Beyond The Sky

1話 空の防衛団

防衛団を作ろう――
最初に言い出したのは、誰だったか。
そう、あれは島で一番歳の若い娘、アルだ。
亜人の長にして最古のドラゴン、ラドルは鼻筋に深い皺を寄せる。
人間と亜人が断絶したのは、いつの時代か。
かつては亜人も、広々とした大地に住んでいたのだ。
それが、いつしか小さな無人島に追い払われ、長く亜人の島に住むうちに、人間との親睦を深めようなど、すっかり思わなくなってしまった。
何しろ、人間は小さい。
背丈など、本来の姿に戻った亜人と比べたら豆粒で、尻尾の一振りで地平線まで飛ばせてしまいそうだ。
おまけに体も頑丈とは言い難く、うっかりドラゴン体形で抱きついたりしようもんなら、グチャグチャのミンチは確実だ。
追い出されての移住であったが、今にして思えば断絶して正解だったのだ。
人とドラゴンは、とても共存できる種族ではない。
なのにアルは、あの幼き娘は人間との交流を復活させようとしている。
手ぶらで挨拶しても相手にされないだろうから、自分たちが人から見て役に立つ種族だというのをアピールせんが為に、空を守る防衛団を作るのだと言っていた。
人間の作る軍隊に、空を守る隊はない。
彼らには空を飛ぶ技術がないからだ。
これまで、空から攻めてくる外敵がいなかったせいでもある。
だが――あの時。
レイザース王国を魔族が襲撃した際、彼らは肝を冷やしたはずだ。
頭上からの攻撃には、成す術もなかったはずだ。
彼らの危機は、亜人のシェリルが防いでやったと聞く。
ドラゴンに戻って魔族と真っ向から戦い、撃退した。
何度注意しても島を抜け出すのを辞めない困った子だ。
あの子だけじゃない。
島で生まれた若い衆は、どいつも揃って長である自分の言いつけを守らない。
アルだって、そうじゃないか。
何度忠告しても島に移り住んできた人間、ドンゴロとか言ったか、あの老人と遊んでばかりいる。
ドンゴロは人の世界で名声を得ており、どうしたことか島の若い衆は自分より、あの老人の言いつけを守っているようだ。
何度も言うが、人とドラゴンは共存できない。
しかし、ドンゴロがミンチになったという噂も聞かない。
我儘でヤンチャな連中に、一定の距離感を保たせているのか。だとしたら、大した人間だ。
話を戻して、防衛団は誰が長を務めるつもりなのか。
もしドンゴロを祭り上げるつもりならば、全力で止めなければなるまい。
彼が今度こそミンチになってしまう前に。


アルが空の防衛団を結成した噂は瞬く間に亜人全員へ伝わり、彼女の家には大勢の若い衆が押しかける。
どいつも島で暇と力と好奇心を持て余している連中である。
ひとたび珍事が起きれば、どわっと集まってしまうのも致し方ない。
亜人が島の外に出るのは原則禁止だ。
亜人の長ラドルと賢者ドンゴロが決めたルールによって。
しかし、防衛団に入れば迎撃と称して外に出られるかもしれない。
あわよくば人間の町で宿泊できるかも?となれば、興味の沸かないわけがない。
「それで?防衛っつっても、何から守ればいいんだ」と手を挙げたのは、バルだ。
噂を聞くや否や、真っ先に駆けつけた力自慢な若者だ。
「以前、人間の首都を魔族が襲っただろ?ああいう空を飛ぶ外敵を倒すんだ」
答えたのはイドゥで、結成を考えたアルの友達でもある。
「でも魔族なんて、そうそう襲ってこないんじゃないの?」
首を傾げるドルクには、こうも付け足す。
「魔族じゃなくたって、空を飛ぶ種族はいるだろ?モンスターって呼ばれている中に」
厳密には複数の細かな種族に分けられるのだが、人間は全部をひっくるめてモンスターと呼んでいる。
人間社会の種族分類は単純で、人間、亜人、魔族、動物、植物、そしてモンスターの六種類だ。
で、モンスターで一括りにされた中には、空を飛べる生き物も存在した。
無論、動物にも空を飛べる種族は存在する。だが、あれら程度は人にも撃退出来よう。
人の手には余る攻撃的で且つ空を飛ぶモンスターから人々を守るのが防衛団、名づけてBeyond*Skyの結成目的だ。
「団ってことは、団長が必要だよな。アルが団長やんのか?」
アッシャスに尋ねられ、アルは首を真横にブンブン振って否定した。
「違うヨ!団長はねェ、もう決めてあるんダ……あとは、スカウトで交渉するダケ」
意味深な発言に、場が沸き立つ。
「スカウト?誰だ?ここに集まってねぇ奴か?」
「俺、年寄りは嫌だなー、口うるさくてさ」
「まさかルドゥなんてんじゃないだろーな!冗談じゃねーぞ」
ワイワイガヤガヤ好き勝手に騒ぐ若者たちを見渡し、アルは宣言した。
「ドンゴロ様に頼んで、こっちまで来てもらえるようにしといたヨ。あとは到着しての、お楽しみ!」


数日後。
亜人の島に一艘の船が辿り着き、一人の乗客を浜辺に降ろして去っていった。
亜人が島を出てはいけないように、人間も亜人の島を訪れるのは法で禁じられている。
従って、彼は密入の手段を取った。金を積めば、いくらでも船乗りは雇えた。
「さて……賢者殿の庵へ急ぐか」
小さく独り言ちると、彼――上から下まで全身黒づくめで怪しい格好の男は、砂浜を歩きだした。


21/04/05 update

TOP