2.
「少しいいだろうか、そこの二人組。俺の話を聞いてくれ」話しかけてきたのは、細面の顔に眼鏡がよく似合う青年であった。
「なんだろうか?」と応えた斬へ、ぴたりと視線を併せて彼が言うには。
「実は俺も勇者斬、お前に用がある人間だ。なんでも魔王を倒せば、元の世界に戻れるというじゃないか?是非同行させてくれ。俺も魔王を倒さなければいけないのでな」
「では、きみも異世界人か」
確認を取ると、青年はキースと名乗りを上げて頷いた。
「なお、この酒場にいる全員そうだ。全員が異世界から来た人間で構成されている」
「全員が!?」と驚いたのはエイジもなので、彼にも初耳だったようだ。
「あぁ、そうだ。全員が魔王討伐の為に集められた異世界人だ。この世界は狂っているな」
こともなげに二人の驚きを流し、キースは改めて斬と向かい合う。
「これだけの人数が集められるからには、魔王の討伐も一筋縄ではいくまい。勇者斬、俺達の全員をとっかえひっかえして最終的に誰を連れていくかは、お前が選んでくれ」
判ったと頷き、斬も尋ね返す。
「それで今、きみが話しかけてきたのは、状況説明をしてくれるためだけに」
「んなわけがなかろう。無論、仲間の第一号」と言いかけて、エイジをチラリ見たキースは言い直す。
「いや、第二号だったかに俺を選んでくれというアピールをしにきたまでよ」
「なるほど……」と呟いて、斬はキースを上から下まで丹念に眺めまわす。
キースは、これといって特徴のない開襟シャツに長いズボンを履いている。
服装からでは、どんな職業なのかも判らない。
顔は端麗。眼鏡をかけているおかげか、シャープな顔立ちに見える。
髪の毛は紫で、ここらの住民は大抵が黒か茶色だったから、確かに異世界人なのであろう。
「……きみは、何が得意なんだ?」
素直に本人へ尋ねると、キースは胸を張って答える。
「機械工学だ。この世界にない機械が欲しくなったら、俺に言え。何でも作ってやるぜ」
この世界に機械があるのかどうかは怪しいが、機械に疎い斬から見て、キースは頼もしい味方となりそうだ。
「この世界にない機械を作るのに、材料は足りるのか?」と尋ねるエイジに、キースの逆質問が飛ぶ。
「なんとでもしてみせるのが技師の腕の見せ所だ。それより、あんたは何が得意技だ」
「俺は……本来は、悪魔遣いだ」
聞き慣れない職業に、キースと斬、双方に驚愕と困惑が浮かぶ。
「悪魔遣い?なんだ、そりゃ」
「悪魔を使役する。しかし、この世界では思うように呼び出せない……だから、一人では無力だと言ったんだ」
察するに、召喚師のような存在だろうか。
召喚師であれば、以前ワールドプリズに出現した異世界人のおかげで知っている。
だが、エイジは悪魔なる使者を呼び出せないという。ここが違う世界だからか。
沈黙する三人に、横手から声がかけられた。
「それは、あなた達がまだ自分の能力を確認していないからね」
「誰だ?」と振り向いてみれば、そこにいたのは背の丈エイジの腰辺りまでしかなさそうな小さな生き物。
背中には二枚の羽根を生やし、袖口がギザギザの奇妙な服をまとっている。
そいつが、ふわふわと空中でホバリングしているのだから、奇妙という他ない。
「モンスターか!?」と殺気立つ勇者に、慌てて生き物が手を振り回す。
「違うわ!私は妖精ピコロット。あなたのような新米勇者を導くために、ここで待っていたのよ」
「妖精だと?信じられんな、証拠を見せろ」
あからさまに疑うキースなんぞは視界の隅に追いやって、自称妖精はマイペースに話を続けた。
「あなた達がスキルを発揮できないのは、各々のステータスを確認していないからよ。さぁ、言ってみて。『ステータスオープン』!」
静寂が酒場を包み込み、ややあってエイジが発したのは「……は?」という生返事であった。
妖精はジト目で彼を睨みつけ、再度同じ言葉を口にする。
「は?じゃないわよ、は?じゃ。ステータスオープンよ、言ってみなさい」
「ステータスとは何のステータスだ?いや、そもそもスキルとは何だ。才能のことか?」
勇者の追加質問もスルーして、妖精はステータスオープンを強制してくる。
「いいからオープンしなさいよ。話が進まないでしょ」
「よし、判った。では、まず俺が試してみよう。ステータスオープン!」と叫んだのは、キースだった。
途端にパッと頭上、何もない空中に文字が浮かび上がり、全員揃って驚愕の声を上げる。
NAME:キース
SEX:男
ATK 5 DFE 2 SPE 3
SKILL:機械工学(9) 屁理屈(7) 砲撃(6) 戦略(7)
「え、何、弱っ……」と思わず本音が飛び出た妖精に「やかましい!」と怒鳴ってから、改めてキースは聞き直す。
「それで、これが何だというんだ?俺の才能と名前が全公開されただけのようだが」
「えぇっと、それは」とピコロットが解説を始める前に、酒場一帯に奇天烈なファンファーレが鳴り響く。
おめでとう!
キースは スキルが 解放された!
機械工学 を思い出した!
屁理屈 を思い出した!
砲撃 を思い出した!
戦略 を思い出した!
どこからともなく男性の声で、先ほど表示されたスキルの解放が告げられる。
「スキルっていうのはね、あなたの能力よ。才能と言い換えてもいいわね。ステータスオープンすることで新しく覚えたスキルも使えるようになるから、レベルアップのたびにステータスを確認するように」
「では、やはり俺の推測で正解だったか」と満足気な斬を横目に、エイジもそっと呟いた。
「砲撃や工学はともかく、屁理屈もスキルなのか……」
「とにかく」と、妖精の視線が彼を捉える。
「エイジ、あなたの悪魔使役もステータスオープンしないと使えないの。さぁ、やってごらんなさい」
「で、では……ス、ステータス、オープン」
ぽそっとエイジが囁いた。心なし、テレた様子で。
そんな姿も可愛いと内心ドキドキする斬の頭上に、エイジのステータスが表示される。
NAME:エイジ
SEX:男
ATK 1 DFE 1 SPE 5
SKILL:悪魔使役(10) 論理学(10) 魔力(10) アーグレイの血(10)
「いきなりスキル10のオンパレードだと!?天才かッ!」
酒場内であちこち叫ばれ、エイジの頬は赤く染まる。
きっと彼は、褒められるのに慣れていないのだろう。そんなところも初々しい。
「悪魔使役が、先ほど言っていたやつか。アーグレイの血というのは……?」
聞き慣れないスキル名に斬が首を傾げる間にも、ファンファーレは鳴り響く。
おめでとう!
エイジは スキルが 解放された!
悪魔使役 を思い出した!
論理学 を思い出した!
魔力 を思い出した!
アーグレイの血 を思い出した!
「アーグレイの血、というのは……」
ぽそぽそエイジが小声で囁き始めたので、妖精も斬もキースも彼に注目する。
「……悪魔を屈服させる力だ。だが、この世界の悪魔に通用するか否かは、俺にも判らん」
「ほぅ、すごいじゃないか。悪魔ってのは、要するに召喚獣みたいなものだろう?」
キースが素直に感嘆を漏らし、斬もエイジを褒め称える。
「優秀なきみが最初に協力を申し出てくれたこと、改めて感謝しよう」
「あまり褒めないでくれ。所詮、悪魔遣いの才能しかない男だ」
視線を逸らしてエイジは続けた。
「身体能力には不安しかない……足手まといになるかもしれん」
「ちなみにATKは素手での攻撃力よ」と、ピコロット。
「DFEは装備なしでの打たれ強さ、SPEは動きの素早さね。つまりステータスで確認できるエイジとキースはインドア派って結論よ」
攻撃も防御も1では、エイジが自分の身体能力に自信を持てなくなるのも致し方ない。
だが、その為に自分がいるのだと斬は考えた。
斬は己が二人と対極にあるアウトドア派、つまりは脳筋だと重々自覚している。
対極の人間、インテリ派が仲間になったのは、こちらからすれば幸運だ。
脳筋だけでは、いずれ旅先の困難で煮詰まる可能性が高い。
改めて、斬はエイジを励ました。
「大丈夫だ、エイジ。きみは頭脳を担当してくれ、モンスターは全て俺が薙ぎ払う」
「俺は何を担当すればいいんだ」と尋ねてくるキースにも答えた。
「遠距離からの援護を頼みたい。きみは射撃が得意なんだろう?」
「砲撃なんだがな……まぁ、いいだろう。銃が手に入ったら、俺が使ってやろう」
二人の会話を聞き流し、エイジは、ちらっと斬を伺う。
逞しい肉体から、なんとなく格闘家の雰囲気を感じていたが、やはりそうなのか。
これだけ自信満々ならば、正体不明の魔王を無事退治できるかもしれない。
勿論おんぶにだっこにならないで、自分も出来る範囲で協力していくつもりだ。
だが、油断は禁物だ。まずはステータスを見てみないことには。
「斬、あなたのステータスも見せてくれ」
「あぁ、いいとも。ステータスオープン!」
勇者が高らかにオープンを宣言すると、高々と頭上に表示が浮かび上がる。
そして、それを見た誰もがポカーンと大口を開けたのであった――
NAME:斬
SEX:男
ATK 99 DFE 97 SPE 99
SKILL:隠密(10) 一撃必殺(10) 残像(8) メンヘラ(7)
おめでとう!
斬は スキルが 解放された!
隠密 を思い出した!
一撃必殺 を思い出した!
残像 を思い出した!
メンヘラ を思い出した!
ハッ!と最初に我に返ったのは妖精ピコロットで。
「えぇぇ、なにこれ?何なの、これ!?」と騒ぎ出した彼女をむんずと掴み、キースも問いただす。
「俺達のレベルとやらは全員1スタートなんだろ?勇者だからって依怙贔屓しすぎじゃないか」
「そうよ、そうだけど、想定外なのは、こっちもなんだから!」
ピコロットは、口から泡を飛ばすほどの取り乱しようだ。
この世界の恐らく原住民であるはずの彼女にも、予想外のステータスだったに違いない。
「99が最高値か」とエイジは呟き、斬を羨望の眼差しで見つめてくる。
「さすがだな。モンスターを一手に担うと宣言するだけはある。前衛は、あなたにお任せしよう」
しかし「い、いや……」と当惑の色を見せたのは、なんと本人もであった。
てっきり任せてくれと自信満々頷くかと思っていたエイジは驚くが、斬はしどろもどろに言い訳する。
「腕に覚えはあるつもりだ。だが、ここまで強くもない、はずなんだが……」
「勇者修正が、かかったか?」とはキース談。
「勇者修正?」と聞き返すエイジに、持論を披露した。
「勇者は強いというフィルタリングの元に、実力に補正がかかった可能性は高い」
なんにせよ、この勇者なら一人で魔王を楽々退治できそうではある。
自分達が仲間になる必要など、ないぐらいに。
そう、エイジが考えていたら、斬が下り眉で懇願してくる。
「俺のステータスが異常値だからといって、仲間を抜けたりしないでくれ」
「なんでだ?このステータスであれば、お前ひとりで魔王を倒して来られるだろう」
非情な一言を投げかけるキースに、勇者は泣きそうな目を向けた。
「俺一人では、やり遂げられる自信がない……頼む、どうか一緒に来てくれ」
急にジメジメした泣き言を漏らす斬に二人がポカンとしていると、妖精の呟きが耳に入ってきた。
「あぁ、メンヘラ7レベルって、そういうこと……」