ソマリとワーグの夏祭り
一週間後。プライストン家の庭にて、夏祭り予行練習が開催される。
古の時代のファーストエンドにおいては、地方ごとに異なる祭りが存在した。
その中の演し物でも、特にソマリの興味をひいたのは――
「うぉぉー!ワッショイ、ワッショイ!」
褌に上半身裸という格好で、大勢の下男が棒を通した巨大な箱を担ぎ上げる。
かつて、この地にあった神輿と呼ばれる乗り物を再現した。
巨大な神輿は、とんでもなく重量があって、ずっしりと棒が肩に食い込んできて痛いったらありゃしないのだが、こいつを担いで表庭から裏庭へ抜けて、ぐるっと一周してこいと言われた。
誰にって、ユカタに身を包んで男たちを見物するソマリにだ。
「一周って結構距離があるみたいだけど、大丈夫なの?」
焼き肉をクチャクチャ噛みながらレーチェが心配する横では、ワーグが「平気だろ、うちの下男は体力バカばっかだしな」と適当全開で返し、下男たちは文句一つ言わず御輿を担ぎあげて、ワッショイの掛け声と共に裏庭へと歩いてゆく。
「神の輿って書いて、ミコシかぁ。昔は神様を乗せていたんだね」と、フォース。
今は神と呼べる存在が近くにいない。
本番で出すとしたら、このまんまではなく多少改良を施したほうが良かろう。
フォースの提案に「あ、じゃあ、可愛い女の子を乗せるとか?」なんて軽いノリでレーチェが返す。
「可愛い女の子って、例えば?」
グラントの切り返しに「可愛いよりは神秘的なほうがいいだろ、例えばソマリみたいに」などとワーグまで悪乗りしてきて、慌てたのは名前を挙げられた当人だ。
「わっ、私は駄目よ。神秘的じゃないし、軽くもないし……」
「え〜?そうかなぁ」と異を唱えたのは、意外にもレーチェで。
上から下までソマリをジロジロ眺め回したかと思うと、顎に手をやり何度も頷く。
「うん、ソマリなら清楚感が漂っているし、司祭ってのにもなれそうだよね」
司祭とは過去のファーストエンドにいた、僧侶の上位職だ。
純白の衣を身にまとい、神に身を捧げた一生だと文献には記される。
自分が、とんでもないものに祭り上げられていくようで、ソマリは目眩を覚えた。
「そこまで信仰心が厚くもないわ。神輿に乗るんだったら、レーチェ、あなたのほうが」
「私ィ?私は、そーゆーガラじゃないなぁ〜」
悪戯っぽく笑うレーチェの横で「どら、重たいかどうか俺が確かめてやるよ」とグラントが手を伸ばし、抱え上げられた瞬間、ソマリは「キャア!」と叫んでグラントの腹を力いっぱい蹴っ飛ばす。
「グボェ!」
たまらず腹を押さえて蹲るグラントの頭上へワーグの嘲笑が降り注ぐ。
「断りなく持ち上げるたぁ、お前にゃデリカシーってもんがねーのかよ」
「えー……だって軽くないって言われたら、見かけと反して重いのかよって思うじゃんか」
ぶつくさブーたれるグラントには、レーチェの容赦ない追い打ちも入る。
「軽いですとか自ら言う子なんて、いないよねぇ。グラントってば女子のコト判ってなさすぎー」
事前断りがあろうとなかろうと、今は股下がスカスカするユカタを着ているのだ。
しかも、この下には何もつけていない。ノーパンだ。
この格好で抱きあげられたりしたら、うっかり見えては駄目な箇所が見えてしまう。
しゃがみこんだ姿勢で、ソマリは、ちらりとワーグを見上げた。
彼なら、こんな無造作な真似をしないだろう。
断りをいれるのは当然として、裾がめくれないように抱きかかえてくれるはずだ。
神輿に乗って街中を練り回るのは御免だが、ワーグにダッコされての祭り散策なら吝かでもない。
「そういやさぁ、ワーグとグラントも、その下はノーパンなの?」
唐突にトンデモ発言がレーチェの口を飛び出して、かぁっとソマリの頬は熱くなる。
ワーグら男子陣もユカタに身を包んでいる。
この民族衣装はレーチェが文献で見つけてきた。
下着を履くなと彼女に言われたので、素直に履いてこなかったのだが、男子も共通だったとは。
「お?なんだ、見たいのか?」と裾をヒラヒラさせて復活のグラントを無視して、レーチェは「随分ぴっちり巻いているねぇ〜。それって見えない対策?」とワーグの近くへ寄ってくる。
「あぁ、履いてねぇよ。つか、お前が履いてくんなって言ったんだろうが」と答えて、ワーグはさりげにソマリの横へ移動した。
「男は、もっとゆったり着たほうが格好いいよ」なんて言っているが、レーチェの視線はワーグの裾に集中しているし、本音じゃ中身が見たくてたまらないのだろう。
ワーグの裸体なら、ソマリは見たことがある。
付き合い始めて、しばらくしてからの情事で。
こうした行為は初めてだと断られたが、どこか手慣れているようにも感じられて、経験豊富なんだと見当をつけた。
それでも、ワーグへの失望は沸かなかった。
モテないよりはモテるほうがいい。人気のある人格は人望と置き換えてもよい。
「ここでしゃがんでたって神輿は見えねぇだろ。俺達も追いかけようぜ」とワーグに誘われて、真っ先にグラントが「よっしゃー、一番に追いつくのは俺だぁ!」と走り出し、レーチェも「おっしゃー、負けないぞー!」とつられて走っていき、フォースはワーグとソマリ双方の顔をチラチラ見てから、「ま、待てー神輿ー」と棒読みで呟きながら走り去っていった。
こちらに気を遣ったのがバレバレで、再び頬が熱くなってくる。
カミングアウトした覚えは全くないのだが、合同会以降、クラスの全員にワーグとの交際がバレたようであり、露骨に態度を変えた友人も少なくない。
彼の人気はソマリが思うよりも、ずっとずっと高かったのだ。
そして彼を想う女子は、友情に亀裂を走らせるほど、彼に対する独占欲も高かったのだ……
しゃがみ込んだソマリの横に、ワーグも座り込み、ボソッと囁いた。
「もってこたぁ、お前も下ノーパンか」
ソマリは耳まで赤く染まりながら、立ち上がりざまに、ぎゅっとワーグの腕を抓りあげる。
「ってぇ!?」と驚く彼を冷たく睨みつけ「先にいくわ」と歩き出したのだが、手を引かれて後ろにたたらを踏んだ。
「ちょ、ちょっと危な――」
ソマリの文句を人差し指で封じ、「急いで行くこたねぇぜ」とワーグが笑う。
「お前のユカタ、もっとよく見せてくれよ」
そう言われては見せないわけにもいかず、所在なく佇むソマリのまわりをウロウロしながら上から下までじっくり眺め回した上で、ワーグが感想を述べた。
「その色も悪かねぇが、やっぱりお前に似合うのは白だな」
ソマリが着ているユカタは藍色、裁縫屋で自ら選んだ色なので多少ムッときたのだが、ワーグとレーチェが声を揃えて言うからには、自分に似合うのは白らしい。
「その……ワーグも、私が清楚だと思っているの?」
ドキドキしながら尋ねたというのに、ワーグときたら一瞬キョトンとなって「清楚?」と聞き返し、次の瞬間には爆笑する。
かぁっと羞恥心と怒りが頭にのぼってきて、思わずソマリは怒鳴りつけてしまった。
「笑うことないじゃないっ!」
「や、悪ィ」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、ワーグが白を選んだ理由を話してくれる。
「お前は清楚ってより知的、或いは冷静って印象だな。白は無垢の象徴だ。新たな知識を吸収する、そんな意味合いもある。俺は期待してんだぜ?お前が俺の片腕になってくれるんじゃないかって」
今度はソマリが怪訝に眉をひそめる番だ。
「片腕?」と聞き返した彼女へ頷き、ワーグは繰り返す。
「そうだ。片時も離れず、俺の傍で支えてほしい。逆上しやすい俺の制止役として、作戦参謀として、頼れる後方援護として、そして――恋人としても」
唇を寄せられて、ソマリは身動ぎせずに受け止める。
願ってもない。彼が望むなら、片時も離れず居続けたい。
自由騎士になっても、引退しても、人生の終わりまで、ずっと。
やがて、身を離したワーグが微笑みかけてきた。
「……さ、行こうぜ。神輿が戻ってくる前に追いつかねぇと、グラントに冷やかされっちまう」
ソマリは「追いついても冷やかされるのに代わりはないわ。ここで待っていましょう」と言い返し、そっとワーグの手を握る。
彼への独占欲なら、友人に負けず劣らずな自覚があった。
そして、それは神輿を見るよりも大事な時間だ。
驚いた顔を見せた後、「そうだな。そうするか」と呟き、ワーグもソマリの横に並んで立ち止まる。
こちらへ少しずつ近づいてくる、ワッショイの掛け声を遠くに聴きながら。
End.