Un-known

ソルトと二人っきりの温泉旅行!:18周年記念企画・if短編

晴れて念願の、いや念願というほど長くもない片思い時代であったが、とにかく恋人になったというのに、いちゃつく暇もなく誘拐されて、やっと戻ってこられても未だイチャイチャする機会がなくて、多少の焦りを覚えていた。
だから、怪しさしかない旅行招待チケットを前にして、しゅういちが冷静さを欠いたとしても仕方あるまい。
彼にとっては、どこの温泉と書かれていなくても問題なかったのだ。
ソルトと二人きりという状況であるならば。
行こう、そう思った直後には温泉宿の前に立っていた。
ここは何処だ?と周囲を見渡すと、隣にはソルトがいて、探検だと張り切る彼に引っ張られるようにして宿へと入り込んだ。
客間に落ち着き、しゅういちは緑の床の上に腰を下ろす。
「なんか……不思議な造りの部屋だな。こんなの、本でも画像でも見た覚えがない」
「しゅういちでも初めてなのか。世界は広いな!」
落ち着かないしゅういちと違い、ソルトは興奮に瞳を光らせる。
チケットに記されていた番号の部屋だからと入ってみたが、ここへ至るまで宿の従業員に一人も出会わなかったのは不自然だ。
それでいてテーブルの上には、お茶とポットとお茶請けのお菓子が置いてある。
一体誰が用意したのであろうか。
部屋中に充満する草の臭いは、どうやら緑の床が発生源であるらしい。
手触りはザラザラしていて、しかし座ると弾力があるのか柔らかい。
薄い紙の貼られた引き戸で仕切られた向こう側は板張りの床で、とてもよく磨き上げられている。
誰かが管理しているはずなのに、誰も客の対応に出てこない。不思議な宿だ。
いやもう、不思議を通り越して不気味なのだが、ソルトが気にした様子はない。
「このチケットに」と目の前に広げて、ソルトが言う。
「温泉って書いてあるけど、温泉ってなんだ?」
「あぁ……温かい湯が自然に湧き出てくる風呂だよ」と答え、しゅういちもチケットを眺める。
温泉宿なのだそうだ、ここは。
となると、温泉が何処かで湧き出ているのは間違いない。
そこへ行けば、他の客や従業員にも出会えるだろうか?
「……少し探検してみるか」と呟くマスターを見上げて、ソルトも力いっぱい頷いた。
「目指せ温泉、だな!行こう、しゅういち」
入口の引き戸を開けて廊下に出ると、元来た道とは逆方向へ進んでみる。
温泉への道順は、すぐに分かった。ご丁寧にも壁に順路が書いてある。
これも不思議なことに、見たことのない文字列だというのに意味がスラスラと頭の中に浮かんでくる。
「この先ロテン、ブロ……だって。ロテンブロってなんだ?」
ソルトの問いに、しゅういちは過去の文献で学んだ知識を総動員させた。
「確か……屋根のない、屋外にある温泉風呂だったかな」
しゅういちが答えるまでもなく、現物を見れば一目瞭然であった。
透明な板の戸を開けると、その向こうは露天風呂になっており、一面水蒸気でモクモクだ。
足元は岩場になっており、頭上には青空が広がる。露天の名前に偽りなしだ。
「よし、ソルト。転ばないよう慎重に歩こう」
「うん」
しっかりしゅういちの腕に掴まって、ソルトが、そろそろと湯の淵へと歩いていく。
二人して湯を見つめた後、先に行動を起こしたのは、しゅういちであった。
「ふむ……入れない温度ではなさそうだ」
片手を突っ込んで、ちゃぽちゃぽとかき回してから、立ち上がる。
何をするのかと興味津々眺めるソルトの前で、服を脱ぎ始めた。
「ソルトも着替えようか。この風呂は、それほど熱くない」
ソルトは、すぐには返事ができず、ぽぉっとしていたが、「ソルト?」と、もう一度しゅういちに声をかけられると、ハッと我に返った。
「う、うん。わかった」
あきらかに様子がおかしい。
自分が気づかない何かを見つけでもしたのだろうか?
しゅういちは気になって、もう一度尋ねてみる。
「どうしたんだ?何か気がかりが」
「……うん。しゅういちってホント、綺麗だなって思って」
予想とは掠りもしない感想が飛び出て、今度は、しゅういちがポカンとなる。
いや綺麗だ綺麗だと、ソルトとハルには毎日のように言われているが、自分では綺麗だという実感がない。
銀髪なんて光の森にいけば、いっぱいいようし、体が細くて色白なのは、むしろコンプレックスだ。
しゅういちだって本当は、イーサンみたく真っ黒に日焼けした海の男になってみたい。
しかし何故か赤くなってヒリヒリするばかりで全然綺麗に焼けないので、もう小麦色の肌は諦めた。
ソルトは同じ船に乗るようになってから、すっかり海の男カラーで羨ましい。
そのソルトは、しゅういちの目の前でポイポイ服を脱ぎ棄てて、あっという間に素っ裸になる。
「しゅういち、しゅういちも早く脱いで一緒に入ろう」
「あ、あぁ」
気持ちの良い脱ぎっぷりに、うっかり見とれてしまっていた。
自分で脱ごうと言っておいて、先を越されるとは。
しゅういちは全裸になると片足から、そろりそろりと突っ込んで、湯の中に、ゆっくりと体を沈めてみる。
ちょうどよい温度だ。顔にあたる蒸気も、心地よい。
「これは……疲れを取るのに最適かもしれない。うちの船にも導入してみようかな」
さっそく利己的に計画を巡らせるギルドマスターの腕に、ソルトが、ぎゅっとしがみついてくる。
足を滑らせたのかと慌てて見てみれば、彼は、じっと上目遣いにしゅういちを見つめて、ぽつりと呟いた。
「あの、さ。やっと、二人きりになれたよな。だから、しゅういち。俺のこと、ペロペロしてもいいんだぞ?」
――何を言われたのか。
脳が、それを理解した瞬間、しゅういちの頬は蒸気で火照った以上に赤く染まった。
言われて改めて、しゅういちはソルトと向かい合う。
とある海賊がまとめた手記によれば、肌も体液も全てが甘いという幻の調味料。
唾液は既に調べ済みだ。嬉しいアクシデントの結果によって。
「で……では、失礼して」
かちこちに緊張するしゅういちを見て、ソルトがクスリと笑う。
「遠慮しなくていいぞ?しゅういちは、俺を自由にする権利があるんだからな」
「じ、自由と言っても……」
しゅういちは、ごくりと生唾を飲み込む。
文章で読んだ時は舐めるのも飲むのも、排泄物だって平気だと考えていた。
それはそうだ。幻の調味料は、野生の動物ないし植物だとばかり思っていたのだから。
まさか人型、それも、人間の子供と見間違う姿をしていようとは誰が予想しえただろうか。
ソルトの腕に、そっと触れる。肩を、ちろりと舌で舐めた。
温泉湯の味がするのでは、というしゅういちの予想を裏切るかのような甘味が舌先に広がった。
この甘味、何に例えれば一番近いのか。
砂糖菓子のように甘さ一色でありながら、それでいて舌にピリッとくる痺れがある。不思議な味だ。
幻の調味料が出す甘味は、どれも自然の甘味とは異なる。
さすがは人工調味料とでもいうべきか。しかし、この味を自分で再現するのは難しい。
マグリエラの情報を知るのは今やシュガー一人だが、調味料本人に聞いたところで調合レシピは判るまい。
つくづくカルキと詳しい話をしそびれたのは、残念であった。
無言でぺろぺろ舐めるしゅういちに痺れを切らしたか、ソルトが感想を催促する。
「どうだったんだ?俺は、おいしかったのか、そうでもないのか。教えてくれよ、しゅういち」
すると、しゅういちはハッと我に返り、続けて頬を赤く染めて俯いた。
「ご、ごめん。つい夢中になってしまって……うん、とても不思議な味だ。不思議で、美味しい」
ちら、と上目遣いにソルトを見つめて、こうも尋ねてきた。
「ソルトは、どうだった……?俺に舐められて気持ち悪かったのか、それとも」
「いや、気持ちよかった。もっと舐めてもいいぞ?」
間髪入れず好印象な答えが返ってきて、ますます、しゅういちの頬は赤くなる。
顔が火照って熱いのは、温泉効果だけではなさそうだ。
「肌は甘くって書いてあったんだよな?どこの場所でも、そうなのか」
「どこの場所でもって?……あぁ、足と手は違うんじゃないかってことかい?」
ソルトは頷き、足をにゅっと湯から突き出してみせる。
すっかり海の男カラーに染まって、やきたてパンの如く美味しそうな色だ。
しかし、これもやはり甘いのであろう。
海賊の足を見て、こんな考えが浮かぶなんて生まれて初めてだ。
などと考えながら、しゅういちは頭をふる。
「肌は全部どこの部位も一緒じゃないかな。違ったら、そう書くと思うし」
「そうか。あとは……排泄物だな!」
とっておきの思いつきだと言わんばかりに叫ぶソルトへ待ったをかけると、しゅういちは改めて彼を温泉へと誘う。
「そ、それよりも。まずは、温泉を楽しまないか?」
「温泉を、楽しむ?温泉って、入るもんだろ」
首を傾げるソルトへ、しゅういちは本で培った知識を披露する。
「ただ入るだけじゃ、家の風呂と変わらない。温泉の湯には体にいい効果があるから、湯を体にじっくり馴染ませるんだ。湯の中で痛い箇所を揉み解したり、腕や足、首筋をさすったりすると、いいらしい」
「ふーん、こんなふうに?」
ソルトがモミモミする場所を見て、しゅういちは、またまた自分の体温が十度ほど上がった気分になる。
だってソルトの揉んでいる場所ときたら。
「ほ、ほんとに、そこが痛いのかい?」
タマタマだ。
養父テラーのタマタマは死ぬほど強制的に見させられたから、見慣れていないわけでもない。
だというのに、何故だろう。
好きな人の部位というだけで、こうも気恥ずかしくなってくるのは。
ソルトは、ふるふると首をふり、「一番揉みやすそうな場所だったから、揉んでみただけだ」と無邪気に言う。
「しゅういちにもあるんだな、これ。なぁ、これって何のためについているんだ?」
考えてみれば――いや、深く考えなくとも、何故調味料にタマタマがついているのか。
調味料は子が成せない。あの世界の住民、カルキが躍起になって叫んでいたはずだ。
なら姿が少女であろうと少年であろうと、生殖器は必要ないのではないか。
なのにタマだけではなく、竿も生えている。ソルトの股間には。
悩んでいた為、しゅういちの反応は遅れた。
故に、ソルトにタマタマをぎゅっされる不覚を許してしまった。
触られた瞬間、「わひゃあ!」と自分でも予期せぬ悲鳴が口を飛び出てしまい、しゅういちは自分で驚いた。
ソルトは何故いきなり掴んできたのか。
本人を見ても、ニコニコと悪気なく笑っている。
他人に何かする時は事前断りが必要だと以前、教えたはずなのだが。
「な、なんで、いきなり、俺の金玉を」
「しゅういちの触り心地は、どうなのかなと思って」
「だ、駄目だぞ!触る時は先に許可を求めないと!!」
顔を真っ赤に怒鳴っても、「それはペロペロする時のルールじゃないのか?」と反論が飛んでくる。
ソルトにしてみれば、一つのルールが多方面に渡って適用されるとは考えもしなかったようだ。
これはもう、徹底的に教え込まねばなるまい。イーサンや他の奴らとの間で面倒事が起きる前に。
「いいか、ソルト。相手が俺であっても、腰から下を勝手に触るのは禁止だ。あと、俺じゃない相手の下腹部に触れるのは、もっと禁止だ」
「うん、判った。ところで、しゅういち。まだ答えを聞いてないぞ?」
答え?と一瞬首を傾げて、すぐにソルトが何を言っているのかが思い当たり、しゅういちは言葉に詰まる。
タマタマは何のためについているの?
子供であれば必ず通るであろう当然の疑問を、大人になって誰かに伝える日が自分に来ようとは。
幻の調味料は人間ではない。
カルキに言われた言葉が、今更のように実感を伴ってくる。
人間ではないから、人間が知るはずの道理も常識もソルトは全く持っていない。
ましてや、彼は異世界で作られた存在だ。ファーストエンドのルールなど、知る由もない。
しかし、自分の体の構造ぐらいは教えておいてほしかった。
今こうして、しゅういちにお鉢を回したりしないで。
心の中でカルキに悪態をつきつつ、しゅういちは真面目に解説した。
「俺のには子種が入っているんだ……子種というのは、子供を作る成分だね。ここで作られた成分が陰茎……管を通して、女性の体内へ送り込まれるんだ。けど、ソルトのそこに何が入っているのかは判らないな……」
「しゅういちにも判らないことがあるのか!」とソルトは驚き、自分のタマタマを、しげしげ眺める。
「開けないかな……」と恐ろしい事も呟くもんだから、しゅういちは慌てて止めた。
「ひ、開かなくても管を通して出てくるから!」
「管っていうのは、これか?」と、ソルトが自分の股に生えた第三の足をひっ掴む。
あぁ、まただ。また、顔が火照ってきた。
好きな人のものだというだけで、何故こうも心拍が昂るのか。
――きっと俺は、余計な期待をしているんだ。
しゅういちは冷静に自分を分析し、ソルトを見やる。
子供ではないが子供に見える、この人工生命体は、人体はおろか自分の構造も、よく判っていない。
しゅういちが期待するような大人の行為も知らないに違いない。
どこか諦め気分に包まれるしゅういちの耳に、ソルトのトンデモ発言が突き刺さる。
「そうだ、管から出てくるなら、味も判るな!」
しゅういちは思わず「はぁっ!?」と素っ頓狂に叫んで、相手の顔をマジマジ眺めた。
問題ない。いつもの無邪気なソルトそのものだ。発言には大いなる問題があったが。
「しゅういち、子種も甘いのかな。試してみるか?」とソルトに促されて、しゅういちは迅速な決断で頷いた。
「う、うん……ただし、調べるのは部屋に戻ってからにしよう」
ふわふわした足取りでソルトと二人、廊下を歩いて元の部屋に辿り着くと、しゅういちは、もう一度唾をゴクリと大きく飲み込んだ。
ここからだ。
ここからが、本番なのだと自分に言い聞かせて――

再び部屋に戻ってみると細長い布が二枚敷き詰められており、触ると、ふかふか柔らかいので、ソルトは思い切って横になってみた。
「しゅういち、これ、気持ちいいぞ!」
ころんころん転がるソルトを見て、しゅういちが目を細めたのも一瞬で、すぐに「よし、しゅういち!さっそく調べよう」と急かされて、緊張が否応にも高まった。
「どこもかしこも甘いんじゃ、飽きちゃわないかな……?」
小さく呟いたソルトの心配はがっちり聞き逃さず、言い返してやる。
「大丈夫だ。俺が君に飽きるなんて、万が一にもありえないよ」
ほんの少し口元を緩めただけで、ソルトは、すっかり安心したかのように見えた。
「そっか。じゃあ、ここも味見してくれ」
しゅういちが止める暇もあらば、ずるりと自らズボンを下げて、ココ、と股間を強調してくる。
「う、うん……では、いただきます」
色事にふしだらなイーサンを友人にもっていたから、異性愛も同性愛も見慣れている。
しかし、まさか自分が、このようなものを咥える日が来ようとは。
ソルトの股間には、ちょこんと申し訳程度に小さなペニスが生えている。
本来ソルトを作ろうとしてシュガーになったと、あの世界の住民カルキは言っていた。
ならばソルトの股の間に生えたコレも、本来は存在しなかったはずである。
存在しなかったはずの機能には、一体何が含まれているのか。
ごちゃごちゃ考えながら、しゅういちはパクリと咥え、ほんの少し息を吸う。
まず、初めに感じたのはミルクの味だった。
凝縮された旨味だけを取り出したミルクに、ほんのり自然の甘味を加えた――そんな味だ。
搾りたての味にも似ている。
失敗しなければ女性形になるはずだったのだし、母乳に近い味ではないかと予想していたが、まったく違った。
甘味は癖がなく、それでいて喉越しが柔らかくて美味しい。
ごくごくと腹一杯飲んでしまいたくなる。
思わず勢いよく、ちゅぅっと吸ったら、ソルトが「あうっ!」と仰け反るもんだから、しゅういちは慌てて口を離して謝った。
「ご、ごめん。痛かったかい?」
ソルトはビクビクと体を痙攣させ、恍惚とした表情で呟いてくる。
「い、痛くはない……けど、ゾクゾクして……ッ。た、魂が持っていかれるかと思った……」
それは大変だ。
「ごめん。すごく、美味しくて。全部飲み干してみたくなってしまったんだ」
もう一度頭を下げるしゅういちに、天井を見つめたままの格好でソルトが応える。
「そんなに……美味しかったんだ。うん。しゅういちになら、飲み干されても本望だ」
可愛い事を言ってくれる。
しかし、使いすぎると死ぬ――シュガーの言葉が脳裏をかすめ、しゅういちは首を真横に否定する。
「いや、飲み干しちゃ駄目だろう。俺はソルトに長生きしてほしいからね」
「ん。けど、たまにだったら、いっぱい飲んでいいからな?」
ソルトは身を起こし、しゅういちに抱きついた。
「俺、しゅういちにだけペロペロされたいし、しゅういちにだけ飲まれたい」
「うん。俺も君を、他の奴に味わわれたくない」
密着すると、ほんわり甘い匂いが、しゅういちの鼻孔に充満する。
体液も体臭も何もかもが甘いのに、まったく飽きが来ないのは凄い。
マグリエラの調味料は最強だ。
なのに、ファーストエンドでの知名度が低いのは意外であった。
これだけ全身美味しかったら、大量に流出しまくっていても、おかしくなかろう。
もしかしたら元の世界での生産量そのものが、少ないのかもしれない。
だからこそ、カルキは奪還を命じられたのだ。
結局彼女は異世界に馴染めず帰ってしまったけれど、あの時ソルトを素直に返却しなくて本当に良かった。
返却していたら、二度と会えなくなっていた。これだけは確実だ。
ソルトの長所は幼い外見や甘味だけじゃない。
従順さ、素直さ、純粋さ。どれをとっても魅力的だ。
ソルトは誹謗中傷の類を一切口にしない。
しゅういちに対してだけではなくギルドメンバー全員、及び外の人間にもだ。
アングラな言葉を教わっていない可能性もあるが、ソルト自身の性格であろうと、しゅういちは推測する。
仕掛けられたら、やむなく応戦するが、自分からは戦いを吹っかけたりすまい。
勝気で好戦的な他の仲間とは一線を画す。これも作られた命、人工生命体だから?
「これからも、ずっと俺の側にいてくれよな」
じっとソルトに見つめられ、しゅういちは即座に頷いた。
「あぁ、約束だ」
抱き合ったまま、ソルトの頭を優しく撫でてやる。
ツンツンヘアな割に、ソルトの髪質は意外や柔らかい。
髪の毛も、きっと食せば甘いのだろう。まぁ、あえて食べようとは思わないが。
味わうのは肌の表面だけでいい。他は、ソルトの体調を崩してしまいそうで心配だ。
作られた命とはいえ、ソルトは、この世に一人しかいない。
他に替わりも効かない。
調味料の寿命は短いと、カルキが言っていた。
なら、命が尽きる最後の日まで一緒にいたい。
「俺が先に死んでも……」
なにやら小さな声でソルトは囁いていたが、彼の口元に指をあてて、しゅういちが中断させる。
「どちらが先に死ぬかは運次第だ。俺が先に死ぬ可能性だってある。でもソルト、俺が先に死んでも後追いは禁止だぞ。俺は、君に一日でも長く生きてほしいんだからな」
言った直後、ソルトの両目からは、ぶわっと涙が溢れ出るもんだから、しゅういちは慌てに慌てて平謝りした。
「ソ、ソルト、ごめん。こんな場所で死後の話をするのは、些か不謹慎だったね」
しゅういちにしがみつき、ソルトが激しく首を振る。
「違う、違うんだ、しゅういち。俺が泣いているのは、死が怖いからじゃない。ずっと一緒にいるって約束したのに、死ぬ時は別れてしまうんだって思ったら、悲しくて……!」
死ぬ間際も、死んだ後も一緒にいたい。
そう言って泣きじゃくる相手を、しゅういちは、さらにぎゅっと力強く抱きしめる。
「そうか、そういう考え方もあるのか……でも、君に長生きしてほしいってのは俺の本音なんだ。君には、もっといっぱい、たくさんの幸せを感じてほしいと思っているから」
涙に濡れた瞳で見上げて、ソルトが繋ぐ。
「しゅういちが生きているうちに、いっぱい感じたい。しゅういちのいない世界なんて、考えたくもない。しゅういちと一緒にいるのが、俺の一番の幸せなんだからな!」
「そうだな、それじゃ」
むちゅっとソルトに口づけて、すぐに唇を放すと、しゅういちは、もう一度微笑んだ。
「そろそろ船に戻って、楽しい思い出作りの航海へと乗り出すか」
「うん!」
元気いっぱい頷くソルトと一緒に、我がギルドの海賊船へ一瞬で戻ってきた、しゅういちであった。


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