黒騎士特殊任務発生!姫を護衛せよ
姫様の護衛は通常、白騎士団の仕事だ。だが、お忍びで出かけるとなると白い鎧は目立って仕方がない。
否。
厳密には鎧が目立つのではなく、騎士団長の容貌が人々の目を惹いてしまう。
今回の姫様お忍び旅行、その護衛に選ばれたのは、黒騎士団の中でも一際人目を惹かない人物であった。
「は?なんだよ、その理由。俺は行かねぇぞ」
ジェーンに任務を伝えられて、キリーの一言目は拒否であった。
姫様が一週間のお忍び旅行へ出かけるので、黒騎士に護衛を命じた。
姫様とは言うまでもなく我がレイザース王国の姫君、マーガレット王女である。
レイザースの騎士団は王家に属する軍隊だ。
姫がついてこいと命じるのであれば、拒否は一切許されない。
「あんたって、どんな命令でも絶対に我儘を言うんだね。けど、もう決まっちまったんだよ。あたしとあんたで護衛するってのはサ」
ジェーンは肩をすくめて、目の前の男――自分より背丈の小さな、眉なし野郎を見やる。
王女の命令には続きがあり、黒騎士の中でも目立たない地味な奴を二人ほど選べというもので、黒騎士の団長テフェルゼンは迷わずキリーとジェーンを指名した。
自分は人目を引くような華々しい外見ではないし、キリーも格段に地味な風貌だろう。
それに、お貴族様な騎士と異なり、自分とキリーは庶民ならではの視点がある。
お忍び旅行の護衛にうってつけな人選だと、ジェーンは納得した。
「大体なぁ、お忍び旅行って、どこへ行こうってんだよ?あんな姫様、どこ行っても目立つだろうが」
まだ文句のうるさいデコ助を見下ろして、ジェーンが笑う。
「当然変装して出かけるに決まっているじゃないか、姫様も、あたしも、あんたも全員ね。さぁ、出発は明後日だよ、今のうちに手持ちの服で一番マシなやつを見繕っておきな」
「明後日だぁ!?」
命令が下って間もない出発で驚くキリーへ「何を驚いてんのさ」とジェーンは返す。
「お忍びだよ?しかも、王様にも白騎士団にも内緒のお出かけだ。こっそり出かけるなら、早いほうがいいに決まってんだろ」
「よ……よく団長が許したな、こんな命令」
王様や白騎士団を出し抜くのは、造作もないだろう。
あの姫様は国民調査と偽って、ちょくちょく城を抜け出す常習犯だ。
だが、堅物なアレックスが姫様のお忍び旅行を許したのは意外な気がした。
「うちの団長が何を言ったって無駄さ」と、ジェーン。
「あの姫君は白騎士団長の意見しか聞かないからね」
今の白騎士団長がマーガレットの推薦で決まったというのは、国中の噂になっている。
もはや定説と言い換えてもいい。
姫は白騎士団長グレイグの意見であれば首を縦に振る。彼に心底惚れ込んでいるからだ。
アレックス程度じゃ、お忍び旅行計画を止められなかったのも道理である。
「はぁ、仕方ねーなぁ……んで、どこへ忍んでいこうってんだよ」
渋々承諾するキリーを一瞥し、ジェーンは肩をすくめた。
「当日のお楽しみだってさ。どこへ連れて行かれるんだか、今から覚悟しておくんだね」
全く、ふざけている。しかし王家の命令だってんじゃ従うしかない。
どこへ行くにしても、自分とジェーンだけってんじゃ実力不足が否めない。
当日は必要以上の傷薬や撃退道具を買い込んでおこうと、キリーは密かに考えた。
――二日後。
「はぁ!?城下町がお忍び先ってバカにしてんのかよ!」
「シィッ。お忍びなんて大声で言うんじゃないよ、このバカ」
キリーとジェーンが連れて行かれたのは王国のお膝元、レイザース首都の城下町であった。
正しくは城下町の一般領である。
城を抜け出た姫が、いつも遊びに来ている場所じゃないか。
町娘にドレスチェンジしたマーガレットが、くすくす笑う。
「このメンバーでの遠出は危険でしょう?ここでしたら、すぐ帰ってこられる距離ですし」
何一つ反論の余地がない理由だ。
キリーが黙り込んだのをヨシとして、ジェーンは姫に尋ねた。
「それで、今日は何処を見物に行くんだい?朝市だったら、もう終わっちまったよ」
「今日は国民調査ではありませんよ。とあるおうちを見に行くんです」
「とあるおうち?」
二人して首を傾げるも、姫は「ほら、早く早く!」と先に歩き出し、慌てて追いかける。
やがて商店街を抜けて住宅地、アパートの立ち並ぶ列へ入り込む。
「ありましたわ、ここです、ここ!」
パンと手を打ち、姫は嬉しそうにアパートの一つを見上げた。
「誰か知り合いが住んでいるのかい?」
尋ねるジェーンは、先ほどから一貫してフランクな口調を崩さない。
どこで誰が聞いているか判らない以上、敬語は使えないと判っていても、姫君相手に平気でタメグチを使える彼女には、キリーも驚愕の眼差しで見つめるしかない。
仲間内ではキリーもフランクなほうだが、さすがに王族が相手でのタメグチは気後れしてしまう。
「何驚いてんのさ?傭兵やってりゃ口調の切り替えなんざ日常茶飯事ってやつだよ」
キリーには小声で囁き、ジェーンは「直接の知り合いではないんですが、ここに住んでいると聞いたものですから」と話しながら建物へ入り込む姫の後を追う。
これからマーガレットが会おうとしている人物が誰なのかは、ジェーンにも見当がつかない。
アパートに住んでいるとなると、ある程度、収入が安定した職業、傭兵やハンターが該当するだろうか。
三階まで階段を登り、一つのドアで立ち止まると、マーガレットは全く躊躇せずにチャイムを押した。
すぐに「はいはい、どちら様かな?」と出てきたのは金髪を逆立てた非常に見覚えのある中年男性で、こいつはハリィ=ジョルズ=スカイヤードじゃないか。傭兵チームを率いている。
姫はグレイグ経由で住所を聞き出したに違いない。
二人が親友だというのも、騎士団内じゃ、すっかり有名な話だ。
マーガレットを見た瞬間、ハリィは一瞬怪訝な表情になったが、姫が「はじめまして、ハリィさん。私の友人が貴方を大層褒め称えてまして、どのような方か気になってしまいましたの。突然の訪問、ごめんなさいね」と挨拶するのへは、柔和な笑顔で「いや、構わないよ。可愛いお嬢さんの訪問は大歓迎だ」とし、ちらりとキリー及びジェーンへ目を向ける。
「そちらは、お友だちかな?立ち話もなんだし、三人ともあがってくれ」
こちらの粗末な変装を尊重して、全く知らない人として接するつもりのようだ。
彼の気遣いに感謝しつつ、キリーやジェーンも「おじゃましまーす」と無難に返して上がり込む。
キリーとジェーンは珈琲、マーガレットは紅茶をごちそうになり、お茶請けにクッキーを齧りながら姫が本題を切り出す。
「私のお友達が言うには、貴方ほど優しくて男気のあふれる殿方は、いらっしゃらないんですって。貴方は、どうやって彼に男気を示したんですの?素敵な想い出話などございましたら、聞かせてくださいませ」
"お友達"とはグレイグだと予想されるが、彼が姫へ親友自慢をしていた事実に、キリーは目が点になる。
ハリィにしても同じだったのだろう。返事は、やや遅れた。
「んー……そうだな、誰かに語られるほどの男気を見せた覚えはないんだが、もしかしたら、君の友人は俺に一種の羨望を向けているのかもしれないね」
「憧れ?」
「そうだ。兄貴分は男気あふれる人物であれという、願望とも言える」
それは充分ありえる。
ハリィは連携を十八番とするチーム傭兵だ。
一人で男気を見せる機会が、そうそうあるとは思えない。
しかしグレイグの願望なり羨望だったとしても、そう思わせるだけの何かがハリィにはあるのだ。
これまでの接触を思い出す限りじゃ、人当たりの良い中年という印象でしかないのだけれど。
「……あまり納得がいっていないみたいだね。ご期待に添えられなくて、すまないな」
マーガレットも、やはりキリーと同じ結論に至ったようで腕を組んで考え込んでいたのだが、ひとまずハリィとグレイグの間に特別な想い出はないと判って、ホッとしたような表情を浮かべた。
「いいえ、こちらこそ突然お邪魔した上、プライベートに深く入り込むようなことをお尋ねしてしまって、すみません。そろそろ、お暇しようと思います。今日はお時間を割いていただき、ありがとうございました」
ふわっとスカートを摘んでの貴族挨拶に、キリーは内心慌てる。
せっかくハリィが気を遣って素知らぬフリをしてくれたってのに、台無しにする気か。
「そうだね、じゃあ帰ろうか。珈琲ごちそうさま!」
ボロが出ないうちにと、ジェーンが姫の背中を押して外へ飛び出る。
キリーも「じゃあな」と急ぎ足で出ていく背中越しに、ハリィの挨拶を聞いた。
「あぁ、また遊びに来てくれ。次までにはグレイが大好きなチェリーパイを用意しておくよ」
End.
【あとがき】
キリーと二人っきりでのお出かけは姫が嫌だろうってんで、ジェーンも同行させました。
出かける範囲が超近距離なのは、やっぱり危険だからです。
城下町内で、どこへ行くかは少し悩みました。ハリィが住んでいて良かった(笑)