Beyond The Sky

2話 満場一致で団長決定

とある事件を境に、賢者ドンゴロが亜人の島に住んでいることは全世界に知られ、亜人の島への侵入禁止令も見直されようとしている。
さすがに、すぐ解禁とはならずレイザース王宮では毎日討議が重ねられていた。
亜人の島に住むのは賢者と亜人だけではない。
怪獣ソルバッド、所謂モンスターの類もいるのだ。
完全に危険を取り除いてからでないと、戦闘手段を持たない一般人の上陸は難しい。
今や全レイザース人の注目が、亜人の島へ集まっている。
引退して久しくとも、賢者ドンゴロはレイザース全領土に渡る有名人だ。
現役時代は宮廷に引っ込んで会えなかった人物が島暮らしで簡単に会えるとなれば、島に上陸したがる一般人が出てくるのも当然の成り行きだ。
まだ禁止令が解かれるかどうかも判らない今の段階で亜人の島行きツアーを組む業者まで現れて、レイザース国内は軽く混乱していた。
――そういったゴタゴタした情勢で、賢者直々の呼び出しである。
王宮絡みでの頼み事だと、斬が勘違いするのも致し方ない。
だから実際に賢者の庵でアルニッヒィから事情を聞かされた時には、とんだ肩透かしを食らった。


空の防衛団の隊長になってほしいといったアルのお願いに対する斬の返事は、簡潔で。
「断る」
にべもない態度に絶句する亜人を前に、斬は、とくとくと説教をかます。
「空の防衛団というのは、つまり、お前たちがドラゴンになって空の敵と戦おうというんだろうが、お前たち自身が害悪となる可能性のほうが遥かに高いじゃないか」
「なんでだよー!俺達が人間に危害を加えないってのは、斬が一番知ってるだろ」と反発してくるイドゥを、じろっと睨み、それにも反論した。
「そうだな、危害を加える気がないのは知っている。だが実際に亜人が過去に暴れて、人間の町はどうなった?被害甚大だ」
そもそもの人間と亜人が断絶した理由こそは、亜人の能力が強大すぎたせいだ。
ひとたび亜人が暴れれば町は壊滅、ブレスのひと吹きで建物が吹き飛ばされるってんじゃ、過去の権威者も亜人を無人島へ追放したくなろうというもの。
「お前たちは加減を知らない。戦闘になれば、なおのこと加減が効かなくなる。そんなものを上空で戦わせるわけにはいかん」
「だから、その加減を斬が教えてくれればいいんじゃない」とのドルクの意見も、無下に撥ね退けた。
「俺は人間だぞ?亜人とは能力から常識まで何一つ異なる別種族だ。亜人への特訓は同じ亜人にしか出来ん」
今は擬態を取っている亜人もドラゴンに戻れば斬などアリンコサイズ、特訓をつけるどころではない。
そうでなくても、彼には生活がある。ギルドを経営し、能無し三人組を養うといった本業が。
今回の召集はモンスター捕獲とは無関係と見て、能無し三人組及びギルドメンバー全員を留守番に置いてきた。
置いてきて正解だった。こんな無茶難題を押しつけられるとは。
「俺達について何も知らないんだったら、徐々に知っていけばいいよ。斬も島に住もう?」
彼の胸の内も考えんと、無邪気な提案をしてきたのはアッシャスだ。
「馬鹿を言うんじゃない。ギルドをほったらかしに出来るものか」と斬は頭を抱える。
だが「それ、いい!」と本人の返事を無視して友人の提案に賛同したのはバルで、「ギルドをほったらかしても食いっぱぐれる心配は、しなくていいぞ。この島には食べ物が、いっぱいあるし」と見当違いな心配までかましてくる始末。
「誰も食い扶持の心配は、していない!心配なのは留守番待機させている三人だ」
「三人?って、ジロたちのこと?」
きょとんとなった亜人たちに、あえて事情を説明した。
こんな内輪の恥など本来なら斬も話したくないのだが、このままだと無理にでも隊長にさせられてしまう。
HANDxHAND GLORY'sは、ギルドマスター一人で知名度をあげたハンターギルドだ。
マスター不在の間に依頼が来ても、誰も解決できない。
一応自分が不在の時にとジロへ秘密兵器を渡してあるが、それでも実力以上の依頼を引き受けやしないか不安が募る。
ジロは用心深い子だが、エルニーとスージが調子に乗らないとは限らない。
ソウマだって、そうだ。あれは年中強敵と戦いたがっている。
ソウマに煽られたら、ジロは、きっと喧嘩を買ってしまう。
そうなったら、ルリエルが止めても止まるまい。
早い話、ギルドマスターのワンマンギルドであるが為、マスター不在だとバラバラな連帯感なのが不安の種であった。
全ての打ち明け話を聞いた後に、亜人が出した答えとは。
「斬ってジロたちのこと、甘やかしすぎじゃね?」
ビシッとバルに突っ込まれ、斬は、ぐうの音も出ない。
「あいつら、なんだかんだで毎回斬の仕事を見てるんだろ?だったら、どれが無理で大丈夫かぐらい判ると思うけど」とイドゥが言う傍らではドルクが「ソウマは強いのと戦いたいんだよね?そういう人なら、自分より弱い人を嗾けたりしないんじゃない。もっと彼を信じてあげて」と、少しばかり気を遣った発言を出す。
ギルドメンバーに気を遣えるのなら、こちらにも気を遣ってくれて構わないのに。
ギルドの話を持ち出したのは、無駄だったようだ。
しかしギルドの心配がなくなれば、隊長を断る口実もなくなってしまう。
「――斬」と、これまで無言で見守っていたドンゴロが混ざってくる。
「いいんじゃよ、無理に引き受けずとも。空の防衛団の隊長は、そうさの、儂が引き受けておこう」
「駄目です!」
即座に反対し、斬は賢者を止めにかかる。
「危険です。こいつらの求める団長は、恐らく指導者ではなく現場監督……現場での指示者を指しているように思えます」という斬の予想を後押しする形で、アルが頷いた。
「そうだヨ!斬はアルの上に乗って、どれを攻撃すればいいのか、全体がどういうふうに動けばいいのかってのを指示してくれればいいノ」
やっぱりか。
自分で予想したことなれど、斬は頭痛が酷くなってきた。
「そうだ、やっぱ一緒に戦わなきゃ団長とは呼べないぜ。レイザース騎士団の団長だって先陣切って戦うしな。こないだなんか、一人で乗り込んできたし」
亜人の若者が思い出してワイワイ騒ぎ、「いや、あれは……」と言いかけた斬の脳裏にもレイザース王国騎士団の白騎士団長が浮かんできて、言葉を失う。
現騎士団長グレイグ=グレイゾンはレイザース史において、一番の変わり者であろう。
奥でどっしり構えて指示を出すのが、これまでの騎士団長の在り方だった。
首都を襲った怪獣事件でも先陣を切って戦ったそうだし、彼をお手本にするのは根本から間違っている。
しかし、人間の道理を亜人に説明したって無駄だ。
能力から常識まで何から何まで違う種族だというのは、先ほど自分が言った弁じゃないか。
「人間のルールと俺達のルールが違うってんなら、それも斬が教えてくれよ。この島へ遊びに来る人間とも仲良くしたいんだ、俺達。けど何が違うのか判らないんじゃ、それも出来ないだろ?」
じっと純粋な瞳でアッシャスに見つめられ、斬は渋々妥協した。
「……いいだろう。だが俺を団長とするからには、団長の命令には絶対服従を誓ってもらおうか。お前らの主義を元とした反論も却下だ。この約束が守れないようなら、俺は即刻帰らせてもらう」
返事は言葉途中に「やった〜!」と、その場に集まった亜人全員の歓迎に包まれて途切れさせられる。
「斬が団長になるんだな!?絶対なるんだな!途中でやめたりしないんだな!?だったら俺、入る!いっちば〜ん」と大騒ぎなバルへ、すかさずイドゥが「一番目は発案者のアルだろ?お前は三番っ」と突っ込み、「なんで三番目!?」と驚く彼に「俺が二番目だもんね〜」と笑う。
「じゃー俺は四番目だ!俺も入る」
次々とその場での入団希望が出る中、「バルに聞いたんだけど斬って、すごく強いんだよね?楽しみー!」とドルクが抱きついてきて、弾みでムニュッと柔らかい感触まで伝わってきて、斬は慌てて体を離させる。
亜人と人間のルールの違いは、早急に教えないと駄目だ。特に女の子には。
引きはがされたドルクが「えーんっ。斬は私の事、嫌いなの?」と嘘泣きするのにも「そうじゃない、あとで教える」と断った上で、アルに尋ねる。
「アル、亜人は全員入る見通しなのか?空の防衛団に」
「いちおー本人の承諾を取って、入りたい人だけ入る方針ダヨ」とアルは答え、にぱーっと満面の笑みを浮かべた。
「斬なら絶対やってくれるって信じてタ!じゃあ、次は島中を回って団員を集めヨウ」
来て早々、休む間もなく島歩きの始まりだ。
それでも引き受けた以上、彼らの考案した防衛団をまともなものに仕上げたい気持ちはある。
人間と亜人の共存。
できっこないと常識派の自分が脳内で叫ぶ傍ら、できれば素敵だろうと理想派の自分も脳の片隅で叫ぶ。
必要な場面でだけドラゴン化するよう徹底的に躾ければ、或いは理想で終わらずに済むのでは。
アルに手を引かれる格好で走りながら、斬は、そんな思いを巡らせた。


21/04/15 update

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