Beyond The Sky

11話 バファニールの消息

空の防衛団は結成当初から見ると、かなりの人数になった。
ルドゥの参入をきっかけに島全体へ噂が広がって、集落に住む亜人も何人かが参加希望してきたのだ。
二編隊組める人数となり、斬団長の任命により、副隊長にはアルが選ばれる。
幼い少女に副隊長が務まるのか?と皆は大いに疑問だったが、本人はやる気満々であった。


「はーい!今日も編隊飛行の練習するヨー!」
アルの号令で亜人が一列に並び、順次一人ずつ空へ飛びたってゆく。
この頃には十字編成のみならずV字や二列編成など幾つかのパターンを覚え、防衛団の面々が島の上空を飛び回る姿は、すっかりお馴染みとなった。
集落の上を飛んでいく影を見上げ、ラドルは、そっと溜息をつく。
空の防衛団Beyond*Skyは、すっかり亜人の島公認部隊となった。
もはやラドルの言葉が届く状態ではなく、日に日に防衛団への参入者が増えていると聞く。
総団長に斬を据え置いたのが、大きな原因ではなかろうか。
人間社会じゃ殆ど無名に近いのが不思議なくらい、あの男は強者だ。
人の身でありながら、魔族と真っ向勝負して退けたというではないか。
情報元はアルニッヒィなので多少は話を盛っているかもしれないが、戦場にはドンゴロも一緒だったというし、全てが誇張でもあるまい。
レイザース王国との交渉には、賢者が役割を果たしている。
昔取った杵柄というやつだ。向こうの王族にも顔が訊く。
レイザースが亜人空軍との共存に動けば、メイツラグも承諾せざるを得ない。
たった一つ残された弱小王国は、レイザースに頭を抑えられているも同然だ。
小娘一人の夢想でしかなかったものが、現実的なものになろうとしている。
長く断絶していた人間との交流に、若い衆が興味を持つのは当然だ。
彼らは人間の町に、ひどく興味を持っている。島を抜け出すのは、人間の町へ行きたいからだ。
今はまだ亜人の島上空のみに留まっている防衛団の空域も、そのうち人間の町まで差し掛かるかもしれない。
いずれは亜人が畏怖ではなく尊敬の対象になり替われるかもしれないと、若い衆は期待している。
そう上手くいくだろうか?
総団長は人間だ。亜人よりも短命である。
彼亡き後こそが正念場だとラドルは考える。
斬が団長を勤める間に防衛団の立場を確実なものにしておかねば、全てが無意味と化す。
だが、斬一人に全てを押しつけるのは酷だ。
斬と賢者以外にも、多くの人間の協力が必要であろう。
どうやれば全人類の意識を亜人との交流へ向けさせられるのか。
亜人である自分には到底どうにもならない問題な気がして、ラドルは今日も鼻の頭に何本もの皺を刻んだ。


防衛団を結成してから二ヶ月ほど経つ頃――
ある日の休憩中、イドゥが何気なくアルへ尋ねた。
「アルー、お前最近バフと会った?」
「んーゼンゼン!」と元気いっぱい答えてから、アルは考える。
バフと最後に会ったのは、いつだろう?
あれから防衛団も団員が大量に増えたから、彼も絶対参加してくると思ったのに入ってくる兆しは見えず、こちらも練習で忙しくて彼と遊ぶ暇がない。
「そっかー。俺もなんだよな。あいつ、家に行っても居ないし」
初耳だ。
一体どこで遊んでいるのだろう?
バファニールは元々イドゥヘブンの弟分で、彼経由でアルニッヒィとも仲良くなったクチだ。
アルとイドゥ以外に仲良しな亜人がいるといった話を聞いた覚えがない。
集落は年寄りと女子供ばかりで、少年一人じゃ居心地が悪いと思うのだが。
もしや、一人で人間の町まで行ってしまったのか?
――少し考え、それだけはないとアルは自分で自分の予想を否定する。
バフはイドゥに無断で何かを出来る奴じゃない。
斬がバフを勧誘しに行かないのは、ルドゥの時と同じで本人の意思を尊重したいからだろう。
ルドゥは防衛団に入ってからというもの、すっかり斬とベッタリな距離感になり、少しでも団長に反抗する団員は炎を吹きかけられたり彼の尻尾で叩かれたりと大変な目に遭わされるようになった。
それでも島で一番の頑固者を動かした人間として斬の評価は鰻登り、防衛団参加を申し出る亜人の数は日に日に増えた。
今じゃ集落にいる老人以外、ほとんどの亜人が団員になったのではなかろうか。
ただ一人、バフを除いて。
「あいつ、どこで遊んでんだろ?いっちょ冒険がてら探しにいってみないか?」
「ソレを言うなら探しに行くがてら冒険、デショ!」
いつもと立場がアベコベな会話を交わしていると、斬が雑談に混ざってくる。
「バフか。そういや最近は全然顔を見た覚えがないな……」
「斬ー、あいつも勧誘してやったら、どうだ?最初に断っちまったから入りづらくなってんじゃないの」
バフの性格を考えると、充分あり得る。
なんせ兄貴分であるイドゥの誘いを蹴ってしまったのだから。
今頃は後悔の嵐で落ち込んでいるやもしれない。
アルやイドゥと比べると、バフは斬との距離がある。
すぐに入団を決められなかったのは、よく知らない人が団長なのと、面倒くさがりな性根が災いしたとみていい。
「バフって、お前らの子分だったっけ。あいつが、どうかしたのか?」とアッシャスも混ざってきたので、アルは全員に尋ねてみる。
ここ最近バフを見かけた人がいるか否かを。
多くが首を傾げて答えた。
最近バフの顔を見た覚えがない、と。
「そういえば――」と手を挙げたのは、シェリルだ。
「アレックスが不思議なことを言っていたのよね。先月、レイザース辺境の港町で記憶喪失の少年が見つかったって」
アレックスとは?
全員首を傾げたが、すぐに思い当たった斬が大声をあげる。
「ちょっと待て、なんで君が黒騎士団長との連絡手段を持っているんだ!?」
だがシェリルときたら、あっさり「通信コードを交換しているもの」と笑い、懐から取り出したのはレイザース製の通信機だ。
彼女は以前、黒騎士団の非公式アドバイザーを勤めたことがあり、アレックスとは通信機で交流を続けているのだと微笑まれ、斬はウゥムと唸る。
「白騎士団長は何も言っていなかったが、さてはプライベートな交流か」
「そうね、この交流は仕事と関係ないからプライベートかもね」とシェリルは微笑み、ほんの少しだけ影を落とす。
「本当に知りたい相手の通信コードは判らないけど」
「そんなことより」と混ぜっ返してきたのはドルクで「記憶喪失の少年って、まさかバフなの!?」と騒ぐのへは、アルとイドゥが二人揃って否定した。
「まさか〜」
「バフが一人で島を抜け出るなんてアリエナイヨ」
さりとて島で最近バフを見かけた者が一人もいないとあっては、ドルクが結び付けたとしても無理はない。
「そーいや、斬は最近ジロと連絡取り合ってるか?知らないうちに行方不明になっちゃっているかもしんねーぞ」
バルに不吉なネタを振られ、斬は緩く頭を振る。
ここんとこずっと防衛団の訓練指揮に明け暮れていたせいで、通信機はオフにしっぱなしだ。
だが、たかが二ヶ月足らずで、あの引きこもりが無断で遠出するとはバフが一人で人間の町まで行くよりも、ありえない。
それでも、たまには連絡を取ってやるとするか。
通信機をオンにして驚いた。
未読通知が六十件も溜まっている。
ほとんどがジロの愚痴であったが、送り主の異なる通知を二件見つけて開いてみた。
無言で熟読する斬の手元をアルも覗き込んだが、長々と書き連ねてあって意味が判らない上、長文を読むのは退屈だ。
人間は、あの通信機とやらで通話のみならず、文章のやりとりも行う。
近場に住んでいても文章を優先するというんだから、訳が分からない。
長い伝言を読み終えた斬が顔を上げた。
「どうやら俺が感じた以上にレイザース内は混乱しているようだ。波止場で保護された記憶喪失の少年も気になるし、一度戻ったほうがいいのかもしれない」
「斬がレイザースに戻っちゃったら、どうするんだよ防衛団!」
真っ先に反対したのはアッシャスで、がっしと黒装束に掴みかかって哀願する。
「アルだけじゃ五小隊を指揮すんのは無理に決まってんだろ?行かないでくれ!」
「いかないでクレー」と真似っこしてアルも斬にしがみつく。
「行く行かない以前に、レイザースで何があったの?」とドルクに尋ねられて、斬は話した。
賢者ドンゴロは空の防衛団が防衛する空域についてレイザース騎士団と交渉を重ねていたのだが、ここ数週間、交渉は行き詰っている。
レイザース国内で別の問題が発生しており、それの解決に騎士団は頭を悩ませているようであった。
問題とは、件の武装軍団。
暗黒武庸団と名乗る集団が、レイザースの各地に現れては暴れている。
しかも騎士団が駆けつける頃には姿を消すものだから、一向に捕まえられない。
かといって地方の警備団では限界がある。彼らの手に負える強さではない。
暗黒武庸団が狙い撃ちにするのは、犯罪者と敵対する傭兵やハンターが大半だ。
このままでは傭兵とハンターが根絶やしにされてしまう危機感の前に団結を呼びかけているが、元々がソロで動く職だけに団結状況も芳しくない。
二ヶ月留守にしている間に、すっかり戦場と化していた。
といっても傭兵とハンター以外の住民には被害がないのだから、そちらは平和だ。
大変なのは傭兵とハンターだけ。しかし、斬はハンターに属するので他人事ではない。
ジロからではない伝言は二通とも同じ人物で、ほぼ同じ内容が書き連ねてあった。
そちらのギルドと手を組んで、暗黒武庸団を捕まえようといったお誘いだ。
送り主はハリィ=ジョルズ=スカイヤード。
チームを率いる名うての傭兵にして、レイザースの騎士団長とも繋がりのある男だ。
「ハリィ!あいつか、あいつが斬をスカウト?でも、斬は俺達の団長なんだからハリィにゃ渡さねー」
いきり立つ若者を手で抑え、斬は、もう一度通信機へ目を落とす。
「緊急なんだ。それに五小隊を俺一人で指揮するのにも無理を感じていた……いい機会だ、各小隊の隊長を決めておこう」
一つも隊が作れなかった初期と違って、今や防衛団は五つの隊で連なる大所帯だ。
「小隊長は俺が決めておく。ただし人選に不満があるなら、皆で話し合って投票で決め直しても構わない。シェリル、ルドゥ、バル、ドルク、アッシャス!お前ら五人が小隊長となって副隊長のアルを支えてやってくれ。俺はハリィと会ったら、すぐに戻ってくる」
「え?で、でも会って、それで終わりじゃないんだろ!?いつ戻ってこられるんだよ!」
亜人たちは狼狽えたものの、斬の帰郷意思は止められず、三日後には向こうの出した密航船に乗って水平線へ消えてゆくのを全員で見送った。
「斬ってば、ゴーインすぎるよぉ……どうしよ、これから」
ぶーたれる親友をチラリと見て、アルは決意する。
斬が戻るまでに、防衛団を今より立派な組織にしておこう。
その為にも、まずは小隊長に任命された五人との連携が必要だ。


21/08/27 update

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