怨冥道士

種山と風村のTrick or 女体化!?:20周年だよ!女体化黙示録

今月は十月、ハロウィンだ。
だから最初は風村も、そういうノリのジョークなのだとばかり思っていた。
まさか本当に本当の本当だったとは、予想もつかなかったのだ……!


夏が過ぎて秋が来れば、大学に通いやすくなる――
そんな幻想を抱いていたこともあったが、気温は秋を飛び越えて真冬といってもいい寒さに突入した。
この日、風村が大学へ行くのを途中で断念するのは当然といえる肌寒さだった。
用心して丈長のジャンパーを羽織ってきたというのに、北風が真っ向から吹き付けてきて、あっという間に大学へ行く気力を奪ってゆく。
電車を途中下車した風村は、その足で種山のアパートへ向かう。
事前に連絡していないのだが、留守だったらデパートなりコンビニなり、他にも寄れる場所はある。
「タネさ〜ん、いますかぁ」
コンコンと扉を叩く。
種山のアパートにだってインターホンぐらいあるのだが、何故か彼が出てくれないので、いつも扉越しに呼び掛ける羽目になる。
「おう。今、開ける」
扉が開くと同時に種山がべったり抱きついてくるもんだから、いつもとは違う展開に風村は驚かされた。
「ちょ、ちょっとなんですか、いきなりのハグ」
「ちっと早いがTrick or Treatだぜ、ショーヘイちゃん。トリックとトリート、お前ならどっちが好きだ?」
しかもフライングハロウィン。答えになっていなくて、訳が分からない。
「そりゃあトリート一択ですよ。それはそれとして、何で抱きつく必要があるんです?」と種山を押しのけた際、ぶよんと生暖かい感触が掌越しに伝わってくる。
思わずヒッ!?となって手を引っ込める風村を面白そうに眺めて、種山が更なる質問を飛ばしてきた。
「なんだ、青年。おっぱいは触り慣れないか?ハッハァ。巨乳と貧乳、どっちがお好みだ?」
「い、いきなりセクハラ質問!?てか、なんです、なんか詰め物してんですか?その胸。ハロウィンだけに女装コスプレですか!?」
混乱する風村を部屋へ招き入れると、種山は後ろ手にドアを閉める。
「いいか、驚くなよ。俺は今日、性転換してもいないのに女になった!」
胸を張って威張られても、やはり意味が判らない。
だが、いつもより胸が出っ張っているように見える。
さっきの感触といい、これはきっとハロウィンの女装、その練習に違いない。
風村は自己完結でこじつけると、大きく溜息を吐き出した。
「も〜。やめてくださいよ、そっちの道に行っちゃったのかと思ったじゃないですか」
「なんだ、そっちの道って。ショーヘイ、こりゃ冗談じゃないんだぜ。俺は本当に」と、まだ何か言いかけるのを聞き流して、風村は急須を手に取る。
「それより、最近はどうなんです?お仕事は来てますか。とっておきのゴシップ情報ありませんか」
「ゴシップ情報なら、今、お前の目の前にあるぜ」
「や、気持ち悪い女装コスとかじゃなくて。芸能ニュースでもいいんで」
まともに取り合わない風村に、またしても種山がべっとり抱き着いて、胸を摺り寄せてくる。
何を胸に詰めているのか、柔らかいけれど同時に生暖かいので気持ち悪い。
「もー!なんなんですか、出オチにも程がありますよ、その女装!」
怒る風村に、種山も口をへの字に折り曲げて答える。
「ま〜だ女装だと思ってやがんのか。いいか?三度は言わないぞ。俺は女になったんだ。その証拠に」と着ていたセーターを脱いで、ばさりと床に落とす。
「なんですか、まだ」と言いかけて、風村の口はポカンと間抜けに開かれる。
目の前に曝け出された、でっかいオッパイ――
たぷんたぷん揺れる巨乳サイズの胸に、目が釘付けとなった。
秒にして、三十ぐらいは数えただろうか。
「うおぉええぇぇっ!?」と叫んで逃げ出そうとする風村に、種山が背後からしがみつく。
「待てぇ、ショーヘイ!逃げたら、お前のタネさんが独りぼっちで、どうにかなっちまうぞ!この困難を二人で乗り越えようじゃないかッ」
「いや、まって!?つけ胸とかじゃなくて?本物!?」
「何で胸をつけなきゃいけないんだ!朝起きたら、こーなっていたんだよ」
言われてみれば、確かにその通り。
女装バーで働いているでもない種山が、巨乳カップをつける意味などないに等しい。
「なんです、もー!昨日へんなもの食べたんじゃないでしょうね!?」
ドン引きしまくりの後輩に、種山も必死の形相で昨夜を思い返す。
昨日は久しぶりにライター仲間と飲み会をした。
飲み屋のはしごで四軒まわったあたりまでは記憶があるのだが、それ以降は思い出せない。
考え込む種山の腕を、ちょいちょい風村が突いてくるので、種山の回想も打ち止めとなった。
「それ、感触あるんですか……?」
「ん?あぁ、あるよ」と頷く種山の胸を、なんと思ったか風村は「ちょっと失礼」と呟いて掴んでくる。
そればかりかモミモミッと揉んでくるもんだから、種山は驚いた。
「はぁ〜……これが、おっぱい……女の人の、おっぱい……」
「なんだ、ショーヘイ。お前、もしかして女の胸に触ったことないってか?」
からかってやったら、我に返った風村が泡食って言い訳を始めた。
「ち、違いますよ、いえ違いませんけど、あの、タネさんだから触ったんですからね?本当の本当に胸なのかどうか」
「本物の胸だと、あと何回言えば納得するんだ、お前は」
呆れる種山の前で風村は、しばし黙り込んだ後。おもむろに、ボソッと囁いた。
「それ……母乳も、出るんですかね?」
何を考え込んでいたのかと思えば、実にどうでもいい内容だ。
「出るか、馬鹿」
風村の頭を軽く小突いて、種山は腕を組む。
やたら肌寒く感じるのは上半身裸なせいだ。
あまりにも寒いせいで乳首が堅く尖ってきた。
風村もやっと現実を見つめてくれたし、そろそろ着直していいだろう、セーターを。
「真面目に考えてくれよ、このままじゃ生活リズムまで狂っちまいそうだ」
風村は黙っている。
じっと種山の乳首に視線を注いでいたが、やがて膝を進めてジリジリにじり寄ってくる。
「乳首……触ってもいいすか?」
「触ってどうすんだよ」
心底呆れて種山が聞き返すも、風村は答えの代わりに、きゅっと種山の乳首を掴んできた。
こいつめ。
人が真剣に悩んでいるってのに、色気にばっかり走りやがって。
頭に来た種山は、風村の腕を逆捻りに捻ってやった。
「あだだだ!」と騒ぐ風村に「お前、俺のビーチクなんざ触って嬉しいのか?」と尋ねてやったら、腕を捻られた状態だというのに風村は「刺激したら、どうなるのか確かめてみたかったんですよ、後学の為に!」と返してきて、一体何の後学やら、真面目に考える気は微塵もないようだ。
「もう、いい。お前に相談した俺が馬鹿だったよ……ライター仲間に相談してみるか」
風村を放して、種山は携帯電話へ手を伸ばす。
解放されるや否や今度は風村が種山に抱きついて、「し、下も、下も女なんですか!?」と鼻息が荒い。
種山を男に戻そうという気は全くないようだ。
そればかりか丸裸に剥く気満々である。
「オイ、いい加減にしろよ。そんなんだから、お前は永遠の童貞なんだよ」
力いっぱい頭をグイグイ押しても、風村はスッポンのように組みついて離れない。
種山にしてみりゃ、オッサンが女体になったからって何だといった処だ。
ここに絶世の美女がいるってんなら、興奮するのも判るのだが……
オッパイが如何に柔らかかろうと、首から上はオッサンの顔がついているんだぞ。
早く目を覚ませ、ショーヘイ。
「ハァハァ、ヤバイ、いつもより腰が細くなっているじゃないですか種山さん、ダイエット成功ですね!」
風村は正気に戻る気配がない。
血走った目で、種山の腰を撫でまわしている。
「だからダイエットじゃないんだって、女体化したから細くなっただけだって、おわっ!?」と途中で種山の呆れは悲鳴に変わり、何が起きたかってーと風村がズボンのチャックに手を入れて、種山の股間をサワサワしてきたからに他ならない。
「お前、相手が俺だからって無礼講すぎだろ!」
どれだけ怒っても、返ってくるのは「やべぇ、タネさんのブツが消滅してる!こ、この布の下には女、女のマンコ、まんこぉぉぉ!」といった狂気じみた独り言ばかりだ。
駄目だ、こりゃ。
世界で一番信頼のおけない奴にカミングアウトしてしまった。
こうなったら手っ取り早く風村を殴るなりして気絶させて、別の友達に相談するしかない。
凶器を物色する種山の耳にガチャッとドアノブの回る音が聞こえてきて、誰かと誰何する暇もなく部屋に飛び込んでくる人影が一つ。
「すみません、種山さん!呪いの反動が、そちらへ来ていませんか――!?」
草間だ。
呪術師を生業としている、この少年は風村と種山の友達でもある。
入ってくるなり種山にしがみついて鼻息を荒くする風村が目に入り、「か、風村さん……?」と引け腰になる草間へ種山が叫ぶ。
「呪いの反動っつってたな!?一体何をやらかしたんだ!」
「依頼で目標に届くはずの呪いが、僕の身近な人に跳ね返ってしまったんです!とにかく今、解呪しますのでッ」
呪詛が部屋に響き渡り、自身の胸が次第に小さく平らにしぼんでゆくのを見届けながら、種山は考えた。
元に戻ったら、どうしてやろうか、この野郎。
とりあえず、友人知人に今回の醜態を言いふらしてやる。
そんな邪悪な考えもよぎったが、呪いが解けてゆくに従い「あ、あれ……もっこりが、復活していく?」と正気を取り戻した風村を見ているうちに、ふっと種山は苦笑する。
まぁ、今回は仕方ない。こちらのカミングアウトの仕方にも問題があった。
この件は、ハロウィンにお返ししよう。
今回触られた分だけベタベタ触り返してやる。
どれだけ嫌だと泣き叫ぼうと、乳首や金玉を死ぬほどモミモミしてやるからな。
俺が味わった恐怖を、お前にも――!
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