九周年記念企画・闇鍋if

闇鍋で海水浴!

海だ!
さんさんと照りつける、直射日光!
水平線の彼方まで青く輝く海!
耳を澄ませば聞こえてくる、波の音……
俺は今、海に来ている!!


「大声で言わなくても、ここが海なのは判ってっから」
おおはしゃぎで自作ポエムを叫ぶ笹川の傍らで、すかさず突っ込みをいれたのは黒エルフのシャウニィ。
普段は魔術師らしいローブに身を包む彼も、今日は水着という海らしい格好になっていた。
「そうかい。しっかし、お前の水着は、てっきり上下つながった中世風水着だとばかり思っていたのに」
シャウニィを上から下までジロジロと眺め回して、笹川が言う。
「なんでビキニ?っていうか今時ビキニ?今時ビキニなんか着てる奴、俺の世界でも滅多に見かけないんですけど!」
同じくダサイ水着にあげられるのがヒラヒラスカートのついたワンピース、だそうで。
アラサーからアラフォーの人は、気をつけよ〜!
……って、何の話だ。
話を元に戻すと、ダークエルフの着てきた水着は、現代世界でも滅多にお目にかけない超ビキニであった。
ビキニって、見ている人のほうが恥ずかしくなるのは何故なんだろう。特に男性用のやつ。
「股間のモッコリが強調されるから恥ずかしいんだな、きっと」などと着ている本人は、したり顔で頷いている。
判っているなら履いてくるな、そんなもん。
「むしろ俺はハリィあたりが、そーゆー水着を着てくるンじゃねェかと予想してたンだがなァ」
そう言って、ソロンがハリィに目をやった。
言っている本人も、そしてハリィも似たような長さの海パンだ。
いわゆる無難なタイプのトランクス型ってやつだ。
「俺が?」
ハリィは苦笑する。
「そういうのは、着ない事にしている。妙に目立つのは好きじゃないからね」
「むしろ皆さんには、漢らしく褌を履いて欲しかったんですが……」
いきなりやってきたヨセフが会話に割って入り、嫌な色目をハリィとソロンへ送ってきた。
「なンでだよ」
まともに取り合い、ソロンが眉を潜める。
砂浜で遊んでいたティルが駈け寄ってきて、ソロンの腕を取った。
「そうよヨセフ、フンドシはジパン人専用の水着でしょ?ソロンには似合わないわ」
ところがヨセフときたら、幼なじみをフッと鼻で笑い飛ばしたかと思うと一転して、力強く言い返した。
「何をおっしゃっているのですか、ティ。いいですか?フンドシといえばチラリズム。そして海水浴といえば、ポロリが基本なのですよッ」


……いやぁ……
この人、海水浴に何を期待しているの……?


一瞬にして静まりかえった場へ、何もしらんと陽気に近づいてくる奴がいる。
「あれ〜、皆して固まっちゃって、どうしたの?」
ティーガの登場に凍りついた空気も溶けて、ソロンが我に返った顔で応えた。
「い、いや……何でもねェ。あァ、そういやオマエとは初顔合わせだな」
「ん?あー、そういや、そうっすね。俺はティーガっす」
「ソロン=ジラードだ。ヨロシクな」
先ほどまでポロリがどうのと言っていた場所と同じとは思えないほど、和やかな雰囲気に。
「あ、そうだ。あのね、GENさん達がスイカ割りするから、他の人も呼んでこいって」
「ヘェ〜。スイカ割りかぁ」
相づちを打つシャウニィへ、ソロンが尋ねる。
「知ってンのか?シャウニィ」
おうともよ、と頷き、シャウニィは明るくティーガへ微笑んだ。
「あれだろ、皆でスイカをぶつけあってドタマをかち割るゲームだろ?」
「早く来てくださいねー。皆、待ってますから!」
シャウニィの戯れ言など、ティーガは軽くスルーして、すたこらと走り去っていった。
「ぬぅ……俺のボケを軽く無視とは、やるな新入り」
唸る黒エルフに、これ見よがしな呆れ目線を送ると、ソロンは肩をすくめた。
「ンーな突っ込みづらいボケをかまされたら、誰だッてスルーしたくならァ。おい、ティ、ハリィ、俺達もいこうぜ。スイカ割りッてのを見物するンだ」
「OK」
「いいとも」
歩き出す三人を、慌ててシャウニィとヨセフ、それから笹川も追いかける。
「ちょ、ちょっと待って下さいよー」
「俺は?俺の名前は呼んでくんないわけ?ひっでーなぁ、ソロンッ」
「主催の俺を無視とかwwフヒヒヒ(゚∀゚)」
などと、口々に騒ぎながら。


スイカ割り会場へ移動する途中、ハリィは親友の姿を見つけて、そちらへ駆け寄った。
「どうしたんだ、グレイ?一人で、こんな処に座って。体でも焼くつもりかい」
パラソルの下、隠れるように座っていたのはグレイグだ。
銀髪が日の光を受けて、輝くほど目映い。
「……」
グレイグは俯いて黙っている。
だが、ほどなくして何か言いたげな視線をハリィへ向けた。
彼が話したくなるよう隣へ座り込み、ハリィもグレイグを見つめた。
「先行ってるぞ」と言い残し、去っていくソロン達の背へ手を振っていると、不意にグレイグが、ぽつりぽつりと話し始める。
「君と……一緒にいたかったのに、君はソロン達とばかり話しているから」
「なんだ、そうなら早く言ってくれよ。こっちはずっと君を捜していたんだぜ?」
「……楽しげに話しているのに、邪魔できるわけがないじゃないか……」
そう言って、グレイグは項垂れてしまう。
楽しげと言ったって、所詮は馬鹿話の井戸端会議。
遠慮する必要なんて全くないのに、いつもこうだ。彼は他人に気を回しすぎる。
ハリィは軽くグレイの肩を叩くと、気落ちしがちな彼を慰めた。
「せっかく海水浴に来たんだ。内気な君も可愛いが、もっと開放的になってみちゃどうだ?」
「か、可愛いって……」
たちまち真っ赤になる親友の腕を取り、無理矢理立たせる。
「ティーガって子が、さっき誘いに来たんだ。スイカ割りってのをやるらしい」
「スイカ……割り?」と、グレイグは首を傾げている。
普段から滅多に海で遊ぶなどしない彼だ。
恐らくはスイカ割りが何なのか、想像もできないに違いない。
「スイカなんか割って、それのどこが楽しいんだ」
堅苦しい答えが返ってきて、思わず苦笑するハリィの前を、ぬぅっと塞いだ影がある。
「その通りだ。貴様にはスイカ割りなど単調な遊びは似合わん」
いきなり出てきて何を言い出すんだ、このデカブツは?とばかりに、眉をしかめてハリィは相手を見上げた。
高い。
やたら背が高い。
加えて、不必要なほど筋肉質だ。
背も筋肉も、ボブとどっこいどっこいじゃなかろうか。
ボッサボサの赤毛を垂らしたそいつは、グレイグを惚れ惚れと見つめて、こう言った。
「貴様には、俺と寝るのが似合っている。そこの岩場までついてこい」
「なっ……!」
いきなりの下品なお誘いに、かぁっとグレイグの頭に血が上る。
だが、彼が怒鳴るよりも先にハリィが一歩前に出て、グレイグを庇う位置に立った。
「直情的なお誘いだね。でも、あいにくとグレイは下品なジョークが嫌いなんだ。出直してもらえるか?」
気に入らない。
とうせんぼされたのが気に入らないなら、グレイグに下品な冗談をふっかけたのも気に入らない。
ちょっとアダルトな冗談で彼をからかっていいのは、自分だけの特権だとハリィは思っている。
もっとも、グレイグ本人にしてみたら、相手が誰であろうと下品なジョークは断固お断りなのだが……
ハリィを見下ろす形で赤毛は口の端を歪めると、一口に吐き捨てた。
「貴様には聞いておらん。そこをどけ」
「そうはいかない。俺は彼の親友なんだ」と、ハリィだって一歩も譲らず。
赤毛とハリィの身長差は、ゆうに頭三つ分ぐらいはある。
体格だって、赤毛とハリィじゃ大木と枯れ木みたいなもんだ。
それでも一歩も退かない親友の姿に、グレイグは感動しちゃって瞳をウルウルさせるばかり。
その時、背後からパチパチと拍手が聞こえてきた。
「美しい友情ですわぁ。ミスティル、この二人の間にアナタの入り込む余地など、ございませんわねぇ」
黒い水着のワンピースに身を包んだ女性が歩いてきて、赤毛をきつく睨みつける。
何者かは知らないが、どうやら赤毛とは顔見知りであるようだ。
これで赤毛も諦めてくれる――と、ハリィもグレイグも安心しかけたのだが。
なんと赤毛は諦めるどころか、フン、と鼻息で女性の忠告をはね除けると、ハリィの肩を力強く掴む。
「貴様には過ぎた親友だ。どけ、こいつは俺がもらう」
ハリィの顔が痛みで歪んだ。
これには「何をする!」と、グレイグのほうがカッとなり、赤毛の腕を力一杯払いのけると、ハリィを自分の元へ抱き寄せた。
「フム……」
それを見て唸るミスティルに、再度美羽が忠告する。
「ワタクシの話、聞こえていませんでしたのかしらぁ?二人は、見ての通りアナタの入る余地もないほど、アッツアツの仲ですのよぉ。諦めなさぁい」
「ア、アツアツって……」
ぎゅっとハリィを抱きしめたまま、グレイグは赤くなっている。
文句を言うなら、まず俺を放してから申し立てろよと思いつつ、ハリィは相手の勘違いに行方を任せた。
アツアツでもラブラブでもいいから、このまま相手が納得して去ってくれれば儲けもの。
さっき肩を掴まれた時、瞬時に彼は悟ってしまったのだ。
この筋肉赤毛野郎とガチンコしたら、自分は逆立ちしたって勝てないという事実を。
もしハリィが無様に負けたら、どうなるか?
そんなのは決まっている。この赤毛ホモ野郎に、我が親愛なる友が掘られてしまう。
赤毛は多分、本気だ。本気でグレイグのバックを狙っている。断じて許してなるものか。
しばしグレイグとミスティルは睨み合っていたが、やがてミスティルの方が先に折れてきた。
「貧弱野郎とくっつくようでは、貴様の筋肉も大したものではあるまい。失望したぞ」
勝手な文句をほざいて、大股に去っていった。何だったんだ、一体。
「ありがとう、助かったよ。しかし君を助けるつもりが、逆に助けられちまうとはな」
ハリィがグレイグに礼を言うと、彼は慌てた様子で、パッとハリィを開放する。
「い、いや……友として、当然だろう。君こそ、俺を庇ってくれた……ありがとう」
赤面してブツブツ呟くグレイグから美羽へ視線を動かしたハリィは、彼女にも頭を下げた。
「いいえ、礼を言うには及びませんわぁ」
女性は妖艶に微笑むと、美羽と名乗る。
ハリィとグレイグも名乗り返しながら、ハリィが彼女をスイカ割り見物へ誘った。
「スイカ割り……小龍様や小娘が喜びそうな遊びですわねぇ。ワタクシは遠慮しておきますわぁ」
美羽は、あっさり拒否すると、逆に二人を日光浴へ誘ってくる。
「子供に交ざってはしゃぐよりも、こちらのほうが、よりオトナらしいのではなくて?」
日光浴に大人も子供もあったもんじゃないが、確かにハリィは子供に交ざってはしゃげる年齢ではない。
それにグレイグは、雑談に混じる勇気だってなかったのだ。
皆と楽しくスイカ割りに興じることができるかといえば、答えはノーだ。
「いいだろう」
「では、こちらへ。穴場を見つけておきましたのよ」
承諾する二人へ手招きすると、美羽は先に歩き出した。


浜辺ではスイカ割り、岩陰では日光浴。
誰も海では泳いでいないのか、というと、そんなことは決してない。
「いやぁん!水着が波にさらわれちゃったのねー」
沖から聞こえたリラルルの甲高い声に、砂浜でスイカ割りをしていた何人かが勢いよく振り向く。
「な、なんだってー!」
「おい、誰かバスタオルを持ってこい!俺が届けてやる!!」
などと鼻息荒く急かしてくるZENONをジト目で睨み、ティルが即座に突っ込んだ。
「そんなこと言っちゃって……どさくさに紛れて、あの子の裸を見るつもりね。エッチ!」
「うるせぇ、茶化している場合か!」
怒鳴り返すZENONの手に、タオルがポンと渡される。
「急げ、ZENON!困っている人がいたら、すぐに助けなきゃ」
気の利く同僚GENへ力強く頷くと、ZENONはザブザブ水を掻き分け、あっという間に泳いでいく。
「あの人、バニラさん一筋じゃなかったんスか?」
尋ねるティーガの額を、ミズノが軽く小突く。
「コラッ。ティーガもあいつが裸見たさで飛び込んだと思っているの?先輩の善意を疑っちゃ駄目よ」
「え〜」と口を尖らせたのはティーガばかりではなく、スイカを無心で頬張っていたシャウニィも顔をあげてミズノを見た。
「あの迅速な動き、相手がネーチャンだと判ったからだとしか思えねーよなぁ?」
「タオルを巻くフリして、しっかりリラルルのナイムネにタッチするんですね、判ります(≧∀≦)」
傍らの笹川も、悪ふざけで乗ってくる。
「ナイムネって何よ!謝りなさい、リラルルに!!」
即座にティルには怒られて、涙目になっていたが。口は災いの元。
「勘違いしている人って結構多いけど、ZENONは硬派な男だよ」
先輩GENがフォローするような事を言い、ティーガはやっぱり首を傾げた。
「……GENさんって、ZENON先輩とは仲良くないッスよね?なのに、どうして」
「その代わり、MAUIやBASILとは仲良いからね」
そう言って、GENは肩をすくめる真似をする。
「あの二人とつきあっていると、ZENONが如何に真面目な奴かが、よく判るってもんだよ」
社内でZENONに絡まれているMAUIの姿を脳裏に思い浮かべ、ようやくティーガも納得したようだ。
「まぁ、確かにMAUI先輩と比べたら硬派かもしんねッスね、ZENON先輩は」
「社員対比なんざ聞いてねーよ」と、混ぜっ返してきたのはシャウニィ。
スイカの汁を腕で拭き取りつつ、リラルルの元へ到着したであろうZENONの姿へ目を凝らす。
「どら、笹っちの予想通りタオルで隠しつつオッパイにタッチするか否か、賭けてみようぜ?」
「まーだ言ってる。彼は、そんな人じゃないって言っているのに」
ぶぅっとふくれてミズノが呟き、GENも諦め心地に小さく溜息をついた。
「……ま、部外者には第一印象が全てだから、仕方ないよ。真実を判ってもらえなくても」

――などと浜辺で誹謗中傷されているとは思いも寄らないであろうZENON。
一気にリラルルの元へ泳ぎ着くと、バスタオルを頭からすっぽりリラルルへ被せた。
「これで胸を隠せ!どっちが胸だか判らんから、とりあえず頭からいっとくぞ!」
「キャー!何も見えないのねー!」
バスタオルで視界を塞がれたリラルルは、すっかりパニックに陥っている。
ジタバタもがく彼女を抱きかかえ、ZENONは耳元で怒鳴ってやった。
「おい、暴れるな!暴れると、せっかくのバスタオルが流れっちまうだろーが」
「いやーん、そもそも何でリラルルにバスタオルを被せるのねー!」
今さらなことを言う少女に、ZENONの眉も釣り上がる。
「お前の水着が波に流されたからに決まってんだろうが!」
バタバタ暴れているうちに、リラルルの頭からバスタオルがズルッとずり下がる。
ZENONは自分が助けた少女の顔を、間近で眺めた。少女はキョトンとしている。
「……え?」
「えっ、じゃねぇよ、えっ?じゃ。さっき叫んだだろ、水着が流されたって」
言いながら、ZENONは彼女の顔から胴体へ視線をずらしていく。
黄色いヒヨコ柄がプリントされた、ワンピースの水着だ。
そいつがリラルルの幼児体型を、しっかり覆い隠している。
「……アン?流されて、ねぇな……」
視線に気づいたか、リラルルが小さく頷く。
「水着を流されたのは、リラルルじゃないのねー」
「何だと?じゃあ、誰が」
「坂井なのねー。あっちで後ろを向いているヒトがいるでしょー?あの人がそうなのねー」
リラルルの指さす方向を眺めてみれば、真後ろを向いてプカプカしている男が一人。
股間を両手で押さえているあたり、あいつが水着を流した愚か者で間違いないようだ。
「ったく、何だよ。紛らわしい声をあげるんじゃねぇや」
文句と共にバスタオルをひったくり、今度は坂井のほうへ近づいてみると、バッと振り返った目つきの悪い男は第一声から喧嘩を売ってきた。
「バカ!近づくんじゃねーよ、この変態!!」
これにはZENONもムッとして、言い返す。
「男が男に見られたぐれーでガタガタ言ってんじゃねぇ。ほら、バスタオル……」
……が、ナイ。
手元を離れたバスタオルは、今しも水の中へ沈んでゆく処であった。
「……がなくなっちまったから、しゃーねぇ、俺が隠してやるよ」
むんずと背後から男の股間へ手をやったら、間髪いれずにガリッと引っかかれた。
「イデッ!」
こいつ、ヤクザみたいなツラして、女みたいに爪を長く伸ばしているだと?
慌てて手を引っ込め、だが一言怒鳴ってやらなきゃ気の済まないZENON。
目つきも悪く睨みつけようとして坂井のいるほうを見た彼は、二度仰天した。
そこにいたのは、目つきの悪い三白眼の男じゃない。
虎だ。
虎が海にプカプカ浮きながら、ZENONへ向けて牙を剥き、低く唸っている。
「トッ、トラァ〜〜〜!?」
なにゆえ、海に虎?
さすがのZENONも、ここまで斜め上の展開にはついていけなかったのだろう。
浜辺に届くほどの絶叫を残し、あとは一目散。
虎から逃れるべく、水平線の彼方まで全速力で泳ぎ去っていった……
「……助けに行ったんスよね?」
浜辺で眺めていたティーガがGENに尋ねるも、GENも呆気に取られて同僚の奇行を見守るしかなく。
「あいつ、どこまで何を助けに行くつもりなんだ……?」
皆が呆れて見守る中、ZENONが息も絶え絶えに戻ってきたのは、それから数時間後であった。


一日が終わり、それぞれが充実した、或いはぐったりした調子で民宿へ戻る。
本日チェックインした民宿は、まさに民宿という呼び名に相応しい純和風の旅館であった。
「うわぁ、畳張りで正面に大きな窓!窓際に机と椅子が置いてあって、まさに民宿って感じ?」
部屋に入った途端、説明口調ではしゃぐ葵野を追い越して、坂井は皆の荷物をドサッと床に放り投げる。
「あー、疲れた。ったく、今日は散々だったぜ。変な奴に変なところは掴まれるし!」
「えっ!?」
夜景を眺めていた葵野が勢いよく振り返り、眉根を寄せた。
「だ、大丈夫だったの?変なこと、されなかった?」
「されてたまるかよ」
ぶっきらぼうに言い返すと、坂井は座布団にあぐらをかく。
すかさず、隣に座った勇馬がTVの電源を入れた。
目の前のTVがパッと画面を映し出し、「うぉっ!!」と坂井は仰天して壁際まで飛びずさる。
この大袈裟すぎるリアクションには勇馬のほうも驚いてしまい、目をぱちくりさせた。
「えーと、君。TVを見るの、はじめてかい?」
何気なさを装って直球で尋ねる勇馬へ、震える指でTVを指さした坂井が尋ね返す。
「……テレビって、何だ?こいつの名前なのか?」
テレビも知らないとは、どんだけ未開人なのか。
呆れる勇馬だが、ふと気がついた。
「あれ?」
「ど、どうしたッ!? まだ何かありやがんのか!」
すっかり脅えた坂井を一瞥し、安心させようと勇馬は微笑んで首を振った。
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて……俺達の部屋って確か、もう一人メンバーがいたはずなんだけど」
「あ、もしかしてダニスくん……って子?」と答えたのは、葵野だ。
坂井と勇馬の声がハモッた。
「ダニス?」
「うん。旅行のしおりには、そう書いてあったけど……でも、どこ行っちゃったんだろうね」
首を傾げている側から、鞄の一つが中から勝手に開いて、にゅっと腕が伸びてくる。
「ギャア!」
おかげで、またしても坂井は飛び上がり、床の間まで待避した。
「な、なんだ!?」
勇馬も警戒してか、葵野を守る位置で身構える。それ、ホントは坂井の役目なのに。
三人が見守る中、腕に続いて、ひょこんっと出てきたのは小さな頭。
ブラウンの髪の毛に、くりっとしたガラス玉の瞳が輝いている。
少年を模した人形のようだ。
動く人形は完全に鞄の中から出てくると、首を何度か振ってから、辺りを見渡した。
「……ふぅ。随分、手荒な到着だったな」
呟く人形を指さして、青い顔の勇馬、そして葵野も一緒に口をパクパク。
「しゃ、しゃ……」
「ん?」
「しゃべったああぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」


こちらは葵野達の部屋の隣、705室。
「隣の奴ら、何騒いでやがんだ?」
お茶をがぶ飲みしながら、ZENONが不愉快そうに呟く。
夜景を眺めていた同室の奴が振り返り、こちらへ戻ってきた。
「初めての合同旅行だからな、若い奴らは騒ぎたくて仕方ないんだろう」と言っているコイツは、一体何歳なんだ?
失礼を承知で、ZENONは相手をジロジロと眺め回す。
灰色の髪の毛だが、けして爺さんではない。
色黒で体格がよく、背格好だけならZENONとタメを張る。
何と戦ったのかは知らないが、片目が潰れていた。
ZENONの視線に気づいたか、片目野郎が軽く頭を下げた。
「そういや、自己紹介もまだだったな。俺はジェナック、海兵をやっている。あんたは?」
なんと、軍人か。しかも海兵。人は見かけによらないものだ。
てっきりヤクザか、その辺の用心棒だとばかり思っていたのに。
「ZENONだ。ちょっとした悪魔祓いってやつでな」
ZENONも頭を下げ、横から別の奴が混ざってきた。
「あ、僕はホーリー=ゴルゴル=エンジェルって申しますぅ〜(≧∀≦)」
「長い名前だな」「長ったらしい名前だな」
ZENONとジェナックにハモられ、ホーリーは頭をかく。
「そ、そうですかね?僕達貴族の間では、これが普通なんですけど」
「貴族?お前、貴族なのか」
ジェナックが驚いて目を剥いた。
「人は見かけによらないもんだな」
なかなかどうして、失礼なほど直球気質の奴だ。
まぁ、実を言うとZENONも同じ事を思ったのだが……
「あれ?もう一人いませんでしたっけ、部屋案内された時」
無礼極まりない一言を、さらっとスルーしたホーリーが部屋内を見渡す。
それに答えたのはジェナックで、彼は肩をすくめて、しょうがないなという風に首を振った。
「あぁ、クライヴって奴だろ?奴なら、部屋につくなり廊下を逆走していった。きっと今頃は仲良しの奴の部屋にでも、おじゃましているんだろうさ」
「あー、団体旅行のお約束ってやつですね」
ホーリーも納得する中、ZENONだけは不機嫌そうにお茶をがぶ飲みした。
お約束だろうが何だろうが、団体行動を乱す奴は何であれ気に入らなかったのである。


そんなこんなで夜も更けて、次の日。
二日目も浜辺に出た笹川は、一同の顔をざっと見渡した。
「皆!昨夜はハメをはずして女子の部屋に行ったり、好きな人の告白会をした?(≧∀≦)」
「しませんよ」
即座に低いテンションで返したのは、ネクラニートの猫塚努。
「学生の修学旅行じゃあるまいし」
「えっ、そう?」
だが、それには現役高校生のティーガが反論する。
「俺達、昨日は大いに語り合っちゃったよね。ねっ、GENさん!」
名指しで呼ばれ、皆の注目を一身に浴びたGENは少し照れたように頷いた。
「ん、あぁ、まーな」
「いいねぇ〜、青春してるねぇ!俺達も昨日は初体験について、とくと話し合いましたぞ。なぁハリたん!」
朝から猥談かい。
女性群からは非難の声と溜息が上がる中「聞きたい〜!」なんて声もあったりで、ハリィも苦笑する。
一人、ポツンと離れたところに立っているグレイグを見つけ、鬼島は話しかけた。
「あの……どうしたんですか?なんか、元気ないですね」
するとグレイグは弾かれたように顔をあげ、「……えっ?」と、まじまじ鬼島を見つめてくる。
そんなにマジマジと見つめられては、見つめられた方も困ってしまう。
「い、いえ、あの……寂しそうに見えたもんだから……ごめんなさい、失礼な事を言っちゃって」
すぐ謝る日本人気質で頭を下げる鬼島に、グレイグもかぶりを振る。
「い、いや……こちらこそ、すまない。心配してくれたというのに、無遠慮に眺めてしまった」
「あ、いえ……」
「…………」
同時に会話が続かなくなり、気まずい沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは、鬼島だった。
「あ、あの。ああいう猥談って苦手ですよね。実は俺も苦手で……」
「……あぁ」
「そ、それで沈んでいたんですよね?違ったら、ごめんなさい」
「いや」と首を振ったグレイグは、ほんの少しだけ微笑んで鬼島を見た。
思わずドキンと跳ね上がる心臓を押さえ、赤くなる彼へ短く答える。
「見知らぬ者との相部屋は疲れる。夕べは全く眠れなかった。理由は、それだけだ」
それだけ言うと、会釈して皆の輪に入っていった。
「そ、そうだったんですか……判ります、どうせなら友達と一緒の方が楽しいですもんね」
なんとなく相づちを打った鬼島も、輪へ戻っていく。笹川の長話が、ちょうど終わった処だった。

「どうしたん?さっきから元気ないぬー(´(ェ)`)」
向こうからチョッカイをかけてきたのを幸いとし、グレイグは笹川の腕を取ると物陰に引っ張り込む。
「キャ!ヤダ……駄目よ、エッチは親密になってから!(/ω\*)」などと、おちゃらける笹川の耳元へ口を寄せると、グレイグは真っ赤になって囁いた。
「一昨年のクリスマスで使った装置。今回の旅行には持ってきていないのか……?」
意外な言葉に笹川の目は点になる。
「あん?装置って、例の性転換するっつー傑作な機械?」
コクコクと必死で頷くグレイグ。
笹川は何かを思案していたようだったが、やがてニンマリと嫌な笑みを浮かべた。
「なるほど。性転換して、愛しのハリたんを悩殺ボイ〜ン(*´д`*)しようって寸法だな?」
「そ、そういうわけでは……」
否定しているが、グレイグは耳まで赤くなっている。おおかた、図星だろう。
この旅行には女性の参加者も多い。しかも、可愛くて若い女の子が。
さっきの輪の中で笹川がコレハ!と思ったのが、ティーガから倭月と呼ばれていた女の子。
あのボインボインちゃんには、他の奴だって絶対目をつけているに違いない。
まぁ、あんな生命体を見ちゃったら、グレイグが要らぬ心配を致すのも無理なきこと。
彼の大好きなアニキ分、ハリィは特に女性へ声をかけるのが好きな奴だし。
「しかしなぁ、アレは今回持ってきとらんのだよ。すまんこってす( ´Д`)y─┛」
こんなことなら、持ってくればよかった。
たちまちショボくれるグレイグが、なんだかすごく哀れに見えてくる。
と、そこへ一つの影が落ちて。
「よぉ、内緒話か?面白い話なら俺も混ぜろよ」
物陰に入ってきたのはグラサン野郎のリュウ。しっかりクレイを従えての登場だ。
「べ、別に面白くなど」
即座に否定しようとするグレイグを手で制し、笹川はリュウの背後へ目を凝らした。
そこにいるのは、確かに青い髪の人間だが……ちゃんと見てみると、クレイではない。
いや、クレイなことはクレイなのだが、いつもの彼とは一味違う。
「気づいたか?」
リュウがニヤリと笑う。
笹川は言い返した。
「気づかない方がおかしいだろ」
注目されたクレイは、そっと自分の肩を両手で抱きしめる。長いまつげを伏せた。
「……誰だ?」
グレイグに首を傾げられ、クレイ本人が鈴のような音色で答えた。
「ブルー=クレイです。今は、このような姿になっていますが……」
そう。
クレイは、普段のがっしりした成人青年の姿ではなく、いつぞやのように美少女となり果てていた。
「なんという(゚∀゚)神のヨカーン!リュウ、おまぃ、もしかしてアレを!?」
「おう、持ってきているぜ。さっそくクレイに使ってみたんだが、どうだ?」
微笑むリュウの両手をガッシと握りしめ、笹川は熱意のこもった目線で熱く頼み込んだ。
「ъ(゚Д゚)グッジョブ!! さっそく、その装置をグレイグにも使ってもらおうか!」
それに対してリュウは二つ返事で「OK」と装置を海パンの中から取り出す。
「ちょっと待てェい!今どっから取り出したァァァッッ」
突っ込む笹川には目もくれず、グレイグへ向けて性転換装置を作動させたのであった。


二日目も浜辺でスイカ割りに興じる者、そして気合を入れて遠泳する者など、楽しみ方は人それぞれ。
岩場では今日も体をやいている大人の姿がある。
岩場を更に奥まで進んだ先には、小さな洞窟があった。
自然に出来た穴だ。人の手が入らない、その場所はヒンヤリとしていて心地よい。
「……こんな処があったんですね……」
「あぁ。昨日、見つけた」
頭に汚い布を巻き付けた青年が、奥へ進んでゆく。
傍らを、ぽてぽてと歩いているのは白い犬だ。犬だが、背中には白い羽根が生えている。
「お前と、ここで一緒に過ごせたらいいな って思ってよ」
微笑む青年から逃れるように、視線を逸らした犬が尋ねた。
「僕なんかで……いいんですか?」
「お前が いいんだ」
そう言って、クライヴは犬を抱き上げる。
突然の行為に犬も驚いたようであったが、暴れもせずに大人しく抱かれるままになっていた。
不意に視界が開ける。広い場所へ出たようだ。
クライヴは犬を岩場へ降ろすと、改めて犬に話しかける。
「それで……昨日、教えてくんなかったよな。名前、なんていうんだ?」
「……ツカサ。総葦司です」
小さく答えると、司はクライヴの足下へ座り込む。
「フサヨシ?」
フサヨシというのは、大方、この犬の飼い主か。
勝手に合点したクライヴは、自分も名乗りを上げる。
「俺はクライヴってんだ」
「よろしく、クライヴさん」
ぺこりと会釈する犬の頭を、ほりほりと掻いてやると、司はうっとりしたように目を細めた。
掻く手を止めずにクライヴは、さらに突っ込んで尋ねる。
「お前 どうして人の言葉がしゃべれるんだ?飼い主と一緒に 訓練したのか」
すると犬は憤然と答え、薄目を開けた。
「僕は犬じゃありませんよ」
足下で鎮座している生き物は、どう見ても犬だ。
でも本人は犬じゃないと言い張っている。
一旦首を傾げたものの、そういう生き物もいるんだろうと、クライヴは、またまた勝手に納得した。
「けど こうすっと気持ちいいんだろ?」
頭から喉にかけて、首筋をホリホリ掻いてやると、司は困った目でクライヴを見上げてきた。
「そ、それは……そうです、けど……」
ホリホリが首筋から顎にまわってきて、何とも気持ちがいい。
司は耐えきれず、体勢を崩してゴロリと横になる。無意識に、お腹を上へ向けた。
すかさずクライヴが、お腹をホリホリ掻くと、司の口からはキュウンという情けない声が飛び出した。
「あっ……」
我に返って赤くなる司へ、クライヴが微笑みかける。
「気持ち、いいんだろ?もっと声 聞かせてくれよ」
「ぼ、僕は、僕は、その」
「あぁ 犬じゃねぇんだろ」
「……はい。だから、こんなことされても」
嬉しくないし、気持ちよくなんかないんだからねっ!
――と、続けようとした司は、お腹の毛をホリホリと掻き回され、うっとりしてしまった。
いけない。ウットリしていたら、相手の思うがままになってしまう。
あぁ、だが、抗いがたい、この気持ちよさ。
今まで誰も僕に、こんなことをしてくれる人は、いなかった。
僕は愛撫なんて受けたことは一度もないけれど、これは愛撫と似たようなものなのかも――
「ハハッ 立ってるぜ、おい」
うっとりしている処に、いきなり股間のナニを掴まれて「キャウンッ!」と悲鳴をあげた司は、慌てて自分の下腹部を見下ろした。
クライヴの手が、しっかりと握っている。
気持ちよすぎて起立してしまった司のアレを。
「ちょ、ちょっと、どこを握って」
「気持ちいいんだろ?我慢すんなって」
お腹ホリホリと股間さすりの二段コンボだ。
起き上がろうにも、お腹を掻く手に押さえつけられているから、起き上がれない。
「あっ、あっ、だ、だめぇっ」
お腹を撫でられていた時以上の何かが、全身に回ってくる。
抗いがたい快感に、口では「駄目」と言いつつも、司は愛撫の手に体を委ねた。
クライヴの顔が間近に迫ってくる。
キスしようとしているんだと判って、ハッとなった司がジタバタと暴れる。
「やだ、僕、こんなのやだぁっ」
暴れた際に偶然クライヴの頬に肉球パンチがヒットし、彼は傷ついた目で司を見た。
「……そんなに 暴れるほど、俺が嫌なのか」
肉球パンチは勢いがなかったから、それほど痛くなかっただろう。
痛んだのは、彼の心だ。パンチするほど嫌がられていると、判った時の痛み。
「ち、違う」
司も涙目でクライヴを見上げると、ふるふる首を振る。
「僕は、こういうの、好きじゃないんだ。こういうのってのは……つまり、キス、とか。しなくても、気持ちは伝わると思うから」
無理矢理キスされそうになったのは、死ぬほど嫌だった。
だが、お腹を撫でられた時もアソコをさすられた時も、あまり嫌とは感じなかった。
むしろ、もっとして欲しいなんて思っちゃったりしたのは、内緒である。
「なら 触るのはOKか?」
クライヴに聞かれ、素直に頷いた。
「……うん」
「わかった。なら 触るだけにしとく」
クライヴの手が、全身ホリホリマッサージに変わった。
これはこれで、気持ちいい。
それに、さすられるよりも、毛を掻かれる方が安心できる。
司は、再びうっとりと目を閉じると、クライヴの腕に寄りかかるようにして座り込んだ……


「次はハリィさんの番だよ。はい、バット!」
二日目は、皆とのスイカ割りに興じていたハリィである。
その理由はといえば、一日目と異なり、殆どのメンバーが女性だったからに他ならない。
元気よく春名からバットを手渡されたハリィは、タオルで目隠しをする。
スイカは先ほど、ヨーコという少女が掠ったので少々割れていた。
あと一発二発中心を叩けば、パカッと綺麗に割れるかもしれない。
「ハリィさん、やっちゃえ!」
「頑張って〜!」
女の子達の声援に気をよくし、ハリィも受け応える。
「あぁ、任せておけ」
グルグルと回った後、ふらふらと歩き出し――ぷにゅっと何か柔らかい物にぶつかった。
「ん?」
ぶつかった何かをチョンチョンと突っつくと、柔らかいが肉の弾力を感じた。
「は、ハリィ……」
続いて、囁くほどの小さな声。女性の声だ。だが、どこか聞き覚えもある。
タオルを取って見上げると、銀髪の美女と目があった。
「君……」
何か言いかけるハリィの手を、美女が掴んでくる。
抗議も文句も言う暇を与えず、女性がいきなり走り出した。
「ハリィ、こちらへ!」
「あ!ちょっと、ハリィさんをドコへ連れていくのよー!」
「ハリィさん、待って待って、バット置いてって!」
女の子達のほうへバットを放り投げると、「後で戻る!」と言い残し、ハリィは駆け去った。

岩場の影へ走り込むと、ようやく二人は息をついた。
ハリィは息を切らしながら、自分の腕を取った相手を上から下まで眺め回す。
真っ先に視界へ飛び込んでくるのは、やはり胸。見事なまでの胸の大きさだ。
このボリュームある巨乳には、見覚えがある。彼女の銀髪もだ。
「君、グレイだろ?」
尋ねると、女性はパッと赤くなる。図星か。
「どうして、またそんな格好に……君は、よくよく狙われやすいみたいだな、あいつに」
呆れるハリィへ、消え入りそうな声が答える。
「違い……ます。私が、望んだんです……」
「えっ?」
「この姿なら、貴方を……独り占め、できるから」
泣きそうな顔と目があった。泣きそうなくせして、頬は真っ赤に紅潮している。
いや、それよりも。先ほどからハリィには気になって仕方がない点があった。
それは、グレイの言葉遣いだ。以前、女体化した時よりも敬語が滑らかになっている。
普段の彼はハリィに対しても、タメ語で話しているというのに。
ハリィのことだって普段は「君」と呼んでいるのに、「貴方」だなんて。
ちょっと、くすぐったい。
「だから、言葉遣いも女性らしく統一しているのかい?」
尋ねても、グレイグは黙っている。ぽぉっと赤らんだまま、視線は下向き加減だ。
彼が黙っているのでハリィには伝わらなかったのだが、女言葉が流暢なのには理由があった。

――女体化光線を浴びた後。
どうやってハリィを気づかせようかと考えるグレイグの耳に、笹川らの会話が飛び込んでくる。
「にしても、そんな装置を持ってきてクレイに浴びせるたぁ、おまぃ相当の変態だぬ?」
呆れ眼の笹川に責められ、しょぼくれるかと思いきや、リュウは平然と言い返す。
「違ェよ、俺がクレイを女体化したのには、ちゃんとした理由があんだよ」
「理由だぁ?ナニよ、それ」
訝しむ笹川へ、リュウとクレイが説明するところによると。
「昨日、クレイと春名ちゃん達とで遊んでいたら、変な奴が来たんだよ。な、クレイ!」
「はい」
「筋肉が美しいとか何とか言ってよ、クレイの体にベタベタ触ろうとしやがんだ」
「とても筋肉質の男性でした」
「俺もマッチョだってのに、あの野郎、クレイにばっかベタベタしやがって」
憤るリュウを、笹川が促す。
「それは判ったから。んで結局オチは、どうなったの?」
「あまりにもしつけぇってんで、ヨーコ嬢ちゃんが怒鳴り散らして蹴散らしたんだが、次の日も同じ目に遭わないとは限らねぇ。ってんで、クレイにコレを使ったってワケよ!」
ホントは女体化したら気持ち悪くなりそうな奴に浴びせて遊ぶつもりだったんだがな、と付け足して、リュウは苦笑いを浮かべた。
ミスティルのおかげで助かった命があることに感謝しつつも、グレイグは頭を抱える。
あの筋肉好きな変態は、軒並み絨毯爆撃でマッチョな人を襲撃していたようだ。
「しかし姿を変えても、うっかり俺とか言っちゃうだろうから、あんま意味なくね?」
疑問を笹川が口にすると、リュウはチッチッチと指を振って、グレイグへ振り返る。
「おい、お前、ちょっとナチュラルにしゃべってみな」
いきなり話題を振られて驚いたものの、グレイグは頷いた。
「は、はい」
「よし。じゃあ、まずは軽く自己紹介いっとくか。普通にしゃべるんだぞ」
普通にと念を押される理由は不明だが、要はいつも通りに話せということだろう。
頭に浮かんだ言葉を声に出してみる。
「はい。私の名前はグレイグ=グレイゾン。歳は26歳、レイザースの首都生まれです」
言ってから、あれ?となった。今、自分で自分のことを私って言ったような?
「今日は暑いですね」
だが考える暇もなく、横からのクレイの不意討ち同然な雑談に、グレイグは慌てて答え返す。
頭の中で言葉を組み立てる余裕もなかった。
「は、はい。そうですわね」
言ってから、ハッとなって唇を押さえた。
ナニ、いまの言葉遣いは。
自分で言っといて何だが、自分でもキモイ。
「……わね?」と、笹川も怪訝な表情で問い返す。
答えられず、グレイグは、ぽっぽと赤くなった。
リュウだけがニヤリと笑みを浮かべ、笹川に言う。
「どうだ、俺様の改良は」
「改良?」
「そうだ。女になった奴は女言葉。男になった奴は男言葉へ、自動的に変換されるんだ」
「す、すげぇっ。ボイスがゴイスッ!Σ(゚д゚lll)」
さむいダジャレを言っている笹川はさておき、リュウの改造とやらは半端なく凄い腕前だ。
それが本当なら、女体化している間は、ずっと女性言葉で話せる事になる。
いちいちハリィに「俺はやめてくれ」と嫌な顔をされなくて済む、ということだ。
「ま、効果は三時間で切れちゃうんだがな」
リュウの苦笑を背に、グレイグは走り出す。
三時間経つ前にハリィを見つけて、しっぽりしけ込まなくては!

――てなわけで、三時間経つ前にハリィを見つけられたのは、グレイグにとってラッキーだった。
「あ、あの……このような言葉遣いは、気持ちが悪い、ですか?」
うっすらと目元に涙を浮かべられ、ハリィは反射的に首を真横に振る。
そんな顔で聞かれたら、誰が嫌と答えられようか?
「気持ち悪くなんかないよ。可愛いぐらいさ」
微笑んでやると、グレイグは恥じらった様子で視線を逸らしてしまう。
全く、女体化しただけで、こうも可愛くなるんだから反則だ。
今日のグレイグは、メイド服ではない。
水着だ、それもハイレグカットの深い、超ビキニ。
これも笹川の趣味ではなく、彼が自分で選んだのだとすれば、出血大サービスもいいところ。
いくらハリィが好きって言っても、少しやり過ぎなんじゃないだろうか?
……なんて良心は、グレイに抱きつかれた時点でハリィの心から消滅した。
わざわざ岩陰に連れ込むぐらいだ、グレイだって多少の期待はしているに違いない。
そうだそうだ、そうに決まった。と勝手に決め込んで、彼を岩場へ押し倒す。
いや、押し倒そうとして急に気が変わり、ハリィは自分が岩場へ寝ころんだ。
「ハリィ?」と尋ねてくるグレイには片目を瞑って、こう答える。
「ここはゴツゴツしていて痛いだろ?だから、君が俺の上に乗るといい」
「う、上に……?しかし、それでは貴方の背中が傷ついてしまいます」
「なぁに、気にしなくていい。君の柔肌が傷つくよりは、ずっとマシさ」
「柔肌って……これは」
「普段は違かろうと、今は柔肌だろ?さ、遠慮するなよ」
躊躇うグレイグの腕を引っ張って、自分の上に馬乗りさせる。ウム、良い眺めだ。
「あ……ぅ、ハリィ、何か当たって……います」
お尻の部分に当たる何かを感じて、グレイが呻く。ハリィも照れ隠しに軽く笑った。
「何かなんて暈かすあたりが、如何にも君らしい表現だね」
手を伸ばして、三角の布の中央に触れてやる。
グレイグは一瞬身を固くした後、我を忘れたようにハリィの体へ抱きついてきた。
「ハリィ……今日は、ずっと一緒に居て下さい……ッ」
「あぁ、当然だ。君こそ途中で、何処かへ居なくなったり」
「しませんッ!ハリィ、私は貴方と一緒にいたいから、だから、こんな姿に」
「うん、判ってるよ。言ってみただけだ」
言いながら、頭を撫でてやる。柔らかな銀髪は、日差しの匂いがした。


あちこちでカップルが乳繰り合っている中、当然フリーの者達もいるわけで、そうした輩は何をやっているのかというと。
「ぶっはぁ! はぁっ、はぁっ、はぁ……はぁ〜、また負けたぁ〜!」
海から飛び出し、岩にしがみついたティーガが、恨めしそうに岩場を見上げる。
そこには、悠然と微笑むGENの姿があった。
「おい、何度やっても同じだって。おめぇにゃ絶対に勝てねーよ、諦めな!」
岩場に座ったZENONも、野次を飛ばしてくる。
THE・EMPEROR社員ズの二日目は、全員揃って遠泳大会のご様子。
「いつかGENさんにもZENONさんにも勝ってやるもんねーだっ!」
ベーッと勢いよく先輩にアッカンベーをして、ティーガも岩場にあがってくる。
間髪いれず、GENには頭を撫でられた。
「その意気だ」
続いて差し出されたスイカにかぶりつき、ティーガは照れた笑いを浮かべる。
「エヘヘ……」
「でも、頑張りすぎは体に毒よ?少し休みなさい、見ててあげるから」
ミズノに諭され、大人しく横になったティーガは、ふがぁっと大きなあくびを漏らすと、後は夢の中へ直行便。
「ったく、子供は元気で羨ましいよ。これ以上、続けるなんて言われたら、先輩のメッキがはげてたトコだった。なぁ?GEN」
MAUIに促され、GENも頷く。
「あぁ、キリの良いところで、やめられてよかった。ミズノ、サンキュ」
実を言うと先輩諸氏、ZENONを除いた全員が疲れ切っていたのだ。
ティーガの再戦、再戦、さらなる再戦で、何度も遠泳対決を強制させられて。
「俺達とばっかじゃなくて、他の奴と遊んでくれれば楽でいいんだけどなぁ」などと、つい愚痴を漏らすBASILにはミズノが応える。
「そう奨めたんだけどね。女の子ばっかりで嫌だーって言うのよ、この子ったら」
確かにGENが見た限りでも、ティーガと同い年と思わしき子供は女子ばかりだった。
これじゃ、元気盛りの17歳男子が自分達とばかり遊ぶのも無理はない。
「あららっ。判ってねぇな、ティーガちゃん。女の子と一緒に遊べるうちが華だってのによ」
BASILは肩をすくめ、立ち上がる。
「おい、こいつが寝ている間、俺達も昼寝しとこうぜ?」
「昼寝って、どこで?ここじゃ駄目なのか」
尋ねるGENへ器用にウィンクし、BASILは顎で奥を示す。
「寝るのに最適な場所を昨日見つけたんだよ。ちょっとした洞穴さ」
「あら、いいわね。私も一緒に行っていい?」
立ち上がったミズノに、ZENONが吼える。
「おい、ティーガを見てるんじゃなかったのかよ、お前は!」
だが彼女には、あっさり「じゃあ、あなたがおぶってきてよ」などと言い返され、渋々ティーガをおぶってZENONも皆の後をついていった。

そこで羽の生えた犬を見つけ、さらには半乞食みたいな奴と遭遇して、洞窟の中で一騒ぎあったのだが、長くなるので割愛しておく。
そんなこんなで、二日目も無事終了。明日は最終日!


楽しかったかどうかは人によりけりだが、とにかく合同海水浴も今日で終わり、三日目の朝、砂浜に飛び出したティーガは思いっきり息を吸い込んだ。
「海のバッキャロー!」
そんな彼をジト目で眺めながら、ヨーコが一言。
「……何やってんの?」
「いや、一度やってみたかったんだ。海に向かって叫ぶの」
テレながら答えるティーガを一瞥、「あっそ」とばかりに、もう興味は失せたかして、浜を一周ぐるりと見渡して、ようやくお目当ての人物を見つけた彼女は、そちらへ駆けてゆく。
「んも〜、お兄ちゃん、来ていたんなら声かけてよー」
お兄ちゃんと呼ばれた人物を見て、ティーガは首を傾げる。
青い瞳に青い髪。あんなに目立つ風貌なのに、見た覚えがない。
いや、一日目に集合した時は、いたような気もするけれど、昨日は全く見かけなかった。
旅館の部屋にでも引きこもっていたんだろうか。せっかく連日ピーカンだったのに、勿体ない。
不思議がるティーガの横を、目つきの悪い男と、目にも鮮やかな緑色の髪の毛の奴が通り過ぎる。
「聞いたか?ミスティルの野郎、軒並みナンパして全撃沈したらしいぜ。ざまぁみろだな!」
「さ、坂井、そんなふうに言っちゃ、かわいそうだろ?ミスティルが」
「なんだよ、かわいそうってんならリラルルのほうが、よっぽど可哀相だぜ」
リラルルにもミスティルにも聞き覚えはないが、ナンパしていた野郎なら、よく覚えている。
初日、スイカ割りを楽しんでいた時の話だ。
ZENON先輩に直球なちょっかいをかけてきた奴がいた。
いきなり現われるや否や挨拶もぬきに『や ら な い か』ときたもんで、根の真面目なZENONが怒り狂ったのは言うまでもない。
バットを振り回し、そいつを何度か殴っていたのを覚えている。
さっきの二人が話していたナンパ野郎が、そいつだとしたら、いい気味だ。
「ティーガ、何にやにやしているんだ?」
ぽんと背後から頭を叩かれ、我に返ったティーガは答える。
「なんでもないよ、ちょっと思い出し笑いしてただけ。それより」
「今日は、他の皆と遊んでみちゃどうだ?」
先手を打ってGENが応える。
最終日なんだから、と念を押す彼に、ティーガは思いっきり口を尖らせ不満顔。
「え〜。俺、GENさんと一緒に遊びたい」
「昨日たくさん遊んだだろ?倭月ちゃんを見てみろ」
GENの指さす方向には、見知らぬ女子と戯れる倭月の姿があった。
「一昨日と昨日で、随分友達が増えたみたいじゃないか」
「そりゃ〜倭月は女の子だもん。同じ女の子同士なら、仲良くなるのも早いでしょ」
「お前だって得意だろ?女の子と仲良くなるのは」
GENがやり返すと、ティーガはチロッと上目遣いに彼を見た。
「……けど、俺が他の子と仲良くなったらGENさんが寂しくなるじゃん」
などと、こっちの心配までしてくれる余計なお世話っぷり。
GENは笑って答えた。
「平気だよ。俺も他の人をナンパしてみるから」
だが、そう言った途端、目の前の後輩が泣きそうになったので、慌てて慰める。
「ど、どうした?目に砂でも」
「……そんなの、やだ」
「え?」
「やだ!」
だだっ子みたいに喚き散らすと、ぎゅーっと抱きついてくる。
「ティ、ティーガ……?」
「俺、今日もGENさんと遊ぶんだ。だから、GENさんもナンパなんかしちゃ駄目だよ」
「あ、あぁ……いいけど……」
いきなりの反抗期といい、周りからの注目といい、視線が痛くてGENは居たたまれない。
腰にティーガをぶらさげたまま、一路岩場へ退避する。
そんな彼らを微笑ましく眺めていたグレイグは、背後からポンと背中を叩かれた。
「お前も、あぁやって直球で引き留めてみたら良かったんじゃねぇか?」
リュウとかいう奴だった。
ハリィではないことに落胆しつつも、グレイグは律儀に答える。
「……ハリィは、女性の頼み事しか聞いてくれないだろう」
「幼なじみのお前の頼みでも、駄目だってのか?」
判らない。やってみたことがないから。
だが、周囲の視線を気にしないで抱きつけるほど、グレイグは恥知らずではない。
どんより暗く項垂れる彼を見て、リュウは呆れの溜息をついた。
「……ま、論ずるより行動してみるってのも、一つの手だと思うがね。さて!今日は最終日だ、俺もいっちょハメを外して女狩りといってみっかぁ!」
下品な宣言を残し、リュウは砂浜を元気に駆けていった。
一人どんよりと暗い溜息なんかを漏らしているグレイグの元へ、近づいてくる影がある。
「あ、あの〜、ちょっといいですか?」
またもハリィではなかったことに酷く落胆しながら、グレイグは、それでも顔を上げて頷いた。
「一人で座っていても、面白くないと思うんですぅ〜」
話しかけてきたのは、ツインテールの少女が一人。グレイと同じ銀髪だ。
それと、もう一人は三つ編みおさげを長く垂らした少女だ。
どちらも、ほっそりとしていて色白である。
「宜しかったら、私達と一緒に、お話しませんか……?」
浜辺でビーチバレーやらスイカ割りを楽しんでいる連中とは、相容れそうにないタイプだ。
恐らく彼女達自身も、そう思っているのだろう。だから一人でいるグレイグを誘いに来た。
「…………」
だが、話すと言っても何を話せばいい?
無口な上、女性と話すのは苦手なグレイグである。彼は無言のまま、固まってしまった。
硬直のグレイグを救ってくれたのは、背後からの一言。
「さすがはレイザース騎士団の団長様、両手に花とは隅に置けないね」
「ハリィ!」
待ちわびていた相手の登場に、グレイグの顔も一気に明るくなる。
グレイグには目で笑い返し、ハリィは二人に話しかけた。
「お嬢さん方、もし良かったら俺も混ざっていいかい?」
「は、はいっ!もちろんですぅ〜」
ツインテールのほうが飛び上がり、緊張で敬礼する横では、おさげの少女も頷いた。
「はい、いいですよ。では、ここは日差しが暑いからパラソルのほうへ行きましょうか」
「いいとも。グレイ、行こうぜ」と腕を取られ、グレイグは嬉々として歩き出す。
ハリィが一緒なら、女子が二人いようといまいと関係ない。
ずっとハリィだけを見ていればいいのだ。


その頃、例の洞穴では、ミスティルに誘われ、ノコノコとついてきてしまった阿呆が一人いた。
岩だらけの壁を、ぐるりと見渡して、ジェナックはミスティルへ尋ねる。
「ここでやるのか?やるなら、早くやろうじゃないか」
しかも、何故かうずうずしている。まさか、そのような趣味が彼にあったとは驚きだ。
「そう急くな」と答えるミスティルは、岩場の上にビニールシートを敷いている。
ビニールシートの横へ、ガムテープと手錠を置いてから、ジェナックのほうへ振り返った。
「なんだ?そのシートは。その上でやるのか」と、ジェナック。
ミスティルは頷き、座れと指示したのだが、片目の大男は何を思ったのか、そいつを拒否する。
「寝技は、あまり得意じゃなくてな……立ち技で勝負しようぜ」
「ほぅ……立ってやるのが好きか。それもいい」
一度だけガムテープと手錠へ目を落とし、ミスティルがニヤリと微笑む。

――どうも、両者の間には深い溝があるような気がしてならない。

岩場の影で出刃亀しながら、そんなことをシャウニィは思ったりしたのだが、「動いたぞ!」と傍らに座ったサダが囁いたので、慌てて視線を二人へ戻した。
先に仕掛けたのはジェナックで、ぶんっと唸りを上げて振り回される腕をミスティルがかわす。
かわした動きで腕を捉えようとするが、ジェナックには逃げられて、両者は互いに間合いを取った。
「すごいな。肉弾戦だ」
呟くサダに、猫塚が小さくぶぅたれる。
「……ねぇ。なんで、こんなの見なきゃいけないんだ?」
「じゃあ、お前は帰れよ。かーえーれーよー」
即座にシャウニィから帰れコールを飛ばされ、ツトムは押し黙った。
洞窟へサダを連れ込んだのは、この黒エルフだ。ツトムは心配してついてきたに過ぎない。
何も知らないサダを犯そうと、黒エルフがサダの海パンへ手をかけた時――
マッチョな二人組が入ってきたので、三人は岩陰へ逃げ込んだ。という次第である。
何も、岩陰に逃げ込む必要はなかったのだ。素知らぬふりをして帰ってしまえば良かった。
だがサダが残ると言いだした為、渋々ツトムも、それに従った。
サダは『熱いバトルが見られるぞ』と何故か期待しており、黒エルフは黒エルフで別の思惑でもあるのか、否、これから何が始まるのかを把握しているようでもあった。
とにかく二人に同伴して、その場に残る。
岩陰の向こうでは、マッチョとマッチョが殴り合いを続けている。
汗臭い戦いを観戦する趣味などないツトムは、つまらなくて仕方がない。
しかし傍らのサダは一時も目を離さず、頑張れ片目だのやっちまえ赤毛だのと始終ブツブツ呟いている。
ふと、シャウニィが懲りもせずサダの海パンをズリ降ろそうとしているのに気がついた。
「ちょっと、何やってるんだよっ」
むきになってベシリと黒エルフの腕を叩いたら、何故かサダに注意された。
「シッ、静かにしないと気づかれちゃうだろ?」
「ご、ごめん」
ツトムが謝る側から、またしても黒い手がサダに伸びてきて、ぐいっと海パンを引き下ろす。
「あっ!」
思わず叫んだ時、岩陰の向こうでも決着がついた。

「なかなかやるな。この俺がK.Oできないとは」
ぐいっと腕で汗を拭い取り、ジェナックが笑う。
対してミスティルの方は明らかに苛ついた様子で、ぞんざいに頷き返した。
「当然だ。この体は飾り物ではないのだからな」
「さすが、俺に勝負を挑んできただけはある」と、ジェナックは満足そう。
褒められたのは嬉しいが、勝負を挑んだ覚えなどないミスティルは、内心チッと舌打ちする。
全く、なんなのだ、この男は。
素直についてきてくれたのは嬉しいが、いきなり殴りかかってくるとは予想外だった。
ミスティルの言った『やる』という言葉の意味を、完全に取り違えているとしか思えない。
現に今だってビニールシートの上に座っちゃいるが、海パンを脱ぐ気配は一ミリもない。
「存分に汗をかいた。……暑くないか?」
それとなく誘いをかけてみたのに、ジェナックときたら首を真横にふり「いや、暑くないが?」と答えてよこす。
この唐変木め。司や該以上の鈍感なのかもしれない。
こうなったら無理矢理にでも――そう考え、そろりと手錠に手を伸ばした。
途端、まるで見計らったかのようなタイミングで、誰かが入口から飛び込んでくる。
「ジェナック!」
「マリーナ?どうしたんだ、そんなに息を切らせて」
入ってきたのは、ボンキュッボンなスタイル抜群の金髪美人。
マリーナは肩で息を切らせていたが、ジェナックが無事と判るや否や、ミスティルとの間に割り込んできた。
「あぁ、よかった……あなたが変態に連れ去られたって笹川から聞いて、それで捜していたんじゃない」
「変態?おいおい、失礼な事を言うんじゃない」
直球な物言いに、ジェナックは片眉をつり上げる。
全くだ。
割り込んできた彼女を、ぐいっと押しやると、ミスティルはジェナックの真横に座り直す。
「女、貴様はお呼びじゃない。さっさと消えろ」
上から目線で命令すると、マリーナは即反発してきた。
「そうはいかないわ。私とジェナックは親友だもの、彼を守る為にも帰るわけにはいきませんッ」
反対側から自分の元へ、ぐいっとジェナックを引っ張り寄せる。
「友達は所詮友達、俺の行為の邪魔を出来る間柄ではない」
なんとなくデジャヴを感じつつも、今度はミスティルも退かず、ジェナックの腕を反対側から引っ張った。
たまらないのは、両側から引っ張られているジェナックだ。
「イ、イテテッ!守るって、行為の邪魔って、二人とも何の話をしてるんだ?」
本人だけが判っていない。
「ここで、貴様とやる。それ以外に何がある?」
ふんぞり返るミスティル。
「やらせないわ!」
反対側からは憤然と抗議するマリーナ。
ほとほと困ったジェナックは、とりあえず友達であるマリーナへ尋ねた。
「お前は、一体何を阻止しようと思っているんだ?」
「そっ、それは……そのっ……」
一瞬にして顔を朱に染めたマリーナの向こう側から、勝ち誇ったような声が聞こえてくる。
「俺と貴様が、ここで繋がるのを阻止したいらしいな」
「繋がる?」
なんと、ここまで言ってもジェナックは気づかないようだ。
とんでもない鈍感野郎である。
仕方ない。ミスティルも直球で答えてやった。
「貴様の尻の穴に、俺の男根を入れるという事だ」
「何だと!?」
ようやっと意味の判ったジェナック。
すぐさま立ち上がると、汚物でも眺める目つきでミスティルを睨みつけ、マリーナのほうへ後ずさる。
「俺には、そんな趣味などないッ。逃げるぞ、マリーナ!」
物わかりの悪いジェナックが、やっと理解してくれたのだ。
ここぞとばかりにマリーナは力強く頷いた。
「えぇ!」

手に手を取って逃げていく男女を見送って、落胆の溜息をついたのはミスティルだけではなく。
「なぁんだ。あっちの野郎は変態だったのか」と呟いたのは、サダだ。
意外な結末にはツトムも驚いていたが、いや、それよりも、もっと驚いたのは、黒エルフに大事な処をニギニギされているにも関わらず、サダがまるで感じていない点だった。
「ね、ねぇ……それ、気持ち悪くないの?」
思わず尋ねると、サダは立ち上がり、すぐに海パンがズリ降ろされているのに気がついた。
「あれ?ゴム、切れちまったのかな……」と、すっとぼけたことを呟いたかと思えば、シャウニィの手を、あっさり払いのけると、何事もなかったかのように海パンをズリあげ、ツトムへ微笑んだ。
「そろそろ浜に戻ろうぜ」
これにはツトムのほうが仰天だ。
「ぬ、脱げてたこと、気にならないの!?」
脱げていた事もだが、触られていた事もだ。
ツトムだったら気にする。大いに気にする。恥ずかしくて、穴があったら入りたくなる。
ましてや、知らない男に握られたりしたら、三ヶ月は軽くトラウマを引きずりそうだ。
サダは少し考える素振りを見せた後。ニッコと笑って、こう答えた。
「あぁ……まぁ、そういうこともあるだろ」
「ないよ!」
ツトムの突っ込みにもサダは、ニコニコ笑っている。
「ないか?まぁ、ないかもしれないな」
アクシデントに動じない人というのも困りものだ。つきあっているコッチが疲れてしまう。
「チェッ。つまんねー奴を引っかけちゃったなー」
全ての元凶である黒エルフのシャウニィは、ブツブツ独り言を残すと、さっさと出て行ってしまった。
謝りもしないとは、何て奴だ。
一人憤るツトムの腕を、サダが掴んでくる。
「ああいう手合いはスラムにも沢山いた。だから、ツトムも気にするなよ」
「へ?」
ポカンとするツトムの耳元へ口を寄せ、サダが小さく呟いた。
「でも、サンキュ。ツトムは俺を、守ろうとしてくれたんだよな?」
「あ、え……あ、うん……」と、まだ把握しきっていないツトムの手を握り、サダは再度促した。
「さ、行こう。いつまでもココにいたら、体が冷え切っちゃいそうだ」


帰りのバスの中でも、笹川のテンションは高かった。
「皆、最後の日も楽しんだ〜?好きな子と夕日を見ながらチューしちゃったりした?(ε`*)」
「しねぇよ、バカヤロウ」と答えるZENONの頬には、見るも鮮やかな青あざが浮かんでいる。
大方、バニラさんにチューを迫って、渾身の一撃でも食らったのであろう。
殆どの者が、疲れてウトウト居眠りをこいている。
隣で熟睡するティーガを眺めながら、GENも大あくびを一つ。
やれやれ。
せっかくの合同海水浴だってのに、全くと言っていいほど他の人達とは遊べなかった。
仕事でも旅行でもティーガのお守り一辺倒とはね。ガッカリだ。
だが幸せそうに熟睡しているティーガを見ると、それも悪くないかな、なんて思ってしまう。
もう一度大あくびをして、GENも夢の中へ入っていった……

End.

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