24th Anniversary

2025年夏休み企画・ワーグと夏祭り(if)

++Back++

フォースとワーグの夏祭り

一週間後。
プライストン家の庭にて、夏祭り予行練習が開催される。
古来のファーストエンドにおけるジパンと呼ばれた地域には、独特のデザートがあった。
その名も、かき氷。
氷を砕いて食べるという、簡単ながらも夏を感じられる風流なものであったという。
ワーグに再現を頼まれたフォースはレシピを知るフォルテ監修の元、ついにかき氷を作り上げた――


「へぇ、これが……」
皆の見ている前で、きめ細やかな粉末がガラスの器へ盛りつけられてゆく。
粉末の正体こそが氷であり、水を凍らせたものであった。
攻撃魔法におけるブリザードやアイススピアの氷と一緒ですよとフォルテには説明されたのだが、魔法で発生させる氷は瞬間的であり、物質として長くは保てない。
その代わり、氷魔法を水にかければ凍らせられると言われた。
アーシスの水資源は怪物の体液を濾過したものとはいえ、飲み水として使用しているのだから簡単に出来るかと思いきや、何度氷魔法をかけても凍らなくて苦労した。
これもフォルテの解説によると不純物が混ざっているとのことで、最終的には彼女の持っていたマナ還元装置の簡略機械を使って不純物を取り除く大作業になった。
五人分の氷を調達するだけで、この手間である。
祭り本番には適用できないといったフォースの報告を聞きながら、ワーグが結論づける。
「大人数の氷を用意する方法は、また別の機会に考えようぜ。今回は残念だが、俺達が楽しむ分だけに留めとくか」
ナイフで氷を削っていたフォースも「うん」と頷き、五人分のかき氷を皆へ差し出した。
「さぁ、これが古来の祭りで堪能された、かき氷で――」
「うめぇ!水なのに歯ごたえがある!」
最後まで言い終える間もなく、グラントが口いっぱい氷を掻き込んで大声をあげる。
「やぁ……綺麗すぎて、食べるのもったいない〜」と騒いでいるのは、姉のレーチェだ。
あらゆる方向から、かき氷を眺めて楽しそうではあるのだが、早く食べないと溶けてしまう。
「氷だから長くは保ちそうにないわね……」と呟いたソマリが、かき氷を持って立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」とのワーグの問いには「涼しい場所で楽しむことにするわ」と言い残し、どこかへ歩き去っていってしまった。
皆が喜ぶ様子を見たかったフォースは少々寂しい気分になったのだが、続けてワーグの「なら、俺達も涼しい場所で楽しむとするか。フォースも来いよ」といった誘いにはホイホイ頷いて、大人しく後をついていった。

招かれた先はワーグの私室だった。
いくら近所の幼馴染といえど、通されるのはリビング止まりで、これまで一度も足を踏み入れたことのない場所にフォースは緊張が高まってくる。
扉の前で何度もスゥハァ深呼吸していると「何緊張してんだよ、早く来いって」と腕を引っ張られて、勢いでワーグに抱きとめられながら部屋へ入り込んだ。
「ご、ごめんっ」
すぐさま身を引き、机にかき氷を置くと手近な椅子へ腰掛けた。
「謝る必要ねぇって。まぁ、それにしても俺の無茶振りに、よく答えてくれたよな」
ワーグも自分の分をフォースのかき氷の横に置き、しみじみ眺める。
氷は光を反射しているかのようにキラキラ輝き、古代ファーストエンドに降り積もったとされる雪とやらも、このように綺麗だったのだろうかと妄想させる。
ワーグが生まれるよりも、ずっと昔のファーストエンドには自然現象が多々あった。
もう、この目で見ることは叶わなくても、何らかの手段を以て再現してみたい。
その一つが、このかき氷――正確には氷の製造方法にあった。
氷を大量生産できる方法が見つかれば、大地一面に降らせることも出来るのではないか。
そんな想像をしながら無言でかき氷を見つめるワーグを、フォースも見守る。
ワーグのかき氷への想いは文献で見たから食べてみたい程度ではないんじゃないかとフォースが考えたのは、氷を作る工程で四苦八苦していた時だ。
恐らく彼も、過去に氷を作ろうとして挫折したのではなかろうか。
だから魔術使いである自分に後を託したのだ――そんなふうに思えてならない。
まぁ、これはワーグに必要とされたい己の願望も含まれているのだけど。
「ほい、あーん」
不意に氷の乗ったスプーンを突き出されて、きょとんとするフォースにワーグが笑う。
「二人で食べる時にゃあ、口を大きく開けて受け止めるんだろ?文献にも書いてあったぜ」
「や、それは、こっ……恋人同士で、食べる方法だろ」
恋人と口にするだけで、かぁっと頬が熱くなる。
あの文献、ワーグが借りてきた書物はフォースも目を通したのだが、恋人はスプーンを差し出しあって交互に食べるのだと書かれており、顔面から火を吹くんじゃないかと思うほど赤面した。
互いに相手のスプーンで食べる、ということは、つまり自分のスプーンに相手の唾液がつくわけで……ワーグの唾液がついたスプーンなんて手に持ったら、どうかしてしまいそうだ。
「いいじゃねぇか、お前も俺が好きなんだろ?」
なっ!なんで、それ知ってっっっっ」
勢いよくガターンと席を立ち、思わず叫んだ後で自分の失言に気づき、ますます頬が火照ってきた。
真っ赤に染まるフォースを面白げに眺め、ワーグが追い打ちをかけてくる。
「ずっと判っていたさ。小さい頃から、あんだけ視線で追い回されちゃ」
「そっ……そんなに、見てた?」
「見てた見てた、幼い頃のお前とレーチェは俺しか見えてなかったよな。ま、それは今でもか」
モジモジしながらフォースが俯き加減に問い返すとワーグは肩をすくめて即答した後、じっと此方を見つめてくるもんだから、迂闊に顔をあげられない。
初めてご近所でワーグを見かけた時から、フォースとレーチェの興味は全部彼に持っていかれてしまい、外へ出るたびにワーグの姿を求めるようになった。
まさか、それを本人に気づかれていたばかりか恋心まで看破されていたとは。
嬉しい反面、恥ずかしさで死にそうだ。
一緒に遊んだのは数回、全部ワーグからの誘いを受けてだった。
今思えば、視線に気づかれていたからこその誘いであり、二重に羞恥がこみ上げる。
カッカポッポ赤くなって押し黙るフォースの口に無理矢理スプーンが突っ込まれ「むぐぅっ!」と咥えながら顔をあげたフォースの目に飛び込んできたのはワーグの笑顔で、ちゃんと味わう暇も余韻もなく氷が喉を滑り落ちた。
おかげでフォースは「も、もう……不意討ち、ずるいよ」と悔し紛れに呟くのが精一杯。
だというのに、ワーグときたら「どうしても食べないってんなら口移しにしてやっても良かったんだが、それだと溶けて水になっちまうしな」などと笑い飛ばし、フォースの口に突っ込んだスプーンを抜き取って自分でも一口頬張る。
「あっ……」と驚くフォースの前で「冷てぇ!それに、口溶けもいい。こいつぁ夏にうってつけのデザートだ」と素直に喜び、瞬く間にぺろりと平らげた後は、またしても見つめてくるから、フォースは落ち着かない。
「な、なに?」
「いや、俺に頼まれたからって本当に完成させるたぁ凄い奴だなって感心してたんだ」
「す、すごい……本当に?」
言われたことが素直に信じられず、聞き返してしまう。
だってワーグはいつも自信満々だけれど、友達を褒めるなんて行為を見た覚えがない。
多分、今のクラスで一番仲良しだと思われるグラントも、からかわれてばかりだ。
「ホントも本当、なんで疑ってんだよ。もっと自分に自信持てって!大体お前はさぁ、普段から何でも一歩引きすぎなんだよ。クラスの代表に選ばれたんだぜ?要は俺と同じ実力ってやつだ……だったら、お前も胸を張って生きろよ」
そこまで言われるほどコミュ障ではないし、一歩引いていた覚えもないのだが、他人から見ると、そうなんだろうか。
過去の己を鑑みて悶々と考え込むフォースの脳裏に、ふと浮かんだ疑問があった。
「んん……も、って?」
「ん?」と首を傾げる相手に、再度問う。
「や、さっき、お前"も"俺が好きなんだろ……って言わなかった?」
「あぁ、なんだ。今頃気付いたってか。そうだ、俺もお前が好きだからな、お前も俺を好きなんだろって聞いたんだ」
なんでもないことのように言われ、二度三度脳内で反芻するうちに、またしてもフォースの頬がカァァッと火照ってくる。
うそ、やだ、これ夢?
ワーグが告白してくれるなんて夢に決まっている、白昼夢って本当に見るものだったんだァ。
恥ずかしいのと嬉しいのと信じられないのとで大混乱なフォースの耳元を、ワーグの囁きが擽ってきた。
「このかき氷は、俺への愛が作り上げた賜物だと解釈したぜ。来年も、うちでかき氷を食べよう。ただし、俺とお前の二人だけで、な」
「う……うん」
やばい、涙が出てきた。しかも、すぐには止まりそうもない。
ボロ泣きしながら、かき氷を頬張るフォースの頬をワーグの指が拭ってくる。
それにも追加で感涙しつつ、フォースは貴重な夏を堪能したのであった。


End.


Page Top