ヨーコのデート相手募集に応募してきたのは……?
その日、アストロナーガ広島支部の食堂で大きなざわめきがあがった。皆が注目するのは、食堂の壁にデカデカと張り出された張り紙だ。
「デート相手募集……?あの、ヨーコが?」
男性スタッフは全員、己の目が信じられないとばかりに何度も目を擦る。
彼女は誰が見てもクレイ一筋、他の男をつまみ食いするようなタイプじゃない。
だが肝心のクレイも春名一筋とあっては、恋心を諦めて他の男へ乗り換えざるを得なかったのだろうか。
「条件が厳しすぎないか?」と張り紙内容にケチをつけてきたのは、助スタッフの猿山だ。
彼が選ばれることは万に一つもないとした上で見ても、確かに。
1.誰が見てもハンサムな人
2.女性に優しい人
3.こちらの要求に文句を言わない人
デート相手じゃなくて奴隷の間違いじゃないか?と言いたくなるほど我儘満載な条件付きの募集だった。
「こんなの応募するやついるのかよ」と嘲笑う人まで出てきて、募集は企画倒れになるんじゃないかと野次馬は全員思ったのだが……
立候補は、意外な処から手があがった。
ヨーコの個室にて。
「ハァ?あんた、どんだけ身の程知らずなの。条件項目、ちゃんと読んでなかったの?いっぺん鏡を見て出直しなさいよ」
部屋主に散々な罵倒を浴びせられても、ピートに動じた様子はない。
「全部見た上でデートしてやろうと思ったんだよ。誰も名乗り出てこなかったら、お前が哀れすぎるだろ?」
見下し視線のオマケつきで言われちゃ、ヨーコだって黙っていられない。
「ハン、あんたに名乗り出られる方が迷惑だわ!あんたが立候補したせいで、他に誰も来なかったらどうしてくれんのッ」
「元々誰も来ないから安心しろよ。それよりデートって書いてあったけど、お前、デートなんかしたことあるワケ?」
ピートには鼻で笑われて、さらにヨーコの怒りはヒートアップ。
「あんたこそ、プレゼントすりゃ女の子は誰でも喜ぶって思ってんじゃない?だったらお子様以下の戦略ね!」
ピートが日々、殆どの女性スタッフにプレゼント攻撃しているのはヨーコも多々目撃している。
その割に恋人ができたとの噂を一つも聞かないってのは、プレゼントは貰うだけ貰われて、それきりってことだ。
ヨーコにプレゼントしてきたことは一度もないが、常々クレイを追いかけているのを見て遠慮したのだろう。
実を言うと、デート相手募集にはクレイが応募してくれるのを期待していたヨーコである。
なにしろクレイはシャイで奥手だ。人前でヨーコをデートに誘うのも一苦労であろう。
しかし蓋を開けてみれば、応募してきたのはピートだけ。
もしクレイが辞退したとしても、他のイケメン、シュミッドやソールが応募してくると信じて疑っていなかった。
男は美少女が好きだ、という持論に基づき。
ヨーコは美少女の自覚がある。
実際、能力に目覚める前までは数多の少年にモテモテだったのだ。
なのに今の状況は、どうしたことか。バカにされているとしか思えない。
「へーぇ。そういうお前は生まれてから一度も誰にも何もプレゼントしたことないんじゃない?ケチだよな〜」
「女はプレゼントを貰う側でしょ!何が悪いってのよ」
一通りギャンギャン喧嘩した後。
一息ついたピートが、改めてデートの開始を促してきた。
「で、どうすんの?デート。オレが嫌なら、この企画は企画倒れだったって皆に報告してくるけど?」
「うるさいわね!行くに決まってんでしょ、ほら、さっさとついてきなさい!」
外出許可は事前に貰ってある。
T博士には嫌な顔をされたが、U博士が背中を押してくれた。
そのU博士も応募してこなかった一人だが、博士は特別な立場なのだし仕方ない。
エレベーターが一階に到着する。
潜水艦へ乗り込むと、ミクが出迎えてくれた。
「U博士から事情をお聞きしておりますぅ。市街には避難警報が出ておりますのでぇ、海岸線に降りていただきますね。三十分後にお迎えにあがりますぅ」
「三十分?そんなにいらないわ、十分で充分!」
ビシッと言い捨てるヨーコに一瞬キョトンとしたミクは、少し考えてから頷いた。
「……はい、判りました。では、海岸線でお待ちしておりますねぇ」
「海岸で何しようってわけ?この寒空で身体を焼くつもりじゃねーだろうなぁ?」
ヨーコは茶化してくるピートをジロッ!と睨んだ後は、無言でシートベルトを締める。
十分だって長いぐらいだ。こんな気乗りしないデート、さっさと終わらせたい。
気乗りしないのはピートも一緒なのか、潜水艦が近郊へ浮上するまでの間、ずっとミクを口説いていた。
「ミクちゃんはデートする相手、いないの?」だの「今度オレとデートしようよ」だのと。
おかげでヨーコの怒りは最大限まで上昇し、ボートも無言の圧でもってピートに漕がせて上陸したのであった。
宇宙人の爆撃が、いつあるか判らない状況下において、海で遊ぶ人の姿は見えない。
そもそも、今の季節は冬真っ盛り。こんな時期に海で遊ぼうと考える奴は、そうとうのキチガイだ。
セーターの上に防寒コートを羽織ってきたが、それでも寒い。
「ふぇ〜〜……なぁ、デートするなら外じゃなくても良かったんじゃねーの?」
ちょっとでも愚痴ると、たちまちヨーコの「うっさいわね!あんたとデートしているなんて誰にも見られたくなかったの!」と怒号が返ってくる。
「あーあ。だったら無理にオレとデートしなくたっていいのに」
「仕方ないでしょ!?あんたが応募してきちゃったんだからッ」
「誰も応募してこなかったってことにすりゃ〜よかったじゃん」
「あんたの応募が皆にバレちゃった以上、どう取り繕っても無理じゃないッ」
またしても一戦繰り広げた後、不意にピートの視線が空へ向かう。
「何よ?」
つられてヨーコも頭上を見上げ、ギョッとなった。
「……何、あれ。ねぇ、なんか飛んできてない?近づいてきているわよ、こっちに!」
「やべぇッ」と泡食ったピートは、ヨーコの手を引っ張り走り出す。
空を飛んでいるのは自衛隊の偵察機なんかではない。
自衛隊は遥か前に壊滅させられたのだ、宇宙人によって。
となれば、飛んでくるのは何なのか。
――言うまでもない、宇宙人だ!
「急いで戻るぞ、ミクちゃーん!急いで潜水艦を出してくれーっ!」
ヨーコを庇うように抱きしめる格好で、ピートは浜辺を走る。
「ちょ、やめてよ抱きつかないで!一人で走れるってば」と叫びながらも、ピートが自分を守ろうとしている事実にヨーコは内心驚愕していた。
ずっと、彼には嫌われているのだと思っていた。
初対面で塩対応して以降、こちらに話しかける時のピートは、いつも皮肉に口を歪めて屁理屈ばかり放ってきたから。
今日だって、部屋に来るなり「よっ、誰にも相手されなくて可哀想だったから応募してやったぜ」と喧嘩腰だったのに。
本当のピートは超がつくツンデレで、今までの態度も照れ隠しだったというのか?
もつれる足取りで浜辺を走りきり、最後のほうは転がり込む勢いで乗り込むと、ミクの「急いで離脱しますぅ〜!」との号令と共に、潜水艦は水中へと姿を消してゆく。
乱れる息を整えながら、ヨーコはお礼を言っておいた。
「あ、あんた、わりと紳士じゃない。見直したわ」
「だろ?女の子には優しくってのがモットーなんでね」と、ピートは謙遜しない。
「あら、あたしのこと、一応は女だと認識していてくれていたの?意外ね」
ついつい喧嘩調になるヨーコへウィンクを一つ飛ばすと、ピートは笑った。
「何言ってんの?最初から女の子だと意識してたじゃん、オレ。じゃなかったらナンパしたりしねーって」
そうだった。
初対面で塩対応した原因こそが、彼のナンパだったのだ。
いきなり今度デートしない?などとチャラけた言葉を投げかけられて、当時、打倒宇宙人に燃えていた自分は思いっきり罵倒で返してしまった。
今考えると、少々大人げなかったかもしれない。ヨーコのほうが年上なんだし。
もう一度、ちらっとピートを横目で見ながら、彼女は、そっと考える。
女の子だと認識していたことや、今日、庇ってくれたことには感謝しておくけど。
でも、全然イケメンじゃないから論外ね――
やっぱり自分のデートに似合う相手はクレイしかいないのだと、ヨーコは改めて思い直したのであった。
End.
【あとがき】
イケメンではない男に美少女はトキメキません!(真実)
ごめんね、ピート。こんなオチで……