Beyond The Sky

3話 共同生活

なし崩しとはいえ、自分で決めた団長着任だ。
斬が最初にしたのは、ハンターギルドへの連絡だった。
ギルド長が長期留守にするのだ。メンバーも心配していよう。
通信機で呼び出してワンコールとかからず、ジロが出た。
『叔父さん、どうしたんスか?もしかして俺達の力が必要だったとか』
「いや、そうではない」と断り、事情を説明する。
亜人の結成した防衛団の団長を務めることになったので、しばらくギルドを留守にする。
留守の間に来た依頼は難易度を考慮した上で、出来る範囲であれば自由に引き受けていい。
報酬は、全て斬を抜きにした全員で分配を行うように。
――といった旨を伝えると、ジロは情けない声で返してくる。
『しばらく帰ってこれないんスか……叔父さん抜きの生活って、不安しかないんスけど』
「引き受けられるかどうかの判断に迷った時はルリエルに聞け。彼女の判断は信用していいと思う」
そうじゃなくて、とジロが愚痴る。
『叔父さんがいない間、食事はどうすればいいんス?』
「お前かスージ、エルニーが作ればいいだろう。調理に不安があるなら、出来合いの総菜を買ってもいいしな」と答えれば、なおもグチグチと愚痴は続いた。
『毎日総菜じゃ飽きるッス。叔父さんの飯と比べたら不味そうだし……あと飯代風呂代は自分持ちッスか?あっという間に貯金が空っぽになりそうッスよ〜。合計何日滞在するのか判りませんか?』
この会話だけでも斬が普段甥っ子を、どれだけ甘やかしているかが判るというもの。
傍らで通信を聞きながら、ドンゴロは思案する。
自分にとっても友人だからと気安く呼んでしまったが、斬に亜人の団長は荷が重かろう。
彼は性根が優しすぎる。
必要以上に亜人へ感情移入してしまうかもしれない。
隊長クラスは部下に厳しい戦況を命じなければいけない場面が存在するし、必ず勝利するとも限らない。
もし死人が出たとなれば、彼を酷く落ち込ませやしないか。
ましてや自分の指示が原因で死なせたとなったら、立ち直れなくなってしまう。
斬は、まだ若い。戦争も未経験だ。
彼が生まれた頃には、ほとんどの国をレイザースが制圧していたのだから。
レイザースが戦乱の時代に現役軍人だったドンゴロから見れば、経験不足が否めない。
一応ハンターギルドではマスターの地位に位置するが、ほとんどの依頼を斬一人で引き受けていると聞くし、単独で動くのが得意な人間に部下を率いての戦いは難しい。
生活費として使うなら金庫の金を出していい、ただし領収書は切っておけ――といった指示を出して通信を終えた友に、ドンゴロは僅かばかり申告しておいた。
「のぅ、斬。お主は団を率いたことがなかろう。儂でよければ多少の助言をしてやれるが……」
すると斬は、ぱぁぁっと顔を輝かせ、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございます!」
普段なら謙遜することの多い彼にしては、恐ろしく素直だ。
やはり内心では不安だったのか。
いや、それもそうだろう。
今からやろうとしているのはレイザース史上、誰も経験したことのない未知の試みだ。
まず、空の防衛団とは何なのか。
具体的に人間の何を防衛するのか。
漠然と空を飛ぶモンスターが相手だと言われたって、自分の立ち位置が曖昧では指示のしようもない。
空の防衛はドンゴロも未経験だが、幸い彼には陸と海での経験があった。
陸軍では魔導士の小隊長を勤めたこともある。
「では、隊長とは何をすべき立場なのか。それから話すとしようかの、儂の庵で」
くるりと踵を返した賢者へ待ったをかけたのは、アッシャスだ。
「ちょっと待った!斬は俺と一緒に暮らすんだぞ、賢者には渡さねー」
これに異を唱えたのはイドゥで「ハァ?」と甲高い奇声を上げて、猛反対。
「何さらっと同居しようとしてんだよ!斬は俺の家で暮らすに決まってんだろ?」
「ふざけんな!」「私だって狙ってたのにー!」と、たちまち場は騒然。
賢者の庵に居候させてもらうつもりでいた斬は、喧々囂々と繰り広げられる喧嘩に唖然となる。
まさか自分の滞在場所について喧嘩が起きるとは、思ってもみなかった。
とっくみあいのガチバトルが起きる前に、斬は大声で諫めた。
「こ、こらー!やめろ、お前らっ。俺は賢者の庵に住む、当然だろう」
「え〜?なんでぇ〜?」と全然判っていない面々に、重ねて強調する。
「何度も言うが、俺は人間だぞ。お前らと同じ生活が出来るわけなかろう。食事一つにしたって、食材が全然違っては作りようもない」
「斬が作ってくれるノ?」と目を輝かせたのはアルだ。
彼女は賢者の庵に居候している。
そのことに斬が気づくより早く、バルが突っ込んだ。
「アルは賢者と同居してるぜ、異種族なのに!異種族が一緒に暮らしても大丈夫っていう、生きる証拠じゃないか!」
それは、賢者だからこその同居だ。
彼は呪術で亜人の味覚を誤魔化せられるし、結界でドラゴンの寝相を退けられる。
この世界で賢者だけは唯一、自分の生活を乱すことなく異種族と一緒に暮らせる存在だ。
しかし斬が言い訳すればするほどドツボにハマってしまいそうだというのは、ドンゴロにも痛いほど伝わってきた。
亜人は人間を種族という大きな括りでしか捉えられない。
斬とドンゴロの職業差を説明するのは一苦労だし、説明しても判ってもらえない可能性のほうが高い。
単純な亜人には、こう言って黙らせるしかない。
これも長年、亜人の島で生活してきた賢者ならではの知恵だ。
「皆の衆、皆が斬と暮らしたい気持ちは存分に判った!だが斬自身の気持ちは、ないがしろか?斬は儂と暮らしたがっており、儂に自慢の手料理を食わせたがっておるのじゃ、諦めよ!!」
ドンゴロの大声が響き渡った途端、喧嘩はピタッと止む。
「うっ……そう言われちまうと、言い返せないぜ」
「斬が賢者の庵に住みたいーってんじゃ、仕方ないよな」
ぶつぶつ不満そうではあるものの、全員が納得している。
これが彼らの良い面で、亜人は感情を大切にする。
自分のは勿論だが、他人のもだ。
隊長の件だって、斬が心底迷惑そうな態度で強烈に突っぱねたら辞退できたはずだ。
そうならなかったのは、彼の性根が優しすぎたせいである。
亜人に言い込められた時、それでもギルドが心配だから帰ると言い切れなかったのは、亜人への同情心から防衛団を放ってもおけなかったのではないか。
「すみません、賢者殿」と小さく謝ってくる友人には、優しく微笑んだ。
「なぁに、亜人の扱いについても助言してやろうかの。隊長をやるんだったら必要じゃろ」


四本の柱しか残っていなかった賢者の庵も、本人が帰った後は建て直されて元の佇まいに戻っている。
亜人の島は北に位置する島でありながら、賢者の張った結界のおかげで年中温かい。
気温に併せた結果、南国風建物になったのだとは本人談。
建て直しても、安定の南国風味だ。
風通しのよい建物は彼の趣味なのだろう。
アルが一緒に暮らすようになったのは、賢者が島に落ち着いて、しばらく経った後だ。
いつもの冒険心で島を探検していた際、見つけたのだ。彼の庵を。
亜人の家は、ドラゴン化した体を草木で覆うのが一般的だ。
人間のように木々を組み合わせて、一つの箱を作ったりしない。
不思議な造形物に興味を持ち、一緒に住もうと呼びかけたら、あっさり許可が出て、なんとなく今日に至るまで同居している。
賢者ドンゴロは、いいやつだ。人間なのに、亜人に対して偏見がない。
それに、すごい魔法を使える。亜人にも使えない、彼独特のオリジナル魔法だ。
感服したアルは、彼の一番弟子を名乗るようになる。
実際に魔法を教えてもらったことが一度もなくても、心の一番弟子として賢者ではなくマスターと呼んだ。
斬は賢者より後に島へ来た人間だ。
アルが、いつものように島を冒険している間、賢者に命を救われた。
話を聞くに、亜人の島へは修行しに来たらしい。
しばらく賢者の庵で一緒に暮らし、やがて人間の町へと戻っていった。
当時のアルは大勢いる亜人の一人だったから、すぐに忘れられてしまうかと思っていたが、数十年ぶりに島を訪れた彼はアルとイドゥをちゃんと覚えていて、一緒にきたのであろう仲間にも亜人は無害だと教えてくれた。
感激した。
再会してからは一緒に行動する機会も増え、斬を好きだと想う気持ちが止められない。
人間と亜人との間には不干渉のルールがある。人間側が決めたルールだ。
そんなのはクソくらえだ。
アルが空の防衛団を思いついたのは、人間を守りたいのではない。
隊長に斬を据え置き、彼と一生一緒にいたいが為の下心が九割を占めていた――


21/04/25 update

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