Un-known

しゅういちと二人っきりの温泉旅行!:18周年記念企画・if短編

「――ここ、は――」
意識が、ほんの少し途切れる。
次元を渡る時は、いつもそうだ。
すると、やはりこのチケットは次元移動へのスイッチであったか。
風は握りしめていたチケットへ目を落とす。
紙面には"わくわくドキドキ温泉旅行☆二人っきりの蜜な時間"と、書かれている。
同行者欄の文字が時折乱れては表示される。
持ち主の思考次第で、この欄は、どうとでも書き換えられるらしい。
こんな酔狂なものを作る人物に、一人だけ心当たりがあった。
直接の関係はない。ただ、噂で聞いたことのあるってだけの相手だ。
あれも空間を渡る能力を持つと聞く。
ならば――何故、これを自分の元へ届けた?狙いは何だ。
奴の思い通りに動くのは癪だが、しかし今頃は同行者が混乱に陥っていよう。
チケットに書かれた部屋番号を確認すると、風は人の気配が全くしない廊下を音もなく歩いていった。
すらりと襖を開けると、部屋の中にいた人物が振り返る。
「あ、カゼ……良かった、やっと知っている顔に会えたよ」
海賊ギルドOceansのギルドマスター、しゅういちだ。
彼とは異世界ファーストエンドで知り合った。
彼の所有するギルドを隠れ蓑とさせてもらったのだ。
追いかけるターゲットが、たまたま彼の知り合いだったおかげで、風は目的を達成する。
目的を果たしてしまえば、もうファーストエンドにも用がない。
あとは故郷へ帰るだけ、だったのだが……
「ここは平行亜空間だ。表向きは日本を模しているようだが」と答える風に、しゅういちが首を傾げる。
「ニホン?というのは、地図で見ると、どのあたりに」
「日本は異世界の一つだ。だが、ここは本物の日本ではない」
言葉少なに答える風を驚いた目で見つめたのも数秒で、すぐに、しゅういちの賢いオツムは理解を発し、彼は大声で叫んだ。
「えっ、異世界!?やった、じゃあついに異世界に来れたんだ!」
かと思えば不意に影を落とし、「けど、どうせならソルトや皆と一緒に来たかったなぁ……」と寂しげに呟くしゅういちに、風は待ったをかける。
「待て、異世界は異世界でも平行亜空間だと言っただろう」
「平行、アクウカン?」
きょとんとする相手に、重ねて言い含める。
「パラレルワールド、とでも言えばいいのか……ここで起きたことは、元の世界へ戻れば全部忘れる。そういう場所だ」
「忘れちゃうのか!?」と、しゅういちは再び驚き、腕を組む。
「そうか、残念だな……ソルトに土産話を持って帰れると思ったのに」
その様子に、風はクスリと苦笑する。
何をするにも、ソルト、ソルトか。
相当あの人工生命体が気に入っていると見える。
ソルトが人間でも少年でもないのには、件のターゲットを片付けた後、ひょんなタイミングで知りえた。
何の気ない暇つぶしでギルドメンバーの寿命を調べていた時に、彼が定命を持たない人工生命体だと判ったのだ。
風の予想だと恐らくは、しゅういちも、それを知っている。
知った上で、ソルトを可愛がっている。
人工生命体でも、ソルトは珍しい部類に入る。
寿命の設定がない。
その代わり、生命力が削れる気配を常時感じる。
故郷のデータベースを紐解けば、もっと詳しい事も判るはずだ。
しかし、今はまだ帰りたくないと風は考えている。その理由は、目の前にあった。
「忘れちゃうにしても、旅行は楽しんでおかないと……カゼは、どうする?」
しゅういちの問いに、間髪入れずに風が答える。
「俺は自分の意志で、ここへ来た。つまりは、そういうことだ」
そういえばと前置きして、しゅういちは、こうも尋ねてきた。
「平行亜空間だとか、ニホンだとか、カゼは異世界に詳しいんだな。ファーストエンドの他にも行ったことがあるのかい?異世界へ」
今更な質問だ。風は黙って頷く。
「そうか。じゃあ、これの着方も知っているのかな」と箪笥を大開きして出してきたのは、浴衣だ。
しゅういちは風より先に到着していたし、その間に一通り調べて回っていたのであろう。
「あぁ」と頷く風に浴衣を手渡すと、しゅういちは、にっこり微笑んだ。
「やっぱり。それじゃ、俺に着せてくれ」
「………………え?」
浴衣を両手に持ってポカンとする風に、再度お願いが飛んでくる。
「うん。だから、カゼが実際に着せてみてくれないか?」
脱がせと催促されている――
という考えに至った瞬間、風は自分の体温が急上昇していくのを感じた。
ごくりと、しゅういちには気づかれないレベルで風は唾を飲み込む。
「……では、服を全部脱げ」
「全部?下着もかい」
尋ねながら、しゅういちは素直に上着を脱いで、下着にも手をかける。
「あぁ……」
本来は全部脱がなくてもいいのだが、風は、あえて真実を伏せて、マスターが全部脱ぐのを見届けた。
雪のように白く、柔らかで滑らかな肌が惜しげもなく晒される。
服を着ている時は中肉中背に見えるのに、脱ぐと、やたら細く感じるのは肌の白さのせいか。
海賊らしくないと彼が言われる原因の一つでもある。
ただ、本人は自身の体格や肌の色を、あまり快く思っていない素振りが伺えた。
海の男、イーやゴロメのような真っ黒に焼けたガッチリマッチョに憧れているようでもあった。
ガッチリマッチョに黒焦げたしゅういちなど、想像もつかない。
彼は、このままでいい。
このままでいてくれたほうが、自分も好きでいられる。
無言で、そっとマスターの肩に手を触れた。
すべすべしていて触り心地の良い肌だ。
すっと下に撫でると、しゅういちはビクッと体を震わせたが、文句は言わずに、じっと見つめ返してくる。
しばらく無言で見つめあった後、風は着付けに入る。
背後から手をまわし、しゅういちに抱き着く形で浴衣を羽織らせた。
やはり一言もしゃべらず、しゅういちが大人しくしているものだから、ついには、たまりかねて風が先に音を上げた。
「……いいのか?」
「いいって、なにが?」
沈黙には慣れている。
だが、好きな相手と二人きりとなると話は別だ。
しゅういちは大人しく風に背を預ける形で、肩も腰も触れさせ放題になっていた。
何故だ。
何故、好きでもない男に密着されているのに嫌がりもしないのだ。
ソルトという恋人がいるというのに。
きっとハルなら、今の状況に歓喜するのだろう。
風は、そうはいかない。
彼は古風な思考の持ち主であったから、恋人のいる相手に手を出すのをヨシとしない男であった。
「俺が触っても、よかったのか?」と尋ねると、どうしたことか、しゅういちは俯きがちに頬を染めて、こう答えた。
「……カゼになら、触られてもいいって思っているから」
嫌がっていなければ社交辞令でもない。
むしろ、嬉しそうに微笑んでいる。
何故だ――
もう一度尋ねる前に、本人がポツリと付け足した。
「カゼは俺が自我崩壊する寸前で助けてくれた恩人だし……それに、もしソルトが俺の前に現れなかったら、俺はきっと、君を好きになっていたかもしれない」
風は、ますます混乱した。


温泉は露天風呂であった。
風は、ほこほこと湯気を立てる湯に手を入れてみる。
四十度ぴったりだ。
このように不自然な調整が出来るとなれば、ますます犯人は、あいつに違いない。
だが――今は犯人捜しより先に、旅行を楽しもう。
いずれ次の任務が来たら、しゅういちとも、お別れなのだから。
「それで……俺が好きとは、どういった意味で?」
しゅういちと二人、湯船で肩を並べて落ち着いた後、風が、おもむろに切り出すと、しゅういちは湯気で火照った顔を向けて微笑んだ。
「好きというのは曖昧だったな。俺は、君の冷静な部分に憧れたんだ。いつ如何なる時でも自分のペースを崩さず、戦況にも冷静でいられる男なんて、いかにもリーダーめいているじゃないか?俺も、そうなりたかった」
風が滅多に動じないのは、幾多の場数を踏んだおかげだ。
ここではない場所で死闘を繰り返し、何万もの命を刈り取ってきた。
故に、多少の嵐や奇襲程度じゃ屁とも思わなくなった。
「……マスターは、俺が乗り込んだ時から冷静に見えたが」
「そうでもないよ」
しゅういちは照れて、頬をかく。
「内心じゃ、いつも怯えていたんだ。俺には知識しかないから、いつ、反乱を起こされても不思議じゃなかった。けど、君を見て君に憧れて君を真似するうちに、度胸がついてきたって感じかな」
知識しかないというが、その知識こそが海賊の求める最も理想のお宝だ。
Oceansの噂を聞きつけて参入した仲間は全員、しゅういちの知識をアテにしている。
利己的で自由奔放に見えるイー=サンですら、そうだ。
聞けば、奴が一人目だという。しゅういちの可能性を最初に信じた仲間だ。
Oceansが母体とする船も、しゅういちの描いた設計図を元にメンバー全員で作り上げた。
そのうえで重要箇所はマスターである、しゅういちしか知らない。
言ってみれば、Oceansはギルドマスターのワンマン海賊ギルドだ。反乱を起こす意味がない。
「君は俺が知らない世界で、いろんな冒険をしてきたんだろう?いっぱい聞かせてほしいな」
キラキラした目で見られるのは、多少こそばゆい。
というか、冒険?風がしてきたのは、冒険なんて輝かしくも楽しい行動ではない。
誰かを追い詰めて殺す。それだけだ。
「語るほどのものでは……」と言葉を濁す風を見て、しゅういちも話題を変える。
「そうか。じゃあ、これだけは教えてくれ。君は、何者なんだ?」
人間なのか、否か。
しゅういちには違う世界から来たとだけ、伝えてある。
ターゲット、テラー=アンバーを追い詰める際に自分で漏らした極秘情報だ。
あの時、何故あのような失言をしたのか、風は自分でも判らない。
マスターの哀れな生い立ちを知った瞬間、言わなくてはいけない気分に駆られた。
本来、風の正体は極秘にしなくてはいけない。
知ることで、原住民の知識に混乱を与えてはいけないのだ。
だが、ここもまた異世界。それも平行亜空間、ifの世界だ。
元の世界へ戻ればマスターの記憶からは消去される。
ならば、教えても問題ない。
「俺は、死神だ。冥界の死神、それが俺に与えられた役目だ」
「シニガミ……聞いたことがあるぞ。異世界で死を司る番人だな?」
「そこまで大層なものではない。命を刈り取るだけの駒だ」
言葉少なに断る風を見て、しゅういちは瞳を輝かせる。
「命を刈り取るのは考えものだけど、異世界旅行が出来るなんて羨ましいな!」
「仕事だぞ?旅行ではない」と、風が眉間に皺を寄せるのも何のその。
「死神になるには、どうするんだ?生まれつきなのか、選ばれるのか」
興味津々に尋ねてくるので、これにも仕方なく答えた。
「生まれつき……だろうな。冥界に生まれ、且つ死神として作られた者だけが死神だ」
「ふぅん。死神も人工生命体なのか?」
「作り手は神だ。神が神を生み出すのは珍しい話じゃない」
ほぉとかヘェとか、しゅういちは感心した声をあげ、なおも聞きだそうとしてきたが、風は、ぴしゃりと質問を遮った。
「死神の造りなど、どうでもよかろう。今は旅行を楽しむのではなかったのか」
「あ、うん。そうだね」と案外あっさり、しゅういちも諦めて、再び、ふぅー……っと二人して湯舟にずっぷり沈み込む。
「あぁ、気持ちいい……温泉は、いい文明だ」
ぽつりと呟いたマスターを、風は盗み見る。
しゅういちの白い肌は火照って薄桃色に染まっており、艶やかだ。
ここにいたのがハルだったら、野獣の如く襲い掛かっていただろうが、自分はアレほど素直ではない。
どうもハルへ親身的になってしまうのは、自分と彼が同じ立場にあるからだ。
共にマスターへ懸想していながら、マスターの一番にはなれなかった存在――
「カゼは、今、好きな人っているのかい?」
リラックスしたのか、唐突に恋バナを振られて風は大いに動揺する。
しかし表面上はおくびも出さず、無表情に頷いた。
「あぁ」
「え、いるんだ!誰だ?あの船の仲間かい!?」
途端に乗り出してきたマスターを横目で眺め、これもシャットアウトした。
「秘密だ」
「そ、そうか。死神は秘密事項が多いんだな……」
そうだ、言えるわけがない。
ソルトが好きだと皆の前で公言してしまうような相手に、お前が好きだとは。
「……知りたがりなマスターの為に、一つだけ特別に教えてやろう」
「え?何だい」
しょぼくれて、それでも興味を示してくるしゅういちに、風はサービスしてやった。
「テラーを、ファーストエンドへ送り込んだ奴らの名だ。奴らは絶対天使。絶対と宣言することにより、夢を必ず実現させる厄介な敵だ」
「て、天使まで出てくるんだ……異世界は広いなぁ」
呆然とした表情で呟くと、しばらく彼は大人しくなる。
脳内では、死神と天使が壮絶な戦いを繰り広げているのであろう。
簡潔に説明するため敵と称したが、常に敵対しているわけではない。
普段は不干渉に近い。
ターゲットが重なった時にだけ、厄介な障害になる。
テラー=アンバーに力を貸したのが絶対天使ではないかとの推測は、冥界でも出ている。
奴が生き延びたせいでマスターは酷い人生を送り、だが、奴のおかげで風はマスターと巡りあえた。
なので一概に他の死神と一緒に絶対天使を非難する気には、ならないのであった。
「マスターは……」
ぼそっと呟いた風に、すかさず、しゅういちが反応してくる。
「なんだ?」
「もし、ソルトが現れなかったら、どうなっていたと自分の未来を予想する?」
「そうだな……進む道は変わらないだろうけど、何か物足りない人生になっていたかもな」
けど、と風をチラリ見て、彼は付け足した。
「さっきも言ったけど、ソルトがいないif未来では君を好きになっていたかもしれない」
「単なる憧れの相手がソルトの代役に務まると?」
やや辛辣な切り返しに、そうじゃないよと首を振り、彼は改めて風と向かい合った。
「代役じゃない。カゼはカゼ、ソルトはソルトだ。片方が存在しないのであれば、比べようがないじゃないか。だとすれば、俺はきっと君に告白して、君と一緒に大冒険を――」
しゅういちのif観測を、「それは無理だ」と風は切り捨てる。
「俺はテラーを殺した後、次の任務に向かう存在だ。未来の航海には共を出来ない」
「……それは、ソルトのいる世界でも?」
悲し気な視線を受け止めきれず、視線を逸らして風は頷いた。
「あぁ」
途端、しゅういちには、ぎゅむっと抱きつかれる。
いくら場数を踏んだ風といえど、これには驚きだ。
距離が近い、近すぎる。
おまけに今は、お互いに素っ裸。素肌と素肌の触れ合いだ。
否応なく意識してしまい、風は自分の頬が熱く火照ってくるのを感じ取った。
「そんな悲しい決断、聞きたくないよ。ここは平行亜空間なんだろ?だったら、今日一日ぐらいは俺と一緒に楽しんでくれたっていいじゃないか」
「た、楽しむ、とは……その、なにを……」
赤くなったのを見られまいと顔をそむける風に、しゅういちの容赦ない追い打ちが決まる。
「決まっているだろう?ソルトのいないif空間を、だ。君が好きだよ、カゼ。君は、俺をどう思っているのかな?」
――もう、限界だ。
大きな水しぶきをあげて、風はしゅういちに襲いかかる。
ハルのことを笑えない、と彼は思った。
「ぶわっ、い、いきなり何を」と頭から濡れ鼠になった相手を、風は力強く抱きしめる。
「それは、ここでの告白と受け取るぞ」
いつから、マスターを好きだと認識していたのか。
しゅういちを、しっかり両腕で抱きしめながら、風は想いを馳せる。
仮宿にOceansを選んだのは、ほんの偶然であった。
ファーストエンドに来て仮宿にしようと最初に思いついた場所が海賊船で、その中でもOceansの船は比較的潜り込みやすかった。
気に入らない仮宿なら、いつでも出ていく事は可能だった。
それが何年も居座ったのは、ギルドマスターたるしゅういちの人柄を気に入ったからだ。
この世界の海賊は、粗野で短絡的な者が多い。
だが、しゅういちは違った。知識をウリとした、珍しい海賊であった。
穏やかで話しかけやすいのも長所であろう。
彼が時折見せる人情に、じわじわと親近感が増していった。
親近感が好きに変わったのは、ハルに関する本音を知った後だ。
ハルは風がギルドに参入した時点で既に、最低限のマナーを、ぶっちぎりでオーバーしていた。
下着を盗んだり寝床を覗いたりといったマスターへの間接的なセクハラ行為が凄まじかった。
にも拘わらず、マスターのしゅういちは一向に彼を放逐せずにいた。
何故かと本人に直接理由を尋ねたら、こう答えたのだ。
『ここを追い出したら、誰かに利用されるか行き場がなくなってしまう。そんなのは可哀想だ』
しゅういちは、戦力になるからハルを贔屓していたのではない。
ハルの身の振りを、本気で心配しての温情だ。
魔物使いは珍しい存在だ。加えて、使い捨ての戦力にもなる。
利用されるだけ利用されて彼が悲しい想いをしないよう、保護してやっていたのだ。
そこから、ぐんぐんマスターへの感情移入が高まって、好きになった。
ただ、任務の遂行が最優先目的であったので、風は極力誰とも関わらないようにしてきた。
ギルドマスターとも、必要最低限の会話しかしていないはずだ。
なのに、しゅういちは風に憧れていたと言う。
接触を避けたのが寡黙でクールなように映ったのだとしたら、皮肉なものだ。
本当の自分はクールでも寡黙でもない。人格すらも安定しない、神の手駒でしかない。
「それで……」と、腕の中のしゅういちが、僅かに身じろぎする。
「俺の告白に対する君の返事は、抱きしめるだけで終わりなのか?」
風が無言で続きを促すと、しゅういちは項垂れて囁いた。
「もっといろんなこと、したって構わないんだぞ」
「いろんなこと、とは?」
さらに促され、しゅういちは顔をあげると、今度はじっと風を見つめてくる。
「キスしたり、その先だって俺は受け止めるつもりでいたんだ。けど、君は抱きしめるだけで満足してしまうんだな……」
この程度で満足したとは、一言も言っていない。
少々、過去を思い返して感慨に耽っていただけだ。
風は無言でしゅういちの顎を持ち上げると、許可も取らずに口づける。
許可など必要あるまい。今し方、受け止めるつもりでいたと告白されたばかりだ。
しゅういちを抱き寄せる傍ら、もう一方の手は湯に潜み、しゅういちの体を弄った。
恐らくはソルトだって、まだ触れたことがないであろう場所を。
最初は優しく撫でるだけであったのが、次第に動きを変えてゆく。
片手で包み、上下に扱く。
先端を人差し指で突き回した。
「ふ、ふぁぁぁ……ッ」
唇が離れた瞬間、切ない声をあげて、しゅういちが崩れ落ちそうになる。
湯に沈む直前、力強く抱き寄せてやると、風は耳元で囁いた。
「いつまでも湯にいたのでは、のぼせてしまう。部屋に戻るぞ、いいな?」
しゅういちの返事は掠れてよく聞こえなかったが、両手で抱きかかえて風呂を出た。

部屋に戻ると、ご丁寧に二組の布団が敷かれていた。
人の気配は全くないのに、用意周到なことだ。
布団の上に、しゅういちを寝かせて、風は改めて彼の肉体を眺める。
まわりと比べれば華奢だが、まったく筋肉がついていないわけでもない。
「そんなにジロジロ見ないでくれよ」と視線を逸らして、しゅういちが懇願してくる。
手で股間を隠そうとするのを押し留め、風は意地悪く言ってやった。
「その先も受け止めるつもりだったのだろう?なら、隠すな」
「そ、そりゃ、そうは言ったけど……死神って、エッチなんだな」
「死神だからエッチなんじゃない。お前を好きになったが故のエッチな行為だ」
口の端を歪めて意地悪に言い返すと、優しく乳首を啄んでやる。
「ふ、ぅんっ」
小さく喘いで、しゅういちが身をよじろうとするのを手で制し、押さえつけた格好で乳首を甘噛みしながら、空いた手で、もう片方の乳首を弾く。
「く、くすぐったいから乳首いじるのは禁止ぃッ!」と慌てるマスターには、棒読みで答えた。
「なんでも受け止めるつもりだったんだろう?禁止するのは禁止だ」
「も、もう、突然意地悪になって……カゼって、そんな奴だったのか!?」
心なしか涙目になってきたマスターを、そっと開放してやった。
「死神に個性はない。任務で培った経験を元に個々の人格を作り出す。俺が意地悪でいやらしい性格に見えるのであれば、それはファーストエンドでの任務経験が、俺という個体に、そうした個性を張り付けたまでだ」
「君の話は難しくて、俺にはよく判らないけど」と、横たわったままのしゅういちが息も絶え絶えに呟き返す。
「……君の個性、エッチだけど、嫌いじゃないよ」
「涙ぐんでおいて、よく言う」
風がからかえば、即座にしゅういちも身を起こして反発してくる。
「こ、これは、くすぐったいから涙が出ただけだ!え……エッチな行為ぐらい一通りは知っているんだ、俺だって大人だからな」
しゅういちの持つエッチ情報のソース元がネット経由だとしても、知っているだけでは大人とは呼ばない。
とでも言ってやろうと思ったが、風はやめておいた。
あまり言い込められるのは、マスターだって面白くあるまい。
特に情報収集は、彼が得意とする分野なのだし。
ファーストエンドの原住民は、異世界から来た風から見れば遥かに幼稚で原始的だ。
だが、しゅういちの持つ人間味は好感が持てた。だから、長く一緒にいられた。
「なら、続きをするか?」
真顔で聞かれ、しゅういちは、まともに動揺して目を逸らす。
「え、えっと、続き……って?」
「挿れたり挿れられたりの情事、寝屋での取っ組み合いだ。大人ならば知らぬはずもあるまい」
わざと直接的に言っただけで、しゅういちは、あわあわと手ぶり身振りで拒否してきた。
「あ、あれは、あの、お尻の穴は汚いから、やめたほうがいいと思うんだっ」
「先ほど風呂に入ったばかりだ、汚くなかろう」
「それはそうだけど、でも、本来アレはお尻に入れるんじゃないって誰かが書いてて」
「お前の指すアレとやらは、前後の穴への挿入だけが能じゃない。口に咥える選択肢もある」
「ひぇぇっ!?さすがに、それは洗ってあっても汚いんじゃあ?」
突っ込むたびに言葉の端々からボロが出てくるのは、見ていて大変面白い。
だが、そろそろ、やめてやったほうがマスターのプライドを守る意味でも賢明であろう。
しゅういちは童貞、且つ後ろの穴も処女に違いあるまい。
テラーも、しゅういちが大きくなるまで本番は我慢していたと思われる。
あのロリショタペド野郎が我慢していたとは正直なところ風にも信じられないが、銀狼族の幼児を無傷で捕らえるのは奴といえど骨だったのだろう。
二人三人を拉致するよりも、しゅういち一人に狙いを定めたのだ。
婚姻してから、ゆっくり犯す予定だったのかもしれない。
奴が死んだ今となっては、どうでもいいことだが。
「ウム、そうだな。汚いな。なら、やめるとするか」
あっさり中止した風に対し、しゅういちは、しばらくポカンとしていたが、からかわれていたんだと気づくのに、そうも時間を要しなかった。
「か、カゼー!ひどいぞ、俺をからかうなんて」
風は真顔で言い返す。
「if平行世界での、ちょっとした遊びだ。俺とて、たまには弾けてみたかった」
弾けついでに抱いてもよかったのだが、ifで本懐を遂げても虚しいだけだ。
平行世界で起きた記憶は、忘れてしまうのが常とされている。
しかし死神のように次元移動能力を持つ種は、記憶の持ち越しも可能だ。
ここで起きたことをファーストエンドに戻った後も、そして冥界に戻った後でさえも風は覚えていられる。
覚えていられるというのは、忘れられないという意味でもある。
だから――
だから、深く関わらないようにしてきたのだ。これまでの任務での原住民とは。
「普段の海賊業で、はじけてくれたっていいんだぞ」
なおもブツブツ文句を言うしゅういちの頭を軽く撫でてやり、風は涼しい顔で応える。
「それは無理だ。クールで冷静、それがあの世界での俺の役割なのだろう?なら、帰った後は再びクールで冷静なキャラに戻るとするさ」
「むー。君の側面、他の奴にも見せてやりたかったなぁ……」
しゅういちの声が、だんだん遠のき、部屋の風景も、ぼやけてゆく。
ファーストエンドへ帰る瞬間が来たのだな、と風は悟った。
帰る手段は最初から判っていた。
この旅に、どちらかが飽きた時がキーなのであろうと。
夢の終わりだ。
顔を真っ赤に染めたマスターの温もりを腕の中に感じながら、風は意識の途切れを身に受けた。


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