風村のお誕生日:2022誕生日短編企画
明日は誕生日だ。家を出て一人暮らしをしていても、実家からのプレゼントは毎年必ず届く。
そして母親の『大学、ちゃんと行っている?』小言も、漏れなくついてくる。
いつもハイハイと適当な返事で言葉を濁して終わらせるのが誕生日の恒例となっていた。
これまでは家族と種山ぐらいしか祝ってくれることのなかった誕生日だが、今年は違う。
草間聡という歳の離れた友人を得た。彼とは、とある数奇な出来事で知り合った。
夏の講義をサボらなければ出会えなかったわけで、その点ではサボッてよかったんだと思える。
実家の母親が聞いたら、呆れるだろうけれど。
「いよぉーっす、ショーヘー。誕生日おめっとさん。ほら、ご待望のケーキを買ってきてやったぞ」
チャイムに出てみると玄関先には種山と草間が笑顔で立っていて、風村も喜んで迎え入れる。
「すんません、タネさん。まさかホントに買ってきてくれるとは思いませんでしたよ!」
「お前の頼みを、俺が今まで蹴ったことあったか?」
種山はさして気を悪くしたりもせず、茶の間のテーブルに四角い箱を置く。
「そこの道で草間くんと一緒になってさ、ここまで仲良くおしゃべりしてきたんだよ。いやぁ、話が弾んだな!これもショーヘイのおかげだ」
「なんです、その妙な持ち上げ方。今、ビールを出してきますから座っててください」と台所へ翻す風村を止めたのは草間で「ケーキにビール、ですか……?」と小首をかしげる。
「まったくもって、そのとおり。こんなおかしな組み合わせを思いつくたぁ、大学サボりすぎで常識を忘れちまったんじゃないの?」と種山が何度も頷くのを見て些か機嫌を損ねつつ、風村は「ヘンテコ選択すみませんでした!今、ジュースを持ってきます」と予定を変更する。
風村の家へ来るたびタネさんがビールビールと連呼するから気を利かせてやったってのに、その言い方はないだろう。
家主の不機嫌には却って草間が恐縮してしまう。
「あ、あの、すみません。僕、余計なことを言ってしまったでしょうか……」
そいつを手でなだめると、種山は自分の隣に草間を座らせた。
「気にしなくていいよ、今のは俺と彼とで日常茶飯事に遣り取りする軽口の一つでね」なんて調子のいい事を言っている。
だが、まぁ、これぐらいは許してやるか。
なんといっても、彼はケーキを買ってきてくれたんだし。
種山に頼んだのは、巷で人気の行列店で売られているショートケーキだ。
誕生日に何がほしいと話をふられた瞬間、ここのケーキを買ってもらうことを思いついたのだ。
自分では絶対に並びたくないが故に。
「りんごジュースしかないですけど、いいですよね。さぁ、乾杯しましょう!」と音頭を取る風村に、種山が聞き返す。
「乾杯は良いけど、今年もケーキがメインディッシュなのか?」
「えぇ、そうですよ」
初めて彼と誕生会を行った時に尋ねられたのは、他にごちそうはないのか?だった。
種山の描く誕生会とは、ごちそうがある上でデザートにケーキの構成だ。
しかし風村の家では、昼にケーキを食べて誕生日を祝う風習である。夜は普通の飯を食う。
だって、飯を食べた上でケーキなんて入るわけないじゃないか。
かといってケーキを食べないのは誕生日にあらず。
「これが……誕生会とケーキ、なんですね。僕、初めて参加します」
草間はキラキラした瞳で、箱から取り出されるケーキを見つめている。
あの問題ある家庭では、さもあらん。思わず同情の目線で草間を眺めてしまう風村と種山であった。
一人一人の皿へ丁寧にケーキを乗せながら、さらりと種山が言う。
「今、仕事で食レポやっていてな。このケーキも記事にさせてもらうぜ」
それで買ってきてくれたのか、嫌な顔ひとつせずに――と合点しかかった風村へチッチと指を振って、種山は付け足した。
「まぁ、今年のプレゼントを奮発してやったのは、それだけが理由じゃないんだが」
「と、いいますと?」と相づちをうつ風村に気を良くして答える。
「今年は参加者が一人増えたってんで、ちょっとばかりイイカッコをしたかったのさ」
誕生日で主役を差し置いて活躍したいとは、さすがタネさん、ツラの皮が厚い。
「誕生会のプレゼントにケーキ……プレゼントは雑貨が大半だと小耳に挟んでいますが、こういうのもアリなんですね」
羨望の眼差しを種山へ向ける草間へ、風村は一応忠告しておいた。
「ケーキは誕生主が用意しているかもしれないから、事前に確認しておいたほうがいいよ」
「普通は企画側が用意するもんだがな」と、種山。
「だが、ショーヘイは一人暮らしの学生だ。だもんで、こういう変則プレイもありってわけだ」
「種山さんは気を遣ったんですね。風村さんの出費を抑えるために」と喜んだ草間は、荷物から小箱を取り出す。
「それと比べると、僕は、あまり気の利かないプレゼントなんですけれど……すみません」
「とんでもない!」
風村と種山の声が重なる。
「プレゼントに気が利くも利かないもないぜ、買ってくるだけでも気が利いているさ」
「そうそう、プレゼントをもらえるんだったら俺は何でも大歓迎だから!」
勢い込んだ二人に草間は目を丸くして驚いていたが、ややあって照れくさそうに風村へ箱を差し出した。
「で、では……こちらを、どうぞ。風村さん、お誕生日おめでとうございます」
「いやぁ、ありがとう」
デレデレして受け取る風村の横で、種山が茶化してくる。
「駄目だぜ、ショーヘイ。そういう時は『プレゼントは君ごともらう』ってキメ顔で言わなきゃ」
「やめてくださいよ、俺はタネさんと違って硬派なんですから」
すかさず先輩へ愛の肘鉄をお見舞いしつつ、風村は座り直す。
「そんじゃ〜、改めて!俺の誕生日を祝って、かんぱーい!」
「カンパーイ!」「か、かんぱーい……!」
三つのグラスがカチンと合わされる。
ささやかな誕生会、だけど親に祝われるのとは多少異なる喜びがある。
りんごジュースを一気に飲み干しながら、感慨にふける風村であった。