Beyond The Sky

4話 団員募集

団とつくからには、ある程度の団員を集めなければいけない。
現在の団員は言い出しっぺのアルを筆頭に友人のイドゥ、血気盛んなバルと彼の友達アッシャス、それからアッシャスの友達であるドルクの五名だ。
複数の編隊を組むには最低でも十名以上必要だと賢者の助言を受け、斬は島の亜人を勧誘して回ろうと決めた。
「ガーナは一緒に来なかったのか」と斬に尋ねられ、アッシャスが腕を組んで悩ましい表情を見せる。
「あいつ、自分に自信ないからな。こういうのは好きじゃないんだとよ」
「好奇心は旺盛なクセにな」とバルも苦笑いし、ドルクを囃した。
「お前との力勝負で負けたのが、まだ尾を引いてるんじゃねーか?男なのに女に負けちまったんだもんなぁ!」
些か機嫌を損ねたか、ドルクも不機嫌に返す。
「男なのに女の私に負けるほうが悪いんじゃない」
「それほど男女での力差があるのか?」と、これは斬からアルへ向けた質問で、アルは元気よく答えた。
「ワカンナイ!力比べしたことナイし」
「アルとイドゥは幼いからな〜。こういうのは早いんじゃないか」とのアッシャスの弁にも、斬は内心首を傾げる。
イドゥとアッシャスに、はっきりした年齢差があるようには感じない。
やや年上かな、と思う程度だ。
アッシャスと同年代扱いされているドルクの擬態はスマートだが、それでいて彼女は力自慢だという。
なら肉付きも腕力も、年齢や性別ではなく個体差の範囲ではないのか。
亜人の長ラドルが長寿だと人間の斬にも判るのは、彼が長をやっているおかげだ。
それ以外の亜人は全員同じ年代に見える。
そもそも亜人は老若男女の見わけが、つきづらい。
擬態ならまだしも、ドラゴン化されると完全に判らなくなってしまう。
人間社会では、男女の腕力に大きな差はない。
女性の力自慢はゴロゴロいるし、逆に非力な男性も多々見かける。
斬のギルドにいるジロとスージなんかも、その代表格だ。あいつらは生来の怠け者なせいかもしれないが。
騎士に男性が多いのは、騎士になりたがる女性の少なさに輪をかけて貴族の見栄が絡むせいだろう。
人間社会は純粋な能力勝負ではなく、選んだ職業によって実力が左右される。
亜人の防衛団は全員が同じ職業となるのだから、個々の能力に差開きがあるのは問題だ。
全員を均等化できるような訓練が望ましい。
だが、まずは団員募集だ。人が集まらないことには、訓練もへったくれもない。
「俺達は空を防衛するんだぞ?腕力は関係ないんじゃないか」
イドゥが異を唱え、バルには鼻であしらわれる。
「ブレスだけで退けられる相手ばかりとは限んねーだろ。地上に降りて戦うとなったら」
「街の壊滅も免れないだろうな」と斬が続け、バルを軽く睨みつけた。
「我々は空で決着をつけるんだ。墜落したモンスターは騎士団に任せるといい」
「えー?あいつらに出来んのかよ」
バルは懐疑的であったが、イドゥが間髪入れず斬の肩を持つ。
「出来るさ!斬だって地上で魔族を仕留めたりモンスターを掴まえているんだぞ」
「仕留めていない、撃退しただけだ」と訂正してから、斬も騎士団のフォローをしておく。
「地上は彼らのテリトリーだ。レイザースの平和を長年守り続けている騎士団を侮るんじゃない」
むしろ斬にしてみれば、空の防衛団が騎士団の足を引っ張りそうで心配だというのに。
年季もさることながら、騎士と魔法使いの双方を一斉に動かす騎士団長の指揮には毎度感服させられる。
歴代どの団長も見事に務めを果たしている。今の騎士団長だって何度となく危機を退けているではないか。
自分も団こそ違えど頭を務めるからには、騎士団長を理想としよう。
「グレイグ=グレイゾンっつったっけ、今の騎士団長。あいつが、そんなに凄いとは思えないんだけど」
まだバルが失礼な独り言を呟いていたが、斬は無視して、全員の顔を見渡す。
「団は個人プレイじゃない。連携プレイがモノを言う。従って団体行動を乱す奴は御法度だ。一人で活躍しようと思うな。仲間を信じろ。これが出来ない奴は除名も考えている」
「仲間ねぇ……だったらルドゥは勧誘しないでくれよ。俺、あいつと上手くやってく自信ねーぞ」
ぶーこら文句を言い出したのはアッシャスで、ドルクも同じ意見なのか深く頷いた。
「斬の決めたルールを守るには自分勝手な奴がアウトなのよね?だったらルドゥはアウトだわ。あいつ、絶対他の人と併せようとしないんですもの」
「そんなことないぞ!」と反発したのはバルで、憤然と二人に食ってかかる。
「ルドゥが怒りっぽいのは、あいつを怒らせるような行動や言動をする奴が悪いんだ!仲良くなれば別の一面が見えてくる。そいつは、お前らだって知っているんじゃないか!?」
ルドゥとは年中カッカポッポと火を吹きまくっている気難しい奴だと、斬もアルから聞かされている。
以前別件でハリィが亜人の島へ来た時、ルドゥに危うく追い払われそうになったと言っていた。
バル以外は誰も擁護の声をあげなかったのを見る限り、彼以外の仲良しが一人もいないのか。
協調性がなく妥協もできない奴は困りものだが、恐らくはルドゥも自身の短所に自覚があるのだろう。
アルが団を発足すると聞いても、この場へ集まってこなかったのだから。
「……では、彼を除いた亜人は全部で何人いる?」
一つ溜息を漏らしてルドゥを省いた斬に、バルが非難の目を向ける。
「斬まで!ルドゥはイイヤツなんだぞ、斬だって仲良くなってみりゃ判るのに!」
「じゃあ、聞くけど。どうやったら、あいつと仲良くなれるの?」と、ドルクが眉間に皺を寄せる。
聞き分けのないバルに苛ついてきたらしい。
まぁ、バルの気持ちは判らないでもない。友達を悪し様に罵られて気分のいい者は、いなかろう。
それと同様に、ルドゥと不仲な人々が気分を害するのも理解できる。
一番いいのはルドゥが性格改善してくれることだが、性格とは一瞬で切り替えられるものでもない。
ここぞとばかりにバルは指を一本立てて笑顔で答えた。
「あいつはな、砂遊びが大好きなんだ!一日一緒に砂遊びするだけで心を許してくれるぞ」
それで皆が納得したかというと、そんなことは全くなく。
「砂遊びィィ〜〜?何それ、子供っぽい」
「なんだよ、それ。いい歳して気持ち悪いなー」
散々な罵倒を前に、斬はコソッとアルへ尋ねる。
「……亜人の大人は砂遊びをしないのか?」
「ンーン。するヨ?」と答え、アルは物知り顔で付け加えた。
「熟年のラブラブ夫婦がしてるの見たコトあるし。デモ、青年期の男二人がするのは珍しいカモ?」
青年期だったのか、ルドゥやバルの世代は。
それより年下とされるアルとイドゥが幼年期で、ラドルあたりは熟年期と見て良かろう。
「砂遊びと言うと、砂で城を作ったりトンネルを掘るアレか」
一応の確認を取る斬に、バルが満面の笑みで頷く。
「そうだぜ!あいつの作る城は人間の城なんか比べ物にならないぐらいカッコイイんだ!」
「なるほど……それは一度見てみたいな」
心動かされる斬に驚いたのは、バルとアル以外の面々だ。
団員の増減は団長たる彼の許可にかかっている。ルドゥが仲間に加わるのだけは勘弁だ。
斬は島の住民じゃないから知らないんだろうけど、ルドゥの性悪さは同じ亜人でも手を焼く始末だ。
何を話しても褒めても全部自分への中傷に置き換えるし、住処に近づくだけで怒鳴りつけてくるのである。
バルがなんで、あれと友達なのかはアッシャスにも理解しかねる。
あれを仲間に入れるぐらいだったら、堅物ラドルを迎えたほうがマシだ。
尤も、ラドルは集落を守る責務があるから、誘っても防衛団には入らないであろう。
「団へ勧誘するか否かはさておき、砂の芸術品を拝んでみるのは悪くない。バル、彼の元へ案内してくれ」
意気揚々と道案内を頼む斬を、残り三人で必死に引き留めた。
「斬!今は砂の芸術品より団員募集を優先して」
「芸術品は暇な時に、いくらでも見に行けるだろ?それよか、防衛団を始動させるほうが重要だ」
「俺、賢者の言う編成ってのに興味ある!早くやってみたい」とイドゥに掴みかかられ、これには斬も「わ、わかった」と砂の芸術品を見に行くのは断念せざるを得ない。
まずは居所の判る亜人から誘ってみようという話に落ち着き、ガーナの家へ向かった。


訪問勧誘に対するガーナの返事は渋いもので。
「俺には無理かなぁ。編隊って皆と同じスピードで飛ぶんだろ?きっとついていけないよ」
下がり眉で断る彼に、ドルクやアッシャスも容赦ない一言をかました。
「だろうな。お前、体力も根性もねーもんな」
「団に入れば、両方とも俺が鍛えてやる。安心しろ、根性がなくても見捨てたりしないし、初回からスパルタ特訓をする気もない。時間が余れば訓練後、一緒に遊ぶのも可能だ」
しかし斬の力説には一転して瞳を輝かせ、ガーナは意欲を見せてくる。
「ホント!?訓練後に斬と遊べるのかッ」
「あぁ」と斬も力強く頷き、「アッシャスやバルも加入してくれたぞ」と強調したのが決め手となったのか。
最初に渋ったのは何だったのだと呆れるぐらい、あっさりガーナは加入を希望してきた。
「すごい、特典しかないじゃん!やる!一緒に頑張る!!」
「歓迎するぞ」と斬は彼の頭を軽く撫でてやり、うっとりする様を横目にアルへ確認を取る。
「次は誰にする?誰なら素直に話を聞いてくれると思うか」
アルは少しばかり考え、すぐに閃いた。
「シェリルは、どぉ?あのコ、人間に友達いっぱいいるし、こういうの好きそうだヨ!」
シェリルの名には斬も聞き覚えがある。
レイザース王国で英雄ドラゴンと祭り上げられている、通称『銀の聖女』であろう。
人間側での知名度が高い彼女がいれば、騎士団との連携を取りやすくなる。
だが――彼女自身は、どうなのか。シェリルは人間に対して友好的なのだろうか。
助けたからと言って全面的に友好的とは限らない。
バルやアッシャスのように好奇心だけで人間社会へ遊びに来る奴もいるのだ、亜人は。
人間に友達が多々いるとアルは言ったが、ハンターである斬も知りえない情報だ。
怪訝な表情を浮かべる斬を納得させるべく、アルは彼が知らないであろう奥の手を出す。
「シェリルはねェ、人間と亜人の混血だヨ。怪獣とも友達だし、優しい子なノ!」
これには心底驚いたか「なんだって!?」と大声を出す斬に、アルは満足する。
亜人と人間の血を引く混血は、純血の亜人と比べて劣る面がない。
ちゃんとドラゴン化できるし擬態も取れる。
片親が人間である以上、人間社会で暮らす選択肢も生まれて良いことづくめだ。
ただし、亜人の血を引くとバレれば人間社会からは追放されよう。
シェリルの両親は、彼女が物心つく前に亡くなった。
亜人の父は怪獣との諍いで重傷を負い、人間の母は人間の町へ里帰りした際、迫害されて死に追い込まれた。
二人の死因を、長ラドルはシェリルに教えなかった。
聞けば、きっと彼女は人間と怪獣を憎まずにいられないだろう。
アルが知りえたのは、偶然集落で噂する会話を聞いてしまったからだ。
集落では、たびたび島を抜け出すシェリルを快く思っていない亜人が多い。
シェリルは何故、人間の町へ行きたがるのか。
人間に友達が沢山いるというのは本人から聞いた覚えだ。
彼女が怪獣と遊んでいるのも、島の探索中に何度か見た。
同じ亜人と遊ぶよりも、他種族と遊ぶのが楽しいお年頃なのかもしれない。
アルも同じだ。一人で島の探索をしているほうが楽しい。
いや、もちろんイドゥやバフと遊ぶのだって楽しいのだが、それとは別格の面白さだ。島の探索は。
「優しい子ねぇ〜。その割には集落に近づかないし、俺達とも距離があるよな」と物申してきたのはアッシャスで、ちらりとドルクへ合図を送る。
意図を汲み取ったのか、ドルクもシェリルを非難した。
「あの子に協調性があるとは到底思えないわ。あの子が一番島を抜け出す常習犯じゃない」
「それは、お前たちも同様だろう」
アルが何か反論するよりも先に混ぜっ返したのは斬だ。
「お前たち亜人は誰一人、協調性がない。だが、それも当然だ。気の合う者とだけ交流していれば。しかし、これからは団として活動するのだ。気が合う合わないに関わらず、全員に協調性を持ってもらう必要がある」
今、この場にいる亜人は六人だ。
たったの六人しかいないのに、こうも意見が合わないのでは、斬が苦言を垂れるのも道理と言えよう。
不安げに顔を見合わせる面々を見つめ、彼は断言する。
「大丈夫だ。団体行動は信頼を深め、連携を育む。何度も言うが、団とは連携ならずして成功なしだ。お前たちが全員仲良くなれるよう俺が橋渡しをしてやる」
「斬と仲良しな奴なら、それで納得するだろうけど……」と難をあげたのはガーナだ。
「斬はルドゥやシェリルとも仲良しなのか?」
「二人と直の面識はない」と断った上で、斬は重ねて強調する。
「初めて会う相手だからと敬遠していたら、永遠に仲良くなれまい。たとえ気の合わない面を見せられたとしても、そこで引き下がらず気の合いそうな面を見つけてこそ真の交流と呼べる。先ほどは、そう言いたかったのだろう?バル」
話を振られ、嬉々としてバルが頷いた。
「その通りだぜ、さっすが斬!」
人間の長所を一つ上げるとすれば、積極性だ。
領地を広げるにも友達を増やすにも、積極性なくして成し得られない。
斬を団長に据え置くのは、彼なら頑固な島住民を説得できるのでは――といった期待もあった。
斬と一緒にいたい九割を引いての一割が、それである。
「それじゃ、シェリルの家に行こう。誰か、あいつの居場所知ってるか?」
アッシャスに促されて頷いたのは、イドゥだ。
「確か、アルが見つけたんだよな?案内してくれよ」
アルも頷き、元気いっぱい歩き出した。
「こっちだヨ!怪獣の住処を横断するから、静かについてきてネ」
些か不穏漂う一言を含めて。


21/05/11 update

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