2016年バレンタインデー企画・闇鍋if

ウホッ!男だらけのお菓子教室

二月十四日といえば、日本人なら誰もが周知かもしれない。
バレンタインデーである。
女子が男子へチョコレートを贈る日として習慣づいてしまって久しい。
だが近年では同性同士でも、この日にチョコレートを贈る者も増えている。
いわゆる『友チョコ』というやつだ。
チョコレートは市販のものを買うのが一般的だが、お菓子作りに自信のある子は手作りに挑戦してもいい。
心のこもった贈り物として手作りを選ぶ子も、一定数いるらしい。

――というわけで。
「笹っちと!」「シャー様の!」
「お菓子っ、教室ー!!」
ピンクと茶色でコーディネイトされた照明の下、エプロンをつけた笹川とシャウニィが同時に叫び、どこからか軽やかな音楽が流れてくる。
二人の前に並ぶ者達も、同様にエプロン姿だ。
ただし、全ての者が現状に納得しているとは言い難かったが。
『おい、どういうことだ?ダグーにはチョコフォンデュパーティだと聞かされていたんだが』
さっそく難癖を飛ばしてきたのはクォードだ。
やぶにらみの三白眼がエプロンをつけているというのは、絶大な違和感を放っている。
「チョコフォンデュパーティでつか……男だらけでウホッなぬるぬるチョコパーティも捨てがたかったんでつが、やはりバレンタインといえば、手作りチョコでしょう!駄目でつよ?間違っても「チョコを湯煎で溶かして固めただけで手作りとかww」なんて煽ったりしちゃ。「この人……アニメでしかバレンタインを知らないんだ……」って、女子に冷たい目で見られちゃいますからネッ☆」
カメラ目線で明後日の方向にキメポーズまで取り、一気に言い終えた笹川が参加者を見渡す。
クォード、エイジ、シン、ジロ、ジェナック、ユン。
どの顔も、何故俺が此処に?といった不承顔だ。クォードに続いてエイジも文句を言う。
「手作りチョコレートを作るのは構わないが、何故このメンツなんだ?俺は料理など、したことがないぞ。やりたいと考えた事もないが」
「俺だって、そーすよ」と、ジロも頷く。
「自分で作るなんて、めんどくせぇっす。くれるっつーんなら貰うけど」
「それに、あげる相手もいませんし……」と、俯き加減にぼやいたのはシン。
彼の目の前でチッチと指を振ると、笹川はニヤリと笑った。
「あげる相手ならいるでそ?いつもお世話になっているリュウさんに、日頃の感謝を込めたまえ」
「あ、えっ?えぇぇ、リュウさんにっ!?そ、そんな、俺、リュウさんとは、そういう仲じゃっ!」
どんな勘違いをしたのやら、真っ赤になって狼狽えるシンへ、ぼそりと笹川が突っ込む。
「誰も告白しろたぁ言ってないから。友達同士でもチョコは渡せるYO」
「あ……と、友達……そ、そうですよね!ああ〜、びっくりした!」
大袈裟なぐらいホッと胸をなで下ろすシンは、すっかり注目の的だ。
「なるほど」とボウルを片手に持ち上げて、ジェナックが納得したかのように頷いた。
「要は日頃の感謝を込めて友人に手作り菓子を贈れと、そういう主旨の集まりか」
「そういうこと」と笹川もにっこり微笑み、傍らのシャウニィへ目線を送る。
シャウニィは一旦奥へ歩いていくと、ガラガラとワゴンを押して戻ってきた。
ワゴンの上に置いてあるのは、今回使用する予定の材料一式だ。
チョコレートの他に、片栗粉や砂糖なんかも乗っている。
「手作りチョコっつってもピンキリだからね。チョコケーキやチョコクッキーが作りたい奴の為にも、材料は幅広く用意しときました。んじゃあ、各々好きなチョコ作りを始めて下さい。よーいスタート!」
号令をかけられても。ほとんどの者が身動きできずにいる。
「先ほども言ったが、俺は一度も料理をしたことがない。まず手始めに何をすればいいのか教えてくれ」
困惑のエイジが尋ねれば、「なぁに、大丈夫だ」と自らの胸を叩いて豪語したのは、ジェナックだ。
見れば足下に座り込んで、埃やゴミを一カ所に集めている。
「要は茶色いものを固めればいいんだろう?簡単だ」
横から冷めた目で、笹川が突っ込む。
「お前、それをマリーナに食わすつもりなの?殺す気満々でつね」
「ワゴンに材料があるっつってんだろうが」とシャウニィも苦笑して、自らが押してきたワゴンを一瞥した。
「材料は、こん中から選んでくれ。作り方が判らないやつにはレシピを渡してやるよ」
お菓子教室と銘打っておきながら、完全放置体勢だ。
手取り足取りで教える気は、微塵もないらしい。
笹川が両手をメガホンの形にして叫ぶ。
「チョコレートは食べ物です!泥を練って固めるのは以前アミュたんがやったネタなので禁止です!!」
アミュたんとやらが誰だか判らなくても、禁じ手だというのは、なんとなく判る。
大切な相手への贈り物なのだ。練り泥団子は失礼だろう。
エイジは考え、ボウルと板状のチョコレートを手に取る。
クォードが右にならえで同じものを手にするのを見て、彼を誘った。
「一緒に作らないか。一人よりは二人で試したほうが、成功率もあがる気がする」
『いいだろ』と相手は案外あっさり頷いて、二人揃ってレシピを取りに向かった。
「お前ら、何を作る予定なんだ?」
シャウニィに尋ねられ『何のレシピがあるんだ?』とクォードが聞き返す。
「なんでもあるぜ、一通りな。けど、お前らは初心者だし、一番簡単なのにしたほうがいいんじゃねーか」
「一番簡単、というと溶かして固めるというやつか?」
聞き返すエイジに「んーにゃ」と首を真横にシャウニィは否定する。
「笹っち曰く、そいつは却って難しいらしいぜ?まぁ俺もやったことはないんだが、なんか、綺麗に固めるのが最高に難しいんだってよ」
溶かして固めるだけなのに難しいのでは、自分に作れるレシピなんてあるんだろうか。
たちまち目の前が暗くなったエイジに、一枚の紙が手渡される。
「初心者はラスクから始めろってさ」
「ラスク?」
エイジは、きょとんとなる。クォードが横合いで囁いた。
『パンを揚げた菓子だ』
「詳しいんだな」
驚くエイジに『人間界で暮らしていりゃ、多少は目に入る』とクォードは素っ気なく答える。
『いいだろ、俺達はチョコラスクを作るとしようぜ』
偉そうにエイジの手からレシピをもぎ取ると、颯爽とガスレンジ台のほうへ歩いていった。
「揚げものか……」
家ではランスロットが家事を一手に引き受けている。
だが使い魔の行動を思い浮かべようとして、エイジは断念した。
料理は、いつも完成品しか見たことがない。
ランスロットが『危険』を理由に、キッチンへ入れてくれないせいだ。
『おい、早くこいよ』と呼ばれ、慌ててクォードの隣へ移動した。
クォードは早くも市販の食パンを型抜きで、ハートやスペードの形にくり抜いている。
超やる気なさそうに見えたのに、いざ始めてみたら手慣れた作業に、エイジはポカーンと見守るばかり。
これも人間界で暮らしているうちに身につけた知識なんだろうか?
ずっと人間界で暮らしているのに全然身についていない、こちらの立場がない。
さらには『お前も作れよ、時間が勿体ねぇ』と急かされて、慣れない手つきで型抜きを構えると、えいやっとパンに突き刺した。

シンとユンは、生チョコレシピに挑戦していた。
レシピの上部には【簡単】の文字が躍っている。これなら自分にも作れそうな気がした。
「チョコレートなのに生って、おかしな感じがしますよね」
一方的にシンが話題をふり、ユンはそれに黙って頷く。
シンとしては、ここで「お菓子だけに!」と突っ込んで欲しかったのだが、贅沢は言うまい。
何しろ初めてコンビを組む相手だ。
挨拶すらも一方通行で、意思の疎通が出来るのかどうかも判らない。
それでも同じレシピを選んだからには、何か通じ合うものがあるのかもしれない。
シンは作業の手を休めないようにしながら、根気よくユンへ話しかけた。
「固まったら、どんな形にくり抜きます?ハートが定番みたいですけど、ハートだと勘違いされちゃいそうですよね、ハハッ」と言ってから、彼は誰に渡すのだろうと考えた。
無口で無愛想なユン。
挨拶一つするにも途中で飽きて、どこかへ行こうとしてしまう気まぐれな彼。
彼にもチョコを贈れるような大切な人がいるのだろうか?
いやいや、そんなふうに言っちゃ失礼だ。
こういう時は本人に直接聞くのが、手っ取り早かろう。
「ユンさんは、どなたに贈る予定です?」
するとユンは生クリームの入ったボウルを、じっと見つめて数秒考え込んだ後、ぽつりと思いついた名前をあげた。
「………………キース?」
「え、そこはセツナ女医やナナたんじゃないんだ!?」
思わず突っ込む笹川へ振り返り、ユンが首を傾げる。
「いや、首傾げられても困るんだけど。おまいの中では、キースのほうがセツナ&ナナより上なわけ?」
更なる笹川の突っ込みにも、やはり小首を傾げてユンが答える。
「……お前は先ほど友達にあげるものだと説明していた。俺の友達は、キースしかいない」
友達だと、一応は認識しているようだ。
それに、とユンは付け足した。
「料理の上手な相手に渡すのは気が引ける。同じぐらい作れなさそうな相手に渡すほうが気も楽だ」
長々と語るユンを見て、シンも呆けている。
この人、しゃべれるんだ!と言いたげな顔の彼を見て、笹川が肩をすくめた。
「自己主張するのは得意らしいよ」
なにはともあれ。
「ゆ……ユンさんも、お友達にあげるんですね。喜んでくれるといいですねぇ、お友達!」
気を取り直したシンが冷蔵庫へチョコを突っ込み、あとは固まるのを待つばかりとなり、不意に思い出して、シンは尋ねた。
「ナナさんとセツナさんってお名前出てきましたけど、どちらも女性の方ですよね。お二人とも、料理は得意なんですか?いいなぁ、料理の得意な女性が側にいる環境って」
社交辞令で褒めるシンへ、振り向きもせずにユンが応える。いや、否定した。
「二人じゃない。ナナの料理は壊滅的だ」
「え?なにが壊滅的なんです」
「匂いも最悪だが味もだ。付け加えるなら見かけも酷い」
容赦ない一言に、再びシンは呆けてしまうのであった。
そこまで言われてしまうナナさんの料理って……

残るはジロとジェナックの進行状況だが、二人ともレシピは受け取らなかった。
では何を作っているのかというと、完全オリジナルレシピによる創作チョコレートだ。
「ジロたんは何作ってるのかにゃ〜?」と笹川がジロの手元を覗き込んでみれば、ジロはバナナに、ひたすらチョコレートを塗りつけている最中であった。
「あー……チョコバナナ?お祭りっぽいね」
たちまち興味が色あせる笹川に、ジロが頷く。
「お祭りっぽいけど、途中から違ってくるっす」
「なにが?」
「途中から、俺のオリジナルチョコバナナになるって事ッス」
散々使い古されたチョコバナナに何のオリジナル要素を付け加えるつもりやら、ジロはやたら自信満々だ。
ジェナックのほうはとシャウニィが背後から覗き込んでみると、こちらも手元は忙しい。
まな板の上で、半分溶けたチョコレートを団子状に丸めて転がしている。
その大きさ、サッカーボール並。
「…………何?これ」
ここから何が出来上がるのか、全く予想がつかない。
汚いものでも指さすかのようなシャウニィに、気を悪くした様子もなくジェナックが答える。
「見りゃあ判るだろう。チョコレートだ」
「見てもわかんねーから聞いたんだけど。チョコなのは判っているけど、何チョコよ?」
「チョコボールだ」
見たまんまの答えが返ってきた。
それにしたって、大きすぎやしないだろうか。
「さらに、これをこう加える」とジェナックが取り出したのは、棒状に固められたチョコの塊だ。
「あの、食材で遊ぶのは」
ドン引きしたシャウニィの言葉など、もはやジェナックの耳に届いているとは思えない。
彼は自分の作品に没頭しており、せっせとサッカーボールの中央に箸で穴をあけ、そこに先ほどの棒チョコを突っ込む。
シャウニィは、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「えぇ、何これ……」
眺めている間にも、サッカーボールの上にもう一つ、同じ大きさのサッカーボールが取り付けられた。
接着するのは、もちろんチョコで。溶かしたチョコを接着剤の替わりに使っている。
チョコなんて見るのは今日が初めてだろうに、実に手際よく組み立てている。
ただし、これが何なのかは作っている本人にしか判るまい。
謎の造形物が仕上がっていく光景を見ながら、これをプレゼントされるマリーナが気の毒になったシャウニィであった。


「しゅーりょー!」と笹川の甲高い声が響いて、全調理時間が終わりを告げた。
その頃にはプレゼントされる側の面子も、同じ場所に呼び出されている。
「なんなんだ、ユン。これからナナたんと嬉し恥ずかしランデヴーが待ち受けているかもしれないってのに、よくも俺を呼び出してくれたな?」
呼び出されて早々文句を言うキースに対し、ユンは素っ気ない。
「そんなランデヴーは一生来ない」
友達にしては冷たい態度にシンは何か突っ込もうとしたのだが、「シン」とリュウに名前を呼ばれた瞬間、突っ込むべき言葉は脳裏から四散した。
「シン、これは一体――」
「あああ、あのですね!先に言っときますけど、愛しているとかじゃないですから!俺がホモだとかいうんじゃないですから、違いますから!!」
「いや、その前に状況説明を」
「とにかく!何も言わずに受け取って下さればいいんです、お願いしますっ!」
汗だく全開で勢いよく頭を下げるシンには、リュウも閉口して溜息を漏らす。
「はーい、では、まずはクォードちゃんからアシュタロスへ。そしてエイジからはランスロットに、愛のプレゼントォ〜ン!」
笹川のねちっとした物言いに、アシュタロスは眉をひそめ、クォードがくってかかる。
『愛じゃねぇよ!愛じゃ!!こいつが誤解するような言い方すんなっ』
『こいつというのは、私のことかね?』
アシュタロスは苦笑しつつも、目の前に置かれた小皿へ目を落とす。
クォードとエイジが作ったのはチョコラスクだ。
食パンに液状のチョコレートを染みこませ、オーブンで焼いたものである。
料理をしたことがない者でも比較的、見た目綺麗に作れるのが大きなポイントだ。
面倒な手間をかける手順がないから、失敗も少ない。
ただし――オーブンの時間と温度を間違えなければ、だが。
『さて。クォード、これは何だ?なにやら随分と前衛的なクッキーに見えるが』
同じ物が乗った皿を見つめて、『いえ、クッキーというよりは』とランスロットも絶句する。
後を続けたのは、笹川だった。
「消し炭?それとも凝縮された石炭?」
皿の上にあるのは、まっくろけのけ。
もはやクッキーともラスクとも言えない、黒い物体だ。
可哀想にエイジは赤面して俯いてしまい、かわりにクォードが吠えた。
『仕方ねぇだろうが!予熱の温度は書いてあっても、何度で焼くのか書かれてなかったんだッ』
なるほど、これはレシピ側の不手際だ。
次から、専門用語には注釈を加えておかねばなるまい。
まさか予熱とは――から説明しなきゃいけないほどのド素人だったとは。
遠い目になりかける笹川を余所に、アシュタロスが顎へ手をやる。
人間界の料理。それをクォードが作ったとなると、興味深い。
「それにしたってレシピ通りに百二十度で二十分焼けば、普通に作れるはずだけど?」
食い下がる笹川へは、ほんの少し顔をあげてエイジが応える。
「焼いてみたんだが……少し、色が薄いように見えたんだ」
続けてアシュタロスへ視線を動かし、謝罪する。
「……クォードの分まで失敗したのは、俺の責任だ。一緒に焼くのを提案した、俺のせいだ」
『だ、大丈夫ですよエイジ様!』と硬直の解けたランスロットがフォローに入る。
『砂糖かバターを塗れば、食べられないこともございません!』
「オイ、無理すんなよ?」
フォローになっていないフォローには、司会二人のほうが引き気味だ。
「食べられないものは無理して食べなくていいよ、無理して食べて死なれても困るし」
『消し炭を食べた程度で我々が死ぬと思ったら大間違いです!』
ザラララーっと消し炭を一気に口の中へ流し込むと、ランスロットはバリバリと頬張った。
『ふむ……ガリガリとして、それでいて歯触りは脆く、炭の味が濃厚な……』
「ランスロット!無理して食べなくていい、吐き出せ!!」
『いいえ、堪能させていただきますよエイジ様。せっかくエイジ様が私のために作って下さったチョコですし!』
掴みかかるエイジと、制止も振り切ってガリガリ食べ続けるランスロットを見ながら、アシュタロスがぽつりと一言。
『美しい愛情だね。とても私には真似できないな』
『真似しなくて結構だ。どうせ、失敗作のゴミなんだからよ』
ぼそっと呟いたクォードが、失敗作を一つ口に入れる。が、すぐにペッと吐き出した。
『まずくて食えたもんじゃねぇ。あいつはよく我慢して食っていられるもんだぜ』
しかし、それをひょいっと拾い上げ、アシュタロスが口に放り込むもんだから、仰天した。
『お、おいっ!何やってやがんだ、食えない、不味い失敗作だと言ったばかりだろ!』
『いやいや』と、まんざらでもない表情を浮かべてアシュタロスが笑う。
『私はクォードの唾液を堪能しているのだよ。放っておきたまえ』
『気持ち悪い真似すんじゃねぇぇッ!!』
たちまち癇癪を起こして掴みかかるクォードと、素知らぬ顔でモゴモゴやり続けるアシュタロス。
そんな微笑ましい光景を余所に、笹川が次の名前を読み上げた。
「続いてシンちゃんからはリュウさんへ。ユンからは親友キースへ、愛のプレゼントォォォ〜ン」
「愛じゃないですから!友情ですから!!」
汗だくのシンを手で落ち着かせると、リュウは改めてシンの差し出したチョコを見た。
消し炭ではない。
ココアを振りかけた、プリン……だろうか?
恐らくはハート型を模しているのであろうが、崩れてしまっていて、プリンと呼ぶのも憚られる。
ちらりとシンを見やると、顔を紅潮させて今にも泣き出しそうだ。
リュウは黙ってワゴンからスプーンを取ると、黙々と食べ始めた。
固まりきっていない、だが液体でもない中途半端なチョコレートを食べるのは、初めてかもしれない。
「な、何か言って下さいよぉ、感想を!!」
焦れたシンが喚くのを聞き、「ならば替わりに俺が言ってやろう」と言い出したのは、キースだ。
「ユン、これはチョコプリンだろ?いーや、チョコプリンに違いない。お前がなんと答えようと、俺はこいつをチョコプリンだと思って食べるからな!」
ユンは黙ってコクリと頷き「違いますよ、生チョコです!」という、シンの悲痛な叫びが響き渡る。
プリンだか生チョコだか何だか判らなくなったものを、黙々と食べるキースとリュウ。
その側では、ひたすら感想を求めるシンが哀れめいて見える。
ユンは、とっくに興味を失っており、ぼーっと椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待っている。
てんでバラバラな二組目を冷や汗とジト目で見送った後、最後の二人を笹川が読み上げた。
「えーっと、残りはジェナックとジロたんのだけどぉ……ぶっちゃけ、なんだか判りまてん!持ってけドロボー!」
超投げやりな紹介には、マリーナも斬も当然の如く困惑する。
「ジェナック、これは何なの?」とマリーナが指さしたのは、等身大の雪だるま。
いやさ、チョコだるまとでも言うべきか。
頭、胴体は丸くて上の球体には鼻がついている。
頭にはバケツを模したチョコが乗っていて、全部チョコレートで出来ている。胸焼けしそう。
「見ての通り、チョコだるまだが?」
「チョコだるまなんて聞いたことがないわよ」
あきれ顔のマリーナにも、ジェナックは自信満々答えた。
「そりゃそうだろう。俺が考えたオリジナルチョコなんだからな!」
「オリジナルって、そりゃあ、確かにオリジナルでしょうけど……」
こんなアホな立体物、他に作ろうと考える奴がいたら、お目にかかりたいものだ。
「完食してくれ、マリーナ。お前の為に俺が作ったチョコだるまを」
「冗談でしょう?」とマリーナは聞き返したが、ジェナックの目は子供みたいに輝いている。
マジだ。マジで完食して欲しいのか。
いかなジェナックの頼みといえど、全部チョコレートで、しかも等身大とは厳しいサイズだ。
こんなものを完食した暁には、体重が何十キロ増えるか判ったものではない。
それ以前に食べきれない。
額に汗して後ずさるマリーナの耳元で、笹川が囁いた。悪魔の言葉を。
「このチョコ、全部ジェナッくんがコネコネしたんだぞよ?すなわちジェナッくんの手垢まみれにして、ジェナッくんの味がするチョコレートということぞなもし」
普通の人が聞いたら死んでも食べたくない汚物だが、マリーナは違った。
それを聞いた途端、「が……頑張ってみるわ」と小さく頷き、チョコだるまへ一歩近づく。
「無理しないほうが良いのではないか?」と心配する斬を無視すると、ちろちろと表面を舐め始める。
あぁ……これ全部、ジェナックの味が……っていうかチョコの味しかしないけど、ジェナックがコネコネした……
こうしてナメナメしていると、まるでジェナックの全身を舐め回しているみたいで興奮する。
恍惚として等身大の塊を舐め続けるマリーナには斬もドン引きして、それ以上かける言葉も見つからず、そのうちにチョイチョイとジロに袖を引っ張られ、無理矢理ジロ作チョコと向き合わされた。
「ジロ、お前も作ったのか」
「ハイっす。叔父さんの為に、俺がわざわざ作ったチョコレートっす」
わざわざの部分を強調してくるあたり、恩着せがましい。
そんなジロの作ったチョコレートはといえば、何の変哲もないチョコバナナに見える。
「チョコバナナか」
一旦は安堵の溜息を漏らした斬だが、ジロが「はい、どうぞ」と差し出してきた時には、ようやく異変に気づいた。
チョコバナナではあるのだが、普通のチョコバナナではない。
よく見ると、バナナには皮がかぶっている。
皮のむけかかったバナナにチョコがかかっているといったほうが正しいか。
まさか皮ごと食えと?マクロビオティック的な?
ジロが自信たっぷりに言い放つ。
「これが俺オリジナルのチョコバナナ、火星人バナナっす」
「火星人バナナ?」
意味が判らずオウム返しする斬へ、ジロが頷く。
「むき身じゃなく皮のかぶった状態を再現してみたッス」
再現というか、まんま皮をかぶった状態ではないか。
じっくり眺め、やはり意味が判らなかった斬は降参した。素直にジロへ尋ねる。
「説明してくれるか、ジロ。お前はこれで何を表現したかったんだ?」
「ですからぁ」と、ちょっとテレた様子で、ジロが説明するところによると。
「ほら、バナナって、男のアレを指す隠語でもあるじゃないッスか。ですから皮で、俺のアレを表現してみたーっていう、まぁ、俺ならではの自虐ジョークっす」
ここまで言われれば、どんな鈍い奴にでも判るというもので、チョコをかけただけのバナナが一気に不快なものに見えてくるから不思議だ。
「食べられるかぁ、こんなものォ!」
怒りにまかせて斬がチョコバナナを床に叩きつければ、ジロも憤慨して喚き返す。
「あっ!酷いっす、叔父さん何すんすか!」
「うるさい!どうせ自虐ジョークを飛ばすなら、本物にチョコをかけてチョコバナナ〜とやるぐらいの気勢を見せてみろ!」
「なんすか、それ!?嫌っすよ、俺が変態みたいじゃねーッスか!」
「こんなネタを考えつく時点で、充分お前は変態だ!!」
ギャーギャー低次元な喧嘩を繰り広げる叔父と甥。
かたや夢の世界に入り込みながら、チョコだるまを舐め続ける美女と満足げなマッチョ。
共にドン引きしながら、笹川が傍らのシャウニィへ囁いた。
「BLかR18指定、つけておくべきだった……?」
メタ発言には首をふり「いや、BLともR18とも呼べないだろ、こんなん……」と遠い目で答えるシャウニィ。
二人としては料理下手な男子がテレながら女子に渡すラブラブイベントを想定していただけに、今の展開は予想外。
「まぁ……みんな、それぞれ幸せそうで、いいんじゃない……?」
全くオチにもなっていない言葉で締めながら、なおも続く狂乱を、二人揃って見守ったのであった。

End.

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