Beyond The Sky

5話 総責任者は

亜人の島にはソルバッドと呼ばれる怪獣が、いつの頃からか住み着いている。
亜人とは異なり人間の言葉を解せず、亜人ともコンタクトが取れないので、お互い不干渉を貫いている。
しかし、シェリルはその怪獣と仲が良いのだそうだ。
「シェリルには判るのか?怪獣の言葉」と首を傾げるイドゥに、アルが答える。
「言葉じゃなくて、フンイキで判るらしいヨ?」
「あー。ゼスチャー?」
判ったような判らないような会話をかわし、一行は森の奥へと歩いていく。
亜人の島は全体が森林で覆い隠されているが、一番深い樹海の奥に怪獣の住処はあった。
島に慣れていない人間では、到底辿り着けない秘境と言ってもいい。
島を日々冒険しまわっているアルだって、自力での発見は無理だった。
怪獣と戯れるシェリルを森の中で偶然見つけて、彼女に案内されて知ったのだ。
シェリルが住んでいるのも、怪獣の集落近くだ。
亜人の集落よりも自由があって食べ物も多く、住み心地が良いらしい。
なにかと説教したがる堅物ラドルの顔を思い浮かべ、アルは非常に納得した。
集落で暮らすのは楽しそうな反面、長の決めたルールに従わなければいけないから自由がない。
だから自由を好む若者層は皆、集落を離れて思い思いの場所に住んでいる。
シェリルも、そういう面では皆と変わらない。住むと決めた場所が、皆とは少々異なっただけで。
「シェリルと皆に距離があるのは」と、斬が唐突に口を開く。
「皆も彼女を敬遠しているからではないのか?」
思い当たるフシがあるのかバルやドルクはバツの悪そうな顔になり、アルだけが無邪気に笑った。
「ソウダヨ!ミンナ、噂話に惑わされすぎダヨ。話してみれば判るケド、あのコすっごく明るくて優しくてイイコだヨ」
「や、そうはいうけどさぁ……」と言葉を濁し、ガーナが突っ込む。
「話したくても家が遠すぎるし、人間んトコへ行くなら俺達を誘ってくれればいいのに、それもないじゃないか」
「人間の街へ勝手に出向くのは、誰であろうと御法度だぞ」
しっかり釘を刺しておいてから、斬もアルへ話を振った。
「シェリルは何の目的で頻繁に出かけているんだ?」
「ンー?前に聞いた時はネェ、人を探してるって言ってタ!」
これはナイショだと本人に言われたので皆には詳しく話せないが、シェリルには人間の中に好きな人がいて、その人を探しに首都レイザースへ多々赴いている。
黒騎士に属していて、名前はキリー=クゥ。
ここまで判明しているのに全然会えないのは、誰かが邪魔しているんだとアルは推測する。
城に行っても話を真面目に聞いてもらえず門前払い、黒騎士の宿舎も今は縮小されて城の中だ。
かくなる上は町の中をと探し回ったが、彼の家を見つけることは出来なかったそうだ。
人間の家は、どれも見た目が似たり寄ったりで、特定人物を見つけるのは至難の技だ。
貧困層に至っては、どれが家なのかも判らなかったとシェリルは項垂れ、キリーの捜索は困難を極めた。
「人探しか……」と呟き、斬は腕を組んで考えた後、ポツリと漏らす。
「彼女の交流範囲も一応聞いておくか」
そんなものを聞いて、どうするというのか。
斬は時々、アルには理解の及ばない思考を見せる。
だが、そんなところもミステリアスで、ますます魅力的なダーリン候補に祭り上げていた。
シェリルはアルと一緒だ。人間の男に恋している。
人間が好きなら、きっと防衛団に入ってくれる。確信があった。
不意に、どこからかウゥゥゥ……と低い唸り声が聞こえてきて、それまでペチャクチャおしゃべりしていた亜人が一斉にピタッと静まる。
「な、なに、今の」とビクつくイドゥに小声で答えたのはアッシャスだ。
「まずいぜ、ソルバッドに見つかったらしいや」
威嚇の声に囲まれながら、息をひそめて奥へ歩く。
「まだなのかよ」とガーナにせっつかれ、アルは気軽に答えた。
「もうスグいくと、開けた場所に出るカラ」
獣道もないような藪の中を突き進むこと数時間。
やっと開けた空間が見えてきて、最後のほうは駆け足になりながら亜人の一行はゴールした。
「あ〜!遠かった、疲れたぁ、ここがシェリルの家なのか?」
どさっと腰を下ろしてアッシャスは、ぐるり一周見渡してみたが何もない。樹木に囲まれた草っぱらだ。
いや樹木の陰から、こちらを見つめる目と目が遭い、ぎょっとなった。
背丈が恐ろしく大きな点から考えて、あれはソルバッドだ。
ただし、こちらへは近づかず見つめてくるばかり。
「あ、木の上にあるんだ、家。俺と一緒だな」
真上を見上げたイドゥが嬉しそうに呟き、斬の腕を突く。
「登ってきていい?ていうか、斬も一緒に登ってみる?」
見上げれば、木々を組み合わせた簡素な庵が樹木の上のほうに乗っかっている。
ここは開けているけど、樹木に囲まれているから外敵に襲われる心配がない。
なにより怪獣と仲良しなら、何かに襲われる心配そのものが必要なかろう。
何故地面の上に建てないのかと不思議に思いながら、斬は大声で呼びかけた。
「銀の聖女は、ご在宅か?いるなら返事をしてくれ!」
ひょこっと庵から顔を出したのは灰色の髪の毛の少女で、一行の中にアルを見つけて笑顔になる。
「アル、久しぶりね!大勢いるのは、あなたのお友達?あぁ、今そっちへ降りていくわ。この枝は細いから、全員乗ったら折れちゃいそうだし」


するする器用に木の上から降りてきたシェリルを、一行は取り囲む。
彼女の擬態は、出る処は出て引っ込む処は引っ込んだグラマラスな肉体だ。
幼い少女だと斬は騎士団経由で聞いていたが、実際には、もっと上の年齢ではあるまいか。
尤も、これは擬態、仮の姿でしかないので、亜人の実年齢は判らない。
「お前、なんでこんな辺鄙な場所に住んでんだよ?探しちまったじゃねーか」
ぶしつけな挨拶のアッシャスに、シェリルが邪気のない顔で答える。
「辺鄙なほうが、余計な来客も来なくて安心でしょ」
「余計な来客って?」とのバルの疑問にも、笑顔で答えた。
「銀の聖女の武勇伝を聞きつけた野次馬……とか?」
人間社会での通り名を出したのは、余計な警戒心を抱かせてしまったか。
斬が渋い顔になるのを見て、アルはフォローに回る。
「あのね、斬は野次馬じゃないから安心シテ」
「うん、アルの友達なんでしょう?それで今日は何の御用かしら」
優しく促され、アルは本題を切り出した。
「んとねー、空を守る防衛団を作ったンダ!シェリルも一緒にやろ?」
人間は空からの奇襲に弱い。
魔族との戦いでも、苦戦を強いられていた。
亜人が空を防衛して騎士団に認められれば、レイザースと島とでの友好関係が生まれるのではないか。
そういった話を聞かされて、シェリルが最初に発した感想は。
「守る範囲は何処までなの?レイザース領やメイツラグの空域も含むのか、それとも亜人の島周辺だけ?もし人間の町の上を含むんだとしたら、予めドラゴンが飛んでも可能な状況に持ち込んでおかないと彼らを不安に陥れちゃうわ」
人間との関りがあるだけあって深く突っ込んだ質問に、斬が答える。
「墜落を考えると、亜人の島周辺だけが安全だろう。しかし、魔族が狙うのは人間の町が多い。従ってレイザース騎士団とは事前に交渉を行う。メイツラグとも、俺が直々に交渉へ出向く予定だ。俺なら、どちらにも入国できる」
「そうね、ハンターだものね、あなた。でもハンターじゃメイツラグは城に入れないわ。どうするの?」とも突っ込まれ、斬は即座に答えを弾き出す。
「まずはメイツラグ海軍を味方につける。俺の仲間の話だと、メイツラグ海軍には元傭兵の将校がいるそうだ。そいつが突破口になるのではと思うんだが」
メイツラグは海軍が王家と深く絡み合っている。
海軍に知り合いを作っておけば、王族への面会も通りやすくなろう。
レイザースの場合は陸軍、騎士団が王家と繋がりを持ち、王と会いたければ彼らに話を通すのが近道だ。
空を守るにはレイザースとメイツラグの協力必須で、人間全部を巻き込む大風呂敷になりそうだ。
だが、そうしなければ誰もが納得できる防衛になれない。
自己満足で空を守ったと言い張ったって、傍目に見てドラゴンが暴れているだけじゃ人間は認めてくれまい。
「総責任者は誰なの?あなたなの、それとも亜人の誰か?」
シェリルに問われ、斬は言葉に詰まる。
発案者はアルだ。そして、団長は斬。
それとは別に総責任者が必要だとシェリルは言う。
誰がやればいいのだろう。誰が適任なのか。
「総責任者が亜人だと、騎士団を納得させるのは難しいわね……かといって斬、あなたでも難問だわ」
「どうして?」とアルに尋ねられ、彼女が言うには。
「騎士団は王家に忠誠を誓っているの。彼らが信用するのは、自分たちと同じように意思の堅い人間よ。ハンターは雇い主が決まっていない自由職だから……ふらふらしていると思われるかもしれない」
「斬はフラフラしてねーぞ!まっすぐ一本気な漢だ」と、たちまち反発があがるも、斬自身が騒ぎを制した。
「それを俺自身が証明することは出来ん。シェリルの言う通りだ。騎士団に認められる人物を探してこなければ」
「ダッタラ」と横から口を挟んだのはアルで、ニッコニッコの笑顔で結論づける。
「マスターに任せるとイイヨ!」
「マスター?」
首を傾げるシェリルの横で、斬が素っ頓狂に声を荒げた。
「馬鹿言うんじゃないッ。ドンゴロ様を、これ以上巻き込めるか!」
「あぁ……マスターって賢者ドンゴロを指しているの。いいんじゃない?」
あっさり納得したシェリルにも、斬は覆面の内側で唾を飛ばして猛反対する。
「駄目だ!防衛団を作るだけでも迷惑が掛かっているのに、これ以上」
「これ以上ないぐらいの知名度と人脈があるわ。斬、あなたが総責任者を名乗るよりも絶大な威力があるのよ、賢者には」
そんなのはシェリルに突っ込まれるまでもなく、彼の友人にしてレイザース人である斬が一番よく知っている。
だが、賢者はレイザース軍を隠居した身なのだ。今更戦場へ引き戻したくない。
斬を納得させようと「いいのよ。総責任者といったって、名前貸しみたいなものだし」と、シェリルが宥める。
「彼を王宮まで連れていく必要もない。彼が亜人の島に住んでいるのはレイザース王宮も周知でしょう?」
すでに総責任者だと決めつけた言い分に、なおも斬は反論しようと息を吸い込んだが、アルに邪魔された。
「大丈夫だヨー!マスターは、斬のバックアップ全部やるって言ってたヨ?だから名前も貸してくれるヨ」
「名前を貸してくれるかどうかを心配しているんじゃない!名前が出れば、表舞台に出なければいけなくなる。しかし賢者殿は隠居の身、出てくれば快く思わない騎士や貴族もいるだろう。俺は、それが心配なんだッ。賢者殿の名誉に傷がつくのだけは断固として避けなければ」
最早悲鳴に近い斬の訴えに応えたのはシェリルでもアルでもなく、イドゥが手にした通信機だ。
何故レイザース製の通信機をイドゥが持っているのかと不思議がる斬の耳に、ドンゴロの声が流れてきた。
『斬よ、この防衛団は全世界を巻き込むものとなろう。その結成に儂だけが傍観者で居られまい。元レイザース人として、そして現亜人の島の住民としても、是非協力させておくれ』
「きっと、どこかで揉めるだろうから、これを持っていけって賢者が」とはイドゥの弁だ。
団長を決める際にも散々もめまくっていたので、賢者は心配になったのだろう。
その根底にあるのは友人の斬に対する親切心であり、亜人への愛情だ。
「彼の言う通り全人類を巻き込む気勢でやらなきゃ駄目だわ。だって、この団は全ての種族を守る防衛団になれるかもしれないんだから」と言い切ったシェリルに、アルが「全ての種族って、人間と亜人?」と尋ね返すのには首を振り、付け足した。
「ソルバッドもよ。彼らだって、この島の住民でしょう」
かと思えば、通信機に向かって話しかける。
「賢者ドンゴロ、あなたが協力してくれるんだったら、人間の味方たる銀の聖女も協力しなきゃね。私も入るわ、防衛団に」
そして、アルと斬へ向けて微笑んだ。
「なんていうの?防衛団の名前」
「ビヨンド・スカイだヨ!」
アルは満面の笑顔で叫び、次の目的地を全員に告げる。
「サァこの調子で、どんどんカンユー、カンユー!次はバフの家へ行こ〜」


21/05/29 update

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