やまだくんはおれがまもる

アキラくんのお誕生日 〜2022誕生日短編企画〜

その日、山田は朝から悩んでいた。
今日は恋人にして親友、皇アキラの誕生日である。
プレゼントは購入済、ケーキやオードブルも抑えてある。
では、何に悩んでいるのか?と、いうと――
ケーキを食べた後の展開を、どうするかに尽きる。
恋人になったからには、友達感覚の誕生会で終わらせたくない。
去年の山田の誕生日はアキラと二人で祝い、せっかくの二人っきりだというのに無難な誕生会を過ごした為、多少不燃焼気味だったと言わざるをえない。
今日は、どんな手を使ってもいいからアキラの家に泊まりたい。
泊まってベッドインまで持ち込めりゃ〜完璧だ。
ただし、アキラの天然に振り回されなければ――だが。
どうやってイチャイチャラブラブターンへ持ち込むかで、山田は悩んでいるのであった。
「瞬ー、何やってるの〜?早く出ないと学校、遅れちゃうよー?」
階下で母が叫んでいる。
時計を見ると、七時半。悩んでいるうちに登校時間は、とっくに過ぎていたようだ。
「やべっ!」とばかりに鞄をひっつかんで、山田は表へ飛び出した。


授業が終わり次第、二人はアキラのアパートへ直行――とは、ならず。
友達は全員アキラの誕生日を知っており、女子の一人が「誕生会しよう」と言い出したのをきっかけに、団体様でアキラのアパートへお邪魔する事態になった。
オードブルは五人前用、ケーキもホールで買ってあるとはいえ、全員で分けきれるかは不安だ。
「山田、オードブル買ってきたんだ。気が利くじゃん!」
別の友達に褒められたって、山田は全然嬉しくない。
アキラにこそ言ってほしかった賛辞だ。
内心ふて腐れていると、当のアキラが瞳を輝かせて大絶賛してくる。
「す、すごい……山田くんは誕生日に、いつもこんなごちそうを!?」
「や、ごちそうってほどじゃないと思うけど」
山田の購入したオードブルはサラダとローストビーフ、唐揚げ、エビのピリ辛炒めなどが入ったテンプレ的なやつだ。
斜め上の反応には山田も若干引き気味だが、一応褒められているのには変わりない。
「てか、食べ物は全部山田くん持ちなの?」と女子の無粋な質問は、別の男子が遮る。
「バッカ、山田はアキラの親友ポジだぜ?アキラ、お前も山田の誕生日には用意してやってこその友情だぞ!」
「もちろんだ」とアキラは頷き、山田を見た。
「山田くん。今年の君の誕生日は、渾身の手作り料理で祝うと誓おう」
皆の前で誓うもんだから、女子はキャーキャー、男子は大喝采。
隣近所の住民からも苦情が来るんじゃないかってのほどの大騒ぎになってしまって、山田は気が気じゃない。
しかし集まった面々は山田の心配など、どこ吹く風。
「さっさと乾杯しようぜ」と場を仕切る者まで現れて、山田が乾杯の音頭を取るまでもなく、好き勝手にグラスを掲げて「かんぱーい!」「お誕生日おめでとー、アキラくんっ」と始めてしまった。
「アキラくん、あとでプレゼントもらってね」と女子二人がアキラの左右をキープ、山田はアキラの対面に腰を下ろす。
誕生会といっても平日だから、いつもと同じ普段着に着替えている。
かくいう自分も制服のままだし、友達も全員制服だ。
別に、スーツに着替えて大人っぽい誕生会なんてのは求めてはいないのだが、このままでは友達誕生会のまま終わって、お泊まり会へと持ち込めない。
だが一泊するにしても、明日も学校がある。
やはり今日中にイチャイチャを決めなきゃ駄目なのでは?
深く自分の考えに没頭していた山田は、ハッと我に返る。
自分の皿が、いつの間にか山盛りになっていた。
何これ!?と眼で隣に訴えると、隣に座った男子が苦笑する。
「山田、お前なんか悩んでんのか?ずっと考え事してばっかで返事もしないから、アキラが取り分けといてくれたんだよ」
なんとしたことか。
すっかり主役を放置していた自分に気づき、山田は内心大慌てに慌ててアキラを見やると、アキラは「山田くん、忙しいのに俺の誕生会を開いてくれてありがとう。俺に構わず、したいことをしていてくれ」と言ってくれたが、なんとなく寂しそうな顔で、山田の胸は二倍締めつけられる。
「ご、ごめん!アキラくん」
「で、なんか悩んでんのか?」
隣の追及にも「いや、別に?ちょっとぼんやりしちゃっただけだよ」と断り、山田はアキラに話しかける。
「アキラくんこそ、僕に気を使わなくていいんだぞ。今日の主役は君なんだから」
「そうそう、さっきアキラくんに聞いたんだけど、山田くんは知ってた?アキラくん、自宅での誕生会は、これが初めてなんだって!」
ビックリニュースを女子に聞かされて、山田が本人に「そうなの?」と確認を取ると、アキラは大きく頷いた。
「あぁ、大体は平日だから学校でプレゼントをもらって終わりだった。ごちそうまで用意してもらっての誕生会は、今日が初めてだ。ありがとう、山田くん。俺のために豪勢なパーティをやってくれて」
「友達の誕生会には出たことあっても、自分のは初めてなんだってー」とは女子の弁で、沖縄から東京まで単身引越してくるぐらいだから、それなりに中級家庭だと山田は思いこんでいたが、もしや貧乏家計だったのだろうか。
だとしたら、重ね重ね申し訳ない遠距離引っ越しだ。
しかし、その割にアキラはスマホ持ちである。皇家の家計事情が、よく判らない。
ともあれ、誕生会中だというのに一人でイチャイチャチュッチュ妄想している場合ではない。
山田も雑談に加わって、アキラにジュースを注いでやったり、今月の予定を聞き出したり、皆が知りたいであろうアキラの他愛ない個人情報へ話題を振ったりした。
山ほどあったはずのオードブルが皆のお腹に消えた後は、ケーキの登場だ。
「山田くん〜。ケーキ、ホールだけど、ホールをアキラくん一人に食べてもらう気だったの?」と女子に突っ込まれ、山田は「余ったら何日かかけての、おやつにしてもらう予定だったんだよ」と答えながら、慎重な手付きでケーキを切る。
「何日もケーキがおやつって、さすがに飽きるだろ」と呆れる男子と比べたら、アキラの反応は実に従順で。
「さすが山田くんだ。俺に何日も保つおやつを買ってきてくれるとは」と喜んでいる。
「いや、何日も保つとは言ってないし、早めに食べてね?」
すかさず突っ込みながら、一番最初はアキラに手渡す。
「あれ、ろうそく立てたりしないんだ」と誰かが突っ込んできたが、全員分に切った後で言われたって困るというもので、山田が何か言い返す前にアキラの迅速なフォローが入った。
「いや、蝋燭は必要ない。俺が何歳になったのかは、俺が一番よく知っている」
そりゃそうだ。
高校二年、十七歳。
山田の誕生日は十一月だから、アキラのほうが若干年上ってことになる。
今は無邪気な天然アキラくんも、いつかは年上っぽくエスコートしてくれたりするのだろうか。
そんな妄想を抱く山田の視線に、キラキラした瞳でケーキの写真を撮るアキラの姿が映り込み、あ、これ、何年経っても天然のままだと山田は悟ってしまった。
十七歳にもなって生クリームのケーキに感動しているようじゃ、ダンディなエスコートは期待できまい。
まぁ、だが、しかし。
天然純真な処も気に入っての友達であり、恋人だ。
逆にいうと高校を卒業した途端、ダンディになられても違和感全開であろう。
「じゃあ、歌わなくてオッケー?」と笑う女子に、男子が「高校生にもなってハピバスデーツーユー歌うんかよ」と笑って突っ込む。
蝋燭も歌も小学生ぐらいで卒業する誕生会だろう。
中学、高校ともなってくると、羞恥心が芽生えてきて、歌う側のほうが恥ずかしくなってくる。
ケーキを食べながら、一人が「あ、そうだ。遅くなる前に渡しとくね」とプレゼントを渡したのをきっかけに、なし崩しにプレゼントのターンになだれ込む。
大小さまざまなプレゼントを手渡されて、逐一ありがとうと応えるアキラを眺めながら、山田は考えた。
僕のプレゼントは皆が帰ってからにしよう。
皆の前であげたら、また冷やかされてしまう。
これ以上、騒ぐのはアキラに迷惑がかかってしまうし、冷やかされるのも御免だ。
わいのわいのと始終大騒ぎだった誕生会もプレゼントを渡し終えたら解散となり、友達がぞろぞろ出ていった後にアキラが振り返る。
一人だけ出ていかずに残っていた山田を。
「――山田くん。何度でも言わせてもらうが、今日は本当にありがとう」と繰り返される感謝を途中で遮って、山田は一歩近づいた。
「いや待って、僕のプレゼントはオードブルとケーキと誕生会開催じゃないから」
「これだけでも充分すぎるプレゼントなのに、まだ何かくれるというのか」
山田は一歩、一歩とゆっくり近づいて、手を伸ばせば届く位置までアキラに接近する。
部屋には山田とアキラの二人っきり。これ以上ないくらいのイチャラブシチュエーションだ。
アキラは無言で近づいてくる山田を、じっと無言で見つめている。
山田が何をプレゼントしてくれるのか、全く見当つかないといった表情を浮かべていた。
「僕のプレゼントは、僕だよ」
「……え?」
言われた意味が分からず首を傾げる相手に、山田は繰り返す。
「や、だから……プレゼント、僕自身なんだって。今日一日、僕を好きにして……いいよ?」
ぽっと頬を赤らめて、心なし視線を他所に逃しながら。
二年生になっても、なかなか友達の態度を崩さない山田が、ここで最大のデレを発揮してくるとは。
アキラは、しばし固まり、今し方放たれた衝撃の言葉を脳内で反芻する。
今日一日好きにしていいというのは、抱きしめたりチューしたり、その先もやっちゃってオッケーという意味なのだろうか。
いや、しかし――
「今日一日、だけなのか?」
意識するよりも先に、そんな言葉がアキラの口を飛び出して、驚いたのは言った本人だけじゃない。
「え!?あ、いや、今日一日だけじゃなくて、アキラくんがしたいんだったら、いつでもいいよ!?」
手振り身振りで伝えてくる山田の慌てっぷりには、アキラも思わず苦笑してしまう。
年中オーケーなら、今日一日なんて断りを入れなきゃいいのに。
きっと誕生日は一日限りという意識が先走りすぎて、つい制約をつけてしまったのだ。
でも、そういうウッカリさんな処も山田の魅力の一つである。
「ありがたく受け取ろう。だが山田くん、俺達は恋人だ。逐一断らなくても」
アキラは山田を抱きしめる。
チュッと軽くおでこにキスして、にっこり微笑んだ。
「俺は君に何かしたいと常に思っているし、君が俺に何かしたいのであれば、いつでもどうぞ、だ。それが恋人というものだろう?」
咄嗟に上手い切り返しができず、山田は頬を真っ赤に染めるしかない。
くそぉ、アキラくんめ。
普段は天然ボケボケなくせして、ここぞという場面でキメてくるじゃないか。
ぎゅっと抱き合いながら、来年こそは自分がリードしてやる――そんな想いを企む山田だった。
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