1.

朝を迎え、ベッドでまどろんでいると不意に戸が開く。
「おう、今日はお前の41歳の誕生日だったか?王様が呼んでるってよ、急いで行くこったな」と、説明口調で一気に話しかけてきた兄を見て、斬は、しばし呆けた後。
「誕生日が来たからといって、何故王の元へ行かなければいけないんだ?」
至極当然の質問を吐いた。
だが、兄ときたら「そんなの俺が知るかよ」の一点張りで、気がつけば普段着で城に追い立てられていた。
困ったものだ。
そもそも何故、自分の家に兄がいたのか。
兄は今でも故郷クレイダムクレイゾンで嫁と二人暮らしをしているはずだ。
自分はといえば、クラウツハーケンでギルドを営み、そこに住んでいた。
辺りを見渡してみても、ハンターギルドの看板が一つもない。
――ここは何処だ。
昨日までの記憶がない事にも気づき、斬は愕然とする。
41になったのだって遥か前で、もうすぐ42になろうとしている。今日は誕生日ではない、断じて。
道行く人を捕まえて、斬は尋ねた。
「すまない、ここは何処なのであろうか?」
「ここはファーストの街です」
聞いたことのない街名だ。
通りすがりの人は、それだけを伝えると、さっさと立ち去っていった。
クラウツハーケンに戻る手掛かりは、何一つない。
いや、一つだけある。
王様だ。
王様に会って詳しく話を聞いて、何が起きているのか状況を把握するのだ。
城に向かって歩きながら、斬は朧気に、ここはワールドプリズではないのではないかと考えた。


異世界の存在は、知識の上で知っていた。
だが、自分が異世界へ飛ばされる羽目になるとは思いもしなかった。
異世界だと断定できたのは、王様に面会して話を聞いた直後であった。
王様と言っても、レイザース王ではない。これまでの人生で一度も出会ったことのない相手だ。
白い顎鬚に、ふくよかな体格。頭には、燦然と輝く王冠を乗せている。
「おぉ、勇者ロロコンの血を引く者よ、よくぞ参った」
「ロロコン?」と聞き返す斬をスルーして、王様は長々と話し続ける。
「その昔、ロロコンの血が魔王を封じたという。だが、その魔王が」
「魔王?いや、少々待っていただきたい。俺は」
「再び蘇ってしまったのじゃ……!この世に再び平和を」
「平和の前に、話を」
「取り戻してくれ、頼んだぞ!」
「先に俺の話を、聞いてくれ!」
力の限りに叫んだ斬をチラッと流し見て、王様は最後にポツリ。
「わしからの贈り物じゃ。そこの宝箱に路銀が入っておる」
どうあっても、こちらの話を聞く気はない、というのだけは斬にもハッキリ伝わった。
言われた通り、真っ赤でド派手な箱を開けてみると、中に入っていたのは50G。
これで武具を買えというのか。
無茶ぶりにも程がある。50Gでは薬草一束がせいぜいだろう。
途方に暮れた表情で王様を見つめると、王様は話を締めくくる。
「おぬし一人で魔王を倒せと言われても、嫌じゃろう。従って、ダルーイの酒場で仲間を集めるとよかろう」
強制的に魔王討伐を押しつけてきた割には、妙な処で親切だ。
とりあえず魔王という聞き覚えのない敵と、勇者ロロコンという謎の一族。
そして見覚えのない王様の存在が、嫌でも此処が異世界だと斬に教えてくれたようなものであった。
メイツラグの王かと疑ってもみたが、メイツラグの王が一介のレイザース人と面会する謂れもない。
ともあれ、魔王というのを倒せば、少しはこちらの話も聞いてもらえようか。
斬は大人しく50Gの入った袋を懐にしまい込んで、ダルーイの酒場へ向かった。


ダルーイの酒場は、この世界での自宅の真正面に建っていた。
看板も何もないのだが、近くを通る住民が教えてくれたのだ。ここが、そうであると。
自宅の真正面に酒場。なるほど兄が同居しているわけだと妙な納得をしながら、斬は戸を開ける。
入ると同時に耳を直撃してきたのは「あふぅっ」という色っぽいような、そうでもないような喘ぎ声だった。
何事かと正面を見据えてみれば、カウンターに数人が群がっている。
カウンターを台として、押し倒されているのは、ちょび髭をはやした中年の男だ。
そいつが三人の男に舐め回され、裸でアフンアフン言っているのである。異常な光景だ。
周りの客は蛮行を止めるでもなく、椅子に腰かけ談笑している。
彼らにしてみれば、見慣れた光景なのだろうか。
ここで仲間集めをするのは、ハードルが高そうだ。
早くも斬の意志は挫けてきたが、なんとしたことか、押し倒されてアンアン言っているオヤジと目があった。
「あんっ。ここはダルーイの酒場。旅人がウホッして別れるハッテンの酒場よ。何をお望みかしら、あぅんっ」
尋ねられては、答えないのも失礼であろう。
尋常ではない状況で引け腰になりつつも、斬は素直に答えた。
「い、いや、その……仲間を、探しに」
「今仲間に出来る人たちは、この店に全員いるわ。好きな人と話してみてね、はぁぁんっ」
気持ち悪い店長の嬌声をBGMに、ひとまず斬は店内を見渡す。
ローブを着た女性、如何にも力の強そうな鎧装備の男性、フードを目深にかぶった青年……
さて、誰を仲間にするべきか。
悩んでいると、かたんと席を立って一人の青年が声をかけてくる。
「失礼。違ったらすまないが、もしかして貴方が勇者ロロコンの末裔とやらだろうか」
パッと見で印象的なのは真っ赤な髪の毛と、整った顔つき。
だぶだぶなローブをまとっていても、細い腕と肩幅の狭さで華奢な体つきなのが丸わかりだ。
「そうだ。なんだかよく判らないが、俺がその末裔の勇者だそうだ。名は斬」
我ながら不審人物この上ない自己紹介であるが、青年は怪しむことなく斬へ微笑みかけてくれる。
「そうか、よかった。貴方が来るのを待っていたんだ」
「……どうして?どうして、そんな怪しいものを待つ必要があったんだ」
当然ながら斬の口からは戸惑いの疑問が飛び出して、エイジと名乗った彼が言うには。
見覚えのない街で見覚えのない統治者に魔王討伐を頼まれて、拒否したら酒場に連行された。
しばらくしたら勇者ロロコンの末裔が酒場へ仲間探しに来るので、共に旅立つように。
彼が、お前を元の世界へ戻す手がかりを見つけてくれるはずだ――
そう言って店長ダルーイはエイジをほったらかしに、三人の男とお楽しみを始めてしまった。
つまりはエイジも斬と同じく、この世界へ突然飛んできてしまった異世界人なのであった。
「恐らくは魔王討伐が元の世界へ戻るキーなのではないかと推測している。だが……俺一人では何かを倒すのは無理だ。従って勇者斬、貴方の力を借りたい。ぶしつけな頼みで申し訳ないが」
「大丈夫だ。きみの身の安全は、俺が必ず守る」
ずずいと間を詰めてきた斬に、思わずエイジは後ずさりする。
酒場に入ってきたばかりの頃の困惑は影を潜め、今の斬ときたらキラキラした目を向けているではないか。
一体、今の話のどこに元気を取り戻すポイントがあったというのやら。
こちらは使い魔が行方不明になってしまって、気が滅入っていたというのに。
ランスロットと再会できないだけじゃない。酒場の異常さも、エイジの憂鬱に輪をかけた。
男同士で、しかも人前で大っぴらに裸で睦みあうなど、非常識にも程がある。
それを全く咎めない常連客の神経もイカれているとしか思えない。
斬が来るまで貝のように口を閉ざして、ひたすら雑音に耐えていた。
本当に来てくれた件に関しては心の底から感謝だが、真の問題は、ここからだ。
魔王討伐。如何なる強敵なのか、全く見当もつかない。
なにしろ魔王なんて名乗る輩は、エイジの住む世界には存在しなかったので。
「軍資金として50Gもらってきた。これで、きみの武器を買おう」
嬉々として、斬が己の懐を叩く。
「50G?……というのは、クォースに換算して」と聞きかけて、あぁ、いや、とエイジは手を振る。
「換算しても無意味だったな、すまない。50で武器は購入可能なのか?」
「何が買えるかは、店に寄ってみないと判らんな」
首を捻っているところを見るに、彼も、この世界の原住民ではなさそうだ。
この世界を代々守ってきた勇者の末裔なのに、異世界人なのか――
訳が判らなくなってきた。考えるのは、後にしよう。
それよりも、二人旅では不安がよぎる。
斬が信用ならないというのではなく、もう一人二人ばかりの戦力が必要だとエイジは考えた。
「あと二人、仲間を誘ってみないか?」
エイジが尋ねると、斬はあからさまに顔を曇らせ沈黙する。
何か、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
しかしエイジが尋ね直すよりも先に、斬は納得いかないといった調子で渋々頷いた。
「……きみがそうしたいというのであれば、俺はそれに従おう。残り二人は誰にする?」
本音を言うと、斬はエイジと二人旅がしたかった。
少し会話を交わしただけで、すっかり彼を気に入ってしまったのだ。
中性的な顔立ちと落ち着きはらった物腰。
華奢な体格からは、腕自慢の雰囲気が欠片も感じられない。
その辺のモンスターに襲われて即死してしまいそうなほど、弱々しく見える。
ローブをまとっているからには魔術師だとは思うが、それにしたって一人では戦えまい。
本人も言っていたではないか、一人で何かを倒すのは無理だと。
彼を自分の力で守りたい衝動に、強くかられた。エイジに頼られるのであれば本望だ。
だが、お互い見知らぬ同士では、二人っきりは不安だと思われてしまったのかもしれない。
斬は内心の不満を押し隠し、もう一度店内をぐるりと見渡してみる。
そこへ、もう一人。勇者に声をかけてきた者がいた――





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