Beyond The Sky

12話 小隊長会議

人間の街で起きた諍いを収めるべく、斬はレイザースに帰郷してしまった。
団長不在の間も防衛団の訓練を続けようと言い出したのは、副団長を任されたアルであった。
ひとまず小隊長に任命された五名と、今後の方針について考えることにした。
「つってもよ、今の防衛団って訓練を続けるしか、やることねーじゃん?今更何を話し合おうってんだ」
口を尖らせるアッシャスを諫めたのはシェリルだ。
「斬がいなくなっても団を安定させられるようなシステムを作る、とか?」
「斬、いなくなっちまうのか!そんなのヤダ!!」
勢いよく立ち上がったアッシャスを見上げて、シェリルは溜息をつく。
「斬は人間でしょ、亜人よりも短命な。いずれは寿命が尽きる……その後、防衛団の方針を決めていくのは残された私達よ。その時に何も出来ないようでは、作った意味もない。今から団長不在時の対応を考えておくのは悪い事じゃないでしょう?」
だから、と話を戻してバルが先ほどのアッシャスと同じ結論を口にする。
「団長がいなくても訓練するんだろ、それ以外に何かあるのか?決めなきゃいけないようなモン」
「あるぞ」と重々しく頷いたのはルドゥだ。
短気で気難しく、バル以外の亜人とは一向に打ち解けようとしない彼を何故、斬が小隊長に任命したのかは団員の誰もが不思議だったのだが、ルドゥは意外にも冷静に進めてゆく。
「まずは島の防衛と空の哨戒、この二つに隊を分ける。例の剣士は易々と島に侵入してきた。不逞の輩が他にも出ないとは限らない。この島には賢者が住まうのだからな。奴に会わんとして密航してくる奴が出てこよう」
それと、とドルクも口を挟む。
「斬が命じなきゃ訓練を始めない、団員の態度も改めさせるべきね。一人で五部隊を指揮するのが苦痛になっているのよ、最近の斬は。逐一団長に言われなくても自発的に始めなきゃ駄目だわ」
「命じられないと動けないのは、ルーチンが決まっていないからよ」と、シェリル。
五人の顔を見渡して、これまでの訓練を思い返させる。
「これまでは、日によって訓練内容がバラバラだったじゃない。飽きっぽい人が多いから、斬も苦肉の策でやっていたんでしょうけど……この際だから、きっちり訓練スケジュールを決めておきましょう。飽きたなんて言い出す人がいたら」
「我が尻尾制裁を食らわせてやろう」
ルドゥが頷き、ギロリと目を光らせた。
「いいね、それ。大体、斬はアマアマなんだよなぁ。言葉で叱るだけじゃ学習しない奴もいるってのに」
などと言っているバルも、訓練中は斬に甘えまくりで苦労させている一因である。
「そこが斬の良いところダヨ」とアルは言い返し、シェリルの案を採用する。
具体的には、一週間の訓練構成を決める。
砂浜ダッシュから始まり、飛行の練習、編隊練習、飛行中の戦闘練習、擬態での戦闘練習と続く。
「……擬態での戦闘練習は必要か?」と、ぼそり呟いたのはルドゥだ。
今も擬態を取ってはいるのだが、実をいうと擬態を取るの自体が苦痛でならない。
我らは誇り高きドラグーンなのに何故、人間の真似をしなければいけないのか。
「我らは空を防衛するのであろう」
「そうだけど」と、ドルクは眉をひそめてルドゥを見やる。
「島の防衛をするんだったら、敵が森林戦を仕掛けてくる可能性は見過ごせないわ。その時ドラゴンで戦えば森がどうなるかは、あなたにだって判るわよね」
人間にしろ魔族にしろ、大体が亜人よりも小さな生物だ。
ゲリラ戦は有って然るべきと考えるのが妥当であろう。
「せっかく部隊分けしたんだし、基礎訓練以外もやっておきたいよね……」
シェリルは少し考え、提案する。
「週の最後に部隊同士で対戦するってのは、どう?」
「我々同士で戦うのか!?」と驚くルドゥを横目に、ドルクは「面白そう!」と叫んだ。
「野生動物には私達と同じサイズのもいるって聞くし、お互いの短所や長所を知っておくのも悪くないと思うんだけど」とシェリルは付け足して、先ほどから大人しいアッシャスへ目を向ける。
「どうしたの?斬がいなくなってしまう未来が、そんなに怖いの?」
「……そうじゃねぇよ」と呟き、アッシャスが睨み返してくる。
「少し、考えてた。例の襲撃してきた剣士ってやつを」
「あぁ……暗黒武庸団?」と相槌を打ったドルクを見据え、アッシャスは言う。
「あいつは斬を追いかけてきたって話だけど、どうして斬が亜人の島にいるって知ったんだ?」
斬は誰彼構わず自分の居場所を吹聴する男ではないし、噂の出どころは、そうするとギルドメンバーだろうか。
しかしジロやスージが近所に話したからといって、ならず者にまで噂が届くとも思えない。
一度襲撃してきて以降、全く音沙汰がないのも何故だろう。
思ったよりも亜人の数が多かったので臆してしまった――とは、到底思えない。
単身で乗り込んでくるような奴が、そんな臆病なわけがない。
レイザースへ誘き寄せるのが目的だったとも考えられるが、しかし、それにも何故がつきまとう。
何故、連中は斬を狙う。有名で強い人間なら、他にも多々いるじゃないか。騎士団の団長とか。
「噂は何処からでも漏れるものよ」と知った顔でシェリルが呟く。
「けど、確かに不思議ね。なんで彼らは斬を狙っているのかしら。彼って、そこまで有名人でもないんだけど?」
「そうなの?」と首を傾げるアルへ頷くと、シェリルは人間社会事情を披露する。
全てはアレックス=グド=テフェルゼン、黒騎士団長からの受け売りだ。
「ハンターも傭兵みたいにチームを組むタイプとソロで活動する二種類があって、斬はソロ活動タイプのハンターなのよね」
「え?でもギルド持ってんじゃん」と口を挟むバルを見、首を振った。
「ギルドは持っているけど、依頼主からはソロハンター扱いされているのよ……苦労しているのね、地元でも」
ふぅっと溜息をついて、シェリルは続きを話す。
「ソロのハンターは山ほどいる上、内密に動くから一般には活躍が伝わらないってワケ。例えばトレジャーハンターだと遺跡に潜りっぱなしで何をやっているか判らない上、収穫物は即依頼主へ渡しちゃうでしょ?バウンティハンターは賞金首を倒した足で賞金を貰いにいっちゃうし、斬の、えぇと、保護ハンター?も、獲物を捕獲したかどうかは依頼主にしか分からないし」
「つまり、地味なんだな?ハンター業ってのは」と結論づけたのは、アッシャスだ。
全身黒づくめな斬の格好を脳裏に浮かべ、あれが地味?とドルクは首を傾げたのだが、要するにハンター業は賢者ドンゴロのように誰もが知る有名な人物が不在ということだ。
活躍したかどうかが判らないのでは、噂の広めようがない。
「奴は斬が魔族を蹴散らしたことを知っていた」
ルドゥが呟き、皆の顔を見渡す。
「そこから噂を聞きつけたとは考えられんか?この件を知る人間は、どれだけいるのだ」
斬が魔族と戦ったのは二回、一度目はハンター依頼の途中で出会った。
二度目は傭兵や騎士団と手を組んでの大掛かりな戦いで、シェリルも間接的には当事者の一人だ。
てっきりレイザースを襲撃しに来たのだとばかり思っていたが、後で聞くに行方不明の家族を探しに来ただけだったらしい。
一度目は内密な依頼の最中だから、聞きつけるとしたら二度目のやつだろう。
あの時は城下町が襲われた。町を守る為に、シェリルは急行したのだ。
「レイザース騎士団と傭兵、ハリィの指揮するチームね。騎士団は全員知っていると思うし、城下町に住む人々も覚えているんじゃないかしら」と答えるシェリルを見て、ルドゥが嘆息する。
「では、噂の出どころは城下町住民で違いあるまい」
噂の出どころが何処であれ、そこは焦点じゃない。
問題は連中が斬一人をピンポイントで狙った理由と、彼が亜人の島にいるのを突き止めた方法だ。
だが、それは亜人が鼻を突き合わせて考えたところで答えの出るものでもない。
「……斬、大丈夫かな。そいつらはハンターと傭兵を狙っているんだろ?また襲撃されるんじゃあ」
「斬なら大丈夫ダヨー!」と、即座にアルが太鼓判を押す。
シェリルは少し考え、眉根を寄せた。
「斬一人だったら心配ないけど、ジロやスージが足を引っ張りそうよね……」
「斬が帰ってくる前に、あいつらの居場所を俺達で探すっての、どうだ!?」
トンチンカンな結論を持ち出してきたのはアッシャスで、すぐさまルドゥに一喝される。
「たわけ!奴らのことは人間に任せておくのだッ。貴様が人間の町でバルを巻き込んだ一件、俺はまだ許しておらんぞ!」
バルやアッシャスが斬と出会うきっかけとなった事件は、バル経由でルドゥにも伝わっていたようだ。
「お前、簡単に吹聴すんなよ」とアッシャスに睨まれて、バルも肩をすくめる真似をする。
「いや〜。だって斬の強さを知ってもらうには、活躍を教えといたほうがいいと思ってさ」
ポンと手を打ち、ドルクが思いつきを発する。
「擬態で町に入り込むのは危険だけど、空から見渡す分には人間にも迷惑がかからないんじゃないかな」
おぉー!と若い層は、やる気満々。反対しているのなんてルドゥ一人だけだ。
「だから、人間の問題は人間に任せておけと……!」
ルドゥの怒号を遮ったのは、副団長のアルであった。
「けど、全部斬任せにするのも負担大ダヨ!それにネ、防衛団は元々ワールドプリズ全土の空を守る為に結成したんダヨ?ナラ、全世界の空をパトロールしたって問題ないヨネ!」
「そうね、ルドゥ。あなただって最初に言ったじゃない。島の防衛と空の哨戒に隊を分けるって。哨戒範囲を広げれば、異変にだって気づけるんじゃないの?」と、ドルクが言葉尻を捕らえてくる。
「ならパトロールも訓練の一つに入れるってのは、どう?ただ飛行を練習するってんじゃ飽きる人が出てくるかもしれないけど、地上を見渡しながら飛ぶのであれば集中力や視力が鍛えられるんじゃないかな」
とんとん拍子に女子組が話を進めていき、そういうことになった。
明日から防衛団は防衛と哨戒、両方の訓練を並行する。
全てはワールドプリズの平和の為――と、いうよりは斬の負担を軽くしてあげる為に。


21/09/08 update

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