十周年記念企画・闇鍋if

友達の探偵事務所は小春日和

事件はいつも、唐突に幕を開けるものだ。
『はァ?引ったくり?んなもんケーサツの仕事だろ、ケーサツの!』
耳障りにブツッと音を残して、電話を切られる。
はぁっと大きく溜息をついた黒鵜戸は、傍らの友人を見た。
「どうだった?探偵さん、探してくれるって?」
「いや、ダメだった」
「……だろうなぁ〜」
ここは千葉の、とある駅。
昨日の晩に財布を取られたと泣きわめくトシローに連れられて、黒鵜戸と栃木の二人は捜しに来たのだが、当然ホームに落ちているはずもなく、駅員の処にも届け出されておらず。
「こりゃあ、持ち逃げ決定かな」という栃木の言い分で、恐らくビンゴだろう。
「ジョーダンじゃねーよ!あの財布にはなぁっ、お守りが入ってんだよ、お守りが!」
「お守りなんざ、また神社で買ってくりゃ〜いいじゃねぇか」
呆れる栃木に「バカヤロー!」と、もうトシローは半狂乱だ。
「お守りは買えても、207の勇姿を撮った写真は買えねーだろうが!」
どうやら、お守りの中に写真を入れていた様子。
207とやらが何なのかは栃木はモチロン、黒鵜戸にも判らなかったのだが、二人とも曖昧に頷いておいた。
どうせトシローの事だから、アニメの美少女キャラか、鉄道車両のどっちかに決まっている。
先ほど黒鵜戸が電話をかけたのは、とある探偵事務所の番号。
たまたま目をやった先の壁に貼ってあったのが、探偵事務所のポスターだったのだ。
迷子の猫探しから愛人調査まで何でもやると書いてあったから電話してみたのに、いざ繋がってみれば、けんもほろろに断られ、電話を一方的に切られたという次第である。
とんだ誇大広告だ。
「トシロー、もう諦めろ。お前のお守りはな……星になったんだ」
肩を落として男泣きする親友を慰めるも、トシローは黒鵜戸にまで噛みついてきた。
「冗談じゃねぇっ!あいつの亡骸を見るまで、俺は絶対諦めないぞ!!」
「もう飽きるまで好きにやらせとけよ、黒鵜戸」と、早くも飽き飽きした様子で栃木は投げている。
栃木にしてみたら、お守りの一つや二つ、なくしたところで、どうという事はない。
男が泣くのは、大金の入った財布を落とした時と親の死ぐらいなもんだ。
探偵にしたって、そうだ。彼らの言い分は正しい。
スリにやられたんなら、探偵ではなく地元の警察に届けるのが道理ってもんだ。
なおも泣きわめくトシローを黒鵜戸が宥めていると、栃木の背後から声をかけてくる者があった。
「あの、通報を受けて来たんだけど……財布をすられたって騒いでいるのは君達?」
まだ若々しさの残る、新人警官のようだ。
制服がパリッとしているのが、何よりの証拠。
「そう……」
「そうなんすよ〜、助けて下さい、おまわりさぁぁぁんっ」
栃木を押しのけて警官に抱きつくトシロー。
思わぬ重量に若き警官はウッと呻きかけるが、そこは警察のプライドで何とか持ちこたえた。
「よ、よし。じゃあ、まずは君が乗っていた時間帯。それから周囲にどんな人達がいたか、覚えている範囲で答えてくれるかな?」
さっそく始まった尋問を前に、黒鵜戸がヒソヒソと栃木へ囁く。
「なぁ、見つかるかな?トシローの財布」
「さぁな、無理じゃねーか?どうせポイント稼ぎだよ、ポイント稼ぎ。仕事やってますっていう」と、栃木は素っ気ない。
トシローと違って、警察は全くアテにしていないようだ。
ちらっと探偵事務所のポスターを一瞥し「警官より探偵のほうがアテになりそうだがな」とも呟いた。
「けど、引ったくりは警察の仕事だって断られちまったぜ?」とは、黒鵜戸の弁。
耳には痛いほど、先ほど怒鳴った探偵の声が残っていた。
所長の名前は確か御堂順といったか、東京の探偵事務所だ。
東京から千葉出張ってまでスリを探せと言われたら、そりゃあ怒るのも当然か。
「だからよ、千葉の探偵を捜すんだ。千葉の」
「千葉の探偵なんて、しらねーよ。栃木は知ってんのか?」
「知るわきゃねーだろ」
ぼそぼそ話していると、トシローが勢いよく頭を下げるのが見えた。
「よし、じゃあ君は家に帰りなさい。朗報が入ったら、電話で教えてあげるからね」
ぽむぽむと若い警官に肩を叩かれ、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃのトシローは微笑んだ。
「ありがとうございますっっ!」
「ははっ、喜ぶのは財布が見つかってからだよ。じゃあな、気をつけて帰るんだぞ」
笑顔の警官に見送られ、駅の階段を登りながら黒鵜戸が尋ねる。
「あの警官、なんだって言ってた?」
「沿線全部と車両の調査、それから駅員にも聞き込みしてみるから、朗報を待っててくれって」
ほぉ、と栃木が顎をさする。
「沿線全部たぁ、大きく出たな」
あまり信用していない口調だったけれど。
でもトシローも落ち着いたし、きっと、これで良かったのだ。
あとは財布が戻ってくれば、本当の意味でのハッピーエンドになれるのだが。


須藤巡査が拾ってきたスリ事件は、さっそく第三課が担当する処となり、非番だった連中をも駆り出して全員で調査にあたった結果、不審人物の特定までは絞り込めた。
奴の足取りを追うべく長田巡査と須藤巡査、それから柳巡査の三人は、東京行きの電車に乗り込む。
「……長田はん、さっきから始終無言や。やっぱ非番で駆り出されたんを根に持っとるんとちゃう?」
などと当てつけがましく柳に言われては、須藤としても落ち着かなくなってくる。
「あ、あのぉ、長田……さん?」
恐る恐る声をかけてみると、長田は、ふと我に返ったように振り返った。
「……ん?なんだい、須藤くん」
「い、いえ、その……機嫌、悪いようでしたから」
後半はボソボソと聞き取れない言葉を返す須藤に、長田は、しばしキョトンとした後。
「ん?あぁ、いや、そんなことはないよ。ただ、ね」
目線で二人を促してくる。
つられて目線の先を見た二人、あっと声には出さずに驚いた。
「ひ……広瀬、さん?」
「広瀬巡査や!イノシシ刑事が、こないなとこで何やっとるん!?」
同時に驚き、須藤だけは二度仰天。
「ば、馬鹿!失礼だろ、猪刑事なんて言っちゃ!!」
そんな二人を「しっ」と手で制し、長田が小さく囁いた。
「一課の動くような事件が、俺達の向かう先にあるとしたら……厄介だな」
「じっ、事件て!殺人事件があったとでも言わはりますん?」
「いや、そんな話は聞いていない。だが極秘という事もあり得る」
とにかく、と二人を回れ右させて、長田は二人の肩を抱く。
「関わらないに越したことは、ないだろう。俺達は俺達の捜査を優先させるぞ」
「は、はいっ」
「了解でっさ」
しかし一課が出向くような事件が東京で起きているとしたら、こちらにまで余波が来やしないだろうか?
長田の肩越しに、もう一度、広瀬巡査を見やってから、須藤は悪い予感を振り払おうと、一、二度、緩く頭を振った。


昼下がりの御堂探偵事務所――そのドアを、勢いよく蹴っ飛ばして入ってきた者がいた。
「いっよぉー、御堂さん!元気でやってっかぁ〜?」
明らかに所長よりも年下の男が、コンビニ袋を三つも下げて陽気に挨拶する。
「だ、誰?」
ポカンとする秘書の光一を置き去りに、御堂所長も陽気に挨拶を返した。
「おぅ、誰かと思やー広瀬んトコのタカ坊じゃねーか!元気にしてたか?」
「あっはっはっは、タカ坊はよしてくれよ、御堂さん!俺ァもう、坊主って歳じゃねーや」
確かにボウズって歳には見えない。
年の頃は、大体、二十後半から三十前後といった処か。
顎に生えた汚らしい無精髭と、所長の顎にも生えた無精髭を交互に見やり、光一はピンと閃いた。
「あぁ!なるほど、ヒゲ仲間か」
「なんだ?ヒゲ仲間ってーのはよ」
「御堂さん、そいつが秘書の妻賀光一くんか?へぇー、利発そうな顔をしてるじゃないか」
さして歳も変わらなさそうな男に子供扱いされては、光一だって、たまったもんじゃない。
「妻賀光一です。あなたは、うちの所長と、どういうご関係で?」
キリリと真面目顔を作って問いただすと、男は案外あっさり自己紹介を始めた。
「あぁ、悪かったな。名乗りもしねぇで。俺は広瀬高明。そっちの御堂さんには父が現役時代、世話になったんだ」
「現役時代?」と首を傾げる光一へは、御堂が補足する。
「タカアキんとこの親父はな、警察官だったんだよ。ま、いわゆる一課の刑事ってやつだ。んで、俺がたま〜に調査の手伝いをしてやって、持ちつ持たれつの関係になったってわけよ」
「いっ、一課の手伝いを!?」
いっちゃ悪いが御堂所長が警察の手伝いをする姿なんて、全く想像つかない。
いつもパワープレイで乱暴に事件を解決へ導くのが、この探偵のやり方だ。
「今日はお土産を持ってきたぜ!レアレア級の季節限定モルツなんだがよ、御堂さんはビール好きだったか?」
コンビニ袋からガサゴソとビール缶を取り出す広瀬に「おぉ、気が利くじゃねーかタカアキ!」と、舌なめずりせんばかりの所長。
真っ昼間から始まろうという酒盛りを前に光一が一人取り残されていると、不意に懐の携帯が鳴り出した。
「……はい。あぁ、成実?」
出てみれば、第一声はガールフレンドの『やだもー!サイテー』といった罵倒であった。
「な、なにがサイテーなんだよ?」
『取られたのよ!変態に!』
「何を取られたんだ?財布?」
『違うわよ、バカッ!パンツよ、パンツ!それも今履いてた奴!』
「は……はァッ!?」
『信じらんないっ、痴漢の上にスリなんて!やだ、もぉーっ。光一以外の奴にお尻触られたぁ〜!』
何を言っているんだと思うが、光一にも成実の言っていることが、さっぱり判らない。
判ったのは、彼女が履いていたパンツを痴漢にスリ取られたという衝撃の事実だった……!

さっそく居場所を聞いて成実と合流した探偵と助手、そして猪刑事の三人は、ざっと痴漢兼スリの人相を尋ねるうちに、広瀬がウーンと呻って顎をさする。
「どうした?タカ坊。前科犯に似たような人相でもあるってか」
御堂の問いに広瀬は、多分ですが、と前置きしてから答えた。
「三課の連中が探してたスリの野郎と似てるような気がするんですよ」
「三課?三課ってぇと、刑事警察の第三課か」
捜査第三課こそは、スリや引ったくりが専門の部署である。
「えぇ、似顔絵持って走り回っていたって、俺の仲間が言ってました。んで俺も三課の奴に見せてもらったんですが、そいつと特徴が似ているなぁと」
成実のパンツを盗んだのは、額に大きなほくろが二つもある男だった。
そしてトシローの財布を盗んだのも、やはり額に大きなほくろ二つの男であるらしい。
「一つならともかく、二つもほくろがあるのは、そうとう珍しいですよね……」
光一が納得したように頷き、所長は成実に千円札を手渡した。
「とりあえず、てめぇはどっかでパンティを買ってから家に帰れ」
そいつをベシッと叩き戻し、成実はアッカンベーをくれてやる。
「おあいにく様!もう新しいのを履いてますっ」
「そりゃあ、まぁ、年頃の女の子が、いつまでもノーパンなわきゃ〜ないですよ、御堂さん」
取られた本人よりも頬を紅潮させる広瀬をチラ見して、光一は密かに口の端を歪める。
こいつ、童貞だな。童貞に違いあるまい!

そこを、バタバタと警官服の三人組が走り抜けていった。
「重要参考人物は、現在歌舞伎町方面へ逃走中!」だのと、通信機に向かって話しかけながら。

「おぅ!待て、待て待て、厚志ッ!!」
咄嗟に広瀬が呼びかけると、最後尾を走っていたロンゲが振り向き、あっと驚いた表情を見せる。
「高明、どうして此処に?まさか事件の現場って、此処なのか!?」
「事件なのは、お前らだろうがよ。俺達ぁ、スリを探してんだ。いや、どっちかっつーと痴漢かな?」
「痴漢……スリ?」
呆気に取られる長田の耳に、甲高い声が突き刺さる。
「違うわよ、パンツ泥棒よ!」
「ぱ、ぱんつ?」
ますます長田はポカンとし、御堂所長が説明してやった。
成実のパンツを奪った男を捜しているのだ、と。
パンツ泥棒の特徴を聞いた時の長田達の驚きようときたら、事件を知った時の光一と同じぐらいの衝撃で。
聞けば彼らも、ほくろ二つの男を追跡中なのであった。
所轄と連携を取り、ほくろ男の身柄を確保したまでは良かったが、男が突如警官を振り切り、逃走した。
再び所轄と合同で、奴との追いかけっこを始めたというわけである。
「財布だけでやめときゃ良かったのに、痴漢と公務執行妨害のオマケつきやで?アホなやっちゃな」
小馬鹿にした調子で言う柳に、今回ばかりは須藤も同意せざるを得ない。
それぞれの執行猶予は大したことがなくても、逮捕歴は一生残る。世間の目も厳しくなる。
ともあれ、ここで立ち話も何だということで長田達に同伴し、御堂達もほくろ男を追いかける。
「光一、犯人捕まえたらボッコボコにしてやんのよ!いいわね〜っ!?」
背後に成実の殺伐とした応援を受けながら、光一は笑顔で手を振り返す。
「オッケー、任せてよ!前と後ろが判らなくなるまでフルボッコにしとくから!」
「……ボッコするのは、最終手段に留めておいてくれよ?まずは、取り調べをしないとね」
一応忠告しておく長田には、所長が頷いておいた。
「そいつぁー奴が財布とパンツをどうしたかに、かかってくるがな」

新宿は御堂のねぐらである。
そして、彼には強力な助っ人も存在した。
『眉間にでっけェほくろのある男?そいつぁ、もしかしてジゴロの三造じゃあ、ありやせんかねェ』
「なんでェ、知り合いかよ?」
御堂が電話している相手は大西建設の社員、立場竜二。
もっとも建設業とは表向きの顔で、裏はヤクザの巣窟である。
『冗談じゃねェ、オンナ専門に荒らし回ってるチンケなスリ野郎でさァ。今までに三度パクられてやす』
「なるほど、前科持ちだったってぇわけか。それでケーサツ振り切って逃げたんだな」
「女性の持ち物を奪うなんて、酷い奴だな!」
須藤は憤慨し、光一に薄目でニヤニヤされる。
「違うっしょ、オンナ専門ってことは、アレだよアレ。僕は素敵な恋泥棒!だよ」
「恋泥棒?ただの泥棒じゃないっていうのか」
探偵助手のアホ話を真剣に聞いている同僚に、すかさず柳がツッコミを入れる。
「アホちゃうか?レイプ犯とちゃうで。スリ野郎っつってるやん、ヤクザのにーちゃんも」
「レッ……!」と言葉に詰まったまま須藤は真っ赤になって口パクパク、光一はつまらなさそうに肩をすくめた。
「わかってるよ、ちょっと真ちゃんを、からかってみただけじゃん」
「しっ、真ちゃんて!じっ、自分は須藤巡査です!!」
初対面なのに、真ちゃん呼ばわりとは。
探偵の助手ってのは、皆こんな馴れ馴れしい奴ばかりなのか?
「見つけたぜぇっ、あそこだ!」
いきなり御堂が大声で叫び、立ち止まる。
「えっ、ええぇっ?どこ、どこに!?」
慌てて警官四人は周囲を見渡すが、はて、ほくろのある男なんざぁ、ドコにも見あたらないではないか。
……否、光一も見つけた。遥か遠く、五百メートル先に。
「ふっとべ!!」
「あ、ちょ、所長、ちょっと待って……!」
両手を振り回す所長を止めようと光一が声をかけるも、ほんの少しタイミングが遅く。
「うわぁっ!」
強風に煽られ倒れそうになる長田は広瀬が庇い、須藤と柳は訳も判らず地面に伏せた。
飛び交うゴミ箱、青空に舞い上がる紙ゴミの類。猫や鴉なんかも、一緒に飛んでいったような気がする。
後に残ったのは静寂と、辺り一面ゴミが散乱した無惨な道路だった。
「……な、なんなんだ、今の突風は!?」
「アレな、御堂さんの必殺技だ。俺も小せェ頃に見た記憶があるんだが、ひでぇもんだったよ」
「そ、そうか……ところで」
「ウン?」
「そろそろ、どいてくれないか?」
押し倒す格好で長田に抱きついていた広瀬がヨイショッと立ち上がり、続いて長田も立ち上がる。
全く、ひどいもんだ。辺りの惨状もだが、制服もゴミまみれになってしまった。
遥か先では光一と御堂がほくろ男へ馬乗りになって、取り押さえている。いや、殴っている。
果たして署に連れ帰ったところで、素直に吐いてくれるかどうか。雲行きが怪しくなってきた。
「……ま、とりあえず逮捕おめでとうってトコロだな」
慰めのつもりなのか、ポンと気軽に肩を叩き、広瀬はブラブラ歩いていく。
ほくろ男の方へじゃない。あっちは駅の方角だ。
「あ……高明、一緒にきてくれないのか?」
「どうして俺がついていかなきゃいけねーんだよ。あとは、お前ら三課と探偵の仕事だろーが」
振り返った広瀬はニッと笑い、去っていった。
結局どうして彼が此処にいたのか、そして何故探偵とつるんでいたのかは判らなかったけれど。
「そろそろ止めたほうがえぇんとちゃう?ほくろ男、意識飛びかけとんで」
「わ、わわわっ、やめてくださ〜いっ、二人とも!」
我に返った柳のツッコミを受けて、須藤は彼らの元へ急行した。


後日。
財布はトシローの元へ戻ってきたし、パンツも成実の元へ無事に戻ってきた。
トシローの財布には、ちょっとしたオマケもついてきた。
彼が財布に入れていたお守りは、残念ながら犯人に捨てられてしまい、探しようもなかったのだが……
「大切なものだったのかい?」と尋ねる長田へ、須藤が頷く。
「想い出の写真が入っていたみたいです。207系って何の略称でしょう。長田さんは、ご存じですか?」
「国鉄……かな?」
須藤の問いに、長田は首を傾げポツリと呟いた後に、こう付け足した。
「電車の写真が入っていたのか。なら俺の友人に頼んで、近い写真を送ってもらおう」
「えっ?」
「長田はんのお友達って、鉄道会社の社員か何かですか?」
首を傾げる新人二人に、長田は笑って答えた。
「友人に鉄道マニアがいるんだ。彼なら207系と聞いただけでピンと来ると思う。たぶん写真も撮っているだろうから、その中から少しだけ焼き増ししてもらうよ」
「へぇー、長田はんも友人の幅が広うおまんなぁ」
呆れる柳と対照的に、須藤は素直に感動している。
「さすが長田さん!各方面に顔がきくんですね」
「きくって程じゃないよ、学生時代からのつきあいってだけさ」
それでも須藤のお世辞には気をよくしたのか、帰り際には、しっかり長田に飯を奢って貰った二人であった。

「見ろよ、これー!見ろよコレ!見てみろよー!」
大興奮のトシローにつきつけられ、黒鵜戸と栃木は机に並べられた数枚の写真を見る。
「前!」
ばばんっ!
「後ろ!」
ばばんっ!
「斜め後ろ!そして上空!線路下からのアングル!!」
同じ車両が、様々なアングルで何枚にも渡って写されている。
「すげぇ!一枚が十枚にグレードアップして戻ってきた!!それもこれも、俺の日頃の行いの良さの賜だ!」
何が嬉しいのか、写真を抱きしめて大喜びのトシローを横目に、冷めた視線で栃木がぼやく。
「何言ってやがんだ、全部財布を取り戻してくれた警官のおかげだろーが」
「なぁ、今度からお守りは財布の中じゃなくて、首にさげて歩いたらどうだ?」
黒鵜戸の妙案に、トシローも満面の笑顔で頷く。
「おぅ、ナイスアイディア!俺と207は永遠に二つで一つ、一つで二人というわけだな!」
「……なぁ〜に言ってやがんだか」
そんな阿呆の戯言を聞き流し、栃木は、大きく溜息をついたのだった。

End.

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