2020年クリスマス企画・闇鍋if

世界観闇鍋カップリング

竜二とデキシンズのクリスマス

冬の寒い日の朝。
新聞を取りに出て、いつ降り積もったのかと雪景色を眺める北島の目が、こんもりとした一角を見つける。
それは小山と呼ぶには少々大きく、人が一人埋まっているんじゃないかと思うような、なだらかな丘を見せていた。
「なんだい、こりゃあ。ゴミの上にでも積もったかな?」
何の気なしに足で崩して、すぐさまヒャッとなる。
人が一人、出てきたからだ。
まさか、死体?
人の事務所の横っちょに死体を転がしていくとは、一体どこの差し金か。
もうすぐ時期的にはクリスマスだが、こんなプレゼントは期待していない。
この間までやりあっていた山口組が北島の脳裏に浮かぶ。
しかし、あそことは、ついぞ和解したばかりである。
和解というと語弊がある。正しくは、金を積んで黙らせたのだ。
やり取りに不満のある下っ端が、腹いせに死体を不法投棄していったか。
北島は改めて、死体を調べる。
髪は茶色で、顎をびっしり覆う汚らしい無精髭には霜が降りている。
相当毛深いのか、手の甲も剛毛に覆われている。
体格はがっしりしており、しかしヤクザには見えない。
目に鮮やかな黄色の上下に身を包んでいた。このド派手な衣装、風俗関係者だろうか?
パッと見て、外傷は見当たらない。首にも絞められた跡がない。
いずれにせよ、厄介だ。
見つけてしまった以上は、放置しておくわけにもいかない。
ひとまず親分、社長の大西に指示を仰ごうと、北島が踵を返した瞬間。
「――ふあぁぁーっ、よく寝たぁ。うわ、寒っ!?」
聞きなれぬ声がして、振り向いた彼は再び驚かされたのだった。


「で、こいつが近年珍しい雪の遭難者ってか?」
大西に顎で示されて、北島は神妙に頷く。
「ヘェ。雪に埋もれていて、最初は死体かと思ったんですが……生きてました」
渦中の人物は、ガツガツと無心に飯を頬張っている。
どれだけ腹を空かせていたのか大量の白米にコロッケや出来合いの総菜は、みるみるうちに奴の口へと吸い込まれ、味噌汁を何度もすすって鍋はすっからかんになり、約一時間ほど経過した後、ようやく「ごちそうさま!」と食事を終えて、にっこりと微笑んだ。
「いやぁ〜、食った食った。こんなにたらふく食べたのも久しぶりだよ。ありがとう、この礼は必ず返させてもらう」
お腹をポンポン撫でる男に、大西が尋ねる。
「そりゃあいいが、その前に聞いておきたい。お前さん、誰だ?なんで、うちの事務所の脇で寝ていたんでぇ」
「ん?名前か?俺はデキシンズ。なんであそこにいたのかは、俺自身にも判らなくてね。実は、ここが何処なのかもサッパリなんだ」
あっけらかんと言われ、大西と北島はポカンと呆ける。
すぐに大西が我に返り、頭を抱えた。
「なんてこった、記憶喪失の迷子かよ。北島ァ、おめぇ、とんでもねぇモンを拾っちまったな」
「すいません」
ひとまず謝っておいたが、北島にだって予想外の拾い物だったのだ。
さて、どうしたもんか。
一般に考えれば、警察に丸投げするのが一番だろう。
こちらはヤクザの事務所、とはいえ自分が起こした事件ではないから、やましいものもない。
しかし、面倒だ。警察まで連れて行くのが。
連れて行けば数時間は、取り調べだなんだで向こうに拘束されてしまう。
「あれ、もう朝食ですか?早いですね、今日は」なんて呑気なことを言いながら、他の組員も起きてきた。
「竜二サンは?」と尋ねてきた部下には、大西が答えた。
「あぁ、朝のロードワークだ」
「竜二って?」と何故かデキシンズまでもが混ざってきて、それに北島が答える前に本人が戻ってくる。
デキシンズを見るや否や、「あぁ、まだ片付けてなかったんですか」と竜二が言い、大西は肩をすくめる真似をする。
「片付けようにも、本人が名前しか覚えてねぇと来たもんだ」
デキシンズも立ち上がり、竜二を上から下まで丹念に眺めまわす。
体は細いが、腕も脚も引き締まった筋肉だ。
頬がこけているせいか怖い印象を受ける顔だが、笑えばきっとイケメンになるのではないかとデキシンズは妄想する。
ロードワーク、つまりはマラソンしてきたせいか、汗の匂いが漂う。
ふんかふんか鼻息を荒くして近寄ってくる髭面には、竜二も警戒色を濃くして後ずさった。
「おう竜二、体が冷えねぇうちにシャワーを浴びてこい。それと、おめぇ、デキシンズだったか?ここにいた理由はどうだっていい。今住んでいる場所を教えろや。送ってってやる」
大西に助け船を出された竜二は、これ幸いと頷いて「飯は後で頂きやす」との一言を残してエレベーターに消えていき、デキシンズは名残惜しそうに彼の背中を見送ってから、大西の問いに答えた。
「う〜ん、そうしてもらえると有難いんだがね。ここは、どうも俺の住んでいた土地とは異なるようなんだよなぁ……」
「お前、外人なのか?」と別の組員に尋ねられ、デキシンズは、それにも首を傾げる。
「外人って何だい?俺は十二の騎士だよ、元だがね」
大西たちも首を傾げ、ひそひそと内輪で相談を始めた。
「十二の騎士って何なんだよ、新手の新興宗教か?」
「聞いたことありません。学生グループじゃねぇですか」
「あれが学生ってツラかよ?どう見ても、オッサンじゃねぇか」
「そもそも外人かって聞かれて、外人って何って答えるってのが、ありえねぇだろ」
「記憶喪失……ですかねェ。本格的な」
「オイオイ、勘弁しろよ!警察じゃなくて病院に連れてかなきゃいけねぇのか!?」
もう、面倒だから外にほっぽりだして、知らん顔したい。
誰もがそう思ったが、そうは出来ないのが人間社会の面倒な点だ。
話し合いはまとまらず、その間放っておかれたデキシンズは暇を持て余して、エレベーターに入り込んでみる。
壁際についたボタンを適当に押しているうちに、彼を乗せた箱は上へと昇っていった。

シャワーを浴びて、さっぱりした竜二は一階へ戻らず、自室でパソコンを立ち上げる。
事務所に居座った迷子について、調べてみようと思った。
あれだけ目立つ風貌なら、捜索依頼が出ているのではと踏んだのだ。
警視庁のウェブサイトを開き、行方不明者の一覧を眺めてみる。
しかし該当しそうな人物像は見当たらず、次にTwitterで"行方不明 昨夜"と入力した。
検索で夢中になっていたせいかもしれない。
忍び足で近づいてきた何者かに抱き着かれるなどという、失態を許してしまったのは。
「竜二の胸板って意外と厚いんだね。揉み心地のいい雄っぱいだよ」
もみもみと、いやらしい手つきで胸を揉んできたのは、デキシンズと呼ばれていた当の迷子じゃないか。
「あんた、いつの間に――」
首筋を生暖かいものが這い、ぞわっと竜二の背筋が逆立った。
ふんふん鼻息まで吹きかけられて、嫌な予感が脳裏をよぎる。
こいつ、まさか茨城と同類のタイプなのか?男でも女でも見境なく襲いかかる。
茨城賢治は昔、大西組にいて、現在は山口五十鈴の旦那に収まった男だ。
組にいた頃、大西の愛人だと竜二を小馬鹿にしていたのも、あいつだったと聞く。
実際に襲いかかられたこともあり、今でも苦手な相手だ。
「あぁ、きみの匂い、たまらないよ。俺好みの体臭だ。もっと深くまで嗅いでみたい」
何を言っているのか、自分の体臭は言われるほど濃くないはずだが、いや、それよりも。
髭男の手がズボンを下ろそうとしているのだと知り、両手で食い止める。
「やめろ、テメェ何しやがる!?」
両手塞がりになった竜二の首筋を遠慮なく奴の舌がベロベロと舐めまわし、片手は乳首を弄繰りまわす。
首を振って抵抗しようにも、後ろから、しっかり組みつかれている。
尻を撫でまわす腕を掴めば乳首弄りが激しくなり、そちらを掴もうとすると今度はズボンを脱がされそうになる。
振りほどけないことに、竜二は苛立った。
おまけに、先ほどから無精髭がチクチク首筋に当たって痛痒い。
ねっとりとした囁きが竜二の耳を絡めとる。
「昨夜、耳にした話を思い出したんだ。もうすぐクリスマスってのがあるそうじゃないか。プレゼントを何にしようかな?って誰かが呟いていたんだ。ついでだから、俺も便乗したいと思ってね……きみの全てが見たい、裸を見せてくれないか」
「ふッざけんな……!」
クリスマスに、なんだって裸に剥かれなきゃいけないのか。
知った顔にされたって嫌なのに、知らない顔のオヤジにされるなんて冗談ではない。
裸にして、それで終わりではあるまい。
先ほどから、しつこくしつこく乳首や尻を触ってくる、このオヤジが何もしないわけがない。
「ふふっ。乳首を堅くさせて凄んだって、全然怖くないよ」
弄られすぎて尖った乳首をクリクリと爪で弾かれて、「て、テメェッ!」と手を振り払った側から、もう片方の手が下着の中へと侵入して、ぎゅっと竜二のものを掴んでくる。
「やめろっ……てんだろうが!」と、どれだけ凄んでも、髭面に効果はない。
神経を逆なでする忍び笑いが聞こえるばかりだ。
シャワーを浴びたばかりだというのに、じっとり肌が汗ばむのは、男二人で密着しているせいだ。
男二人で抱き合う趣味も、竜二にはない。
急所を狙おうにも背後からの抱きつきでは尻をこすりつける形になり、振りほどくどころか変態を調子に乗らせる。
「そんなにお尻をこすりつけて……俺のが欲しくなってきたのかい?」
ぐいぐいと尻に温かいモノをこすりつけられ、いよいよもって確信する。
こいつは茨城と同じ類、いや、もっと最悪な存在だと。
「誰が、んなこと言ったってんだ!気味悪ィ、さっさと離れやがれッ」
反動をつけて頭突きを狙ったが、奴には察知されたのか、かわされてしまう。
変態のくせに、驚くべき反射神経だ。密着した状態での不意打ち頭突きをかわすとは。
「この……ッ」と、なおも抵抗を続ける竜二は頬をデキシンズに舐められて、喉の奥で悲鳴をあげる。
変態は、こちらの気も知らず「かわいいなぁ、キスしちまおうかなぁ」などと呟き、片手で竜二の唇をなぞってくる余裕っぷりだ。
このままでは、変態の思うがままにやられてしまう。
だが、大西の片腕を目指す竜二としては、意地でも誰かの応援を呼びたくなかった。
襲われるたびに、大西や組の誰かに助けられるというのも情けない。
俺だって腕はあげたんだ。もう、茨城にだって負けない。まずは、こいつを倒して実力証明だ。
――といった男の意地は、尻の穴に指を突っ込まれた時点で儚くも決壊した。
瞬時に茨城とのトラウマが蘇り、竜二は小さく喘いでデキシンズを喜ばせる。
「穴でも感じるんだね。じゃあ、どんどん気持ちよくしてあげるよ」
「感じて、ねぇ……ッ!」
指で尻の穴を穿られるのは、痛い思い出だ。
あの時は、あまりの痛さに涙が出た。
やはり無理矢理突っ込まれた指が、あの時と同じように内側の肉を突いてくる。
だが茨城の時とは異なり、ぞくりとした感覚が竜二の背中を走り抜けた。
痛くない。くすぐったいような、それでいて背中がゾクゾクする。
一物を擦られた感覚にも似ている。こんな、髭オヤジに触られているのに?
わけの判らない感覚に、竜二は「だ、駄目だ、やめろっ」と暴れたが、暴れてやめるような相手でもなく、指の動きは激しさを増していく。
「やっぱり感じているんじゃないか。でも、こうされるのは初めてみたいだね。俺がイカせてやるよ」
爪が内側を叩くたびに、竜二の体が痙攣する。
体と心がバラバラになってしまったかのようだ。自分で自分を制御できない。
「あ、あっ……」
無我夢中でヒゲオヤジにしがみつき、竜二は耐えた。
イッたら最後だ、尻の穴に突っ込まれるのは指だけではなくなる。
「男だらけの園に住んでいるのに、一度も襲われないだなんて、ここの奴らは見る目がないね。俺だったら、真っ先にきみを頂いちまっているってのに」
「うるせェ、お前みてぇな変態と一緒にすんな」
声は案外近くに聞こえてきて。
「え?」と振り返る暇なく頭上に木刀が降ってきて、デキシンズは悲鳴をあげる間もなく床に転がった。
同じく床に転がって、竜二は息も絶え絶えに声の主へ視線をやる。
「き……北島……」
角刈りの男――
木刀をぶらさげた北島が立っていた。
普段は滅多に見せることのない、険しい表情を浮かべて。
「ヤクザの巣窟で、ずいぶん好き勝手に暴れてくれたじゃねェか。命の覚悟は、できてんだろうな?」
とはデキシンズへの手向けの言葉で、ズキズキ痛む頭を押さえてデキシンズも涙目で応える。
「い、いきなり不意打ちで殴るなんて酷いじゃないか。俺はただ、竜二といちゃついていただけだってのに。それとも、もしかして竜二は、きみの恋人だったのかい?」
「やかましい」と吐き捨て、北島がまたも木刀をふるう。
一切の容赦ない一撃がヒゲオヤジを襲い、デキシンズは、またしても床を転がった。
床に血が飛び散っているから、歯が何本か折れたのかもしれない。
だが、同情する気は竜二にもない。
それよりも、また変態に自力で勝てなかった屈辱のほうが大きかった。
「竜二さん、気を落としなさんな。こういった手合いにゃ、あんたは向かねェ。あんたは正々堂々、大西さんの横で戦うといい」
知ってか知らずか、北島が竜二を慰めてくる。
「こういった汚物の処理は、俺達に任せなせェ。あんたが手を汚すまでもねェ」
北島から本気の殺意を感じ取ったのだろう。デキシンズの次の行動は、素早かった。
なんと奴は窓ガラスを割り、五階の窓から飛び降りたのだ。
「あーばよ!俺はやられたりしないぜ」と言い残して。
慌てて窓際に駆け寄ってみると、緑色の塊が地面に墜落し、スタスタと軽快に走り去っていくのが見えた。
地上には真っ赤なトマトになった死体もなければ、ヒゲヅラの姿形もない。
「な、なんだ……?どこ行きやがった、あの変態」
自分の目がおかしくなったのかと、竜二がゴシゴシ瞼をこすっていると、北島が労りの言葉をかけてくる。
「酷ェ目に遭いましたね。さ、大西さんがお待ちです。軽く朝食といきましょうや」
ヒゲオヤジが消滅したのは腑に落ちないが、幻覚だと思って忘れてしまったほうがいい。
竜二は気を取り直し、「いつもすまねェな、俺のせいで手間ばかりかけちまって」と謝り、そんなことはないといった北島のフォローを受けながら、一階へと降りていった。

++End++

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