Beyond The Sky

8話 大事件発生

翌日からは、防衛団が基礎体力作りに精を出す毎日が始まる。
朝と夕方に擬人化した状態で砂浜を往復、昼間は飛行練習と称して島の上空を旋回。
地味な訓練に文句を言う隊員もいないではなかったが、隊長の唱える絶対服従をルールに一人として欠けることなく訓練は続けられた。
一ヶ月経つ頃には、アルとイドゥも年上層の亜人に遅れることなく長時間飛行が可能になってきた。
レイザース首都周辺で事件が起きたと賢者に聞かされたのも、ちょうどこの頃だ。
正体不明の剣士と数人の忍者がクラウツハーケンを襲撃し、多くの傭兵とハンターが負傷したと聞かされて、斬はギルドに残した面々が心配になったのだが、ここを離れるわけにもいかず悶々とする。
どうか全員、無事でいてくれ。
一番心配なのはソウマだ。彼は強敵と戦うことに、いつも憧れているから――


襲撃は、まさに不意討ちとしか言いようのないタイミングで、騎士団が警戒を解いた直後に行われた。
町の外れにあったギルドが押し入られ、悲鳴が響いたと思う暇もなく通りを歩いていたハンターが斬り伏せられる。
「襲撃だ!」と叫ぶ誰かの喉元に深々と突き刺さったのはクナイ、ジャネスの忍者が使う小刀だ。
「気をつけろ!」だの「複数いるぞ!」だのと、あちこちで警戒が叫ばれる中、ジロとスージとエルニーはギルド建物の二階、寝室でベッドにもぐりこんで身を堅くする。
何が起きているのかは気になるが、外に出たら間違いなくやられる。
いや――出なくても、ここに押し入られたらお終いだ。
ルリエルとソウマが二人とも買い物に出て不在の今、戦える人物は誰一人いない。
「タタタタ、タンスで戸口を塞ごう!」と震えまくった声で提案する幼馴染に、ジロが拒否を示す。
「無理だろ、俺らの力じゃ動かせねぇ。それより居留守だ、居留守を――」と言い終える前に一階のドアが激しい音を立てて開かれるもんだから、三人同時にビクゥッ!と飛び上がり、無言を貫く。
複数の足音が一階を荒々しく走り回った挙句、やがて来た時同様激しい音を立ててドアを閉めて出ていき、二階にまで上がりこんでこられなかった幸運に三人は心底安堵した。
「そ、ソウマ、大丈夫かな……」
自分の安全が確保できた途端ソウマを心配し始めるスージには、エルニーが小声で返す。
「あの二人なら大丈夫ですわ。引き際を弁えておりますもの」
ジロは布団の中で首を傾げる。
ソウマは常日頃、強い奴と戦いたがっているバトル狂だ。
ハンターギルドを襲撃するような猛者と出会ったら、喜んで戦いに応じてしまうのではないか。
だが、すぐに彼は一人ではない、ルリエルも一緒だと思い直し、ジロは二人の帰宅を待ちわびる。
冷静なルリエルが一緒なら、ソウマだって無理をすまい。
魔法で麻痺させてでも、ソウマを連れ帰って欲しい。

表通りは阿鼻叫喚、奇襲の衝撃から立ち直ったハンターが賊に立ち向かうも状況は芳しくない。
賊は全部で五人と少ない。しかし、一人だけ圧倒的な強さを誇る奴がいる。
細い剣を携えた黒髪の剣士だ。
透き通るほど白い肌に華奢な手足と、およそ剣士には見えない風貌だ。
立ち姿は無防備で隙だらけに見えるのに、近寄ってみれば、どこにも隙がない。
研ぎ澄まされた殺気――とでもいうのか、殺意のオーラに包まれている。
そのくせ動けば殺気は四散して、気配すら残さない。
剣士に銃口を向けた瞬間、腕を斬られて痛みに蹲る者。
銃を構える間も与えられず、胴に一撃くらって崩れ落ちる者。
戦う形にもっていけず、剣士と向き合ったら最後、一方的に斬られて終わる。
ハンターと剣士じゃ、ハンターに分が悪い。
おまけに残り四人は忍者、剣士と同等のスピードを誇る強敵だ。
目にもとまらぬ動きに翻弄されて一方的な戦いとなった流れを止めたのは、一発の魔法であった。
地を這う稲妻が忍者の一人を捉え、短い呻きをあげて足を止める。
放たれた方角を見やると、はるか遠くに紫色のフードローブを羽織る人物が立っていた。
「――逃げて」との小さな呟きは無視されて、ハンターは動きの止まった忍者を取り囲む。
「この野郎、年貢の納め時だぜ!」
ハンターの勝ち誇った顔が、次の瞬間「うっ?」と驚愕に変わり、喉元を抑えて崩れ落ちる。
別の忍者にやられたんだと気づく頃には、周りを囲んでいた他のハンターも次々と剣士に斬り伏せられた。
そこへ駆け込んできたのは、応援要請された傭兵たちだ。
そのうちの一人が「動くな、撃つぞ!」と銃で牽制したって、止まる相手ではない。
逆に斬りこまれて手前の傭兵がやられると同時に、仲間と思しき他の傭兵は一斉に散開した。
傭兵はハンターと異なり、連携戦法を得意とする。
その彼らでも忍者三人と剣士には手こずっており、片っ端からモグラだのスパイダーだのを発動させているのだが、どれも賊には見破られているのか一つとして捉えられない。
当たらずとも撃たねばやられる。
際限なく銃を撃ちまくる傭兵のせいで、たちまち大通りは硝煙に包まれて視界が悪くなってきた。
「くそ、なんだこいつら!銃弾を避けるだと!?」
真正面から撃ったって当たるまい。相手は忍者だ。
加えて視界の悪さが賊に味方しているのか、あちこちでハンターや傭兵と思しき悲鳴があがった。
こちらには向こうが見えずとも、向こうはこちらの動きが見えているようでもある。
目で見るのではない。気配を読む、というやつだ。
煙の中、傭兵に混ざって攻撃に加わったソウマは冷静に考える。
賊が煙に紛れて傭兵の死角を取りに来ているのだとしたら、こちらは賊が動く方向を予想して更に死角を狙っていくしかない。
煙が動いたタイミングを計り、ソウマも回り込む方向へ動く。
黒い影を垣間捉え、斬りつけた――直後、「うおっ!?」と身を捻り、背後からの剣筋を間一髪で避けて反転する。
斬りつけてきたのは例の剣士だ。
目と目が合い、ふっ、と奴が笑ったように見えたのも一瞬で、すぐに硝煙に紛れて姿を消す。
煙で視界が悪い中、戦うのは賢明じゃない。
後退する傭兵にも身動きが取れなくなったハンターにも賊は容赦なく襲いかかり、このままじゃ誰一人逃げられずに全滅してしまいかねない。
再び煙が動くタイミングを計るソウマの耳に、大勢の足音が聞こえてくる。
遠くでガシャガシャ鳴り響く金属音、これは幻聴ではない。
騎士団が応援に駆けつけてくれたのだ!
同時に「退け!」と叫んだのは、傭兵やハンターではなく忍者の誰かだ。
煙が晴れる前に次々気配が遠ざかってゆく。
剣士の笑みを脳裏に浮かべ、しかしソウマは追跡を断念した。
一人で追いかけたって、五人全部を相手にするのは厳しい戦いだ。
剣士一人と戦うのであれば、嬉々として追いかけているところだが――
煙が晴れた後に騎士団が到着する。
大通りは剣士や忍者に斬り伏せられた怪我人だらけだ。
どいつも怪我した個所を押さえて痛みに呻いている。
こんな奇襲で大怪我を負ってしまったせいで当分は休業しなきゃいけないのかと思うと、深く同情する。
ハンターは本来、徒党を組んだ賊と戦うのに向いていない。
忍者軍団と互角の戦いが出来るハンターなんぞ、うちのギルドマスターぐらいであろう。
なんせ彼は魔族と互角の戦いが出来る男なのだから。
傭兵も痛みに呻いているが、銃で威嚇射撃したのは彼らの取った失策だけに、浮かぶのは同情だけではない。
トラップ道具のみで追い込みをかけてハンターと連携を取るべきだったとソウマは溜息をつき、負傷者の手当てに加わった。

クラウツハーケン襲撃事件はレイザース領土全域で噂が広まり、遥か辺境の南国ファーレンでも連日その噂で持ち切りだ。
強敵と戦いたいバトル狂は全土どこにも存在しており、海兵ジェナックも、その一人。
ついこの間メイツラグ遠征が終わったばかりだというのに、噂を聞きつけて鼻息を荒くした。
「この時ほど、クラウツハーケンに住んでいなかったのが悔やまれるぜ」
「そこまで興奮するほどの相手なの?ニンジャって」と呆れるマリーナへ大きく頷き、ジェナックは言い切った。
「だって、ニンジャだぞ!ニンジャをやる奴なんぞ冒険者並みに絶滅したと思っていたが、まだ居たんだ。この暴動は、きっとジャネスのニンジャのせいに違いないぜ。ニンジャが正規の職業として扱われない現状に不満を持って」
「憶測で決めつけるのは良くないぞ、ジェナック」と上官が窘めてもジェナックの興奮を押し留めるには至らずで、逆に勢い込んで「なぁ、海軍には召集がかかっていないのか?首都を脅かす賊だってのに戦わないのは、忠誠心に問題ありじゃないか」と尋ねられて、彼の上官たるカミュは心の中で溜息をつきながら肩をすくめる。
「あるわけないだろ?海と陸じゃ管轄が違う」
陸の賊退治は陸軍、騎士団に任せておけば問題ない。
海軍が出張ったって賊は陸地にいるのだ、何の手伝いにもなりゃしない。
「くそぅ、こんなことなら騎士団を目指せばよかったぜ!」と猛々しいジェナックを見て、カミュは再び心の中で溜息をつく。
海軍へ入るのだって大変だった奴が陸軍に入りたかっただって?
冗談は程々に、だ。
海軍は試験一発で入れるが、陸軍はそう簡単ではない。
ジェナックは陸軍試験で最難関とされている知能テストで必ず落ちるだろう。
騎士団に求められるのは知能の高い人材だ。
腕っぷしだけでは採用されない。知性が王家を守る忠誠心となる為に。
剣術は入った後で全員強制的に鍛えるから、試験の際には重要視されていない。
――といったことを知らないから、ジェナックは鼻息を荒くしていられるのだ。
一度軍規をくまなく読ませてやろうかなと考えながら、カミュは本日の予定を二人に伝えた。
海軍は本日もファーレン周辺の警備にあたり、予定に変更はない。陸での騒ぎは一切関係ない噂話でしかなかった。

辺境の地は無関係でいられても、首都に住む人々は心境穏やかでいられない。
レイザース騎士団が白黒双方の総力を決して警備を固めると宣言したせいで城下町は物々しい雰囲気に包まれて、買い物にぶらつく人影は極端に減った。
大通りは殆どの店が休業し、すっかり賑やかさが失われて連日お通夜状態だ。
「何なんだよ、ニンジャ軍団ってなぁ。何の恨みがあってハンターや傭兵を襲うんだ?俺達がニンジャに何をしたってんだ!」
荒れ狂うボブは先ほどから部屋の中を行ったり来たりしていて、落ち着きがない。
落ち着かせようと「連中の目的は騎士団が掴んでくれるはずだ。続報を待つしかないな」とハリィは声をかけたのだが、ボブにはギロッと睨まれるだけに終わった。
「続報ってなぁ、いつになるんだ?その間俺達ァ仕事なしで干上がってろってのか!?」
「やめましょうよ、軍曹。大佐に当たったって何にもなりませんぜ」と止めに入ったのは、バージニアだ。
襲撃事件は彼ら傭兵チームにも影を落とし、仕事の依頼がめっきりなくなった。
減ったのではない。ゼロだ。まるっきり来なくなってしまった。
ニンジャ軍団退治の依頼すら来ないのは、傭兵もハンターと一緒にやられたせいだ。
いや実際、自分たちが立ち向かっても同じ結果になるんじゃないかとハリィも思う。
本職の忍者などジャネスでも滅多に見かけなくなったが、残像が見えるスピードで動き回り、おかしな術を使うと聞いている。
モンスターや盗賊山賊を相手にするのとは勝手が違う。
目視で捉えられない相手に、唯一有効な攻撃手段は魔法だと推測される。
どれだけ素早い敵であろうと狙い違わず命中させられるのは、魔法だけだ。
騎士団には魔術師も含まれているから、忍者との戦いは彼らに任せておけば万全だろう。
一人だけ剣士がいたとの噂も掴んだが、そいつは騎士団長が相手をすれば何とかなる。
騎士団長――グレイグの顔が脳裏をよぎり、ハリィは僅かに笑みを浮かべる。
普段は気弱だけど、戦闘では勇敢になる最強の幼馴染だ。剣術勝負なら万が一にも後れを取るまい。
「くそぉ、こんなんじゃ憂さ晴らしに娼婦館にも行けねーぜ!」と、今度は物に当たるボブをバージが宥める。
「娼婦館も休業中ですもんね。レピアと長時間トークするってのは?」
「全然繋がらねーよ!あいつ、電源落としてやがるんだッ」
ボブの金切り声をBGMに、ハリィは腕を組んで考え込む。
続報を待てと友には言ったが、このまま細々と貯金を切り崩して巣ごもり生活するなんぞ、まっぴら御免だ。
騎士団を早急に動かすには、魔法の使い手を連れて行けばいい。
それも強力な魔法の使い手だ。
一人、心当たりがある。
亜人の島だ、亜人の島に住む賢者へ、どうにかして協力を要請できないものか。
レイザース人は亜人の島への出入りを原則禁じられているが、密入島できる人物にも心当たりがあった。
通信機を眺めるハリィに気づき、ボブが声をかけた。
「誰かとイチャラブトークすんのかヨ?」
「イチャラブといえば、そうかもしれないな。向こうは俺に興味を持っているようだしね」と茶化しで返すハリィに「マジかよ!誰だ、どんな女だ!?」とボブは本気で受け取り、バージにも「大佐は軍曹と違ってモテますからねェ」等と冷やかされながら、ハリィは番号を入れる。
一、二度しかかけたことのない相手だが、彼なら絶対に話を聞いてくれる確信があった。


21/07/07 update

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