二十三周年記念企画・チェンジif

ある薬師の物語←→第九小隊☆交換日誌

おしゃべりだし空気も読めないけど、けして悪い人ではないヨーヨーセン。マスコットキャラ的立ち位置の彼女が、変態眼鏡と入れ替わってしまったら、どうなってしまうんでしょう。「ある薬師の物語」のヨーヨーセンと「第九小隊☆交換日誌」のキースで入れ替えっこ!

「ある薬師の物語」より
その3 茶焙師の噂

さすが顔の広い商人、顧客の好みをバッチリ把握しているんだなぁ。
ユェンシゥンは辛口が好きだけど酸味もありで甘口は嫌いなのか、メモメモ。
あれ?じゃあ、これまで僕があげてきた薬は、もしかして迷惑になっていた……?
さぁーっと血の気が引いていく僕の顔色を見て、キースが気遣ってくる。
「ん?もしかして薬をあげちまっていたのか。まぁ、辛口が好きだからといって甘口が嫌いとは限らないんじゃないか?断らないってのは、そういう事だろ」
彼のせっかくの気遣いも、僕の耳を右から左へ通り抜けた。
ショックだ。
今まで嫌な顔ひとつせずに受け取ってくれて、「昨日の薬は美味かったぜ」と言ってくれていたから、ひとまず気に入られているんだとばかり思っていたのに、本当は甘みが苦手だったなんて……
僕は、なんて酷いことを彼にしてしまったんだろう。薬師失格だ。
キースに何の慰めを言われても、ポタポタと流れ落ちる涙が止まらない。
「あー……頼むから、泣き止んでくれシェンフェン。無駄泣きは原液が勿体ないぞ、金に替えてこその涙だろ?」
慰めの言葉も現金主義だ。
原液が勿体ないって?
いいんだ。こんな駄目薬師の原液、いっそのこと全部無くなっちゃえばいい。
お客の好みも考えられない奴が薬師を名乗っていいわけがない。
ユェンシゥンは客じゃないけど。僕が勝手な好意を押しつけていただけだけど!
そうだよ、なんで気づかなかったんだ。彼は一度も僕の薬を買っていない。
甘口が嫌いだから、買うわけがない。そこで気づくべきだったんだ。僕のバカバカ。

「まったく、何やってんだか。おい商人、くだらん嘘をばら撒くんじゃない。迷惑な奴め」

ユェンシゥンのことばかり考えていたせいか、彼の声で幻聴まで聴こえてきた。
僕の頭を撫でているのは誰の手だ?キースが僕の頭を撫でるわけもないし……
「辛口が好きだとは答えたが、甘口が苦手とは言った覚えがないぞ。勝手な解釈を吹聴するのは商人の役割じゃあるまい」
「すまん。甘いのは口の中がドロドロすると言うから、てっきり苦手なんだと思ったんだ」
「ドロドロするとは言ったが、苦手とは言っていない。むしろ甘味は、あのドロドロがいいんだ」
「ハァ?そこまで言わなきゃ伝わらんだろうが!俺が勘違いしたのは、お前の言葉足らずが原因だな。今すぐシェンフェンに土下座しろ」
「文脈の読めなさを俺のせいにするな。あと、薬師を泣かせた罪は重いぞ」
「わ、悪かった、本当に悪かった。だから告げ口だけは勘弁してくれ。今度安くまけてやるから!」
キースときたら、僕をほったらかしに誰かと口論を始めちゃって、僕への謝罪はあれで終了?
というか、この口論相手の声。
どう聴いてもユェンシゥンなんだけど、彼が、この時間に僕の工房へ来るわけないよね。
だって今は見回りの真っ最中だもの。
「見ろ。お前の心ない嘘情報のせいで、全然泣き止まないじゃないか」
「そもそも、お前が甘口も好きだと、はっきり言わなかったのが誤解を招いたんだと思うが?」
「だから、俺のせいにするなと言っている。そんなに役人へ告げ口されたいのか?」
「お前、俺を告げ口連呼で脅す気か!?職権乱用っていうんだ、そういうのは」
「風評被害をばらまいている奴に言われる筋合いはないな。お前が正しいと言うなら、シェンフェンは何故泣いている?」
うぅ、僕が泣いているせいで、二人とも口喧嘩を始めちゃった。
そろそろ僕も泣き止みたいんだけど、涙が止まらないんだ、どうしよう。
俯いてボロボロ涙を流す僕の頬を誰かの細い指が伝い、目尻を一撫でする。
「おい!原液を直接舐めるのは反則だろ!危ないぞ!?」
「ん、美味い」
「マジか!?どれ、俺にも一口舐めさせろ」
「駄目だ、お前が触ったら薬師が汚れちまう」
「なんだと、この野郎!俺のどこが汚れていると言うんだ、絶世のイケメンをつかまえて」
「汚れていると言われて怒るんだったら、変態行為をやめろ。お前の迷惑行為は近所中に知れ渡っているぞ」
「ちょっとイケメンだからって調子に乗るなよ?お前が原液を舐めたと近所中に触れ回ってやるからな」
「やってみろよ。お前と違って俺は信頼がある。近所の連中が噂を信じてくれると思わないことだ」
あ、やばい。お互いの声に相当な苛つきを感じる。
このままだと殴り合いの喧嘩にまで発展しちゃいそうだ。
嗚咽を無理やり飲み込んだ僕は、急いで顔をあげる。
そして眼の前にいる衛士がユェンシゥンだと知って、心底驚いた。
だって、今の時間は見回りじゃないの!?
「何、驚いてんだ。あぁ、俺が今の時間に来るのは珍しいと言いたいのか。昨夜遅くに掘師が大勢やられたのは、お前も誰かに聞かされたと思うが、そいつ絡みで注意喚起しまわっているんだ。主に薬師と茶焙師にな」
ユェンシゥンが言う側から、キースが「オイ、俺達商人は、どうなってもいいというのか?えらく依怙贔屓主義だな、衛士サマは」と騒ぎ立てて、彼を嫌な顔にさせた。
「商人は戦う術を持っているじゃないか。お前らが坏人を怪しげな道具で撃退したって噂を何度も聞いたぞ」
「フフフ、まぁな」と一旦は得意げになったけれど、キースは眼鏡の奥を光らせてユェンシゥンを睨みつけたりして、怒りはまだ収まっていなさそうだ。
「だが、それとこれとは別問題だ。注意喚起は必要だろ。不意討ちをくらったら、いくら道具があっても対処のしようがないじゃないか」
「判った判った」と、ぞんざいに手を振って、彼との会話を打ち切ったユェンシゥンが僕を見る。
「とにかく、衛士以外の全員に注意喚起しているんだ。夜遅くに坏人から不意討ちされないよう、戸締まりは厳重にしろ。そこの商人も今の話を聞いたんなら、けして油断するんじゃないぞ」

End.

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