Beyond The Sky

6話 部隊特訓開始

斬が亜人の島で防衛団のメンバー集めに奔走していた頃――
レイザース王国の片田舎、クレイダムクレイゾンとカンサーの領境では大事件が起きていた。
ジャネスにて武装軍団が反乱を起こし、首都へあがろうとしている。
連中はカンサーを素通りし、クレイダムクレイゾンで警備団と衝突した。
しかし、たった一人の剣士にやられて死傷者を大量に出し、警備団は事実上活動停止を余儀なくされる。
事の重大さに騎士団も首都の警備を厳重に固めて膠着状態が続き、首都やクレイダムクレイゾンへの入口は封鎖され、付近の街に住む者は不安に怯えた。
武装軍団は"暗黒武庸団"と名乗り、数日の間はクレイダムクレイゾンを攻めていたのだが、ある日、忽然と姿を消す。
騎士団がハンターや傭兵を派遣して探させたが、行方は知れずじまいとなった。


バフの家を訪ねた防衛団一行だが、バフの返事は、はっきりせず「しばらく様子を見たい」との事であった。
具体的な形がなければ入りづらいとも言われ、斬はひとまずバフを保留とし、団員を引き連れて賢者の庵まで戻ってくる。
「バフの言い分にも一理あるな。基本の形を整えておけば、何をする団なのか説明しやすくなろう」
防衛団の基本活動は空の哨戒だ。
一匹だけでは返り討ちにあうかもしれないから、数匹で編隊を組んで飛ぶ。
「ヘンタイってやつだろ!早く教えてくれよ」
斬は亜人たちを浜辺で一列に並ばせ、ドラゴン化を命じる。
全員がドラゴンへと姿を変えた後は、一匹ずつ手で指示して十字型に並ばせた。
「この形を保って空を飛ぶ。視界範囲を警戒しながら飛ぶんだ。勝手に早く飛ぶのは駄目だし、列を乱してもいかん」
「えー、こんな近づいて飛んだら、ぶつかっちゃうぜ!?」と騒ぎだしたのはバルで、そいつをアルが窘める。
「ぶつからないよう距離を保って飛べと斬は言っている」
バルは一瞬呆けた顔になり、ちらっとアルの顔を見て、小さく呟いた。
「……こいつ、ルドゥと同じタイプだったのかよ」
斬は聞き漏らさず、バルに問う。
「ルドゥが、どうかしたのか?」
「いや、ルドゥも素だとスラスラしゃべれるからさ。同類かって思ったんだ」
「あら、じゃあ擬態はアルと同じ喋り方なの?それも見てみたいわね」とはドルクの軽口で、「いや、あーゆー喋り方でもねぇんだけどな」とバルは頭を掻いた。
狭い島の中、全員が全員の擬態と本性を知っているのかと思いきや、仲良し以外は詳しくないのが常らしい。
アルが擬態と本性で喋り方を変えるのを初めて知った時は斬も驚いたが、あれはどうやらキャラを作っているらしい。
時々間違えてか本性の姿なのに擬態の喋り方で話す時もあるから、どちらが素なのかは判らない。
ルドゥは擬態を取らない亜人であるようだ。
亜人の島に人間が訪れるのは、そうそうない出来事だから、擬態など必要ないと思っているのだろう。
擬態を取るのは人と共存していた時の名残だと、以前、集落の長ラドルが言っていた。
だが、これからはレイザース王国と連携を取る予定だし、ルドゥにも擬態を取ってもらわねばなるまい。
「当分は、ぶつからず且つ遅れないよう、一定のスピードで飛ぶ練習を行う。ではシェリル、行くとしよう」
ひらりと先頭のシェリル、その背中へ飛び乗った斬が号令をかける。
「オーケイ!皆、しっかりついてきてね」とシェリルが飛び立ち、ドルク、バル、アッシャス、ガーナと続き、イドゥの後に続いて最後尾のアルが砂を撒きあげて飛び立った。
全員で空に上がった後は順番にスピードを整えて十字の形を作るのだが、頭では判っていても実際に併せるのは難しく。
「あ、おい!お前は俺の後ろだろ」
前を行くガーナの尻尾にアッシャスがガブリと噛みつき、ガーナは悲鳴をあげる。
「痛っ!噛まなくたって言えば分かるよ、ほら、早く追い越して飛べって」
「お前が前にいるから出られないんだよ、バカ!」
そこへ、くるりと後ろを振り向いた斬の指示が飛ぶ。
「違うぞ!バル、アッシャス、ガーナ、お前たちはドルクの後ろを横一列に飛ぶんだ」
「え?た、縦に並んだ上で横にも並ぶのかよ」と、ドルクの後ろを飛んでいたバルが突然速度を緩めるもんだから、ぴったりくっついて後ろを飛ぶガーナは、たまらない。
「え、ちょっと、わぁぁっ!」
ずむっと勢いよくバルのお尻に鼻先を突っ込んで、「ぎゃあ!何すんだ、やめろヘンタイ!編隊って変態のこっちゃねーぞ!」とバルに怒られた。
怒られたって突っ込む原因を作ったのは、バルじゃないか。
負けじとガーナも怒鳴り返す。
「お前が好きで突っ込んだと思ってんのか!?」
「なにをー!じゃあ、お前は俺が嫌いなのか!」
たちまち始まる斜め上な口喧嘩を制したのは、二人から引き離された位置を飛ぶアッシャスだ。
「喧嘩してる場合じゃねー!シェリルは、もーちょいスピード落としてくれ、アルとイドゥが追っつかねぇよ」
ドルクが振り返ってみれば、幼少の二人はアッシャスの遥か後方をフラフラ飛んでおり、今にも墜落しそうだ。
「えー?こんな速度も出ないだなんて、二人とも飛ぶのサボりすぎじゃない!?」
バルとガーナも何をやっているんだか、哨戒そっちのけで好きか嫌いかを言い合っている。
二人が揃って島を抜け出すほど仲良しなのはドルクも知っているんだし、もう、大好きでいいじゃない。
「シェリル―!スピード落としてって、後ろが」とドルクが声をかけ、斬も「シェリル、スピードを落とせるか?」と尋ねたが、当のシェリルは全然聞いちゃおらず。
「はぁー!風が、きっもちいーい」と叫んで、さらにスピードをあげてゆく。
「ま……待ってぇー、待ってぇぇ……も、もう駄目、無理」とのヘタレた一言を最後にイドゥが高速きりもみ回転で落下していき、同じくヘトヘトなアルも彼に倣って「むーりー」と叫びながら墜落していった。
明らかに日頃の飛行不足である。
呆れて溜息をついたドルクの目前で、何を思ったのか斬が「アル!」と叫ぶや否やシェリルの鱗を一枚ベリッと引っぺがすもんだから、ドルクは仰天する。
初めてドラゴンの墜落を見たんだとすれば、気が動転するのは判らなくもない。
だからといって鱗を剥がすのは、シェリルにとっちゃ流れ弾にも程がある。
案の定、シェリルは「いだぁぁぁ!?」と叫んでバランスを崩し、一直線に落下する。
「あぁ、もう!斬まで何やってんのよー!」
この高さから落ちて大惨事になるのは、人である斬だけだ。ドルクは慌てて後を追う。
結成直後で団長を、しかも斬を失うのは酷い痛手だ。
どうか、彼が死んでいませんように。

砂浜に幾つものクレーターが生み出され、ドラゴンが積み重なって気絶する中、斬はピンピンしていた。
墜落直前で飛び降りて大怪我を免れたとの事だが、人間離れした芸当だ。
さすがはアルが団長に推薦しただけはある、のか?
言い出しっぺのアルは、シェリルやイドゥと一緒に折り重なって気を失っている。
亜人が墜落したところで大怪我には、ならない。
伊達に堅い鱗で覆われていないのである。せいぜい、地面とぶつかった衝撃で意識を失う程度だ。
「なんだってシェリルの鱗を引っぺがしたりしたのよ?」
ドルクが呆れて尋ねると「意識を、こちらへ向けて欲しかったのだが……」と呟き、斬は頭を下げる。
「だが、逆効果だったようだ。シェリルにも後で謝っておく」
「斬、すげーな!素手で鱗を引きちぎるなんてよ」
明後日の方向に感心するバルには、ドルクがお説教しておいた。
「そんなことより!なんで十字に飛ばなかったの、あなた達」
「飛べなかったんだよ、こいつが俺の尻に鼻先突っ込んでくるから」とバルはガーナを指さし、ガーナも「お前が速度を突然緩めたりするからだろ!」と、やり返す。
いきなり編成飛行は無理があった。
特にアルとイドゥ、この二人には飛ぶ訓練を施さねば編成以前の問題だ。
だが、まさかシェリルが勝手な行動に出るとは、斬も驚いただろうがドルクにだって予想外であった。
先頭が勝手に飛び回っているようでは、話にならない。
目覚めたら、こいつもお説教だ。
やるからには完璧にやり遂げたいとドルクは考えている。
その為には、全員の性根を入れ替えさせる必要がありそうだ。尻を引っぱたいてでも、真面目にやらせるべきか。
「斬、ビシバシいきましょう?人間に馬鹿にされないぐらい、立派な防衛団にするためにも」
「あ、あぁ」と斬はドルクの鼻息に気圧されているようであったが、一応頷いてくれた。
そこへ「ものすごい音がしたが、誰かが墜落したのかね?」と、のんびり歩いてきたのは賢者だ。
庵に近い場所で大地を揺るがす轟音が聞こえてきたら、様子を見に来るのは当然と言えよう。
「アルとシェリルとイドゥが」と斬が答え、申し訳なさそうに首を振る。
「……シェリルは俺の不手際で墜落してしまいましたが」
「ふむ」
ドンゴロは気絶したドラゴンを順番に見やり、斬を励ます。
「まぁ、気長にやりなさい。編成飛行は体力づくりの後じゃな」
アルとイドゥが飛行不足なのは、賢者も知っていたようだ。
知っていたなら、事前に教えてくれたっていいのに。
まぁ、いいか。
どのみち他の面々もバラバラだったのだ。失敗は幼少二人だけのせいではない。
「まずは体を休めるとよかろう。再開は、回復してからじゃ」
砂浜で思い思いに座り込んで亜人が雑談に花を咲かせる中、ドンゴロも斬へ話をふる。
「実はな、先ほどレイディオレターで緊急速報が流れたのだ」
レイディオレターとはレイザースの情報機関が始めた、音波で情報を拡散する試みだ。
レイディオを使って賢者が辺境の日常ニュースを聞き流していたところ、緊急速報と称して重大ニュースが流れてきた。
「クレイダムクレイゾン周辺に突如武装軍団が表れて、忽然と姿を消しおった。騎士団が行方を捜しているが、見つかってはおらなんだ」
「ふーん。けど、その武装軍団って陸の戦いなんだろ?」と、いつの間やら盗み聞きしていたアッシャスが相槌を打ち、大きく伸びをする。
「空だったらなー、俺らが探して撃墜するんだけど」
賢者は苦笑し、斬を見た。
「やつらは首都を目指して進行していたらしい。首都から儂に召集がかかるやもしれん」
「まさか!賢者殿は引退した御身でございます」と驚く斬へかぶりをふり、ドンゴロは推測を話す。
「召集といったって助言という形での催促に過ぎん。出向けと言われたら、断るまでよ。それでな、その時に空の防衛団の事を話しておこうと思っているのじゃが」
「いえ、まだ話せる段階にないかと」
渋る斬に再び苦笑し、賢者は優しく説き伏せた。
「だから、作ったのを報告しておくんじゃ。まだ動けないともな。ひとまず先に存在だけでも教えておけば、無駄な警戒をされぬってもんじゃよ」
なるほど!と話に聞き入っていた全員が膝を打つのを横目に、締めくくる。
「斬、お主のギルドに召集がかかったら、メンバーには情報収集だけを任せるのじゃぞ。けして戦わせてはならん」
「承知いたしました」
頷く斬を見ながら、居残りメンバーって確かジロとかスージってやつだろ?あいつらなら万が一にも戦ったりしないんじゃねーか、とバルは考える。
斬が戦うのを、いつも遠くで応援していた姿しか記憶にない。
武装軍団なんて呼ばれる奴らと戦える度胸があるとは思えない。命じなくても働かないだろう。
斬は何だって、あんなヘッポコどもを率いているのか甚だ疑問だが、同じ人間であるハリィにも理解不能だというし、単にヘッポコを鍛えてやるのが趣味なのかもしれない。
バルにしてみれば、とんでもない我慢行為だ。だが、彼のお人好しな部分は嫌いじゃない。
先ほどの編成失敗を思い出し、もしかして斬には自分たちがジロ並のヘッポコに見えているのではと心配になってきた。
ヘッポコ認定されない為にも、まずはガーナとアッシャスを誘って、横一列に並んで飛ぶ練習を始めなきゃ。
シェリルは斬とマンツーマンの特訓になりそうだし、幼少二人はドルクが面倒を見るだろう。


21/06/09 update

TOP