い島ン中だってのに」
ぼやくボブにはアルが小首を傾げて「人間だって、そうでショ?全人類が仲良しじゃないでショ」とやり返し、グゥの音も出なくなったところで全体をハリィが締めた。
「共同作戦を取るには、小隊長以外との顔合わせが必要だ。斬、案内してもらえるか?君たちの宿舎へ」
「宿舎などといった気の利いた建物は存在しない。団員は常に現地集合だ。アル、集合を」と斬に命じられ、アルは「ウン!」と頷くや即座にドラゴンへと姿を変える。
空に向かって咆哮一つ、これが防衛団集合の合図だ。
やがて降り立つドラゴンで浜辺はひしめき合い、人間は慌てて遠くまで退避した。

防衛団は亜人の長以外、全員いるんじゃないかと思えるぐらいの大所帯であった。
全メンバーの自己紹介が終わる頃には、とっぷり日が暮れて夜になってしまった。
亜人は全員擬態を取り、人間も一緒に輪になって焚火を囲む。
「さて、件の武装軍団だが……ジェスター案件だと断言していいと、これは俺の友人からの確実な情報なんだがね」
本題を切り出したハリィの言葉にバルが触発される。
「ジェスター!黒くて悪いやつか!」
遠く離れた亜人の島にまで悪名が轟くほど、レイザース王国の反逆者は有名人になったらしい。
否、亜人の島は過去に怪獣を連れ出された被害に遭っている。
島の住民シェリルもジェスターと相まみえているし、そこから噂が広がるのは容易い。
「相手がジェスターとなると、魔族を使ってくる可能性もあるってわけだ。例の空飛ぶモンスターも」と言いかけるカズスンを遮って、バルが鼻息荒く断言する。
「あの飛ぶ奴が、そうだろ!魔族だろッ」
「君達は魔族とモンスターの区別がつくのかい?」とのハリィの問いに、何人かが頷く。
「魔族は特有の気配を放っているから……あなた達がモンスターと呼んでいる動物とは全く異なるの」と答えたのはドルクで、考え考え、結論づけた。
「一度でも会えば覚えるわ。皆も覚えているわよね、最近この島にも来たし」
「え、あ、あぁ。そうか、キリシュ・ヴァ・レインの件か……あいつら、本当に魔族だったんだ」とジョージが小さく呟き、さては最後まで彼らの種族を疑っていたと見える。
「言葉も通じるしね。話しかけて答えが返ってきたら、モンスターじゃないわ」とはシェリルの弁。
「悠長に話しかけている暇なんかあんのかよ」とアッシャスはぼやき、バルも首を傾げる。
「一応話しかけたんだけど、魔族のくせに無視しやがったぞ」
「敵対すればこその態度でしょう」とカチュアが混ぜっ返し、ハリィを見た。
「空の足は魔族としても、他は全員人間ですよね。一人だけ腕の立つ剣士がいるって噂ですが」
「あぁ、全くの無名傭兵だ。まったく、世の中にはゴロゴロ無名の凄腕がいるってんだから、やりきれんよ」
肩をすくめて、しかしハリィは意欲を失っておらず、意気揚々と全員の顔を見渡す。
「陸の敵だが、何も素直に陸で戦いを仕掛ける必要はない。空からの奇襲攻撃で軍団を散らそう」
「こちらから打って出るのか!?」と驚くルドゥには「何を驚いてんのサ。共同作戦を取るって言ったばかりだろ」とレピアが突っ込み、溜息をついた。
「こんなに大勢いるんだ、島で待ち構えるより先手をかけたほうがいいに決まっているよ。空からの奇襲、それも波状攻撃といこうじゃないか。だが、まずは連中の居場所を割り出すのが先だね」
「なんだ、まだ割り出してなかったんだ」
呆れるアッシャスを、ちらりと見やり、ハリィが地面へワールドプリズ全域の地図を敷く。
「割り出しと囮、両方の意味を兼ねて空の防衛団にはワールドプリズの全空域を哨戒してもらおうと思っている。無論、背中には俺達を乗せてね」
「全空域って、メイツラグの上も?」とシェリルが尋ねて、ハリィは頷いた。
「メイツラグの許可は得ている。海軍経由で話を通しておいた」
「ハリィってメイツラグ海軍と仲良しなんだ!?」
アッシャスの驚きを、バージが否定する。
「違う、違う、大佐の友人経由で海軍に話を通してもらったんだよ」
ハリィの友人こそはレイザース騎士団の総団長、グレイグ=グレイゾンに他ならない。
今回、彼は騎士団の指揮で手一杯だから全面協力は望めない。
それでも間接的な、こうした口利き程度なら出来たので、ここぞとばかりにハリィは利用させてもらったというわけだ。
「海軍は協力を申し出てくれたが、海ではな……ひとまず、俺達が墜落した際には救助してくれるだろう」
「墜落したくないぜ!」とガーナが騒ぎ、ドルクは相談の先を促す。
「哨戒して、見つけたら、どうするの?あなた達に知らせればいいの?それとも、その場で戦っちゃう?」
「適度に痛めつけて、わざと逃がして後を追いかけるのが最良手段だけど」と呟き、モリスがリーダーを振り仰ぐ。
「魔族ってのは、そこまで諦めのいい生き物でしたっけ」
ハリィは「個体差があるから、なんともいえないな」と無難に返して、斬に話を振った。
「亜人と魔族の戦力差は、どうなんだ?互角か、それとも」
「それにも個体差はあるだろうが」
ちらりとアルを見てからドルク、ルドゥへと順繰りに視線を移していき、斬は体感で答える。
「連中とは個別に戦うのではなく、集団で叩くべきだ」
例の剣士と手合って無傷で済んだのは、恐らく自分だけだ。
無事だったのは、ルドゥの手助けがあったおかげだと斬は考える。
不意を突いた吹き飛ばし状態で追い打ちをかけたのに攻撃を受け流された点から考えても、真の一対一では、きっと苦戦を強いられたに違いない。
陸地で戦うのは得策じゃない。奴はドラゴンのブレスをも避けきったのだ。
「手勢は全員ニンジャだったと聞いている。あれらを倒すには、集団を崩すのが先決だ」
「ニンジャか。ニンジャっぽいのなら、そこにもいるけど」と斬をジロジロ眺めて、ルクが軽口を叩く。
「ニンジャってのは、どういった戦法を取るんです?」
「俺はニンジャではない」とした上で、斬は答えた。
「スピードで攪乱して敵を切り裂く。怪しげな術を使うとも聞くな。いずれにせよ、陸で真っ向戦うには手ごわい相手だ」
素早さで翻弄されるんじゃ、ハンターや傭兵が為す術なくバタバタやられたのにも頷ける。
同じ大きさでは目で捉えるしかあるまい。その、目が追いつかないのでは。
「総勢何人いるの?」
シェリルの質問にバージが「目撃されたのは十人にも満たなかったそうだけど、力を温存していただけかもしれんし、ジェスターが親玉なら隠し玉があると考えたほうがよかろうぜ」と答えるのを横目に、アルも傭兵に質問をかます。
「ジェスターは王家を憎んでいるって聞いたヨ?ナンデ、今回は傭兵とハンターだけ狙ってくるノ?」
ボブの返事は適当で、「俺が知るかってんだ。そんなのはジェスター本人に聞いてくれや」との事である。
以前、直接城を狙って失敗したから、方向を変えたのかもしれない。
反逆者が絡んでいると判ったのは、件の剣士が騎士相手に宣言したのだそうだ。
「彼らの目的はレイザースの滅亡だ。となりゃあ、反逆者が絡んでいないわけがない」
しかしレイザース王家の転覆が目的ならば、何故剣士は一人で亜人の島へ乗り込んできたのだろうか。
斬を名指しで倒すとも言っていた。斬は王家と無関係、一介のハンターでしかないというのに。
「実は王家の隠し子だったとか?」
イドゥの推理を、本人はバッサリ切り捨てた。
「俺の両親は双方ともに民間人だ。大体、それなら俺よりも兄者が王家に迎え入れられるはずだろう」
斬の兄貴にして自分の親父、ダンの姿を脳裏に思い浮かべてジロは首を真横に却下する。
「王家の隠し子?叔父さんだけなら、ありうるかもだけど、親父がって言われたら、それだけでレイザースが転覆しちまうわ」
実の息子に、ここまで駄目出しされるダンって。
「いや、待て……我らと出会った時は、そうは言っておらんかったぞ」と、ルドゥが口を挟む。
「奴めは、こう言っておった。"ワールドプリズ全土を滅ぼす"とな。滅ぼすのはレイザースのみならず、全土だ」
「ハァ?世界を滅ぼしちまったら、自分まで滅びるじゃないか。一体何がしたいんだい」
傭兵は首を傾げて亜人もザワザワざわめく中、話を戻したのは斬のギルドメンバー、ソウマだ。
「連中の目的がなんであれ、このまま野放しにしていたら世界が間接的に滅ぼされてしまう。この件で影響を受けるのはハンターと傭兵だけじゃない、彼らを雇用して利益を出している商人も共倒れだ。俺達の目的は、はっきりしているだろ?打倒・暗黒武庸団。敵の事情を考えるのは、後回しにしよう」
確かに、ここで頭を突き合わせて考えても答えの出る問題ではない。
「スケールのでっかい無理心中なのかもしれませんね。自分と一緒に世界も滅べっていう」と小声で呟き、ジョージはハリィの指示を仰ぐ。
「この共同作戦、総リーダーは斬ってことでオーケーですか?」
「ノーだ!」と即却下したのは斬本人で、ハリィを睨みつけた。
「船の中でも断ったが俺は防衛団の指揮で手一杯なのでな、総リーダーは、そちらに任せると言ったはずだぞ」
「あぁ、うん。君一人に責任を押し付ける気はないから安心してくれよ」
勢いの激しさに多少引きつつもハリィは素直に頷き、集まった亜人を見やる。
「これだけの大所帯だ。防衛団の代表は斬、君とアルでやるとして、傭兵ハンター混合軍は俺とルリエルとで取り仕切ろう」
「ルリエルが!?」と驚いたのはハンター連中。
「ルリエルは無理ッスよ!副リーダーより攻撃補佐に回したほうが適任ッス!!」
ジロの抗議を一切スルーして、「ソウマかルリエルを俺の補佐に立てたいんだが、斬、君の見立てでは、どうだろう?」とハリィが尋ねてくるもんだから、斬は少々思案の末に答え返す。
「……ルリエルは冷静な子だ、貴殿が困った際には良き相談役となろう」
当の本人は、話し合いなど聞こえない様子で本を読んで座っている。
ああいった態度でいながら仲間への協力には献身的だから、ハリィの補佐だって出来ると信じている。
ソウマは元傭兵、今も傭兵に近い思考の持ち主だ。ハンターの代表には成りえない。
戦闘に非協力的なジロやスージやエルニーでは論外、となれば消去法でルリエルしか残らない。
ひとまず初日の話し合いを終えて、一同は解散する。
全員が賢者の庵で厄介になるのは無理だから適当な場所でキャンプを張ると言い残して立ち去ろうとする傭兵を呼び止めて、斬は亜人を何人か彼らに付き添わせてやった。
亜人なら数十分で庵を組み立てられる。
どうせ一日そこらでは終わらない作戦だ。粗末なテントよりも、庵で生活したほうが良い。
ギルドメンバーは、斬と一緒に賢者の庵での居候暮らしだ。
「あの家って床で全員ゴロ寝ですよね!背中が痛くならないか心配だなぁ〜」
居候にしては図々しい文句をスージが吐き、アルに「必要なら布団、作るヨ?」と世話を焼かれている。
「一応、二階を女性二人に使わせてもらおうと思っているのだが……エルニー、ルリエル。それでいいか?」
斬に尋ねられてエルニーが「当然ですわ!」とふんぞり返って答えたのに対し、ルリエルは言葉少なに「ジロたちと一緒で構わない」等と謙虚なことを言う。
「ジロ達と?危ないだろ、あらゆる意味で」
ソウマの心配を「一番危ないのは、お前の横での就寝だろ」とジロが混ぜっ返し、二人はギスギス睨みあう。
「それで、結局どうするノ?二階、使うノ?使わないノ?」
アルの最終質問にはエルニーが「一階で全員ゴロ寝するに決まっておりますわ!」と独断で決めつけた。
賢者の庵はアルがドラゴン体形で寝ても余裕があるぐらい、広いのだ。
傭兵も別途庵を建てるのではなく、一緒に住めばよかったのに――
少々残念に思いながら、それでも結構な人数の団体生活に胸をときめかせたアルであった。


21/10/01 update

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